フラッシュ389
2018年9月11日
 

食料輸入源分散化で米国を牽制するメキシコの通商戦略

 
内多 允
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

メキシコは食料や飼料の原料である穀物や食肉(主に牛肉)の多くを、米国からの輸入に依存している。しかし、トランプ米国大統領が、対米貿易の拡大に貢献してきたNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を迫っていることが、米国への警戒感を高めている。

本稿では、メキシコが食料資源(穀物や食肉)の供給源を、対米依存の偏重から分散させようとしている動向を取り上げる。

1.米国に依存するメキシコの食料供給

このようなメキシコの政策は、米国も注目している。その理由は、メキシコが米国農産物の重要な輸出市場だからである。米国政府統計によれば、2017年における同国の農産物輸出総額(1,384億ドル)の仕向け先上位3か国の輸出額は、1位カナダへの輸出額は205億ドル、2位中国に196億ドル、3位メキシコへは186億ドルである。メキシコ向け同輸出額は、米国の農産物輸出総額の13%を占めた。

 

表1米国のメキシコ向け農産物輸出(2017年)(単位:億ドル %)

 

総額

トウモロコシ

大豆

豚肉・同製品

酪農品

牛肉・同製品

鶏肉

小麦

輸出額

186

 26

16

15

13

10

9

9

シェア

13

 29

 7

23

24

13

22

14

(注)シェアは全世界向け農産物輸出総額と各品目のシェア
(出所)Farm Credit Administration, "Economicc Report”,March26, 2018p.3より作成

 

米国のメキシコ向け農産物輸出の品目構成は、広範囲に亘っている。特に多い品目としては、2017年にはトウモロコシや豚肉・同製品、酪農品、鶏肉がそれぞれ輸出総額の20%台をメキシコ向けで占められた。

米国農産物輸出額の上位3か国の輸出構造を、穀物(米国農務省の統計分類のbulk commodities)と食肉の2部門について比較すると、メキシコは次のような特色が顕著である。なお、この比較は表1の出所資料である2017年輸出統計に基づいている。

穀物部門の輸出構造(表2)によれば、中国向け輸出合計128億ドルの内、大豆で124億ドルを占め、残り2品目が4億ドルである。一方、メキシコ向け合計は54億ドルで、中国の半分以下である。しかし、大豆を除く3品目の輸出額は中国を上回っている。なお、カナダ向け輸出は計上されていない。これら3か国の中では、メキシコが米国の穀物供給への依存度の高さが際立っている。特に、トウモロコシの輸出仕向国別の規模では、メキシコ向けが最大金額となっている。

 

表2 メキシコ・中国向け米国の穀物輸出比較(2017年)(単位:億ドル)

 

トウモロコシ

大豆

小麦

合計

メキシコ

26

16

9

3

54

中国

1

124

3

――  

128

(出所)表1参照

 

米国の動物性食品についても、メキシコ向け輸出額が3か国の中で最大規模である(表3)。同表からもメキシコが食料供給の対米依存度が高い実態が示されている。表3の4品目については、カナダ向けが全てメキシコ向家よりも少ない。また、中国向けは2品目について、メキシコとカナダを下回る金額となっている。

 

表3 メキシコ・カナダ・中国向け米国の動物性食品輸出比較(2017年)(単位:億ドル)

 

酪農品

豚肉・同製品

鶏肉・同製品

牛肉・同製品

合計

メキシコ

13

15

9

10

47

カナダ

6

8

5

8

27

中国

6

7

  ----

   ----

13

(出所)表1参照

 

2.メキシコの食料供給源分散戦略

メキシコ政府は従来から、輸出と輸入が共に米国への依存度が高い傾向を、是正する努力を重ねてきた。食料についても特定国に供給源が偏重するリスクを認識している。特にトランプ・米国大統領がNAFTA再交渉を強硬に要求していることが、農産物輸入についても米国依存から、供給源分散への具体的な取り組みを促す要因を形成した。メキシコは近年、米国のライバル国からのに農産物輸入を増やしている。

輸出国間の競合関係を利用することによって、メキシコは農産物輸入国としての立場を強化しようとしている。

これに関するメキシコの輸入動向で、注目された事例として、ブラジルからの農産物輸入が2017年に急増したことがあげられる。特にトウモロコシの輸入増加が、米国の関係者からも注目された(表4)。同表によれば、2017年には米国にとって競合国であるブラジルから、大豆とトウモロコシの輸入が、前年に比べて急増した。また、ブラジルの鶏肉も世界各国への生産拠点として、高い国際競争力を保持している。メキシコ政府・民間企業の農業関係者は2017年以後、ブラジルやアルゼンチンの農業関係機関との交流を強化して、両国からの輸入拡大に積極的である。また、南米各国も、米国農産物の大量消費国であるメキシコへの輸出拡大には意欲的である。

メキシコ政府は小麦の供給源についても、米国偏重を改めるべく2017年に、初めてアルゼンチン小麦の輸入を実現させた。これには、メキシコ企業8社が輸入を手掛けた。メキシコの業界は更にドイツやポーランド、オーストラリアの小麦にも注目している。アルゼンチン小麦輸入も試験的な取引で今後、蛋白質の含有状況等の品質を確認して、今後の輸入を決定する方針である。

 

表4. メキシコ:ブラジルからの輸入(単位:トン)

 

2015年

2016年

2017年

トウモロコシ

315,064

0

561,242

大豆

0

129,290

254,847

白米

50

125

0

冷凍鶏肉

25,895

58,800

94,345

(出所)白米は米国農務省GAIN Report Number:BR1807、p.16 他の3品目はブラジル政府輸出統計より抜粋して作成

 

メキシコ政府は米国以外の国に市場を開放する政策手段として、一定期間(基本的には1年間)の無税輸入枠を供与する関税割当(TRQ)を拡大している。この対象国には、メキシコと自由貿易協定の未締結国も対象になっている。その一例が、ガイアナ産コメを対象とするTRQである。これは2017年3月に、15万トンが割り当てられ、2018年と2019年にも15万トンが割り当てられた。

メキシコのコメ輸入は米国がほぼ独占してきた。このようなTRQによってメキシコのコメ市場も、米国と新規参入国による競争の時代を迎えている。コメについては、ウルグアイも期待している。ウルグアイの2大コメ輸出市場は、ペルーとイラクであるが、3番目の市場としてメキシコへの期待も大きい。ウルグアイ政府筋の情報によれば、2017年11か月間のメキシコ向け精米輸出量は7万4,647トンで、前年同期比8.8%増加した(米国農務省2,018年1月18日付Gain Report Number:MX8002より引用)。

3.食料の相殺関税を適用するメキシコの対米報復関税

米国政府は5月31日、メキシコとカナダ、EUで生産された鉄鋼・アルミニウム製品への関税賦課に対抗する措置として、相殺関税の対象品目と適用税率を公示した。これに対してメキシコ政府は6月5日、対米報復関税とも言える相殺関税の対象品目と適用税率を公示した。同対象品目には、鉄鋼・アルミ製品と並んで農産物・加工食品も含まれている。

米国農務省が発表したメキシコ政府の対米食料関連報復関税の分析(6月6日付、GAIN Report Number:MX8028)によれば、HS8桁分類の対象16品目の輸入税は15%か20%,25%のいずれかが適用されることになっている。

メキシコにおけるこれら16品目の輸入総額(2017年)は約31億ドルである。これの84%に相当する26億ドルが米国からの輸入で占められている(メキシコ税関による)。個々の対米輸入品目は、本稿で指摘したようにメキシコの輸入に占めるシェアが高い品目が多いことが、報復関税品目の輸入総額に占める米国産品比率が高い結果をもたらしている。

まさに鉄鋼・アルミへの仕打ちに対して、食料輸入で対米報復を仕掛けたことになった。このメキシコ政府による報復措置で、影響が深刻な業種として、豚肉があげられる。米国食肉輸出連合会(USMEF)は6月14日、今後の影響を発表した。これによれば、メキシコの豚肉輸入量の90%が米国産であり、その約80%が今回の報復関税の対象品目となった。2017年の場合、米国産豚肉輸出に占めるメキシコ向けシェアは、金額ベースで23%,数量ベースで3分の1を占めた。今後、メキシコでは豚肉市場への新たな参入者との競争の結果、米国産のシェア低下も予想している。同連合会は2018年上半期で90%を保持した米国産シェアが、下半期には75%に低下することも予想している。メキシコ側も、対米輸入依存度が高い豚肉への規制は、国内価格の上昇という犠牲を負うことになりかねない。

メキシコ政府は米国産豚肉の供給量低下による価格高騰を防ぐため6月5日、2018年末までの無税輸入割当(TRQ)枠35万トンを決定した。この枠は自由貿易協定(FTA)を締結していないか、あるいは締結していても豚肉が対象品目でない国からの輸入にも適用される。メキシコは今回の事態に対応するためにも、TRQを活用して新たな輸入供給源の確保を目指している。

メキシコのこのようなTRQ発動は、今後のNAFTA再交渉に当たって、米国の要求に対してメキシコは有効な対抗手段を、有していることのシグナルを送っていると考えられる。米国では、メキシコが報復関税の対象品目に加えて、多種多様な生鮮野菜・果物が流通している。米国が一方的なNAFTAルール変更が、メキシコからのこれら農産物の供給量を減少させる事態を招くと、食品価格の上昇を招きかねない。メキシコはこのような事態を見越して、米国以外の供給源の分散を進めることによって、米国のNAFTA再交渉への牽制効果を狙うだろう。

4.メキシコ新政権の対米交渉方針

メキシコの対米関係の懸案事項として、トランプ大統領が強硬に主張しているNAFTA再交渉の行方が注目される。これには農産物やその加工品との広範囲な食料貿易品目も、交渉対象になることが想定されている。メキシ政府が今後、対米交渉にどのような方針で臨むのかについては、同国の政権交代による影響を見逃せない。

メキシコでは任期6年の大統領選挙のための国民投票が、本年7月1日実施された。クーデターや革命が多発した中南米の中で、順調に選挙を実施してきた数少ない国がメキシコである。また、国家元首である大統領は生涯、再選を憲法が禁じている。

今回の選挙では野党候補者(国家再生運動 略称Morena)であるロペス・オブラドール氏が、当選した。同時に実施された連邦議会の上下両院でも、Morenaと提携する労働党(PT)と社会結集党(PES)の3党を合わせると最大勢力を確保した。12月1日に就任するオブラドール新大統領は、強固な権力基盤の下で政権運営が可能になる。

オブラドール氏は対米関係について、現政権は弱腰であると批判してきた。NAFTA再交渉でもトランプ米国大統領の「アメリカファースト」とオブラドール大統領の「メキシコファースト」の応酬になれば、両国の合意は難しいことになる。オブラドール大統領の支持基盤は、貧困対策を重視するポピュリズムであると、警戒される面もある。NAFTAについても、批判的な見方も一定の支持を得ていることも、事実である。

メキシコにおけるNAFTAの農業への影響に対する批判としては、農民の貧困が指摘されている。NAFTAによる農産物の市場開放によって、農産物関連の製造業や貿易関連の企業は、利益を拡大した。しかし、小規模な自営農民は米国産農産物に市場を奪われ、失職したという見解である。メキシコ国内の調査では、2014年には190万人の農民が離農したという推計がされた。このような離農者が、米国への不法移民を増やす結果を招いているという指摘も、メキシコにおける対米不満を醸成している。

オブラドール政権は、NAFTA再交渉で農産物をどのように取り扱うかについては、まだ明確な方針は発表していない。しかし、メキシコの食料供給体制は、米国への依存度を急激に下げることは不可能である。国内の食料供給を確保しつつ、物価水準を安定させるために、米国からの輸入確保も必要である。一方、米国からの一方的な要求を牽制するために、食料の供給源を分散させるべくブラジルやアルゼンチン等の農産物輸出国との連携強化や、TRQ制度の活用政策も現政権から引き続き踏襲すると予想される。

 

(参考文献:拙稿「メキシコの対米食料貿易の現状と問題点」ITI調査研究シリーズNo.76 2018年9月8日掲載)