2018/09/25 No.398ヒトの流れはミャワディからメーソットへ~ITIミャンマー研究会現地出張報告(4)~
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
メーソットに流入するミャンマー人
メーソット市の人口は、タイ人が119,000人、一方、ミャンマー人の定住者は不明だが、合法・非合法を含めて30万人はいるとのことで、ここ10年間でミャンマーからの流入者は急増した。
ミャンマー人労働者が国境を越える際、タイの入国管理局は暫定的に7日間滞在可能な一時パスを発行し、その間に仕事を見つけた場合、雇用主を通じてCertificate of Identification (CI)を発行してもらえば、タイ国内で自由に行動できる。(推測では半数以上はIDさえ持っていない違法滞在者であるという。)
もう1つ制限の厳しい滞在許可文書として「No.64」として知られる地域限定労働許可証があり、これはSEZなど特定の地域にのみ滞在が許可される。ボーダーパスを所持するミャンマー人労働者はTak SEZ内で一度に30日以下、もしくは労働ライセンスで認められた期限内は働くことができる。
また、観光、ビジネスほかの目的で渡航するミャンマー人はメーソット、メーラート、ポープラの3地区に一時パス(temporary passes)で7日まで、ボーダーカード(border cards)で14日まで滞在できる。
ミャンマー側のミャワディからタイ側のメーソットに入国するルートは、友好橋を渡るか、モエイ川の渡し船に乗るかのいずれかである。渡し船の船賃は、ミャワディからメーソットに渡るには500シャット、メーソットからは20バーツ。タイ側にも、ミャンマー側ともに入国審査なしで自由に往来している。
メーソット・ミャワディ国境地帯を歩いて感じることは、ミャンマー側からタイ側に労働圧力が高まっていることである。ミャンマー・タイ友好橋下のタイ側のモエイ川の河川敷には、住み着いたミャンマー人集落がスラム化していた。そこでは、ミャンマー人による路上販売店が数多くある。タバコ、酒(ミャンマーウィスキー等)、海産物(生鮮、乾物)、タナカ(日焼け止め)等である。メーソットにいるミャンマー人を相手にしているかのようである。その脇では、機関銃をかかえたタイの兵士が携帯電話をいじくりながら国境を守っていた。
タイ・ミャンマー友好橋(左がミャワディ、右がメーソット)
タイの新投資奨励政策、国境SEZ
メーソットにミャンマー人が増え始めた要因は種々あるが、タイ政府が打ち出した国境SEZもその一つであろう。メーソットは、2015年1月19日にNotification of the Policy Committee for Special Economic Zones No. 1/2558が交付されて、ターク県SEZ(経済特区)に指定された。正確には、ターク県にある9 郡(districts)のうち、ミャンマー国境につながる周辺に立地するメーソート郡の8つの区(sub-districts)、その北に隣接するMae Ramat郡の3つの区、そして南に隣接するPhop Phra districtの3つの郡、合計14区である。
国境SEZは、タイ投資委員会(BOI)が2015年12 月3 日に発表した新投資奨励制度に盛り込まれたプログラムの一つである。新投資奨励制度は、タイの競争力強化、「中所得国の罠」からの脱却、継続的な経済成長に資するタイ国内外の投資を促進することを目的に、次の6点を投資促進戦略のポイントと定めた。
- 研究開発促進、イノベーションを生み出し、農業・産業・サービス業の価値を高め、中小企業促進、公正な競争、社会的・経済的不平等の是正に資する投資を促進する。
- 環境に優しく、省エネルギー若しくは再生可能エネルギーを使う事業を促進する。
- バリューチェーンの強化と地域の能力に一致したクラスターを促進する。
- 南部国境県内の安定的な経済成長を促す為、域内での投資を促進する。
- 隣国と経済的に繋がり、アセアン経済共同体(AEC)をサポートする為に、特に国境地帯における特別経済開発区での投資を促進する。
- タイの国際競争力を高める為、タイからの対外投資を促進する。
国境SEZは、このうち⑤に相当する。タイ全土で10の国境SEZ(図1)が指定され、国境SEZごとに奨励する産業グループが決められている。この産業グループに属する奨励事業を行う場合は「ターゲット業種」としての恩典が受けられる。誘致する産業は農漁業関連、衣料、繊維、家具、医療機器、自動車部品などを想定。進出企業は最長13年間、法人税減免などの恩典を受ける。
ターゲット業種以外の奨励事業を国境SEZ内で行う場合は、法人税の免税期間がターゲット業種と比べてやや不利となる。メーソットはすべての産業が奨励例事業となっている。
国境SEZのも一つの恩典は、周辺国の労働者がSEZ内の企業に越境通勤することを認めている。さらに、BOI では通常認めていない非熟練外国人労働者の雇用も認められている。そのため、国境SEZでは国境の地の利を生かし、ミャンマー人やラオス人、カンボジア人の非熟練労働者が雇用できる。
しかし、こうした政策の意図に反して、これらの施策は地方発展のための政策ではなく、周辺国からの労働者を国境付近に留め、バンコク等都市部に流入させないための措置であるとする見方や、恩典を付与しても国境に立地する企業は少ないのではないかという懐疑的な見方が当初から出ていた。
アパレルメーカーの事例
ターク県にはミャンマー人労働者を雇う縫製工場が600はあるという。そのうちの一つ、2015年に指定されたタークSEZ区域内(メーソット)で操業しているタイ地場のアパレル企業を訪問することができた。当工場は税制上恩典が既存の当工場にも適用されることを期待しつつ、BOIやSEZ委員会と交渉しているところである。
この企業は1970年代末にバンコクで設立された40年以上の歴史がある老舗アパレルメーカーである。国内外160ブランドの紳士・婦人・子供向けカジュアル衣料やよりファッション性の高い衣料品を幅広く生産している。
1994年にメーソット工場を設立、2013年にはカンボジア工場を設立している。メーソットへの投資はミャンマー人労働者を安価な賃金で雇用することが目的であった。1997年の時点で、メーソット工場では4000人のワーカーが働いていたが、現在では労働者は1500人、うちミャンマー人が1200人とのことである。
メーソット進出当時の安い労賃のメリットは薄れてしまった。2013年にタイ政府が全国一律の最低賃金300バーツ/日(現在は310バーツ/日)を導入したため、当工場は業容拡大を止めた。代わりにカンボジア工場での操業を2500人規模に拡大している。
雇用は2年契約で、国境で30日以下の滞在が可能なボーダーパスを発行してもらい、国境を出入りして更新していく。2年間契約のなかには、給与以外に、2000バーツの労働許可、住宅・水の供与、24時間体制医療、年1度の有給帰省が含まれる。タイ当局の規則により、家族帯同は許されず、出産した場合、子供はミャンマーへ送還される。
ミャンマー人労働者全員が工場敷地内にある寮に住んでいる。敷地にはコンビニが併設されているので、必要な生活物資の購入はコンビニで足りる。
生産性は、メーソットの工場もカンボジアの工場も変わらない。メーソット工場では、経験の長いミャンマー人従業員がトレーナーの役割果たして、新人を教育している。緑色のキャップをかぶっているのがミャンマー人従業員、黄色のキャップがミャンマー人監督者、青色のキャップがタイ人技術担当者、と役割によって色分けしている。教材と口頭の指導はいずれもミャンマー語で行う。新規の機械設備の導入による生産性向上の効果は大きいが、基本的には労働者の高い生産性に頼っている。
メーソットへの投資は不動産が中心
メーソット市の事務方トップ(Mae Sot Town Municipality、Head of General Administration)、Pitoon Parimyamndal氏よれば、ターク県SEZの指定によってメーソットでの新たな投資としては100件ほどあるが、そのほとんどは今のところ不動産分野である。中国からの投資が大きいようである。インフラ開発投資は歓迎するが、投機的な投資は歓迎しない。中央政府の新しい政策には地元政府や住民が上手に順応していかなければならない。
メーソートで近年拡大しているビジネス分野は物流と建設だという。また、国境ビジネスに必ず登場してくるカジノも、ミャンマーのミャワディ側の川縁に10か所ほど営業している。ミワディのカジノに行くには、川幅が狭く流れがきついモエイ川を渡る。タイ側の船着き場から小舟で2~3分程度。パスポート検査はない。まさにフリーゾーン、自由貿易地帯である。因みに、このカジノにミャンマー側から入ろうと試みたがカレン州政府の国境警備隊に追い返された。
参考
図1 タイの国境SEZ
① タイの国境SEZ分布
② 国境SEZにおける投資
タイの国境SEZの詳細
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