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2020/02/14 No.451ジョンソン政権と英EU離脱交渉(その3)-英国、正式「EU離脱」、前途多難な船出-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

英首相メッセージ、「離脱、国家の再生・変革」

英国は1月31日、EU(欧州連合)から離脱した。英国が1973年にEC(欧州共同体、EUの前身)に加盟してから47年を経てEU加盟国としての歴史に幕を下ろした。1950年代から6か国で始まった欧州統合は、28か国まで拡大し続けてきたが、初めての加盟国離脱という歴史的な転機を迎えることになった。英・EUが新時代を迎える中で、離脱後の新たな関係構築へ向けて、交渉を本格化させる。交渉期限を「移行期間」である本年末までと、英国は退路を断った。

ボリス・ジョンソン首相は31日、英国民向けのメッセージで「EU離脱は終わりではなく始まりである。人々が支持した変革を実現するために、取り返した主権という新たな力を行使することである。EUには強みや称賛すべき性質があるが、もはや英国には合わない方向へと発展してきたからだ。離脱は、国家の真の再生と変革の瞬間となり得るのだ。EUと、活力あふれる英国との友好的な協力関係の新時代の幕開けとしたい」と強調した(注1)。

筆者は約7年前、デービッド・キャメロン首相(当時)がEU残留か離脱を求める国民投票を実施するとの声明を出し、英メディアが大きく離脱問題を報道したのを機に世論が高まったと論じた(注2)。その中で、英国と独仏など大陸欧州との間の歴史的なアンビバレントな関係を例示した。不戦の誓いを立て、最終的には政治統合を目指す大陸欧州(特に、独仏)と、経済的な利益とコストを天秤にかけて単一市場の完成に留めたい実利的な英国とでは、もともと統合についてのイデオロギーの違いがあまりにも大きいと結論付けた。

さて、この「厄介なパートナー」である英国の離脱をEU首脳たちは、どのように受け止めたのだろうか。欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)、ダビッド・サッソリ欧州議会議長とともに記者会見し、「英国はEUの隣人であり続ける。英国とEUには安全保障や経済関係などで共通の課題があり、将来関係において最大限可能な合意を達成し、緊密に協力できることを世界に証明したい」と語った。

しかしながら、この発言は外交的なレトリックを弄した印象が強い。「移行期間」が本年末に迫る中、2021年以降の英・EU関係を規定する交渉で厳しい対立が予想される。エマニュエル・マクロン仏大統領は「欧州にとって歴史的な警告だ。英国の人々はEU離脱を選んだ。義務を負わない分、権利を失うことになる」とけん制、アンゲラ・メルケル独首相も「英国がEU単一市場から逸脱すればするほど、将来の関係は変わってくる」と述べ、英国の譲歩が必要だと警告した。

「国家主権」に執着、自ら退路を断つ

交渉がまとまらなければ移行期間を最大で2年延長できるが、ジョンソン氏は延長を禁じる条項を離脱協定案の関連法案に盛り込み、2020年12月末までの「移行期間」中に交渉を終えられるとして、自らの退路を断った。同氏が1月8日、フォンデアライエン氏と会談した際にも、「移行期間」の延長を望まない意向を伝えた。また、ジョンソン氏はEU・カナダ包括的貿易投資協定を念頭に,物やサービス、その他の分野での協力を規定した広範な自由貿易協定(FTA)をEUと締結する意向を表明した。「移行期間」後は英国によるEU規制への連動や英国に対する欧州司法裁判所の管轄権は終了し、英国が漁業水域や人の移動の管理を独自に行う考えも伝えた(注3)。

ジョンソン氏の「国家主権」へのこだわりは強い。同氏にとって、EU離脱とは、英国が何事も自国で決められるようになることを意味する。それどころか、EUの諸制度による内政干渉を阻止する道が他になければ、たとえ英国にマイナスになってもEUとの間のFTA締結を阻止する義務があるとさえ考えているというのである(注4)。

フォンデアライエン氏は、EU規制からの分離とEU市場へのアクセスは両立できないと牽制、「(2020年末までの)短期間で全ての交渉を終えられるのか双方はよく考えるべきだ」と「移行期間」内の合意達成は難しいとくぎを刺した。通常は、英EU関係の柱となるFTAには、数年を要するとされるだけに、「移行期間」内に妥協するハードルは高い。もし、延長する場合は6月末までには決める必要がある。これが次の山場となる。

また、同氏は、ジョンソン氏との会談に先立ち、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)での講演の中で、「人の移動の自由を打ち切るならば、資本や物、サービスの移動の自由もない。環境、労働、税制、政府補助金(などの規制)に関する「公正な競争条件(level playing field:LPF以下同じ)」が維持されなければ、世界最大の単一市場(であるEU)への最高水準のアクセスは実現しない」と述べ、離脱した英国がEU単一市場と関税同盟の一体性を損なうような「妥協はあり得ない」と述べ、EU側の基本的姿勢を明確にした(注5)。

英・EU間の立場の違いがいかにも大きい。ジョンソン氏が本年中の完全な離脱にこだわるならば、「合意なき離脱」リスクが依然として残るのである(表1)。

表1 英・EUの「移行期間」中の交渉の流れ

時期内容
2020年1月31日異国、EUを正式に離脱
2020年2月1日「移行期間」入り
2020年2月3日英国、EUそれぞれ交渉の基本方針を発表
2020年3月上旬交渉開始
2020年6月末「移行期間」延長について判断
2020年12月末「移行期間」終了
2021年1月1日以降➀交渉が決着、完全に離脱
②「移行期間」を最大2年間延長・交渉継続
③交渉決裂、「合意なき離脱」
(出所)筆者作成。

英「EU規制に従わぬ」、EU「公平な競争条件は必須」、交渉難航は必至

離脱後の英国とEUの将来関係、とくに自由貿易協定(FTA)を巡って、英・EU双方は2月3日、今後の交渉方針を明らかにした。英国、EUとも「関税なしの自由貿易」を継続する方針で一致しているものの、規制やルールのあり方で対立が鮮明になっている。

英政府は2月3日、英議会に交渉方針を提示したが、FTAについては、関税や数量割り当てを導入しないことを目指す一方、政府補助金や環境・労働規制、税制などに関する「公正な競争条件(LPF)」では、一般的なFTA以上に規制を連動させることは認めないとの考え方を明らかにしている。

ジョンソン氏は3日の交渉方針提示に先立って行った演説の中で、補助金、環境規制などLPFに関する多くの分野で、英国はEUよりも進んでいるとして、「FTAにLPFを含めない」と述べ、EUの規制・ルールには従わない姿勢を明確にした。その上で、「我々はEU・カナダのFTAと同じ協定を望んでいる」と語った。EU・加FTAの関税撤廃率は98%となる。他方、金融などサービス分野は自由な相互参入を妨げる障壁が残る(表2)。英国は「カナダ型」を発展させたFTAを結び、得意とするサービス分野で全面的な自由化を確保したい考えである。

これに対して、LPFは、EU側が英国とのFTA交渉で最も重視する規制・ルールである。フォンデアライエン氏が1月8日にロンドンLSE大学で行った演説や欧州委員会が2月3日にEU理事会に提出した交渉権限(マンデート)指令案でも、関税・数量割り当てゼロのFTAでは、LPFの徹底した履行義務が条件と明言している(注6)。

EUのミシェル・バルニエ主席交渉官も2月3日の記者会見で、「物への関税なし、数量制限なしを含めた、非常に野心的な通商関係を提案する用意がある」と述べたが、「競争は公平でなければならない。公平な競争環境の保障が必要だ」と、同氏は会見中で「level playing field」という言葉を繰り返して力説した。つまり、関税ゼロなど非常に野心的なFTAを望むならば、英側はEU規制・ルールを受け入れる必要があるという主張である(注7)。

フォンデアライエン氏は2月11日、欧州議会で行った演説の中で、ジョンソン氏がEU加FTAのようなFTAを結べなければ、「FTAなしも辞さない」と考えていることに「少し驚いた」と述べた。ジョンソン氏の瀬戸際戦術でEUを揺さぶる構えだが、奏功するのかどうか。3月から始まる交渉難航は必至である。

表2 英EU離脱後の通商関係(4つのケース)

項目EU加盟EU加型(FTA)EU豪型(交渉中、FTAなし)WTOルール(合意なし)
関税ゼロ98%の品目ゼロ復活(乗用車は10%)復活(乗用車は10%)
EU域外との貿易交渉×
サービス自由化×××
移民制限×
国境手続きなしありありあり
EU規制・ルール準拠調和準拠せず準拠せず
(出所)読売新聞(2020/02/05)、日本経済新聞(2020/02/04)などから作成。

注・参考資料:

1.読売新聞(2019/02/02)

2.田中友義「厄介なパートナー、英国のEU離脱世論(Brexit)高まる」(ITIフラッシュ170、2013/07/04)

3.ジェトロビジネス短信(英国、EU)(2020/01/09)

4.Financial Times(2020/02/07)

5.ジェトロビジネス短信(英国、EU)(2020/01/09)

6.ジェトロビジネス短信(EU、英国)(2020/02/04)(2020/02/05)

7.日本経済新聞(2020/02/04)

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