フラッシュ347
2017年9月6日
 

ベトナム国道18号線を中越国境まで走る、忍び寄る中国の影響
ITIアジアサプライチェーン研究会報告(3)

 
藤村 学
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
青山学院大学経済学部 教授

 

ITIアジアサプライチェーン研究会(公益財団法人JKA補助事業)による現地出張調査報告の第2弾は、クアンニン省を走る基幹道路、国道18号線をハノイから終着地の中越国境都市モンカイまでの走行報告。

ベトナム北部のクアンニン省(省都ハロン)は、世界自然遺産、ハロン湾を抱える観光地であるとともに、事業環境整備して企業誘致にも取り組んでいる。モンカイは、中国との国境貿易が盛んな地域である。

現地調査メンバーのITI客員研究員の藤村学・青山学院大学教授から、国道18号線に立地する企業や中越国境都市モンカイについて、過去2度の訪問経験と照らし合わせて伺った。(聞き手:ITI事務局長大木博巳)

‐ベトナム北部と中国の華南を陸路で結ぶ主なルートを「東部経済回廊」と呼ばれています。

ベトナム北部と中国の華南を結ぶ「東部経済回廊」にはハノイ~雲南省・昆明、ハノイ~広西チワン族自治区・南寧、ハノイ~広西チワン族自治区・防城港の3ルートがあります。

2番目の中越ルートであるハノイ~友誼館国境間は距離も時間も半分程度であり、中越陸路貿易の大動脈ですが、国境そのものに大きな街はありません。

国道18号線はこの3番目のルートに相当します。このモンカイ=東興(ドンシン)ルートの特徴は、国境で隣接している2都市が国境経済を形成し、ヒトやモノの流れがよりダイナミックに観察できる点です。

‐今回の走行では、ハノイからモンカイまで片道で6時間半かかりましたが…

2007年にハノイからハロン湾経由でモンカイを視察した際は総距離337kmを乗用車で7時間半ほどでした。ハロン湾に架かるバイチャイ橋が2006年に日本の援助で完成したおかげで隣のホンガイ市までの道路は現在と同じでスムーズでしたが、その後の最後の約130kmが坂道や急カーブが多く、穴も多い悪路でした。

その10年後、今回はハノイ~ハロン121kmに実質約3時間、ハロン~モンカイが166kmに約3時間半と、合計6時間半で1時間ほど短縮されました。計画中のハイフォン=ハロン高速道路が完成すればハノイからはさらに1時ほど時間短縮になるでしょうが、それでもモンカイ国境までの日帰りは難しいと思います。

‐国道18号線の道路状況は、いかがでしたか、以前と比べて改善されたのでしょうか。

18号線の道路状況の変化としては、まず、舗装状況が格段に改善していた点です。10年前はハロン~モンカイ区間の舗装が傷んでいる部分が多かったですが、今回は全線スムーズでした。次に、ハロンから東に36km地点のCua Ongという街の中心部を避けるバイパスができていた点です。10年前はこの街とその前後が悪路で、炭鉱が近くにあるのでしょう、沿線が黒色で一色で、区間を抜けるのが苦痛でした。今回はこのボトルネックが解消していました。とはいえ、ハロン~モンカイ区間の大半は片側1車線なので大型車が前途を塞ぐとスピードが落ちます(写真)。

-18号線沿いにはハノイやハイフォンからかなり離れた場所にもいくつか工業団地があるようです。日系企業の企業進出状況は?

起点のハノイから始めると、まずハノイ特別市からバクニン省に入ったところにクエボI工業団地があり、ここは総入居数90社近くのうち、キャノンを代表とする日系よりも韓国系や台湾系のほうが多いです。道路からは鴻海(ホンハイ)のFoxconnの大きい建屋が目立ちます。

次にバクニン省の東部に、開発途上のクエボIII工業団地、次いでクエボII工業団地があります。後者は20社強入居しており、韓国系と地場企業が大半で、日系はJAT (Japan Autotech)とJMT VNという名前の工場を2社見ました(親企業や業種は未確認)。

クアンニン省に入り、ハロンの手前へ約33km地点にドンマイ工業団地があり、自動車用ワイヤーハーネスを製造する矢崎ハイフォンの第3工場が操業しています。ここはハノイからもハイフォンからもアクセスはあまり良くないと思いますが、都市圏から離れるほど労働者が集まりやすいことが決め手の1つになったのではないかと推測します。同工場は2013年に稼働し、日本人マネージャー3人、従業員数約6000人、3シフト制だとのことです。矢崎以外に稼働中の企業は確認できませんでした。

- 世界遺産のハロン湾にはカイラン港があります

カイラン港の船舶係留場(バース)のうち5〜7は日本のODAにより拡張されたものです(2004年完工)。10年前に訪問した時は、検問ゲートがなくヤードまで車で乗り入れられましたが、現在は立派な検問ゲートの前にトレーラーの列ができ(写真)、構内も新しいクレーンが複数見られ(写真)、稼働率が何倍にも上がっている印象です。ただし、カイラン港へは世界遺産のハロン湾を突っ切って入港しなければならないという環境上の問題があるため入港可能な大型船に限界があり、増大する物流需要に応えるにはハイフォン沖に埋め立てて建設されるラックフェン港の完成が待たれます。

- カイラン港に隣接したカイラン工業団地には日系企業が入居しています。

ここは50社以上入居しているうち大半が地場系で、中国系が8社などです。日系は木屑加工の1社が入っているはずです。地場企業は包装資材などのメーカーが多いようです。双日が出資しているVIJA Chipはここから日本向けに直行便で木材チップを輸出しています。全般に敷地内は雑然とした雰囲気で、精密な工業製品を扱うような企業はなさそうです。

-中国企業の進出では、天虹紡織集団の看板が目立っていました。

ハロン湾から北上し、モンカイまで38km地点のQuang Ha (Hai Ha)という町にテクスホン・ハイハ工業団地ができています。報道によれば、中国紡織大手の天虹紡織集団が5億ドル超を投下して開発した工業団地です。町の分岐点から18号線を東へ折れて2~3km, 真っすぐな片道2車線のアクセス道路沿いに、高い鉄塔を使って電力供給がここまで伸びているのが見えます(写真)。

天虹銀河科技有限公司、天虹染整越南有限公司、華利送(越南)服装責任有限公司といった看板の大きい建屋が数棟、ゆったりと構えています。管理棟は中央に半球型の屋根のある迎賓館のような雰囲気で、天虹銀河科技有限公司が運営会社のようです。この辺鄙な立地に驚くほど大規模で装置産業的な外見です。

米国のTPP離脱がグループの企業戦略にどう影響するのか興味深いですが、繊維の川上・川中であればさほどマイナスの影響がないのかもしれません。

さらにモンカイ国境から6km地点のすぐ東側に「広寧(クアンニン)省芒街(モンカイ)市海安工業区」が完成しています。4年前にモンカイ=東興国境橋の宣伝看板で見たものです。敷地をざっと見て回ると、ここも天虹紡織集団に属すると思われる天虹銀尤科技有限公司が運営会社のようで、その管理棟はホテルのような外観です。工員の寮と思われる建物も2棟あります。ジェトロ情報では、この工業団地には中国系が3社(紡績、油生産)、地場系が1社(冷凍食品加工)入居しています。

‐モンカイ=東興国境訪問は今回で3度目だそうですが、何か変化はありましたか?

最初は2007年にハノイからモンカイへ、2回目の2013年には南寧から東興へ出て、それぞれの都市に1泊して日帰りで国境を往復しました。今回は4年前に完成した国境ゲートから300mほどに立地するマジェスティック・ホテルに泊まりました。以前はビジネス用の快適なホテルはなく、カジノ兼用ホテルがせいぜいでした。東興側の発展ぶりはもちろん目覚ましいですが、モンカイもインフラが整備され、商業施設が増え、だんだん垢抜けてきた印象です。

マジェスティック・ホテル最上階の展望レストランから360°、モンカイ市内はおろか、国境をなす北侖河とその対岸の東興市の街並みが一望できます(写真)。東興側国境ゲートのすぐ向こうには、4年前建設中だった高層ホテル(マジェスティックよりも高い)が完成していました。

今回唯一、欧米的影響を見たのはMong Cai Plazaという電機店集合ビルの向かいに見つけた“bbq Great taste, Eat fresh”という看板を掲げたレストランでした。おそらく街で唯一のファストフード店だったでしょうか。

‐国境の往来は拍子抜け

今回は国境橋視察が午後2ごろでタイミングが悪かったのか、貨物車両の往来も、中国人観光客やベトナム人行商人などヒトの往来もさほどではありませんでした。国境橋の上を歩行者も貨物トラックも通行するので、時間帯を分けて規制していたのかもしれません。4年前はかなり激しい動きが見られました(写真…2013年4月撮影)。

マジェスティック・ホテルの真裏が貨物車両の駐車場兼貨物の積み替え場になっていて、トラック同士がお尻を突き合わせて檀上のスペースで貨物を積み替えている様子がよく見えました(写真)。トラックがひっきりなしに出入りしていましたので、物流は活発だと感じました。しかし、モノの流れは中国からベトナムに行くほうが多いと感じました。

‐国境交易の活気は、今回は見られなかった

国境をなす北侖河のほとりにあるカロン船着場Cua Khau Ka Longがベトナム側の互市貿易の拠点です。ここではモンカイ市と東興市の住民間に与えられた優遇的な少額貿易と解釈してよいと思います。前回は船着場に到着する貨物を降ろして、滑り台方式で川に停泊する小舟に積み替える港湾作業が見られました(下の写真4枚はいずれも2013年4月撮影)が、今回はトラックも小舟もなく静か。賑やかな時間帯を逃してしまいました。

‐前回、東興側の互市貿易拠点を見学したそうですね。

東興側の互市貿易拠点は、国境ゲートから西へ3kmほどの「互市貿易区」です。川に直接面しておらず「中国海関」ゲートの向こうへは行けないので河岸は見えませんでしたが、奥には保税倉庫らしき建物が数棟見えました。通関は水産物とそれ以外の2レーンに分かれています。貿易区の柵の外にも貿易会社の運営と思われる倉庫や市場があります。

開発計画中の「東興辺境中心」と題した中国語の説明パネルを何とか読解して、この互市貿易区は330m四方相当の敷地に3.5億元を投じて2009年6月にオープンしたことがわかりました。

この正式な貿易区とは別に、国境ゲートから東へ800mほどの地点では北侖川をはさんで目と鼻の先で行われているボート貿易を見ました。中国側の公安が監視している目の前ですから、当局の許可を得た互市貿易の一形態だと思います。(下の写真5枚はいずれも2013年4月撮影)

‐モンカイはインフラが整備され、商業施設が増えたとのことですが

モンカイ側の国境ゲートの西側の北侖川沿いに「Border Belt」と名付けられ国境経済区があります。4年前は、カジノホテル以外は何もありませんでしたが、今回はちょっとした商店街が開発途上でした。ただし、まだ敷地の3分の2ほどは何もない状態で、開発は遅々としたペースのようです。

北侖河が分岐してモンカイ市内を流れていて、その支流に架かるモンカイ橋を西へ渡ってすぐの両側にカジノホテルがそれぞれあります。北側の「鴻運酒店」は、4年前は建築直後の開業前でしたが、今回入ってみると、バカラテーブルが15卓ほどあり、6テーブルほどで中国人観光客がプレーしていました。思ったより栄えています。南寧あたりから来る中国人観光客にとって、モンカイ側のカジノはアクセスしやすい観光スポットだと思います。

‐ベトナムの再入国制限の影響は

ベトナムは、数年前から、一度出国すると30日以内に再入国する場合はビザが必要となったため、前回までのように気軽に日帰りで国境を往復できなくなりました。我々第三国人にとって国境散策が不便になったのですが、この新規則は中国人の無秩序な流入をコントロールするためだと聞いています。同規則が中国人観光客に適用されたとしても、1か月以内の観光リピーターはそんなにいないでしょうから、中国からの観光客阻害にはならないのかもしれません。

マジェスティック・ホテルに附設して「東盟名品城(Cua Hang Mua Sam ASEAN)」という円筒形のガラス張りの商業ビルがありました。そこ入ると「Welcome to ASEAN cross border trading center」という大きな表示が出迎え、中国の習近平国家主席とベトナムのフック首相が握手している写真の横断幕があります。

しかし実際は、バッグ、化粧品、スーツケース、宝飾品など、欧米や日本のブランド品が各階ごとに展示販売されており、国境を越えてくる中国人観光客をターゲットとしています。ASEANとはあまり関係なく、中越友好をダシにした免税店ビジネスでしょう。

‐中国人観光客目当ての開発が進んでいるという印象をもたれたようですが

モンカイ市の南東方向7kmほどにTra Coという岬があり、そこが観光開発されつつありました。岬の中間には「芒街国際高繭夫球会Mong Cai International Golf Club」というゴルフクラブ、岬の突端にはMui Sa Viという名前のフラワーパークのような場所があり、「芒街旅游」という中国語の観光パンフレットにはこの公園が最初に取り上げられています。

ハロン湾は多国籍の観光客を見かけますが、モンカイはその地理的条件からして、圧倒的に中国を向いた国境街であり、その観光産業が中国人を前提として形成されるのは自然なことでしょう。

ホーチミン市では多国籍の国際性を誇るマジェスティック・ホテルでさえ、ロビースタッフは英語が下手です。観光案内なども基本的に中国語です。ゴルフクラブでプレー料金を聞いてもスタッフは英語は通じず、中国語が話せない日本人は筆談となります。