フラッシュ439
2019年10月28日
 

ITIタイ研究会報告(4)
  金三角経済特区(Golden Triangle SEZ)
~中国の、中国による、中国のための経済特区~

 
藤村 学
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
青山学院大学 教授

 

ラオス・ボケオ県トンプン郡にある「金三角」経済特区に入ると「老挝金三角経済特区旅游Travel in Golden Triangle Special Economic Zone」と題する立て看板が目に入る。写真付きで特区内の見どころがすべてわかる。

西北恒村Sibounheuang Village、唐人街Chinatown、金三角新村Golden Triangle Village(郊外の新興地?)、湄公河Mekong River、班磨村千年神樹Millennium Tree in Ban Mon Village、瀾滄王朝黄金城遺址Lancang Dynasty Old Golden City、東沙湾寺廟Done Sawann Temple、宮廷会所花園Chinese Palace Garden、木棉島Donxao Island、娯楽大庁Entertainment Hall(カジノのこと)、班[木匡]村原始部落Ban Kuang Laotian Traditional Village、大雁湖Great Goose Lake。

特区の敷地3,000haのなかにこれらすべてが収まるわけではなさそうだが、この特区は観光に特化するようだから、ラオスの近郊村落などは除き、人工物は着々と建造されていくのだろうか。金三角経済特区の動向をウオッチしてきた藤村教授に伺った。(聞き手はITI事務局長 大木博巳)

 



Q.タイ(チェンセン)の出国審査を受けて、中国企業が運営しているスピードボードに乗って、対岸のラオスのイミグレを通過して、金三角SEZに入りました。

-タイ側のチェンライ県にあるゴールデントライアングルの観光地ポイントから約1km南にタイ・ラオスの対岸の往来のみを対象とする船着き場へ行くと、前回訪問した5年半前よりもさらに激しく中国人観光客が大勢いた。これからラオス側に渡ろうとする人達と、対岸から戻ってくる人達の両方で賑わっていました。イミグレオフィス(というよりも小屋レベル)はタイのチェンセン地方の管轄ですが、対岸へのスピードボートを運行しているのは対岸のSEZを開発した中国資本でしょう。イミグレの向かいには、5年半前には見なかった中国人観光客向けのレストランほかの商業施設が増えています。

タイ側イミグレの出国のスタンプには「チェンセン」とあるだけで、独自の名前はついていません。ボートは前回、8人乗りほどの小型に乗って無料でしたが、今回は約30人乗りのボートで片道100バーツ料金がかかった。運転手も、着岸・離岸を助けるアシスタントも、中国人です。

  

 

Q.乗船して5分余りで対岸のラオスに着きました。ラオスのイミグレ施設は、やや趣味の悪い金箔ドームで、赤い看板にはラオ語に加えてGolden Triangle International Check Pointという英語と「金三角国際口岸」と中国語が併記されていた。中国に来たような雰囲気でした。

-ラオスの入国審査は、5年半前と比べて中国人の数が多く列ができて混んでいましたが、特に問題なく入国できました。こちら側のスタンプには「Sam Liam Kham」、つまりゴールデントライアングルという独自のゲート名があります。

通訳ガイドのFさんにイミグレ係官に聞いてもらったところでは、ここはローカル国境として2006~7年ごろオープンしていたが、2012~13年に国際国境に格上げしたとのことでした。

中国人観光客にとっては、ラオス経由の陸路でファイサイからここに来るパターン、第4メコン国際橋を渡り、タイに入ってからチェンコン経由で来るパターン、チェンマイまで飛んで、チェンライ経由で来るパターンといろいろあるでしょうが、今回いろいろ聞き取りした結果、空路でチェンマイに飛び、そこから陸路で回る観光ルートの一部としてここに立ち寄るというパターンが大半のようです

5年半前は雲南ナンバーの自家用車で陸路で乗り付ける中国人観光客も見かけましたが、今では空路が主流で、ゴールデントライアングルに乗り付ける中国人はタイの観光バスやバンでやって来ているようです。

前回と比べ、イミグレビルとその周辺がアップグレードしていました。免税店、旅行保険会社が入っている。ビルの外の駐車場も充実し、タクシー(上海汽車製の中国車)もたくさん出入りしています。

 

Q.入国審査を終えて中国のタクシーを捕まえました。タクシーの運転手は湖南省出身の30台後半と思われる女性。ここに働きに出てまだ5か月。まず、最初に行った場所が、カジノでした。

-船着き場から約2km南のところに前回も視察したカジノがあります。Kings Romansグループが経営しています。以前読んだ報道によると、マカオでカジノビジネスに成功したZhao Wei(趙薇)という黒竜江省出身のビジネスマンがこのカジノのボスで、この辺りの両岸の観光業を支配しているようです。中国政府とタイ政府の権力がおよばないこの地が、マネーロンダリング、麻薬取引、人身売買などの拠点になっているとみる欧米ウォッチャーは多いようです。

前回見なかった、カジノ玄関のアーチ型建物にはBlue Shield Casino「藍盾娯楽場」と書いてあります。英語圏のメディアでKings Romanの名前がネガティブに取り上げられる報道が多いので、改名して煙幕をはっているのかもしれません。

 

Q. 今回の現地調査では、カジノ訪問は2度目でした。ミャンマーのタチレクが最初。ここはフリーランチ、フリーディナーに、びっくりしました。タイバーツの現ナマが飛び交う、品は良くありませんが、その辺のおじさんやおばさんが、一攫千金を狙って来ているという印象でした。庶民的で活気がありました。ここは、どういう印象を持ちましたか。

-こちらのカジノは庶民的とは対照的でした。玄関を入ると、持ち物チェックは厳しいです。カメラはカウンターに預けさせられます。特区の現在の全体像をつかもうと、カジノ内のあちこちのスタッフにいろいろ質問しても、ほとんど無視されました。外国人ジャーナリストなどが取材にきてネガティブな記事を書かれているせいか、ギャンブル客以外の来訪者は歓迎しない方針が徹底している印象です。

カジノの中は午前中のせいか、空いていて、20ほどあるバカラテーブルのうちプレーヤーがいるのは数卓だけ。ディーラーはほとんどが中国人ですが、英語が話せるミャンマー人も少しいるとのことです。使用通貨は人民元。建物の拡張工事やメンテナンスなど肉体労働はミャンマー人を雇っているものと推測します。

 

Q、過去2回の視察したときと比べ、特区内の様子にどんな変化がありましたか。

-金三角SEZの視察は今回で3回目となります。最初は、7年前にフェイサイから車を借り上げて60km北上しました。2回目は5年半前で、今回と同じようにボートでタイから渡りました。

カジノの北に隣接する低層ホテル,木棉花園酒店Kapok Garden Hotelは、7年前に最初に訪れたときにすでにありましがが、今回はカジノのすぐ裏(東側)に20階建てほどの金ピカ色の、上空から見ると星形をしているような、ド派手なホテルを建設中でした。そのさらに裏には「唐人街」のアーチをもつチャイナタウン(ショッピング街)が建設完了していました。テナント入居はまだこれからというところでした。

カジノを中心に周囲約2km圏内にはすでに中国人住民がしっかり生活圏を築いており、1階が商店や中華料理屋で2階から上が貸し部屋という、中国の都市部で普通に見かけるアパートが林立している様子でした。カジノから天[我鳥]路(Swan Road)というメインストリートを南方向へ3~4km走るあいだには高層のコンドミニアムが続々建設中でした。

 

Q.運転手女史が気を効かせて、カジノから南へ5kmほど、中国系の建設資材置き場や駐車場などを過ぎ、何の変哲もない事業所に案内したと思ったら観光射撃場でした。

-我々も射撃を勧められましたが、1発200バーツと高いし、訓練を受けずにこうした遊びをやるのは危険です。射撃場には、パラセイリングとか気球乗りとか、他の派手なレジャーの広告ポスターも貼っていました。ギャンブルをする客ならこうした遊びにも平気でお金を払うと考えるのか、「売れるものなら何でも売ってやろう」という精神はうかがえました。

 

Q, 「木棉島Donxao Island」というショッピングセンターもありましたが、前回訪問時にもありましたか

-メコン川の遊歩道に出て、北へ戻る途中、上陸した船着き場から1.5kmほどの距離に「木棉島Donxao Island」があります。もともとこの場所はメコン川の中州になっていたところを埋め立てたもので、前回ここを視察したときは地面が土のままで舗装もされておらず、アクセスも小川を横切る必要があり、中洲を埋め立てて造った様子がわかりましたが、今はその面影はなく、きれいに舗装されてSEZと陸が一体化していました。

この木棉島Donxao Islandにも独自の船着き場があり、ここにも中国人観光客が続々と上陸しています。我々が利用したタイのイミグレの南1kmにあるらしい専用の観光船乗り場から、2時間500バーツという料金で非公式にここへ上陸させてもらえるとのことです。あと知恵ですが、我々もこのサービスを利用してラオス側に上陸し、SEZ内を視察すれば、イミグレオフィスの列に並んで出入国スタンプを4つ押してもらうという手間は省けたはずです。

 

Q, 船着き場の隣に、2011年に起きた中国人船員殺害事件の舞台となった「思茅」(中国雲南省の港)船籍の中型船を「展示」してありました。

-このゴールデントライアングルを舞台に、この中国船が武装集団に襲われ、13人の中国人船員が射殺されたという事件がありました。中国政府が血眼になって犯人を探し、Naw Khamというミャンマー人をリーダーとする武装グループが犯人と特定され、ラオス、タイ、ミャンマー各当局の了解のうえで、ドローンを使ってラオスに潜む一味の居場所を急襲して一網打尽に逮捕し、最後は一味を昆明まで送還して中国の法廷で裁き、2013年に昆明の刑務所でテレビ放映つきで公開処刑したという顛末です。

Naw Khamはスケープゴートにすぎなかったとの説もあり、真犯人が誰かは謎のままですが、このエピソードではっきりしたのは、中国政府にとってゴールデントライアングルは主権外だが、中国人民の利害にかかわる事件が起きれば、越境して力でねじ伏せる用意があるという国家の意志を示しました。

 

Q.木棉島Donxao Islandの船着き場の正面には高級ブランド品の小さいモールができていて、何軒かはすでに開業しているようでしたが、観光客が入っている様子がありませんでした。

-ブランドショップのビルはオープンしたばかりで、テナントがまだ揃っていない状況なので、致し方ないと思います。その右手奥が以前からあるマーケットで、そこは中国人客で賑わっています。中国製品(偽ブランドバッグやスーツケース類)、タイ製品(日用品、食品など)、ラオス製品(飲料、たばこなど)が適度にすみ分けして販売されています。ベトナム製のファッションバッグも売っており、店員に聞くと、これらは南北回廊を陸路で運ばれてきたといいます。

 

Q.ラオス地場の名産品を展示してある「老挝金三角旅游文化農特産品展庁Laos Golden Triangle Tourism Culture and Agricultural products Exhibition Hall」には、中国人スタッフが詰めています。中国東北部出身の色白の女性でした。

-今回お世話になった運転手女史といい、ここのスタッフといい、その拓殖魂には敬意を表するしかありません。

店内の壁に飾っている額縁入りの表示を見ると、2018年1月に「雲南大径体育文化待播有限公司」という中国企業が、ラオス金三角SEZ委員会と合作してこのマーケットの開発・運営に着手したという趣旨です。もう1つの表示には、金三角経済特区旅游局と中国の観光産業会(うち1つは広東省)が合同で、「携手合作共創未来」というスローガンをアピールしていました。ラオス産のたばこやお茶を中国印観光客向けに加工・パッケージング(中国企業の技術と推測)した土産物もアピールしていました。ラオスの土地で中国資本がやりたい放題しているという印象を緩和するためのCSRの一環という印象です。

 

Q, 金三角経済特区の経済効果をどう見ましたか。

-私自身はまだ消化不良で、どう整理すべきなのか、正直迷っています。通訳ガイドのFさんの見方では、この特区が開発され、国境が国際化されたことで、北部タイのチェンマイ、チェンライへやってくる観光客にとって観光スポットが増えたことになり、飲食店の売り上げや特区内で消費される店舗でのタイ製品の需要も増えたので、地元経済全体にとってはプラスではないかということです。

2時間ほど駆け足で特区を視察した結果、私個人としては、前回視察時には想像もできなかった中国資本・中国人の浸透ぶりにショックを受けました。

Q. わたくしも中国資本・中国人の浸透ぶりに驚きました。2時間使ったタクシー料金は人民元で請求がきました。414人民元、ラオスの通貨キープは受け取る気はなかった。何もかも、中国でした。ラオスの中国国境の町ボーデンでも同じ経験をしました。

-この5年半で、インフラが整備され、新都市が建設され、物流需要も増えて劇的な変化を経験したようです。ラオス地元民には無縁のチャイナシティと化しています。去る3月に視察したミャンマー・シャン州のムセやラオカイのデジャヴーでした。そして後日、ラオスのボーテンではさらに輪をかけてショッキングな光景を見ることになりました。

 

参考情報:ゴールデントライアングル経済特別区(ラオス北部ボケオ県トンプン郡)
ラオスのSEZ国家管理委員会の管理する経済特区の一つ。敷地面積10000ha。デベロッパーは香港・マカオのKings Romans Group、2007年ラオス政府との間で総合的観光開発の契約を締結、2010年2月4日付で特別経済区として承認。 ラオス政府が20%、Kings Romans Groupが80%。デベロッパーとしてのドークギゥカム社を設立。
【沿革】:2007年4月26日にラオス政府はミャンマー・マカオ・ラーントゥン社に対して827haの経済観光区開発のための契約(期間50年間、25年延長)を調印。2010年9月4日付ゴールデントライアングル経済特区に関する首相令にて経済特別区へと格上げ、開発対象の総面積は3000ha、コンセッション期間99年となった。
【事業】カジノ(2009年開業)を中心とする17事業からなる観光SEZ開発事業、面積は827ha、投資総額は8,700万ドル。これまでインフラ整備として40kmの道路建設、クワーン村内の道路6km、15kmのSEZ内道路、上水道(4800m3/日)、電力網27km、職員宿舎(1200名)を実施。 ホテル、カジノ、競馬場へは1億6000万ドル、その他には畜産試験場、放牧場、苗場、農業試験場、ドクギウカム公園、マーケット2か所、移住地、宿泊地、ブロック工場、コンクリート工場、砕石工場などに投資を実施
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(ITIタイ研究会は公益財団法人JKAの補助事業)