フラッシュ354
2017年11月9日
 

ベトナムの輸出;サムスン電子とFTA
ITIアジアサプライチェーン研究会報告(6)

 
佐藤 進
ジェトロ ハノイ事務所

 

ベトナムの韓国の対越直接投資は2013年以降大きく増加している。直近では、新規投資で2015年736件29億6,200万ドル、2016年849件57億2,600万ドルと地域別でもトップ、2016年は全新規投資額の3分の1を占めている。2016年の新規投資トップ10の中で6社が韓国企業からの投資となっており、ベトナム経済に大きなインパクトを与えている。

また、ベトナムの貿易収支は2012年以降黒字基調に転じている。その大きな原動力は、主に北部で生産するサムスン電子の携帯電話の輸出である。2016年の携帯電話同部品は343億1, 700万ドルと全輸出額の約20%を占めている。同時に、サムスン電子をはじめとする韓国企業の投資によって、韓国からの機械設備や原材料・部品の輸入も拡大している。この結果、ベトナムは、対韓貿易で大幅な貿易赤字を計上し、対中貿易赤字を抜いて最大になっている。

一方、日本の対越直接投資は、2016年新規で11億8,200万ドルと国・地域別では4位、これまでの累計件数・金額では2位に転じた。韓国企業の勢いと比べた場合、ややインパクトに欠けるように感じる。

ITIアジアサプライチェーン研究会(公益財団法人JKA補助事業)は、本年8月に、サプライチェーンに係わる現地調査を実施した際に、長年、ベトナム北部の産業をウオッチしてきたジェトロハノイ事務所の佐藤進氏から、韓国企業の対越投資、ベトナムのFTAについて聞いた。(聞き手 ITI事務局長 大木博巳)

サムスン電子のベトナム投資は、携帯電話をベトナム最大の輸出品に押し上げるなど大きな経済効果を生んでいます。

‐サムスン電子は、ベトナム北部バクニン省で2009年に現地法人を設立し、携帯電話の生産を開始した。また、2014年には北部タイグエン省に第2工場での生産を開始した。同社の韓国・中国工場からベトナムに生産移管されたもので、これら携帯電話は全世界に輸出されている。

サムスン電子がベトナム北部で生産を集中させることで、サプライヤーである韓国企業が同社の工場近くにある北部のバクニン省、バクザン省、ハナム省に工場を設立するケースが相次いでいる。また、地場製造業の企業もサムスンのサプライヤー(2次サプライヤーが多い)になっており、1次、2次サプライヤーで150社~200社くらいといわれている。

このような進出により、雇用が創出され、技術移転がなされることからインパクトは大きいと見て良いだろう。また、ハノイには4万人(ベトナム全体で15万人とも言われる)ほどの韓国人の居住地区があり、韓国企業向けの銀行やレストランもあるなど生活には不自由しないようで、これはサムスンの進出も要因の一つであり、関連の製造業だけでなく、サービス業にもインパクトを与える典型的な例と言える。

一方、日系企業の動きはどうでしょうか

‐これまで、製造業の進出が多く、キヤノン、ブラザーのOA器機、ホンダ、ヤマハの二輪車、それらアッセンブラーのサプライヤーがベトナム北部に進出している。また日本や海外に輸出する輸出加工型企業の進出も多い。だが、この数年間は、非製造の進出が圧倒的に多い。2016年(2016年12月20日時点の速報値ベース)の日本から対越新規投資の336件を業種別で見た場合、製造業が74件と全体比で22%と前年の34%と比べても少ない。ほとんどが非製造業で占められている。

具体的にはコンサル等、小売流通、ITが多く、ホテル・飲食業も2015年の倍になっている。 このため、投資金額も中小規模(500万ドル以下)、特に小規模(100万ドル以下)の金額が多くを占め小規模化していると言える。日本における企業数でも、製造業が11%で、それ以外が非製造業であることから、必然の結果ともいえ、今後もこのような状況が続くものと考えられる。

但し、2016年大手空調機メーカーのダイキン工業がベトナム北部フンイエン省に、2017年には大手総合モーターメーカーの日本電産グループ3社がハノイのホアラックハイテクパークに進出を決定している。この他にも大規模・中規模での日系製造業の進出の話を聞き、再び注目が集まってきたと感じる。

課題もあるようですが

‐ベトナムは、外国企業を誘致して産業を育成すること、つまり輸出志向工業型の経済発展を目指してきた。しかし、当地の有名なエコノミストであるファム・チ・ラン氏は、地場企業が育成されておらず、輸出型の外資企業の生産ネットワークに入ってないのではないかと指摘している。ベトナム政府は、民間の中小企業が経済成長の柱の一つとなり、地場民間企業が外資企業との協力のもと生産ネットワークに参入することを期待している。また、政府は2020年までに企業100万社設立の政策を打ち出しており、地場企業と外資企業と協業することにより経済成長につなげたいと考えている。

サムスンに続く量産型輸出ビジネスは出てきますか

‐現在、ベトナムの輸出動向は、サムスンの生産が大きなカギを握っており、一層の拡大には、同じような量産型輸出の企業の進出が必要といえる。しかし、今のところ、サムスンのような量産型のアッセンブリーメーカーがベトナムに進出する大きな動きはない。

一方で、中国やタイに進出している企業から、同地では賃金が上昇し、雇用が難しくなっている理由でベトナムへの視察や進出を検討している話を聞く。今後は、中国、香港、台湾などの進出が出てくるのではないか。特に、北部ベトナムの従業員は、まじめで勤勉であると評判も良い。

問題は、そのような量産型輸出企業を受け入れるだけの、工業団地やインフラが整備され、人材の育成や確保がなされているかと言うことである。このような企業が進出すれば、同時にサプライヤーも追随するため、工業団地やインフラ等の受け皿が必要となる。

AFTAはベトナムの輸出にプラスに働いていますか

‐ベトナムの対ASEAN貿易収支は、2016年税関ベースで 642億5,000万ドルの赤字である(越商工省「ベトナム輸出入報告2016」)。品目別で見た場合、輸出が農産品、水産物、鉱物、縫製品、靴製品などとなっている。工業製品はワイヤーハーネス、玩具、自転車・同部品を輸出しているがごく少額である。

輸入は、家電製品・同部品、機械設備・同部品、自動車部品、自動車、石油製品などとなっている。つまり、ASEANへは付加価値の低い品目が輸出され、付加価値の高い品目を輸入している状況で、ATIGA(AFTAに基づく物品貿易に関する協定)のメリットがあると言えない。

国別でもタイ、インドネシア、マレーシアからの輸入が多く、2018年以降ベトナムでのATIGAの輸入関税が撤廃される。特に、自動車や家電製品がタイなどから大量に輸入されることが予想され、今後のベトナムの産業発展を不安視する声もある。だが、輸入品目の中には、生産に利用され、海外に輸出されるケースもあることから、ASEANだけで政策を論じてはいけないと考える。

ベトナムはFTAを活用して貿易・投資促進に積極的であると聞いていますが

‐ベトナムは共産党が掲げた国際統合という路線の下FTAによって輸出を拡大し、外資を呼び込み、経済を発展させるという戦略を積極的に行っている。ベトナムにとってこれまで締結したFTAに関してメリットがあるのか考えた場合、その答えは容易に見出すことはできない。

貿易面でみると、FTA貿易カバー率(当該国の全貿易総額に占めるFTA発効相手国との貿易額の割合)を見ると、ベトナムは往復貿易56.3%・輸出44.8%・輸入67.8%と輸入の割合が大きい(「ジェトロ世界貿易投資報告 2017年版」)。ASEAN主要な国と比較すると、①シンガポール:78.1%・73.7%・80.5%、②マレーシア:63.0%・62.3%・63.7%、③タイ:60.4%・56.1%・65.0%、④インドネシア:60.4%・60.0%・69.3%となっており、ベトナムは往復貿易と輸出で低いことがわかる。

特に、輸出に関しては、ASEANの主要な国より大きく差をあけられており、今のところ貿易面でFTAのメリットが出ているとは言い難い。

TPPやEUとのFTAに期待する声があったようですが

‐ベトナムは、環太平洋パートナーシップ(TPP)とベトナム・EUFTA(EVFTA) への期待が大きかった。TPPの交渉参加国である米国とEUとの貿易収支が大きな黒字で、毎年増加傾向にあることが挙げられる。対米向けの貿易収支(2016年通関ベース)が297億5,600万ドル、対EU向けが229億4,400万ドルの黒字で国・地域別では最も大きく、TPPとEVFTAが発効されることでさらなる輸出拡大を見込んでいた。

EVFTA(EUとのFTA)は 2015年12月に大筋合意し、ベトナム・EU双方で全品目の99%の関税が撤廃される。ベトナム政府も「双方の輸出品目は競合しあうことがない」としてEUへの輸出拡大に期待を寄せる 。当地報道によれば、これら関税の削減・撤廃により輸出額が毎年4~6%増え、貿易黒字も毎年5億ドル増加すると見込んでいる。しかし、EVFTAが2015年に正式合意しているが、正式調印・発効されてない。

ベトナムはTPPに何を期待していましたか

‐TPPは、輸出の増加と外資企業の誘致による産業育成ができることに加えて、経済構造改革ができることを期待している。ボー・チー・タイン ベトナム中央経済管理研究所副所長は、TPP交渉大筋合意がベトナムの経済改革・発展のターニングポイントとなるとの認識を示している 。具体的には、次の3つの大きな変化が起こると指摘していました。

1つ目は輸出。TPP参加国のGDPは世界全体の40%、貿易は30%を占め、世界の最も大きな消費市場となっているため、輸出増加が見込める。

2つ目は外国直接投資である。TPPにより投資環境が改善されベトナムへの外資の流入が急激に増加する。

3つ目は経済構造改革である。TPP発効により長期的な観点から経済構造改革が行われ、透明性のあるビジネス環境になる。

ベトナムのTPP11に対する取り組みは

‐米国を除いた11ヵ国が参加する「TPP11」について、当地研究者の中でも意見が分かれている。一つは、TPP11の発効後に米国が参加するのであれば望ましいという立場である 。もう一つは、米越の二国間FTAを望む意見もある。ある研究者は、最大の輸出先である米国がTPPに参加しない場合に、輸出拡大や経済構造改革などのメリットがベトナムにもたらされるのか疑問視している 。ベトナム政府にとっては当面、TPP参加11カ国と米国の動向を両睨みする状況が続くことが予想される。