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フラッシュ364 |
2018年3月1日
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TPP11(CPTPP)の概要と意義 |
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石川 幸一
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 亜細亜大学 教授 |
はじめに2017年1月にトランプ政権がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱を宣言し発効が不可能になった直後は、欧米紙ではTPPは「死んだ(TPP is dead)」などの見出しが多く見られた。しかし、11月に米国を除く11か国によりTPP11が大筋合意され、TPPは「死ぬ」ことも「漂流する」こともなかった。TPPはCPTPP(包括的及び先進的な環太平パートナーシップ協定)として存続することになったのである。TPPは高いレベルの自由化と新たなルールを含む多くのルールを規定した21世紀型FTAである。今後のFTAのモデルとなる協定であり、TPPが存続する意義は非常に大きい。 1.TPP11交渉と大筋合意TPP11の交渉は2017年5月に開始され、7月に箱根、8月にシドニー、9月に東京、10月に舞浜と短期間に集中して実施され、11月9日のベトナムのダナンでのTPP閣僚会合で新協定の条文、凍結リストを含む合意パッケージに全閣僚が大筋合意(英文ではcore elements「中核」に合意)するに至った。新協定の名称は、「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定、Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership : CPTPP 」その後、2018年1月22-23日の東京での首席交渉官会合でTPP11の協定文を最終的に確定するとともに11月の閣僚会議で残されていた4つの課題の取り扱いで合意するとともに3月8日にチリで署名式を行うことで合意した。 TPP交渉では、知的財産、労働などの分野での米国の主張に対し反対していた途上国を中心とする他の交渉参加国は米国市場へのアクセス改善への代償として米国に対して譲歩を行った。従って、米国が離脱すると利益が失われ代償のみ残るためTPP11交渉に消極的といわれた。前政権がTPP交渉を行っていたカナダの現政権は米国製自動車部品をTPP11の原産地比率に組み込めなくなることや乳製品などの供給管理政策、文化保護などで不満を抱いていた。こうした困難な状況でスタートしたTPP11交渉は、ガラス細工とも称されるバランスの取れた内容を維持しながら目標通り11月には大筋合意に達した。極めて短期間に集中的な交渉を行い、高いレベルを維持しながら凍結項目を22に抑え21世紀のFTAというべき内容の維持を実現したことは高く評価すべきである。日本で3回の交渉を行ったことからも判るように日本政府が強いイニシアチブを発揮したことは高く評価できる。 CPTPPは7条の短い協定であるが、全30章(英和対訳で1,900頁(注1))のTPPが第1条に組み込まれている(表1)。
表1 CPTPPの構成
(出所)内閣官房TPP等政府対策本部「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」暫定仮訳2018年2月。
第1条でTPP協定(以下TPP)を組み込むことを規定し、第2条で停止(凍結)する20項目を列挙しており、これとは別に詳細を署名日までに具体化する項目が4項目となっている(注2)。凍結は英語ではsuspendとなっており、規定の適用を停止することを意味している。日本語訳は停止(凍結)となっている。なお、4項目のうち2項目は1月に凍結で合意され、残り2項目はサイドレターを取り交わすことになった。第3条は発効要件で6か国の承認完了から60日で発効するとしている。第4条脱退、第5条加入、第7条正文(英語、フランス語、スペイン語を公式の言語とする)はTPPと同様の規定である。第6条は、TPPが発効する見込みとなった場合などにいずれかの締約国の要請があったときにCPTPP協定の改正などを含む必要な見直しを行うという趣旨である。また、関係締約国が別段の決定を下さない限り、11か国の間でTPPに関連して署名された全てのサイドレターは原則として維持される。 2.CPTPPの概要と凍結事項凍結される項目は約50項目といわれたが、最終的に22に削減された。知的財産関連(第18章)が11と最も多く、その多くは米国が主張し米韓FTAでも規定されているものである。政府調達関連が2項目、紛争解決関連が3項目(うちISDS関連が2項目)、サービス貿易・投資が2項目、国有企業が1項目、環境が1項目、貿易円滑化関連が1項目、医薬品・医療機器の透明性1項目となっている(注3)。章別にみると、投資章が1項目、金融サービス章が1項目、電気通信章が1項目となっているが、これらは紛争解決に関する規定である。アパレルの原産地規則(ヤーンフォワード)、電子商取引(データの自由な流通確保)などの事項は最終的に凍結とならず、国有企業はマレーシアの留保表のペトロナスによる優先調達を制限していく経過措置の起算日のみが凍結対象となり、ISDSも凍結対象とする分野が限定(①国天然資源に関する権利(探査、採取、精製、運送、分配および販売)、②発電又は配電、浄水、電気通信などのサービスを公衆による消費のために提供する権利、③道路、橋、水路、ダム又はパイプラインの建設などの経済基盤の整備に係る事業、④金融サービス)された。 関税撤廃やサービス貿易自由化分野など市場アクセスは凍結の対象になっていない。凍結対象となったのはルール分野であるが、22の凍結分野以外の新たなルールを含む大半のルールはそのまま残されている(表2)。その主なものとして、電子商取引では①情報の電子的手段による国境を越える移転、②コンピューター関連設備の設置要求などの禁止、③ソースコードなどの移転要求禁止、があげられ、国有企業では、①商業的考慮に従った行動と無差別待遇、②非商業的援助により他の締約国の利益に悪影響を及ぼしてはならない、があげられる。多くの項目が凍結された知的財産でも、①地理的表示の保護、②営業秘密の不正取得に対する刑事罰の導入、③故意による商業的規模の著作物の違法な複製等の非親告罪化などが残されている(表2)。 凍結された項目では、資源開発、インフラ投資に対するISDSの適用が日本のインフラ輸出に弾みをつけることが期待されていただけに影響が懸念されるが、それ以外の項目は国内法、日本のEPAや偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)に規定されている項目などで大きな影響はないと考えられる。著作権保護期間の死後70年への延長は著作権法の改正をCPTPP署名後に今国会に提出する予定である。
表2 CPTPPの凍結された規定と残されている規定の例
(注)CPTPPに残るルールは一部の事例でありCPTPPの全てのルールが記載されてないことに留意。数字は章と条を示す。たとえば、18.50は第18章50条を指す。 (出所)内閣官房TPP等政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の全章概要」2015年11月5日、内閣官房TPP等政府対策本部「TPP11協定の合意内容について」2017年11月1日などにより作成。
3.CPTPPの早期発効と参加国の増加TPPのGDPの6割を占める米国が離脱したことでTPPの魅力が失われたことは確かである。TPPは世界のGDPの38.3%を占めていたがCPTPPは13.5%に減少する。人口は世界の11.2%から6.8%に減少し、輸入額では28.3%から14.6%に減少する。日本の貿易に占めるシェアでは、輸出はTPPの33.05からCPTPPは12.8%、輸入は27.1%から15.1%に減少してしまう。ただし、CPTPPの規模は決して小さくないことに留意が必要である。 TPP11のGDPは10兆2,050億ドル(うち日本が4.9兆ドル)であり、中国(11兆2,321億ドル)の9割に相当し、独仏英伊の合計(10兆6,340億ドル)に匹敵する。人口4億9,463万人はEU(5億877万人)とほぼ同じである。TPPの輸入規模は4兆5,274億ドルであり、CPTPPは2兆3,396億ドルにほぼ半減する。しかし、中国(1兆5,247億ドル)、ASEAN(1兆388億ドル)を上回り、ドイツ、フランス、英国の合計額(2.2兆ドル)を上回っている。日本の場合、CPTPP向けの輸出は825億ドル、輸入は973億ドルに減少する。日本のCPTPPへの輸出はEU向け(734億ドル)を上回っており、CPTPPの重要性は小さくはない。
表3 TPPとCPTPPの規模など(2016年)
(注)シェアは2016年。 (出所)IMF、World Economic Outlook, 2017 October、ジェトロ統計などにより作成。
TPPでは日本を含め各国が既存のFTAを上回る自由化を約束したが、それらはCPTPPでも継続している。たとえば、豪州は日豪FTAで82.6%だった即時関税撤廃率を94.2%に高めたし、日越FTAで例外となっていたベトナムの3,000cc超の乗用車の高率関税(関税率77%、80%、10年目)は撤廃される。農林水産品(食品を含む)の日本以外の10カ国の関税撤廃率は、最終的に94.1%(カナダ)から100%(NZ、ブルネイ、豪州、シンガポール)となり、日本の農林水産品、食品の市場アクセスを改善し輸出促進を後押しするだろう。サービス貿易では、ベトナムでは、日本の小売業の進出の障害となっていた経済需要テスト(出店審査制度)が発効後5年の猶予期間を経て撤廃されるし、マレーシアでは、コンビニへの外資出資が禁止されたが30%まで出資できるように緩和された。マレーシアでは、外国銀行の支店数の上限拡大(8→16)、②外国銀行の店舗以外の新規ATM設置制限の原則撤廃など金融自由化も行なわれた。WTOおよび2国間FTAでも開放されていなかったベトナム、マレーシア、ブルネイの政府調達市場が開放される。 日本をはじめCPTPP加盟国の課題はCPTPPの国内承認による早期の発効である。TPPはFTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)への道筋と位置付けられており、CPTPPの長期目標がFTAAPの実現であることは変わらない。そのためには、CPTPPへの参加国を増加させることが必要である。上述のようにCPTPPの規模は決して小さくなく、その重要性の理解を進めながら地道に参加国を増やすことが求められる。同時にFTAAPの実現には米国の参加は欠かせない。 トランプ大統領は2018年1月に入り、TPPへの復帰を検討する発言を行った。トランプ大統領は1月25日のCNBCのインタビューおよび26日のダボス会議での演説で「TPPが良いものになればTPPをやる」、「TPP参加国と多国間で通商協議をする用意がある」と述べている。発言の真意は不明だが、共和党の支持母体である商工団体や農畜産団体がTPP復帰を要求しており、中間選挙を控えて方針見直しを迫られたと報じられている。米国のTPP離脱の不利益は明らかである。たとえば、CPTPPでは、日本は牛肉の関税を16年で38.5%から9%に削減する。米国の競合相手である豪州は関税削減の利益を享受できるが、米国企業へは38.5%の関税が適用され日本市場で極めて不利になる。TPP交渉では、アジア市場での米国企業の利益の確保を目指すとともに米国の産業界の主張するルールを盛り込むべく米国が主導してきた。そもそもTPPで採用された多くのルールは米国企業の要望をベースにしたものが多いのである。 トランプ大統領は復帰のための再交渉を想定しているようだが、ガラス細工と称され、各国の利害のバランスが取れたTPPの再交渉は極めて困難であり、TPPへの復帰を要求すべきであろう。米国は2国間FTAを要望したマレーシアなどに対し、TPP交渉への参加を要求した歴史があり、2国間協定を要求してきた場合は米国にTPPへの復帰を要求すればよい。CPTPPの承認、CPTPP参加国の拡大への働きかけ、米国のTPPへの復帰交渉、RCEP交渉の合意が2018年の日本の通商戦略への課題である。中長期的には米国の復帰、参加国の拡大を図り、最終的には中国が参加するFTAAPの実現を目標とすべきである。
注
1. 内閣官房TPP政府対策本部、外務省経済局監修(2017)『環太平洋パートナーシップ協定TPP』日本国際問題研究所。
2. 内閣官房TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」2018年2月21日に寄託国(ニュージーランド)により公表された条文案に基づき作成された暫定仮訳。
3. 凍結項目の詳細については、石川幸一(2018)「米国のTPP離脱とCPTPP合意の意義」国際貿易投資研究所『TPP11とASEANの貿易、投資、産業への影響』、2018年3月刊行所収。を参照願う。
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