フラッシュ435
2019年10月11日
 

ジョンソン政権と英EU離脱交渉(その1)
-「合意なき離脱」強行方針、議会対立、与党分裂で選択肢狭まる-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

英議会、離脱延期法案を可決

英国のEU(欧州連合)離脱を巡るボリス・ジョンソン首相と英議会の攻防がますます激化している。攻防の第1幕は、エリザベス女王は去る8月28日、議会を9月9日の週から10月13日まで約1か月間にわたり閉会とする政府案を承認したことから始まる。これは議会再開から10月31日の離脱期限まで約2週間と、「合意なき離脱」に反対する与野党議員の内閣不信任案の提出などの動きを封じる強硬策であった。これこそ、ジョンソン氏の真の狙いであった(注1)。与党保守党のフィリップ・ハモンド前財務相や最大野党労働党のジェレミー・コービン党首らは一斉に「著しく反民主主義的だ」と強く批判、一部の議員らが英最高裁判所へ「違法で無効」と提訴した。EU離脱を巡る政権と議会の攻防は法廷闘争へと発展して行く。

攻防の第2幕は、夏季休会を終えた9月3日に再開された議会審議で始まった。議会は翌9月4日、最大野党・労働党が取りまとめた離脱延期法案を賛成多数で可決した。与党保守党を除名されたハモンド氏ら約20人も賛成票を投じた。同法案は9月9日成立、発効した。表1のように、法案は、10月19日までに議会で新たな離脱案が通過しない場合、離脱期限を現在の10月31日から3ヵ月延期して来年1月31日にすることをジョンソン政権に義務付けるものである。また、政府に与えるEUとの交渉期限は来る10月17日、18日に予定されている欧州理事会(EU首脳会議)の翌日の10月19日に設定している(注2)。

与党は閣外協力している北アイルランド「民主統一党」(DUP)を合わせても21人の造反議員の党籍を剥奪したことで、下院での過半数を失い、政権基盤の弱体化は避けられない。離脱延期法案を受け入れることのできないジョンソン氏は、総選挙を10月15日に前倒し実施する動議を9月4日、10日と2度にわたって提案したが、いずれも下院の3分の2以上の賛成票を得られず否決され、戦略の見直しを迫られることになってしまった(注3)。

 

表1 EU離脱延期法の概要

項目

内容

離脱延期要請の条件

①2019年10月19日までに英EU合意が議会で承認されない場合、または「合意なき離脱」で同年10月31日に離脱することが議会で承認されない場合、首相(ボリス・ジョンソン氏)は欧州理事会(EU首脳会議)常任議長(ドナルド・トゥスク氏)に対して書簡で、EU離脱を2020年1月31日に延期するよう、要請しなければならない。

②離脱延期要請後、2019年10月30日までに、英EUの合意が議会で承認された場合、または「合意なき離脱」で同年10月31日に離脱することが議会で承認された場合、首相は離脱延期要請を変更または取り下げることができる。

EUの反応を踏まえた政府の義務

①欧州理事会がこれに合意した場合、首相は直ちに欧州理事会常任議長に対し、英国が同理事会の決定に同意することを通知しなければならない。

②欧州理事会が2020年1月31日とは異なる日時への離脱延期で合意した場合、政府は同理事会が合意した離脱期限を議会に諮る。議会が承認した場合、首相は2日(合意の翌々日)以内、または10月30日のどちらか早い日までに、英国が同理事会の決定に同意することを通知しなければならない。

英EU関係に関する交渉の議会報告義務  

①欧州理事会で離脱延期が合意された場合、担当相(スチーブン・バークレイEU離脱相)は2019年11月30日までに英EU関係に関する進捗を議会に報告し、報告した翌日から5日以内に議会に承認を求めなければならない。その動議が否決または修正された場合、担当相は2020年1月10日までにその後の交渉方針を公表しなければならない。

②担当相はさらに、2020年2月7日以降、EUと合意に至るまで、少なくとも28日間に1回の頻度で、進捗を議会に報告しなければならない。

(注)本法案はヒラリー・ベン労働党議員が議会に提出するために公表(9月2日)したもので、EU離脱延期を義務付けている。

(出所)ジェトロビジネス短信(英国、EU)(2019/09/03)から作成。

 

英最高裁、議会閉会は「違法で無効」と判断

政権と議会の攻防の第3幕が始まる。英最高裁判所は9月24日、ジョンソン首相による約1ヵ月間の議会閉鎖の決定は11人の裁判官全員一致で「違法で無効」と判断した。最高裁のブレダ・ヘール長官はEU離脱期限が10月31日に差し迫っている重要な時期に、「下院は国民の代表として、この大きな変化について、声を上げる権利がある」と指摘、「閉会に正当な理由はなく、議会の機能を妨げる効果があり、違法で無効」と述べ、議会は速やかに再開できると断じた。ジョン・バーコウ下院議長は「議会閉会を違法とした最高裁の判決を歓迎する。下院は遅滞なく開かれなければならない」との声明を発し、翌9月25日に再開した。

ニューヨークの国連総会に出席中のジョンソン氏は、議会再開のため急遽帰国、議会において、「(議会の閉会について)歴代首相と全く同じ手続きを踏み、女王演説の裁可を求めたに過ぎない」「(最高裁の判断について)司法を軽んじる意図はみじんもないが、国を挙げての議論のただ中で、本質的に政治に関する問題について、裁判所が判断するのは誤り」と明言し、野党が要求する辞任や謝罪の考えのないことを示した。さらに、野党に対して、不信任動議を提出するよう迫り、野党を挑発した(注4)。

今回の司法判断は、首相就任当初から民主的な手続きを軽んじ、「合意なき離脱」も辞さない強硬姿勢を貫いてきたジョンソン政権に一定の歯止めをかけた形である。下院で与党は過半数割れしており、野党に主導権を握られている中で、ジョンソン氏が採りうる選択肢は非常に狭いものとなっている。EU離脱の実現に向けたジョンソン氏の政治戦略は、まず下院議会によって(離脱延期法)、そして今回は最高裁判所によって(違法判断)引き裂かれ、大混乱に陥ったとみられ、苦境に立たされることになった(注5)。

英、修正案提示、合意になお隔たり

ジョンソン政権は、EUからの主権回復を強く主張する離脱強硬派で主要閣僚ポストを固めていることから、EU側は警戒感を強めている。EU側はすでに、「いかなる人物が首相に選ばれても、テレーザ・メイ前首相との間で合意した離脱協定の見直しには一切応じない」とのスタンスを変えていない(ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長)。来る11月1日に新たに欧州委員長に就任するウルズラ・フォンデアライエン氏(現独国防相)も現時点では同じスタンスをとっているものの、「一段の時間的な猶予を英国に提供することを支持する」と述べ、10月末の離脱日の再延期については応じる考えを示している。

ジョンソン氏が首相就任後の8月22日、ドイツ・ベルリンでメルケル首相と、23日にフランス・パリでエマニュエル・マクロン大統領とそれぞれ会談、「合意なき離脱」も辞さない強硬方針を伝えた。具体的には、メイ前首相とEUが合意した(英議会で3回も否決されている)離脱協定案の見直しの再交渉と、協定案から英領北アイルランドの国境管理問題に関する「安全策」(いわゆるバックストップ)の削除を求めるものである。また、ジョンソン氏はユンケル氏との会談でも離脱延長を求めず、「合意なき離脱」の方針を変えないことをあらためて伝えた。

メルケル氏は「英国側が30日以内に解決策を示すことは可能である」「まずは英国の提案を聞きたい」として、ジョンソン氏に自ら問題を解決するようボールを投げ返した。他方、マクロン氏は、「安全策は不可欠なものだ」と述べ、再交渉には否定的な考えを示した。英独、英仏首脳の会談を経て、ジョンソン氏がアイルランド国境問題への新たな解決策を示せるかどうかが当面の焦点となった。

英政府は10月2日、EUに対して、EU離脱協定案の修正に向けた新たな提案を示した。その内容は、英国全体がEUの関税同盟から抜けて、英領北アイルランドとアイルランドの国境税関検査を簡素化するというものである。ユンケル氏は修正案を「前向きな進展である」と評しつつも「取り組むべき問題が残っている」との見解を表明した。ジョンソン氏はもし修正案をEU側が拒否した場合、「合意なき離脱」に踏み切る準備ができていると述べている。なお、英政府は「合意なき離脱」の最悪のシナリオ(イエロー・ハンマー作戦)という内部資料を公表しているので、参考までに表2に掲げておく(注6)。

離脱期限が10月末に迫る中、来る10月17,18日の欧州理事会で修正案に合意できるかが焦点となる。ただ、国境管理問題(バックストップ)を巡って、首脳会議直前までの両者の駆け引きが続くが、ジョンソン政権とEUとの意見の隔たりはなお大きい。着地点を見出せるかはまったく不透明である。

 

表2 英政府が公表した「合意なき離脱」の最悪のシナリオ

項目

内容

貨物輸送

①英仏海峡と海底トンネルを通るトラックなど重貨物車両の流通が、最大3ヵ月にわたって通常水準の40~60%まで低下する

②英国側で大渋滞が起こり、フランス国境を越えるのに最大1日半から2日半遅れる可能性がある

食料品

一部の生鮮食品が入手しにくくなり、流通する種類も減少し、価格は上昇する

医薬品

長期保存できない薬の供給に支障が出る

交通機関

出入国検査に時間がかかり、列車や航空便の発着する駅、空港で遅れが出る

社会不安

抗議行動が発生し、治安悪化の可能性がある

(出所)読売新聞(2019/09/13)、ジェトロビジネス短信(英国)(2019/09/13)、英政府資料「イエローハンマー作戦」(2019/08/02)から作成。

 

注・参考資料:
1.The Economist(2019/08/31) (2019/09/17)
2.ジェトロビジネス短信(英国、EU)(2019/09/03)
3.2010年制定の「議会任期固定法」では、5年の任期満了の前に下院を解散し、総選挙を行うには、①下院の3分の2以上の賛成か、もしくは②過半数で内閣不信任案の可決が必要であるとし、首相の解散権を廃止している。メイ前首相が2017年に総選挙を行っているので、次回選挙は2022年の予定である。
4. ジェトロビジネス短信(英国、EU)(2019/09/26)
5.Financial Times(2019/09/25)(http://www.ft.com/)
6.Operation Yellowhammer, HMG Reasonable Worst Case Planning Assumptions(As of 2 August 2019)