フラッシュ338
2017年7月5日
 

世界最大級の畜産会社JBS摘発が物語るブラジルの汚職構造

 
堀坂 浩太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
上智大学 名誉教授

 

ファミリー企業の成功物語にはしばしば、優秀な二代目による時代の流れを読んだ八面六臂(ろっぴ)の活躍が秘められている。ここ10数年間で、一地方の一介の精肉店からブラジルを代表する世界最大級の畜産加工業者となったJBS(持ち株会社名J&Fインベスチメントス)はその典型といえるが、それが政治にまみれ逃げ場を失った場合、二代目はどう行動するのか、そのプラグマティックな手法がブラジル政界に大きな衝撃を与えている。ガソリンスタンドでの不正な資金操作がきっかけとなり同国史上最悪の疑獄事件に発展した2014年3月の「ラバジャット」(捜査名の総称で語彙はジェット洗車事件)以来、同国の政治経済は相次ぐ汚職事件の発覚に振り回されてきたが、フリボイゲート(FriboiはJBSの旧社名で語彙は冷凍肉事件)は、政治・経済界の関係を根底から問い直すものとなりつつある。

ことの発端は、5月17日発行されたリオデジャネイロの有力紙「オ・グローボ」(O Globo)のコラムニストによる特ダネ記事であった。JBSの二代目ジョエズレイ・バチスタとウエスレイ・バチスタ兄弟が検察との司法取引に及んだうえ連邦警察・検察の捜査に協力し、同社に対する各種嫌疑の回避に成功、身の安全を考え国外への退避が容認されたとの報道であった。しかも捜査協力の内容が、証言取りの録音や現金引渡現場の写真撮り、足取り追跡のため現ナマ内臓のカバンへのチップ挿入、そして使用した紙幣の番号控えと周到を極めたものであった。

ラバジャット以降の相次ぐ汚職事件の発覚で、ブラジルでは容疑者と捜査当局間の司法取引や、嫌疑をかけられた企業と日本の公正取引委員会に当たる経済擁護行政委員会(CADE)等の公的機関との間のリーニエンシー(課徴金減免制度)の活用が頻繁に行われてきた。検察発表によると、ラバジャット事件のみでこうした措置はすでに159件に上る。捜査のスピードアップと真相解明の向上を狙ったものだが、JBSの場合は、汚職に絡んだ社内情報から銀行口座、電話記録等一切合切の情報提供を約束すると同時に、警察と事前に示し合わせていわばおとり捜査に与する、同国でもおそらく初の形態の司法取引であった。しかも警察に持ち込まれたテープの証言記録の中には、事もあろうか、ミシェル・テメル現大統領および次期大統領候補に名を連ねる有力政治家・ブラジル民主運動党(PSDB)のアエシオ・ネーベス党首(上院議員)による生々しい発言が含まれていた。

テメル大統領の場合は、3月7日の深夜、官邸で秘密裏に行われたジョエズレイ・バチスタとの38分間の会話が、バチスタによって隠し録りされたもので、この中で大統領は、JBSがCADE等政府機関との間で抱える事案処理に政治的影響力を行使できる人物として自党(ブラジル民主運動党PMDB)のロシャ・ロウレス下院議員を指名、さらにラバジャットで収監中の同じく自党の元下院議長エドアルド・クーニャに対する黙秘への恩賞としての資金提供の継続などを指示していた。ロウレス議員はその後、サンパウロのショッピングセンターで、バチスタ配下の役員から大統領向け賄賂とみられている50万レアル(1レアル=約34円)の入ったカートを受け取り、その現場を、警察当局によって録画され、動かぬ証拠とされた。

昨年末から4月にかけてブラジルでは、同国最大のゼネコン・オーデブレヒト社の司法取引が政界を揺るがしてきたばかりだ。ラバジャットに絡んだもので同社トップから役員・社員合わせて総勢70数人に上る司法取引であったが、バチスタ兄弟の証言はそれをはるかに上回るインパクトで、オ・グローボ紙のコラムニストによると「核爆発的威力」をもつものであった。テメル大統領は嫌疑を「フィクション」と一蹴に付したが、最高裁はバチスタ兄弟の司法取引を正当なものと認定し、6月26日には検事総長が収賄容疑で大統領を訴追する事態に至っている。JBSから数次にわたり計200億レアルを受け取ったとの言質を録られたネーベス上院議員はただちにPSDB党首の辞任に追い込まれ、一時は上院議員の資格剥奪の憂き目にも見舞われた(その後、最高裁の決定で議員資格は回復する)。

JBSは21世紀に入ってからのブラジル産業界の躍進を最も象徴する企業であった。創設は1953年、新首都建設で沸くブラジリアの建築現場に牛肉を供給する事業から始まった。世紀改め、ブラジル経済が安定、消費市場が拡大するとともに、世界的にもコモディティ価格が急騰し、同国が「21世紀の食糧庫」として注目されるのに乗じて、ブラジル版アグリビジネス・メジャーとして一気に頭角を現した。2005年に米スイフト系列のアルゼンチン子会社を買収したのを手始めに、07年にはスイフト本体を傘下に収め、09年には米国第2位の鶏肉メーカー・ピルグリムスも買い取った。その一方、国内では09年に競合のベルティン社を買収、ブラジルはもとよりチリ、ウルグアイなど近隣の食肉、乳製品、皮革、ペットフードの工場を配下におさめた。現在は、製靴、化粧品・洗剤、銀行、テレビにまで手を広げる一大コングロマリットに変貌、J&Fは5大陸で300の工場を有し直接雇用27万人の規模に達する。

この間の急激な事業拡大は、力をつける民族系民間企業の一例として、国際貿易投資研究所編『ブラジルの民族系民間企業―経済成長下、力をつける企業アクター』(2011年3月)で紹介したところだが、09年時点での売上高構成比はすでに米国の牛肉事業が52%、同豚肉が13%を占め、ブラジル国内は16%という立派な多国籍企業に変貌していた。この急進ぶりに目をつけたのが当時のルーラ政権で、同社を「チャンピオン企業」のひとつにノミネート、政府系金融機関である国立経済社会開発銀行(BNDES)が買収資金を貸し付けると同時に、JBSの株式を保有(出資比率21%)する手厚い支援が続いた。

ラバジャット絡みの汚職捜査が展開する中で、同社の事業にも嫌疑が及ぶに至って、本年3月頃から密かに検察に接触し、汚職の全貌を一気に明らかにすることによって、ファミリー事業を守ろうと手を打ったのがバチスタ兄弟による司法取引戦略であった。くだんのコラムニストは「音速の司法取引」と称している。報道によると、捜査線上に上っていた5件の企業犯罪に対し向う25年間に総額103億レアルの罰金で決着させたと伝えられる。ただブラジルの司法取引では、被疑者側に立証の責務があり、かつ取引内容に重大な食い違いが生じた場合には取り消しのリスクが伴う。

司法取引の報道が流れると、ジョエズレイ・バチスタは直ちに「自分たちのしたことは弁解の余地がない」「ブラジル国民の許しを請いたい」との主旨の談話を発表し、その1か月後、週刊総合雑誌エポカ(6月19日号)で12ページにわたる長文のインタビューに応じている。その中で、「ブラジル国内で政府絡みの事業をするとどうしても汚職に手を染めることになる」「ルーラ政権下の事業拡大にはマンテガ蔵相(当時)の口添えが必要だった」「選挙になると政治家の要求は過激化し、14年選挙ではその額は労働者党(旧与党PT)だけで3億レアルに上った」「自分たちも気づかぬうちに犯罪に手を染める結果となり」「検察との接触でブラジルの変化が極めて大きいことに気付き見方を大きく変えた」との主旨の説明をしている。その上で、「ブラジルで最も危険な組織犯罪の頂点に立つのがテメル(大統領)だ」と断じている。

これを契機にJBSは国内外の事業の縮小に踏み出した。資金繰りの悪化に対応する措置だ。一方のテメル大統領は、起訴の有効性を審議する下院議会の審議待ちである。議席数の3分の2に当たる342人が起訴妥当とした場合には最高裁に送致され、ただちに180日間の停職となる。今のところPMDB、PSDB等の与党連合が強く「『テメル降ろし』広がらず」(日本経済新聞6月29日)との観測が少なくなく、大統領は6月中旬のロシア、ノルウェーの歴訪に続き、今月は独ハンブルグでのG20(20か国)首脳会議に出席する意向だ。

もっともブラジルの有力情報サイトDataPoder360実施の最近時の世論調査によると、今回の司法取引の結果を受け、テメル大統領は「辞任すべき」との回答が79%に達し、同政権の支持率は2%(5月時点では10%)に落ち込んでいる。検察当局は、今回の収賄容疑に加え、犯罪組織の結成、司法妨害、ラテンアメリカ最大の港湾サントスの運営をめぐる汚職でも大統領訴追の準備が進められているとの報道が後を絶たない。昨年8月末の弾劾裁判によるルセフ前大統領の解任に続き、それによって副大統領から昇格したテメル大統領の辞任ないし解任の可能性を否定できない状況にブラジル政治はある。