フラッシュ450
2020年2月13日
 

ドイツ-脱石炭法案を閣議決定

 
伊﨑 捷治
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

はじめに

ドイツ政府は1月29日、懸案の「脱石炭法案」を閣議決定した。

ドイツは2030年までにCO2排出量を1990年比で55%削減し、2050年までに気候中立化を達成することを掲げ、分野ごとの排出量の削減目標と交通および暖房の分野に対するCO2課税の導入などを定めた「気候保護法」を昨年12月半ばに発効させている。

「脱石炭法」は最大のCO2排出源である石炭・褐炭発電を2038年、早ければ2035年までに段階的に削減し、終了することおよびそのための手続きを定めるもので、それに伴って必要となる「産炭地域構造強化法案」とともに議会を通過すれば、2030年までのCO2削減に向けた法的体制がほぼ整うことになる。

1.ドイツの石炭発電とCO2排出量

ドイツでは脱石炭は石炭発電および褐炭発電からの離脱を意味する。ドイツにおける石炭の採掘は2018年に終了しており、発電用、製鉄用などの石炭はすべて輸入に依存している。石炭発電所は主に大手電力会社のほか、市町村によって運営されており、自家発電に利用する企業もある。

これに対して、ドイツの褐炭は世界一の採掘量を誇り、ほぼ全量が発電に利用されている。褐炭の一部は市町村や企業が保有する発電所でも利用されるが、大部分は大規模な露天掘り鉱山と隣接した大型発電所を一体として運営する大手電力会社が利用している。採掘、発電ともに大規模であるだけに、閉鎖となると雇用や地域経済への影響が大きく、広大な採掘跡地の回復や環境の再生も大きな課題となる。

連邦経済省のエネルギー統計によると、2017年時点のドイツ全体の発電能力は219.3ギガワットで、そのうち石炭(混合燃焼を含む)は29.9ギガワット、褐炭は23.0ギガワットを占める。実際の発電量に占める割合は石炭が12.9%、褐炭が22.5%である。(2018年、エネルギーバランス作業協会)

石炭発電によるCO2排出量は年間約9,200万トン、褐炭発電は約1憶5,700万トンで、それぞれ発電によるCO2排出量全体の26,3%および45.0%を占める。ドイツ全体のCO2排出量に占める発電の割合は約41%である。(ドイツ連邦環境庁の2017年のデータ)

2.脱石炭法案の経緯

脱石炭法案は、2018年半ばに産業界、労働組合、学界、環境団体など各界の代表で構成される石炭委員会(成長・構造・雇用委員会)が設置されて以来7か月余りにわたる激しい議論を経て取りまとめた勧告を基に、連邦政府がさらに1年をかけて関係する州や企業などと協議して、ようやく成文化した。政府は法案が今年夏までに連邦議会および連邦参議院を通過することを見込んでいる。

石炭委員会が勧告した産炭地域の構造改革に対する400憶ユーロの支援に関する法律については現在議会で審議中となっている。

地球温暖化に対する危機意識が高まるドイツでは脱石炭は電力業界、産業界も含めて不可避と見られており、国会の審議で脱石炭そのものが大きな議論になることはないとみられる。しかし、脱石炭とくに脱褐炭には補償などに膨大な費用か見込まれているほか、法案には脱石炭のテンポや方法などの面で石炭委員会の勧告から乖離する部分もあることも指摘されている。そうした点も含めて、緑の党や環境団体だけでなく、元石炭委員会のメンバーからも批判が出されている。

3.脱石炭法案の概要

脱石炭法案(石炭発電の削減と終了および関連各法の改正に関する法案)はまえがきや付則を含めると200ページににも及ぶもので、目的とスケジュールのほか、脱石炭の進め方、補償などについて詳細に定めている。脱石炭に伴って不要となる排出権の扱いや代替発電設備については既存の法律の改正が予定されている。

(1)脱石炭のスケジュール
脱石炭法の目的とスケジュールについては第2条第1項および第2項で次のように定められている。

第1項 この法律の目的はドイツにおける石炭発電を社会的負担が少なく、段階的かつ可能なかぎり着実に削減、終了し、それによって(温室効果ガスの)排出を削減し、確実で、低価格で、効率的で、気候を棄損しない形で国全体に対する電力の供給を確保していくことにある。

第2項 第1項の目的を達成するため、ドイツの電力市場における石炭の投入による発電のための設備の残余の出力を以下のとおり段階的かつできる限り一定して削減する。
  1.2022年に石炭15ギガワット、褐炭15ギガワットへ
  2.2030年に石炭8ギガワット、褐炭9ギガワットへ
  3.遅くとも2038年末までに石炭0ギガワット、褐炭0ギガワットへ。

(2)進捗状況の点検と脱石炭の繰り上げ実施
上記のスケジュールで実行される脱石炭の進展状況については、電力供給の確保、価格動向、気候保護の成果など、4回の点検が行われる。最初は2022年で、その後は2026年、2029年、2032年である。2025年からは脱石炭を3年繰り上げ、2035年に達成できるかどうかの検討も行われる。(第7部 第51条)

(3)脱石炭の実施方法
石炭発電所については2026年までは入札で停止され、それによって事業主は補償を受けることになる。早期の停止に対するインセンティブとして上限価格が漸減されていく。年内であれば1メガワットあたり16万5,000ユーロで、その後は毎年引き下げられ、2026年には4万9,000ユーロとなる。一方で、2024年までに定められた削減率が達成されない場合は、閉鎖が命じられる。2027年以降最終年までに閉鎖の対象となる発電所も同様であるが、補償はなくなる。(第3部 石炭発電の削減のための入札、第4部 法律に基づく石炭発電の削減)

褐炭発電所は褐炭鉱と一体化しており、入札は複雑となるため、個々の発電所について連邦政府と運営事業者の契約または政令によって実施される。2030年までに最終停止され出力150メガワット以上の設備に対する補償額はラインラント地域が26億ユーロ、ラウジッツ地域が17憶5,000万ユーロで、総計43億5,000万ユーロが見込まれている。連邦政府と事業主の間の契約では、とくに事業主については提訴権の放棄なども定められている。2020年6月30日までに契約が成立しない場合、連邦政府は褐炭発電の削減と終了を政令で定めることができる。150メガワット以下の小型設備については第3部の入札に参加するか、政府との契約を結ぶか、いずれかを選択することができる。(第5部 褐炭発電の削減と終了)
(注)発電設備ごとの停止日程についてはすでにドイツ政府と大手電力会社との間で基本的合意が成立している

(4)高齢の従業員に対する支援
58歳以上で脱石炭のために褐炭ないしは石炭の分野で職を失う場合は年金が受給できるまでの最高5年間について調整給付金を申請できる。年金の削減が生じる場合も補填がある。(第8部 調整給付金)
(注)政府はその経費が2020年から2043年までで48億1,000万ユーロになるとみている。

(5)電力消費者の負担軽減
電力消費量の多い企業については2023年以降、脱石炭による電力料金の上昇によって国際競争で不利が生じる場合、連邦の資金によって負担軽減を行うことができる。(第50条第5項)

(6)その他の関連法規
① EUのCO2排出権取引制度との関係
脱石炭によって排出権が余剰になってくるが、これについては「温室効果ガス排出権取引法」を改正し、脱石炭法で余剰となる排出権を抹消することができると定める予定。ドイツで不要となる排出権がそのまま他のEU加盟国における温室効果ガスの排出につながることを避けるためである。
② 石炭発電からガス・ベースのコージェネシステムへの転換を促進するため、コージェネ法の適用期間が2029年末まで延長される。

4.脱石炭法案に対する反響

ドイツでは脱石炭は既定の路線であるということができ、法律の制定には各界が石炭員会に代表を送って協力してきた。しかし、連邦政府が直接関係する企業や州の合意を取りつけた法案には各方面からそれぞれの立場で批判の声が挙がっている。

そのひとつは元石炭委員会のメンバー8名によるもので、メルケル首相に宛てた文書で2つの点を指摘している。
・すでに建設済みでまだ稼働していないダッテルン IV石炭発電所が委員会の勧告に反して稼働を認められること。
・もうひとつは、2038年の完全停止に至るまでの各年における発電所の停止の進め方
と規模に関するもので、石炭委員会が発電能力と排出量の削減を2025年までは直線的に進め、同年には褐炭発電では発電能力で2ギガワット、排出量で1,000万トンの削減を勧告していたが、法案では削減テンポがこれを大きく下回るという点である。

緑の党のホーフライター党首はこうした点も踏まえて、政府に対して脱石炭法案を取り下げるとともに石炭委員会メンバーの要求に応じ、勧告に立ち返ることを求めている。

そのほかでは、地方自治体公益事業関係機関が石炭発電による遠隔熱の供給への影響や2027年以降は補償がなくなることに懸念を表明し、脱褐炭の方が遅いのは気候政策的に誤りで、石炭業界が褐炭の後始末をさせられることになると批判している。

また、企業自家発電連盟や化学工業連盟は、脱石炭による電力料金上昇に対して、政府は送電料の補助を通じて「補償できる」と定められているのみで、担保されていないことを批判している。

環境団体からは、ラインラントのガルツヴァイラーII褐炭鉱が引き続き拡大することによって当該地域の住民が立ち退きを迫られることになる点などを批判している。とくに、元石炭委員会のメンバーも指摘している石炭発電所ダッテルンIVについては建設計画が明らかになった当初から激しい抗議活動を展開しており、今後も標的となる可能性が高い。