一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/04/22 No.425ベネズエラ危機が誘発した移民動向の変化

内多允
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

ベネズエラの経済破綻によって、同国民の国外脱出が近年、激増している。ベネズエラでは2013年にチャベス前大統領が死去してマドゥロ氏現大統領が就任後は、経済状況は悪化の一途を辿ってきた。現状は高いインフレ率(2018年169万%)に加えて、各種生活用品の不足も深刻な事態が続いている。特に食料品不足や医薬品の不足は、生命の維持すら危惧されている。このような危機的な状況を反映して、ベネズエラから脱出する人数が増加している。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とIOM(国際移住機関)の共同発表(2019年2月22日付)によれば、ベネズエラ国民が国外に脱出した人数は、2018年には1日平均5,000人に上った。

本稿では、ベネズエラからの移民が急増する影響が、南米地域における移民の動向に与える影響を、分析する。また、ベネズエラに移民を送り出してきた隣国コロンビアが受ける影響について取り上げる。

<本稿の用語について>

本稿で使用している「ベネズエラ人」と「移民」、「難民」について、出所資料の内容から判断して次のような方針で表記した。

「ベネズエラ人」という表記は、ベネズエラ国外へ移動する人を意味する。ベネズエラの混乱状態の下で、出国時に同国官庁が各人の国籍を確認しているとは考えられない。ベネズエラ人の入国を認めた国では、旅券を所持していなくても、カラカス駐在の入国先領事館発行の証明書を提示したという事例も伝えられている。生命の危険も憂慮されるベネズエラから逃げてきたという状況から入国を認めたということである。

「移民」と「難民」は次のように使い分けている。移民は就職や教育の機会を得るために国外に移動することで、迫害や生命の危険から逃れることは直接の目的ではない。

一方、難民は居住国における迫害や紛争から逃れるために、国外に避難した人を指す。難民の保護については、国家間の条約で定められている。

本稿の移民や難民は引用文献の用語を、適用した。しかし、これらの文献の情報源である国際機関や関係国政府のデータに関して、移民と難民の使い分けの基準が不明確である。その理由として。ベネズエラにおける混乱が反映していると考えられる。

ベネズエラから国外に逃れた人数の実態については、難民と移民を合わせて判断することがより正確な判断基準となろう。ベネズエラから各国に入国した人数の計算基準も、緊急事態を反映している。移民については厳密な移民に関する法律上の定義に加えて、取りあえず滞在を許可するに際して、移民として分類している例もある。難民についても、難民認定を申請中の入国者も含んでいる。いずれの場合も、急増するベネズエラ人を既定の法律に適合しないからといって入国を拒否することでは、事態を収拾できないであろう。従って、各国におけるベネズエラ人の処遇や、法的な立場の認定は今後に持ち越されている対象者も、多数に上ると予想される。

1)ベネズエラ人大量出国の深刻化以前の移民事情

先ず、ベネズエラからの移民が急増する以前の南米における実態を、取り上げる。

移民の動向については、出移民と入移民の2形態別に、異なる傾向がある。「出移民」(emigration)は、居住国から国外に移民する形態である。「入移民」(immigration)は、国外から入国する移民である。

表1は2015年のおける南米各国の移民人数統計である。同年はまだ、ベネズエラ人の異常な大量出国が表面化していなかった。同年の出移民と入移民のデータによれば、南米の移民は次のような特色がみられる。表1の南米10カ国の出移民は約1,084.5万人で、入移民約565.7万人の約2倍の規模である。この出移民総数の内、コロンビア(263.9万人)が24.3%を占めた。

表1 南米各国の入・出移民 2015年

(注1)入移民(immigration)は、移民としての入国者
(注2)出移民(emigration)は、国外に移住する出国者
(出所)国際移住機関(IOM),South American Migration Report No.1-2017

出移民の主な移住先の内訳統計によれば(表2)、最大の移住先は米国(280万人)である。同表の5カ国向け移民合計は、557万人で、出移民総数(表1)1,084.5万人の51%を占めた。南米出身者が移住先として米国等の先進国を目指す動機としては、就労機会や賃金水準が南米に比べて有利なことがあげられる。

一方、南米の入移民総数は約565.7万人で、出移民総数の約半分の規模である。移民受け入れ規模の上位2か国は、アルゼンチン(208.6万人)とベネズエラ(140.4万人)である。

表1の南米10カ国の中で、入移民数が出移民数より多い国はアルゼンチンとベネズエラだけである。表1によれば、入移民数の10カ国合計に対して、アルゼンチンは36.9%、ベネズエラ24.8%のシェアをそれぞれ占めた。これら両国で合わせて南米における入移民の61.7%を受け入れたことになる。

表2 南米出身者の出移民の主な移住先人数 2015年

(出所)表1参照

2)南米の移民動向を変えるベネズエラの大量出国

前記1)で表1と表2に基づいて説明した2015年における南米各国の移民動向は、長年にわたって維持されてきた傾向であった。この傾向をベネズエラからの大量出国(移民や難民)の激増が、変化させた。

ベネズエラ人の出移民数は、2015年62万2,890人から2017年前後(南米への人数は2018年の数値)には226万9,123人と、3.6倍の激増となった(表3)。その移住先内訳によれば、南米が152万9,021人、総数の67.4%を占めた。これは2015年(8万6,964人)に対して、17.6倍増加した。2018年における主な南米諸国への移住先は、表4の5カ国である。これら5カ国への出移民数は2015年の7万5,347人から、2018年には約20倍増加して、147万5,270人を記録した。

表3 ベネズエラ人の国外移住状況

(出所)IOM,Migration Trends in the Americas July 2018より作成(注)2017年前後の欄は、出所統計で個別国の集計対象年が2016年、或いは2017年、2018年のいずれかである。

表4 南米各国のベネズエラ人移民(単位:人数)

(注)2018年の移民数が5万人以上の国を対象
(出所)表1出所より作成

南米各国にベネズエラからの流入人口(移民または難民)が増大した理由としては、陸路でたどり着くことが可能で、しかもスペイン語が共通言語である。遠隔地で航空路線の利用は陸路(主に徒歩とバス路線の乗り継ぎ)に比べて経費負担が重い。

UNHCRとIOMによるベネズエラから南米各国への難民と移民を合わせた流入人口は、2019年には約538万4,876人に上ると予測している(表5)。同表によればこれは前年(331万4,195人)に比べて、62.5%増と予測している。

表4と表5の2018年の人数では、後者が前者を上回る数値である。これも、受け入れ国が法律の規定に基づいて認定した移民や難民に加えて、その他の法的な措置によって滞在が認められた人数も加えている実態を反映している。

表5 ベネズエラ人移民・難民(単位:人数)

(注1)中南米・カリブには同表に掲載していない国も含む)
(注2)南部南米はアルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、チリの合計
(注3)2019年は予測
(出所)UNHCR & IOM,“Regional Refugee and Migrant Response Plan for Refugees and Migrants from Venezuela January December 2019“

3)変化するコロンビア・ベネズエラ間の移民動向

ユニセフ(UNICEF 国際連合自動基金)発行のMigrationProfiles(コロンビアについて2013年データ)によれば、コロンビア国内におけるベネズエラ人移民は4万5,402人で、ある。これは同国内の全移民(8万8,971人)の51%を占めた。

一方、同年のコロンビア出移民212万9,291人の38%が、ベネズエラへの移民(81万9,024人)であった。ベネズエラでは、コロンビアが最大の入移民元である。

このようにベネズエラからの流入人口が急増する前は、両国間の移民は、コロンビアの出国者数の超過傾向が続いてきた。コロンビアの入移民規模はベネズエラに比べて小さいが、その出身国の構成比率はベネズエラが最も高い傾向を維持してきた。

前記の諸表で示したように、コロンビアの現状はベネズエラ人の急増によって、入移民超過の国に変化している。その実態によれば(2018年8月30日発表)、滞在しているベネズエラ人(約93万6,000人)の内、正規の移民に認定された割合は50%である。残り39%は滞在資格を手続き中で、11%が不法滞在者である。このデータ発表時点までの1年半におけるベネズエラからの入国者には少なくとも25万人のコロンビア系移民が含まれていると推定されている。

コロンビアは更に近隣の南米諸国に移動するための、通過地点になっている。これもコロンビアに南米各国を目指すベネズエラ人が集中する原因となっている。コロンビアの移民管轄当局は、2018年1月から9カ月間において、43万8,000人以上のベネズエラ人が、出国(主な行き先はエクアドル、ぺルー、チリ、アルゼンチン)したと推定している。

ベネズエラ人がコロンビアに入りやすい理由としては、隣国であることに加えて、コロンビア政府が発行する「国境移動許可カード」を利用していることも影響している。同カードを所持しているベネズエラ人は、160万人に上る。2018年上半期におけるその利用者延べ人数は入国730万人、出国660万人であった(参考文献1)。

4)低迷するベネズエラの移民送金

ベネズエラでは移民送金の支払いと受け取りの、両方が減少している。同国の入移民数が、出移民数を凌駕していた時期は、国外への移民送金が受け取り額を上回っていた。その最後の傾向を示した2013年(表6)では、国外への支払い(11億1,700万ドル)が、受け取り(1億2,000万ドル)の9.3倍の規模であった。しかし、国外への移住者激増や、経済混乱が移民送金の受け取りと支払いに関わる為替リスクを高めてきた。送金支払い・受け取りの当事者が、ベネズエラ国外に去って行くことも影響している。国外への支払いは2016年には5,400万ドルに減少した。2017年と2018年のデータは計上されていない。

コロンビアでは出移民数が入移民数よりも多いことが、移民送金収支の受け取り超過に貢献している。コロンビアへの移民送金元の内訳によれば、ベネズエラの送金が減少している(表7)。同表によれば、コロンビアのベネズエラからの受け取り額は2013年の4億9,200万ドルから2014年以降は、減少し続けている。2018年の受け取り額はわずか22.8万ドルであった。

表6 ベネズエラ・コロンビア移民送金(単位:100万ドル)

(注1) ベネズエラの2017年以降の支払いは不記載
(注2) 2018年は暫定値
(出所) 世界銀行データベース(2019年4月改定版)

表7 コロンビアの移民送金受け取り額推移(単位:100万ドル)

(注)国名はコロンビアへの送金元
(出所)コロンビア中央銀行

5) 今後の課題

ベネズエラ人の大量出国は、ベネズエラと中南米諸国の将来に困難な課題を課している。

ベネズエラが先ず取り組む課題としては、国民の生活基盤の復興であろう。

ベネズエラ人の国に対する評価の低さと、それの背景事情である生活環境の悪化について、スイスのNGO団体であるacapsが詳細に報告している(参考文献2)。同報告の一端を下記に紹介する。

同報告はギャラップ社が2018年に実施した世論調査では、ベネズエラ人の36%が国外への移住を希望しているという結果が出た。その回答者の51%が15歳から29歳の年齢層である。若い年齢層で、国外移住の希望者が多いことは、国の再建のための人材を失うことになる。国外移住が急増した背景となっている生活基盤の復興を急ぐ必要がある。例えば、2018年の調査では、70%の病院が機能を喪失している。医療機関では必要な医療用品の50%が不足している。医療従事者の55%が職場から離れるか、国外に移住した。

国外に移住する重要な目的は、収入の確保である。コロンビアで2018年に、ベネズエラ人対象に実施された世論調査について、次のように報告している(参考文献3)。

同調査によると、移住先からベネズエラに残した家族に仕送りをすると回答した比率は、93.9%を占めた。その仕送り先は母親(48.6%)、配偶者(18.5%)父親(8.3%)、子供(7.6%)、兄弟(1.1%),その他(16%)となっている。しかし、移住先の就労機会については、厳しい状況がうかがえる。この世論調査で移住先で就労先を有していると回答した比率は、31.7%である。残り68.3%が就労先を確保していないと回答している。

就労先の確保に関しては、ベネズエラ人移民を受け入れた各国としても、楽観できない状況を抱えている。南米各国とも大勢の国外からの移民に対して、雇用を確保できるかは楽観できないからである。

ベネズエラからの移民・難民が各国に流入したことが、引き起こす諸課題については、ベネズエラ自体の自助努力に加えて、移民を受け入れた各国の協力が、一層必要であろう。

「参考文献」

1) IOM, “Migration Trends in the Americas July2018” (コロンビアからのベネズエラ人の通過状況や国境移動カードの利用状況)

2)acaps,” Venezuela Situational update and 2019 outlook,Briefing note”28 March 2019

3) Informe sobre la movilidad humana venezolana(コロンビアで2018年4月9日から5月6日にわたってベネズエラ人対象の世論調査)

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