一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/05/08 No.427東日本大震災8年とインバウンド振興〜防災とサイエンス・ツーリズムに力を〜

山崎恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

1.はじめに

今年も3月11日が巡り、国民の関心が東京五輪や大阪万博に移る中で東日本大震災8年の特集がマスコミの話題となった。仙台市内で大震災に遭遇し被災地の惨状を見聞、首都圏に転居後は大震災の風化が予想以上に進んでいると憂慮しているから、特集の意義を改めて感じた。折しも、インバウンド振興で訪日外国人は昨年3,000万人を超え来年には政府目標の4,000万人達成が見込まれるが、復興途上の被災地東北へはほとんど伸びていない。

現地友人達と話し合う振興策は、全国一律の買物便宜や利便性向上策よりも今の東北地方ならではの課題や優位性を踏えるべきで、世界的に類い稀な災害の経験や複興状況と東北地方に期待されていている好機があればそれを最大限活かす方向である。その一つは、世界各地で大規模な災害が多発する今日、訪日外国人が東日本大震災被災地で見聞し備えを学ぶ防災ツーリズムである。もう一つは、日本に建設が期待されている国際科学研究プロジェクトILCを東北に誘致し、世界的なサイエンス(科学)ツーリズムを実現する期待である。

2.未曾有の複合大震災を活かす防災ツーリズム

東日本大震災の特徴は、千年に一度といわれるほどの未曾有の被害の大きさだけではない。最大震度7、M9.0の巨大地震と続く大規模な津波による被害は甚大で、加えてこの自然災害が原発事故で放射能汚染問題を引き起こした。地震や台風等自然災害の多い国は日本だけではないが、安全安心を重視する日本で原子力発電の安全神話が崩れ、エネルギー政策の見直しを迫られている。被害の大きかった岩手、宮城、福島の東北3県では復興が遅ればせながらもインフラを中心に進展する中で、原発事故による福島県浜通り地域の住民避難地では、除染作業が進みつつも避難住民の「帰還」がなかなか進まない状況である。

この複合大震災は、世界で初めてとも見られる類い稀な経験であった。被害が大きく復興は大変な時間と多額を擁するだけでなく、災害を予防し減災を学ぶ上でまたとない先例になろう。ここに東日本大震災が日本各地だけでなく世界に発信できる貴重な政策や技術、知恵があるはずで、再び同じ被害を繰り返さず災害予防や減災に繋げられるはずである。こうした思いは、国連の先進的防災ロールモデル(模範)都市仙台市で2015年に開催された第3回国連防災世界会議や17年に同じく開催された国際防災フォーラムに引き継がれた。採択された「仙台防災枠組2015〜30」は世界の防災指針となり、東北大学に併設されたIRIDeS(災害科学国際研究所)には世界中から実践的防災学の研究者が集まり、福島大学や福島医科大学の放射能被害や環境教育の研究拠点には内外の研究者が訪れている(注1)。

東日本大震災の復興は復興庁が設けられ10年間で総額30兆円を超える国家計画で進めてきたが、余すとこ2年となった。インフラの回復や仮設住宅等ハコモノへの手当てが中心になったが、観光開発、特に外国人訪問客の増大を復興に活かすインバウンド政策も観光庁が力を入れた。これは中国人をはじめアジアからの訪日客が増え2018年には3,000万人を超え、近年稀に見る政策の効果となった。しかし、訪問先は「爆買い」ともいわれた買い物や見る楽しみの観光資源の多い首都圏や関西地方が圧倒的に多く、インバウンド増加を震災復興に活かそうとする東北地方にはほとんど向かっていない。

東北地方は豊かな自然や文化の資源に恵まれ、最近良質の雪や温泉を求めてのスキー客や平泉等の世界遺産を訪れる外国人観光客が増え始めている。ただ、観光資源に関する情報が外国人訪問客にまだ行き渡らず交通の利便性等の遅れもあって、復興に資するほどの効果が見られない。東北の観光資源の開発は潜在的に大きいと見られる中で。東北地方が今発信できる稀有な資源として前記した世界初の類い稀な震災の現場と復興の姿ではないのかと思う。現地の友人達とは最近特に、東北の大震災被災地だから発信できる稀有な観光資源に直に訪れ学ぶ復興あるいは防災ツーリズムの機会にもっと着目すべきと話し合っている。

多くの被災地には身内の犠牲者や自宅の喪失を含めて悲惨な被害が残こる。津波の被害と防潮堤でかつての景観が様変わりし、高台への新しいまちづくりがまだ続いているところが多い。中には、小中学校や高校、庁舎等の被害がそのまま保存され、学びの場を提供している震災遺構も少なくない。こうしたところを訪れるのは「ダーク・ツーリズム」といわれることがあるが、再発防止や減災の上で他ではない見聞を得られるから防災ツーリズムのまたとない機会になろう。「無言の語り部」ともいわれる多くの震災遺構には、子供や身内を失った遺族が思い出したくないと存続に反対しつつも防災や減災に資するならと保存に賛成した遺族の願いが込められている。

原発事故に遭遇した福島県では、事故のサイト近くに行き荒れ果てた住民避難や除染作業を見学するバスツアーを実施し、「ホープ・ツーリズム(Hope Tourism)」として取り組んでいる(注2)。この取り組みでは、訪日外国人向けのツアーや観光も盛んになり(注3)、また国内外の研究者や行政関係者の研修旅行や子供達の教育旅行として参加する事例が増えている。事故関係者や政策担当者にとっては開放に消極的にならざるを得ないが、原発問題を将来に向けて広範な検討をするには意義が多い取り組みであろう。米国のスリーマイル島やウクライナのチェルノブイリの原発事故に加えて東電福島原発事故の原因究明や除染・廃炉作業は、今後の日本の他地域の原発だけでなく原発を抱える世界各国の政策に活かすべきである。

私事になるが、原発事故前に仙台市からひたちなか市まで国道6号に沿って車で旅をした経験がある。太平洋沿岸の開放的で自然豊かな景勝地が多く、原発事故のあった福島県浜通りは自然美の中で住民の生き生きとした生活感があふれていた。一方、原発事故後逆の道筋で仙台市に車で帰った際には、原発事故地に近づくと住民避難後の荒廃した住居のたたずまい、雑草の生い茂った道路脇やイノシシ等野生動物に注意の警告表示、汚染や除染物資を入れたフレコンバッグの仮置き山積み等にショックを受けた。これは実際に現場へ行ってみなければ想像もできない状況で、原発事故の大変さを実感できる貴重な体験であった。

4.ILC東北誘致で国際科学ツーリズム発信

日本にILC(International Linear Collider)という超大型の線形先端加速器を国際協力で建設する計画がある。ISS(国際宇宙ステーション)や南極観測に匹敵する国際協力プロジェクトといわれ、九州の福岡、佐賀県境の背振山地と争った建設候補地は東北地方の北上山地南部の岩手、宮城県境地下で、また国政の政治的な集票になりにくい案件ゆえに、国民に広く認知されてはいない。ILCは欧州統一の科学研究拠点となったCERN(欧州合同原子核研究所:所在地はスイスのフランスとの国境沿い)の円形型加速器LHCの後続次世代機種である。CERNでの研究から、宇宙誕生に迫るヒッグス粒子の存在が発見され、WWWのインターネット通信技術等が生まれたことで知られる。また日本製加速器機材や研究設備が稼働し(注4)、日本人研究者も協力し活躍している。湯川秀樹博士以来の世界的な素粒子物理学の研究実績もあって、ILCは日本に建設する計画案となった。

問題は国際分担されるとはいえ建設費の大きさであり、厳しい財政状況の中で建設費の確保は容易ではない。当初案は地下100mに50?のトンネルを掘りそこにILCを設置する計画で、建設費は1兆円を超える。その後、技術的な向上とコスト圧縮でトンネルはまず20?とし、7,000億円台から8,000億円台が見込まれる建設費は、誘致国が最大を負担するも欧米諸国と分担される。文部科学省の日本学術会議有識者会議は検討委員会で2015年以来検討を重ね、18年末にはILCの学術的な意義は認められるも建設費が膨大で研究者間のコンセンサス不足等から誘致に否定的な所見を答申した。これを受けて文部科学省は、今年3月初め東京で開催されたICFA(国際将来加速器委員会)の国際会議で初めて関心ありとしながらも誘致決定を先送りし、さらなる検討や国際協議を表明した(注5)。

ICFAは日本政府の関心表明を評価し、欧州の2020‾24年素粒子物理研究戦略との関連や宇宙強国を目指す中国が関心を示している状況もあり、今年年末までに日本政府の最終的な態度を求めている。文部科学省は政府部内で省庁横断の検討や欧米との協議を行うとしているが、最近の厳しい財政状況や政治情勢を踏まえると楽観できない。この案件はそもそも既存の科学振興予算で賄うのは無理で、科学技術立国を担う国家計画として別建て財源やPFIのような民間資金活用を検討すべきであろう。有識者会議の検討では研究者間での予算の奪い合い懸念の議論が見られ、専門分野の多い大型の先端案件では調整やリーダーシップが不可欠とされるも、これがなかなか難しい。

このプロジェクトは、東北地方にとっては千載一遇の好機と捉えられ、産官民一体となった誘致活動に繋がっている。岩手、宮城、福島3県が中心であるが、青森、秋田、山形に加えて新潟県を含む東北7県が取り組み、東日本大震災の復興を越えて新たな東北地方を創生する期待の計画である。明治以来「白河以北一山百文」(河北新報発刊の趣意から)と冷遇され開発が相対的に遅れる東北地方にはこれほどの国際的なプロジェクトはなく、ILC誘致が実現すると日本初の国際協力科学研究所が建設されることになる。スイスのフランス国境近くでLHCを運用するCERN研究所では、内外の研究者が家族を含めると1万人を超えて集まり見学者も絶えない国際都市が生まれている。東北地方でも同様の展開が考えられ、サイエンス・ツーリズムによってインバウンド訪問外客の増大につながるであろう。

こうした思いから、産官学一体となった東北ILC推進協議会は、誘致決定に向けた政府への働きかけを強化し、国民への教宣に努めている。働きかけでは科学技術立国や国家百年の計に向けた取り組みを政府に要望し、国民への教宣ではILCの理解や重要性を例えば表1‾2のように分かり易く訴えており(注6)、今このいわば千載一遇の機会を失してはならないと誘致活動を強化している。活動は産官学一体となっており、将来を担う小中学生や高校生も出前授業等でILC誘致の意義を学んでいる。このように子供たちが熱心に夢を育んでいる例は、他の地域ではあまり聞かないように思う。一方で、地域予算への影響や放射能懸念で誘致に反対する住民も伝えられ、今後は丁寧な説明が求められているようだ。放射能懸念は。大震災時の原発事故で遠く離れた岩手、宮城県内にも放射性セシウムが飛散し、稲わらや牧草に検出された背景がある。

5.おわりに

東電福島第一原発サイトから南に約20kmの所にあり、事故後資材置場や駐車場、作業員仮設宿舎が置かれ閉鎖されていたサッカーの聖地「Jヴィレッジ」は、この4月20日に復興のシンボルとして全面再開された。来年3月26日に出発する東京五輪聖火リレーはここからスタートする運びで、復興五輪と位置付けられた東京五輪・パラリンピックが間近に迫って来た。五輪だけでなく、今年はラグビーのワールド・カップも行われ、多くの外国人の来客が見込まれる。

東日本大震災被災地の多くの人々は、五輪準備の影響も受けて震災復興作業が後れを取り未だ復興途上が続く中で、来日する外国人観光客にはできるだけ被災地を訪れる機会を設けるよう望んでいる。主催者や政府には、ワールド・カップや復興五輪開催の際には、首都圏内に集中する競技の観戦だけでなく被災地訪問の機会や便宜を検討し、内外の観光客が東日本大震災からBOSAIを学ぶ防災ツ—リズムの振興を図るよう願っている。

表1 ILCの意義・効果

(出所)東北ILC推進協議会、東北ILC準備室「ILC東北マスタープラン〜国際リニアコライダー建設を契機とした東北の発展を目指して〜」、ホームページより

表2 ILC計画に関連する業種

(出所)表1に同じ

(注1)筆者「観光立国に防災ツーリズムの薦め~震災大国の経験は世界貢献の資源~」ITIフラッシュ307 2016年2月2日

(注2)HOPE TOURISNは、公益財団法人福島県観光物産交流協会(福島市)が実施をしている。そのホームページによれば、福島をフィールドとした「主体的・対話的で深い学びの実現」で、(ありのままの姿、光と影を「見る」)+(復興に向けて奮闘する人々を「聞く」、そして「考える」)ことによって(福島の復興を「他人事」から「自分事」へ学ぶこと)とされる。

(注3)「外国人を被災地に ホープツーリズム盛んに」日本経済新聞 2019年3月18日

(注4)筆者「ヒッグス粒子立証に貢献した主な日本の技術「次世代巨大加速器ILC誘致大詰めに」ITIフラッシュ382 2018年8月17日

(注5)筆者「ILC誘致、千載一遇の機会を逸して良いのか~政府初めて関心表明も議論継続で結論先送り~」世界経済評論IMPACT No.1309 2019年3月18日

(注6)東北ILC推進協議会 東北ILC準備室 「ILC 東北マスタープラン~国際リニアコライダー建設を契機とした東北の発展を目指して~」ウェブサイトから

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