フラッシュ412
2018年12月5日
 

正念場を迎えた英EU離脱交渉(その3)
-EU首脳会議、離脱協定で合意 英議会承認が焦点-離脱交渉は新たな段階へ

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

英国とEUが2018年11月25日、緊急のEU首脳会議(欧州理事会)において離脱協定案と英EUの将来関係に関する政治宣言案に合意した結果(注1)、離脱交渉は新たな段階へ向かうこととなった。当面最大の課題は英国議会が離脱協定案と政治宣言案を承認するかどうかである。テレーザ・メイ首相は来る12月11日に議会で採決を求めることを公言、与党保守党内で否決に回る離脱強硬派の勢いがますます強まる中、可決の確たる見通しは立たたず、政治的な混迷が深まるばかりである。今回の離脱協定案と政治宣言案の主要な内容は表1のとおりである。

離脱交渉が膠着した最大の課題は、EU加盟のアイルランド・英領北アイルランド国境管理問題であった。英国とEUはこの地域の国境における通関措置を含む国境管理の復活を回避し、「ベルファスト合意」を維持することを既に合意している(注2)。

 

表1 英EU離脱協定案・政治宣言案の概要

主要項目

内容

離脱協定

概括

●全ての側面で合意した

移行期間

●英離脱後、2020年12月末までを「移行期間」とし、現在の関係を維持する

アイルランド・北アイルランド国境管理問題

●移行期間中に英EUの「将来関係」の協議を進め、アイルランド・北アイルランド国境管理問題の解決を目指す。2020年7月1日までに、つまり移行期間が終了するまでに将来関係に関する協定を結ぶよう尽力する
●移行期間中に解決できない場合、移行期間を延長する。その場合、安全策(バックストップ)として移行期間終了から、(通商協定を含む)将来関係に関する協定が発効するまでの間英国全土がEUの関税同盟に残留する(水産品を除く)

在英、在EU市民権など

●双方の在英、在EU市民の社会保障受給権などを保障する

清算金

●英国は2020年までEUに清算金を支払う

レビュー・メカニズム

●アイルランド・北アイルランド国境管理問題交渉の進捗状況や英国の関税同盟離脱の時期などについて協議する枠組みをつくる

政治宣言

将来関係

●英国とEUの将来関係は、英国の主権とEUの一体性(単一市場・関税同盟)とを尊重したものとする

モノの貿易

●規制や税関手続きにおいて密接な協力を組み合わせた「自由貿易圏」を創設する。
●通関に関する野心的な取り決めによって、全品目において関税や数量割り当ての回避を目指す

金融サービス

●英EU双方が規制・意思決定の独立性、自らの利益に基づく「同等性評価」の意思決定の自由を尊重しながら、金融市場の安定や市場の一体性などを維持する。
●同等性評価の手続きはブレグジット後速やかに開始し、2020年6月までの完了を目指す

移民問題

●移民を制限する英国の意思を尊重する。人の移動に関して新たな取り決めを結ぶ

航空

●互いの市場へのアクセス、投資、安全、管制などの包括協定を結ぶ

競争政策

●雇用や環境の規制、税制などで公正な競争環境を確保する

漁業問題

●英国が独自の規制を有する沿岸国であるとしつつ、双方の排他的経済水域へのアクセスや漁業権の割り当てなどについて新たな協定を結ぶ

その他

●国家補助、社会・雇用基準、環境基準、気候変動および関連税務などに関しては、公平・公正な競争環境を設ける

(出所)欧州理事会、欧州委員会、ジェトロなどの資料を基に筆者作成

 

合意された離脱協定では、移行期間中に英EUの将来関係の協議を進める中で、アイルランド・北アイルランド国境管理問題を解決するとしている。もし、移行期間中に将来関係に関する協定が結べない場合、移行期間を延長し、協定が発効するまで北アイルランド領を含む英国全土がEUの関税同盟に残留するという「安全策」(バックストップ)を導入するというものである。EU側は北アイルランド領のみを関税同盟に残留させる方針であったが、英国側は国が分断されてしまうと強く拒み、最終的にはEUが英国に歩み寄った。

ただ、将来関係が決着するまで関税同盟に残留し続けるという協定の内容は、「これでは英国の主権をいつまで経っても取り戻すことはできない」と主張する英議会の与党保守党の離脱強硬派を到底納得させるものでないだけに、12月11日に審議が行われる英議会内での承認に向けて火種を残すこととなった。

他方、政治宣言では、「自由貿易を推進し、規制や税関手続きで連携する」といった基本方針が盛り込まれたが、将来関係の協定の具体的な内容については、来年3月29日の英国の正式離脱後の交渉において議論が本格化することになるため、不確実性が依然として大きく、英・EUの将来関係は現時点できわめて描きにくい。

合意に向けた切迫した調整

2017年6月から始まった英・EU離脱交渉は、2019年3月29日の英国の完全離脱が迫る中、前述したアイルランド・北アイルランド国境管理問題で難航していたが、2018年11月14日、首席交渉官レベルで離脱協定案に合意に達した(注3)。欧州委員会は欧州理事会(英国を除く27か加盟国首脳で構成)に対し、英国のEUからの秩序ある離脱に関する交渉において決定的な進展が見られたとして、離脱協定交渉の妥結と次の段階へのプロセスの開始を可能とするよう勧告した。また、将来のEU英国関係に関する政治宣言の概要についても合意した(注4)。

EU側はメイ英首相が11月14日の5時間を超えるマラソン閣議で、閣内の離脱慎重派や強硬派を抑えて離脱協定案の承認を取り付けたことを評価し、11月19日に英国を除く27加盟国の閣僚会議を開催し離脱協定案を承認、11月25日に緊急欧州理事会(EU首脳会議)の開催を決めた。

他方、英国側の反発は強かった。すでに、保守党内の強硬派が「メイ降ろし」の動きを強めていたが、「この時期首相不信任は混乱をもたらし、合意なき離脱への導く」との懸念も広がる。メイ首相は11月21日、急遽ブリュッセルの欧州委員会本部を訪問し、ジャン=クロード・ユンケル委員長と緊急会談、EU首脳会議までギリギリの調整に臨んだ。

この会談で、EUとの将来の関係の大枠を示す「政治宣言」案に原則合意したことから、11月25日の緊急EU首脳会議で正式に合意される見通しが強まった。ドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)も「首席交渉官レベルで合意されたほか、政治レベルでも大筋合意に至った」と述べた(注5)。

欧州産業界、合意支持するも警戒感

ところで、EU・英国産業界は今回の合意をどのように受け止めたのだろうか。

ビジネスヨーロッパ(欧州産業連盟)をはじめ、主要産業団体は相次いで離脱協定合意を支持する声明を発表している。ピエール・ガダス同連盟会長は「EU・英国双方の産業界が求める秩序ある離脱に向けた道を開く」「(移行期間についても)企業や市民が、新たな現実に備え、適応するための時間的余裕につながる」との見解を明らかにした。ただ、英国内の政治情勢に対する懸念から、依然として「(合意なし離脱など)あらゆるシナリオを想定した対策・準備」を堅持する団体もある(注6)。

他方、英国産業界は離脱協定案を支持しつつも、警戒感を解いていない。「(合意内容が)議会を通過すれば『ノー・ディール』(合意なし離脱)という悪夢から遠ざかることになる。移行期間の確保は、長く企業は最優先事項としてきた」「最終的な関係についての更なる明確さが必要で、不確実性は依然として大きいが、一方で前身に向けた大きな一歩である」(英国産業連盟キャロライン・フェアバーン事務局長)と肯定的な評価をしている(注7)。

今後の成り行き-立ちはだかる2つのハードル

EU首脳会議の合意後の成り行きがどうなるのか。2つの課題が待ち構える。1つ目は、英議会が来る12月11日の採決で承認するかどうかである。まず、保守党内の離脱強硬派の勢力がどの程度広まるかである。また、閣外協力で少数与党を支えている北アイルランド地域政党・民主統一党(DUP)がこの合意を受け入れるかどうかである。現時点では、メイ首相が離脱協定案の修正に応じない、英議会が承認しない公算が大きい。

もし、英議会で承認を得られない場合、「合意なき離脱」、「再度の国民投票」「離脱通告撤回」「内閣総辞職、再選挙」など様々なシナリオが浮上していて、政治的混乱が強まっている。

2つ目は、EU側の政治日程が来年以降の交渉の進捗のハードルにならないかということである。

2019年5月に欧州議会選挙が実施されるうえに、同年秋には欧州理事会議長(EU大統領)、欧州委員会委員長、欧州中央銀行総裁の交代時期が重なり、EUは後継者選出に忙殺される。したがって、英国はEUの新体制が発足するのを待たなければならない状況下に置かれる。それまではアイルランド・北アイルランド国境管理問題が大きく進展せず、英EUの将来関係をどうするか協議できないかもしれない(注8)。英議会が承認したとしても、依然として先行き楽観的なシナリオは描きにくいといえよう。

 

表2 英EU離脱交渉の行程予想

時期

主要事項

2017年3月29日

英国がEU離脱を正式に通告

6~11月

離脱交渉第1ラウンド開始(6月19日)、第2~第6ラウンド交渉(7月17日、8月28日、9月25日、10月9日、11月9~10日)

12月8日

第1段階交渉の離脱条件で合意・第2段階交渉への移行勧告
合意のポイント:
・在英EU市民・在EU英国市民の権利保護
・英国の対EU財政支出や債務の清算
・北アイルランド国境問題への対応

12月15日

EU首脳会議、第2段階の交渉への移行を承認

2018年2~3月

第7~第10ラウンド交渉(2月6~9月、2月19~20日、2月26~27日、3月5~7日)

3月19日

 

2020年末までの「移行期間」で暫定合意
・移行期間中は英国をEU加盟国と同等に扱う
・北アイルランド国境問題が未解決の場合、離脱後同地域だけを関税同盟に残留させる

4~6月

第11~第15ラウンド交渉(4月16~18日、5月2~4日、5月22~24日、6月5~8日、6月19~20日)

6月7日

 

英国、2021年末まで移行期間を延長することを提案:
・北アイルランド国境問題が移行期間中に解決できない場合、2021年末まで英国が関税同盟に残留する
・EU側、英提案を拒否

7月6日

英内閣、離脱交渉方針で合意

7月12日

英国がEU離脱交渉方針「白書」を公表

7月19日
8月21日

離脱後の通商関係など、英・EU将来関係の大枠について交渉開始
交渉再協議

11月14日
11月25日

離脱協定・政治宣言に実質合意(英EU主席交渉官レベル)
緊急EU首脳会議(欧州理事会)離脱協定・政治宣言で合意

12月11日

英議会で審議・採決予定

2019年1月

欧州議会で審議・採決予定

3月29日

正式離脱日・移行期間の開始(英議会・欧州議会共に承認した場合)
合意なし離脱・移行期間なし(英議会・峰州議会のいずれかが否決した場合)

2020年7月

将来関係に関する取り決めで合意

12月31日

移行期間終了

2021年~

(移行期間中に合意できない場合)移行期間延長

(出所)筆者作成

 

注・参考資料
1.European Council: Special meeting of the European Council(Art.50)(25November2018)-Conclusions (Brussels, 25November2018 :EUCOXT20015/18)
2. 宗派対立による激しい北アイルランド紛争の平和的解決のため、英国、アイルランド両政府は1998年4月、北アイルランド・ベルファストにおいて、和平合意を結んだ。EUの下で社会・経済の一体化進んできたが、英国のEU離脱で国境管理は復活すれば、再び不安定になるリスクが高まる。
3. 離脱協定案は585ページに及ぶ分厚いものである。Draft Agreement on the withdrawal of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland from the European Union and the European Atomic Energy Community, as agreed at negotiators’ level on 14 November 2018
4. European Commission-Press release(Brussels,14November2018)
5.REUTERS(2018/11/23)
6.ジェトロ・ビジネス短信(EU・英国)(2018/11/16)
7.ジェトロ・ビジネス短信(英国)(2018/11/16)
8.日本経済新聞(2018/11/15)