一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/11/01 No.440GM長期ストの終結と今後への影響

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

9月16日午前0時から始まったUAW(全米自動車労組)によるGMストは10月16日の暫定合意を経て、同月25日最終的に終結した。40日間に及んだGMストは、1970年の67日間に次ぐもので、半世紀ぶりの長期となった。今回のGMのストは12年ぶり、前回2007年は2日で終わった。今回はなぜ長期間ストになったのか、新たな労働協約はどんな内容となったのか、新たに締結された労働協約は今後の米国の労働運動にどのような影響を与えるのかなどについて、以下検討してみよう。

1.GM史上2番目の長期ストとその原因

米国経済はかげりをみせてはいるものの好調である。年率のGDP成長率は第3四半期が前期(2.0%)並みの1.9%(速報値、10月30日発表)。失業率は9月が前月比0.2%ポイント減の3.5%、1969年12月と同率で半世紀ぶりの低さである。マクロ経済の好調さの中で、UAWがGMに要求したのは次の諸点であった。

GMが北米でこの3年間に350億ドルの利益をあげており、この収益を労働者の賃金には十分反映すべきである。②就労経験年数による二重賃金制は廃止すべきである。③正規工(2007年以前採用の時給は28~33ドル)と臨時工(時給15~19ドル)の格差が広がる中で、臨時工の採用を増やすGMの政策はやめるべきである。④メキシコの工場は閉じずに、米国の4工場の閉鎖を決めたのは不当であり、GMはこの決定を撤回すべきである。④医療保険の個人負担増は改善すべきである。

このようにUAWの要求が広範囲に及んでいたことがGM側との交渉を難航させたものとみられるが、UAW幹部による汚職、組合費の濫用といった不祥事(注1)で失墜していた信頼を回復するため、UAWがGMに対して強く出たという側面もあるといわれる。

なお、10月16日の暫定合意はUAW各支部の組合員の投票に付され、修正されることなく暫定合意がそのまま最終合意となった。暫定合意に対する全組合員の支持率は、57%であったが、支持率はミシガン州のFlint plant (Local 598) で61%、同州のLansing plant (Local 652) で75%など、UAWの支部別に差がある(注2)。

2.新労働協約の概要

10月25日に締結された新しい4年間の労働協約では賃上げ、医療保険負担などでGM側の大きな譲歩がみられるが、閉鎖が発表されていた4工場のうち1工場(ミシガン州のDetroit Hamtramck工場の閉鎖が撤回された。主要な合意条項は以下のとおりある。協約内容の出所は10月25日付ニューヨーク・タイムズ電子版(注2)、UAWおよびGMの発表。UAWの新労働協約の詳細は56100-UAW-hourly-1.pdf (UAW – General Motors, Contract Summary: Hourly Workers, October 2019)を参照されたい。

(1)賃金・ボーナス

  • 労働協約の2年目と4年目に3%の賃金引き上げを実施し、同1年目と3年目に4%の一時金(lump sum payments) を支給する。
  • 2007年の自動車危機で導入された制度によって、全体の3分の1を占める労働者の賃金はベテラン工の半分の17ドルでスタートし、就労8年後は28ドルで頭打ちとなっていた。新協約では格差是正が図られ、8年の半分の4年の就労経験で最高給の32.32ドルの支給が可能となった。2023年までに全正規従業員の時給は32.32ドルに引き上げられる。
  • 就業3年を経た臨時工を正規工に昇進させるルートを2020年1月から、またパートタイム工を正規工に昇進させるルートを2021年1月から設ける。
  • UAWは臨時工の人数、労働時間等を管理、モニターする。パートタイム工の採用はUAWの承認の下に行う。
  • 新しい労働協約の締結によるボーナスとして正規従業員に1,100ドル、臨時従業員に4,500ドルが支給される。
  • 従業員に対するGMの利益配分率(北米のGMの利益10億ドルにつき従業員1人当たり1,000ドル)は変更せず、上限の12,000ドルは撤廃する。

(2)医療保険の自己負担

GMは当初従業員の自己負担を15%に引き上げる計画であったが、現行の3%に据え置く。なお、米国の平均自己負担率は24%と報じられているため、GMの従業員自己負担率は非常に低いことになる。(注3)

(3)工場への投資と閉鎖

GMが2018年11月に発表した米国4工場(ミシガン州のDetroit Hamtramck 工場、メリーランド州のBaltimore Transmission 工場、オハイオ州のLordstown Assembly 工場、ミシガン州のWarren Transmission 工場)については、今回の新労働協約でDetroit Hamtramck工場を除く3工場の閉鎖が合意された。

GM側の新労働協約に関する発表では、①ミシガン州のDetroit Hamtramck工場は閉鎖せずに、全ての新たな電動ピックアップトラックの集中生産地とし、デトロイト市におけるGMの将来性を確保し、新規製品の潜在性を創出する拠点とすること、②オハイオ州のMahoning Valley で新規投資と雇用創出を進め、バッテリー生産により1,000人の製造雇用を創出すること、さらに、③オハイオ州のLordstown Assembly工場は、商業用電動ピックアップ生産の新規企業 Lordstown Motors Corp. に売却し、同企業は当初400人の製造雇用を創出すると述べている(注4)。これらにより、GMは米国内の工場に77億ドルを投資し、9,000人の雇用創出と維持を図る、としている。

なお、UAWは新労働協約の期間中にCCA Fontana (カリフォルニア州の部品集中施設、注5)が閉鎖されることを確認したと述べている。また、新労働協約では閉鎖工場従業員に対する退職金等も規定されている。

3.今後の米国の労働運動への影響

今回のGM・UAW新労働協約は、第1に、先行して締結されたフォードとフィアット・クライスラーの労働協約にまず影響を及ぼす。第2に、在米外国自動車メーカーに対するUAWの組織化攻勢が強化され、労働組合結成の可能性を高める。第3に米国の労働運動を活性化するとみられる。これら諸点は、1962年通商拡大法232条に基づく、11月13日を期限とする自動車・同部品の輸入制限措置にも関係するものと思われる。以下、これらについてみてみよう。

(1)フォード、フィアット・クライスラーの労働協約交渉

米国の自動車大手3社はUAWとそれぞれ4年毎に労働協約を改定しているが、9月15日の改定期限までに改定交渉を終えたフォードとフィアット・クライスラー(FCA)の2社に対して、UAWはGM・UAW間で締結された新労働協約を雛型として再交渉を行うことになる。UAWはFCAとの交渉は後回しにして、まずフォードとの交渉を開始するとしているが(注6)、収益率がGMに劣る2社が、GMに年間3億5,000万ドルの労働コスト増をもたらす労働協約を受け入れることは厳しいと報じられている。

Center for Automotive Research によると、新協約前の1時間当たりの平均労働コストは、GMが63ドル、フォードが61ドル、FCAが55ドル、米国南部の労働組合のない外国自動車メーカーは約50ドルである。新労働協約によってGMの競争力の低下は避けられない。

(2)在米外国自動車に対するUAWの攻勢強化

一方、賃金面で画期的な成果を挙げたGM・UAWの新協約は、UAWの外国自動車メーカー労働者の組織化に大きな影響を与える。今年6月、フォルクスワーゲンのテネシー州チャタヌーガ工場ではUAW傘下の労働組合結成を問う従業員投票が反対833票、賛成776票で否決されたが、賛否の票差57票は、2014年2月に行われた票差86票(反対712票、賛成626票)よりも縮小している。また、日系企業では、2017年8月にミシシッピー州キャントンにある日産自動車工場で労働組合結成が否決されている。これら外国自動車工場に対するUAWの組織化攻勢は今後さらに強まるものと予想される。

(3)米国における労働運動の活性化

米労働省統計によると、米国における従業員の労組加盟率は1983年20.1%、1984年18.8%と低下し、2017年10.7%、2018年10.5%となった。しかし、1,000人以上の労働者が参加したスト件数は2016年15件、2017年7件であったが、2018年には20件と増え、2007年の21件に迫っている。スト参加労働者数も急増し、2018年は485,000人で、2017年の25,000人の19倍となった(2007年は189,000人)。

景気の順調な推移に対してスト件数とスト参加労働者数が増大している背景には、企業の収益増が労働者の賃金に反映されず、所得格差の拡大が続いているという現実がある。同時に、ストの成功はストを呼ぶという「スト連鎖の法則」が働いているとの指摘もある(注7)。

確かに米国ではストの連鎖が起きている。2018年2月、ウエストバージニア州の公立学校で起こった教員・教育関係者スト(参加者数2万人)は生徒やその親まで巻き込み、賃上げのほかに教室当たりの生徒数削減、教科書の刷新など教育環境改善のための州の予算増を実現した。この成功から、公立学校の教員ストはオクラホマ、アリゾナ、コロラド、ケンタッキー、ノースカロライナの各州に拡散した。

さらに同年9月にはシカゴの26件のホテルで6,000人の従業員による医療保険改善要求スト、10月にボストン、デトロイト、ホノルルなど8都市のマリオットホテル23か所で7,700人のスト、11月にカリフォルニア大学メディカルセンターのレントゲン技師など医療関係者15,000人による3日間のスト、これに関連したトラック運転手など24,000人の同情ストがあった。また、ハイテク関係の企業でも、約20,000人のグーグル従業員のセクハラ問題を巡る抗議ストが11月に発生している。

1981年8月、レーガン大統領は職場復帰命令を無視してストを続けた航空管制官組合(PATCO)所属の全組合員を解雇して組合を非合法化し、代替要員を採用した。米国の労働運動史におけるこの歴史的大事件以降、米国の労働組合は待遇改善よりも雇用確保に重点を移すように変わったが、その後の経済状況の変化は労働組合の活動方針を昔に戻している。米国における近年のストの増加は、労働組合の方針変化を改めて印象付けている。

〔注〕

1. JILAFメールマガジン No.552(2019/7/19)「全米自動車労組(UAW)の不祥事がフォルクスワーゲン労組の結成を阻んだ」(6月16日付Wall Street Journalの社説の翻訳)。JILAFはJapan International Labour Foundation (公益財団法人国際労働財団)。

2. The New York Times (web edition), Oct. 25, 2019, G.M. Workers Approve Contract and End U.A.W. Strike. なお、この記事では閉鎖が決まったLordstown plant, Ohio (Local 1112)など他の工場については言及されていない。

3. 新労働協約の内容については、Detroit Free Press, Oct. 25, 2019, Strike over! UAW workers ratify contract with GM. Here’s what’s next. も参照した。

4. Lordstown工場については、トランプ大統領が2018年11月、GMがこの工場閉鎖を撤回しなければ政府の助成金は出さないとGMのバーラCEOに警告している。その後トランプ大統領はGMに対して具体的な行動に出ていないが、GMによる今回の工場売却措置はトランプ大統領の警告とも関係しているかもしれない。

5.ジェトロ・ビジネス短信、2019年10月21日付「米GMのストライキ継続、暫定合意でも4工場中3工場は閉鎖へ」。同10月31日付「UAW、米GMとの労働協約を批准、40日間のストライキは終結」。

6.The Wall Street Journal, Oct. 27,2019, GM Labor Deal Could Be Costly to Detroit Rivals.7.The New York Times, Sept. 17, 2019, The Autoworkers Strike Is Bigger Than G.M., by Steven Greenhouse. The American Prospect, Winter 2019 issue, The Return of the Strikes, by Steven Greenhouse, January 3, 2019.

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