フラッシュ460
2020年5月12日
 

COVID-19コロナウイルスと戦うドイツ
パンデミック対策と経済対策はどう進められたか

 
伊﨑 捷治
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

ドイツにおけるパンデミック対策が日本の対策と決定的に異なる点は、感染の予防や拡大防止のための対策が、政治や経済の観点から離れて、もっぱら医学的、客観的知見と分析に基づいて行われることである。感染を防ぎ、医療を施すのは政治の力や経済情勢ではないからだ。したがって、経済対策には感染防止策による打撃に対する補償という考え方はなく、感染拡大やそれに伴う各種の行動規制による影響を想定したものとなる。内容の面でもリーマンショックの際と同様で、主として事業活動の継続とそれによる雇用の維持という観点から策定されている。その限りでは、感染対策とのバランスをとるのではなく、むしろ感染対策を支えるものだといえる。

感染の予防・防止対策の特徴

ドイツの感染対策において中心的役割を果たすのはロベルト・コッホ研究所(RKI)である。日ごろから国内外に張り巡らせたネットワークを通じて情報を入手し、感染源などにかかわる調査・分析を行っている。そして、いざというときには、事前に整えた国内関係機関の組織体制を通じて、連邦や州、地方の行政機関や医師、医療機関、検査機関さらには広く国民に向けて、情報の提供や行動の指針となるアドバイスを行うのが役割である。

もうひとつは、国民の健康と生命を最優先して、予防、感染防止策を講じるに際しては基本法(憲法)で最も重視される「人としての自由」、「移動の自由」など、基本権の一部をも制限することが可能になっていることである。それに対する補償は実質的には行われない。むしろ、事情によっては感染者だけでなく、事業者、一般国民も規則違反には罰則が科されことがある。

連邦制のドイツでは保健・医療は主に州の管轄である。したがって、感染症の予防や防止においても実際に対策を講じるのは地方の現場から州のレベルまでで、連邦の役割は州の間の調整や国民に対する広報のほか、国全体としての医療用品の確保や州を越える国境対策などがあるが、それらとは別に、医療体制の強化を資金面で支援するなど環境を整えていくことは国の重要な役割である。

ロベルト・コッホ研究所(RKI)の役割

ドイツにおける感染症対策の柱は「感染防止法(Infektionsschutzgesetz)」で、「コオーディネーションと早期把握」について定めた第2章の冒頭にある第4条には次のように定められている。(抜粋)

  1. ロベルト・コッホ研究所は伝染病の予防および感染拡大の早期確認と防止のための国家機関である。これには、伝染病の原因、診断および予防に関する疫学および実験に支えられた分析および研究の開発および実施が含まれる。研究所は担当の連邦機関。担当の州機関、国の基準センター、その他の主要な施設、専門的協会と協力する。(中略)ロベルト・コッホ研究所は州の最上位担当機関の要請に応じて、担当当局に対して脅威となる伝染病の監視、防止および撲滅のための措置について、(中略)公的な支援を行うことができる。これらの支援のために必要な場合は個人に関するデータを処理することが認められる。
  2. (1)(ロベルト・コッホ研究所は)それぞれ専門機関を担当する連邦機関と協議のうえ、予防的保健の措置として、伝染病の予防、認知、拡散の防止のためのガイドライン、勧告、注意書その他の情報を提供する。
    (中略)
    (5)各州その他の関係者が本法に基づいて役割を果たすに際して疫学的監視の枠内で支援を行う。
  3. ロベルト・コッホ研究所は第1条第1項の目的のために外国の当局および超国家機関および世界保健機構(WHO)、その他の国際機関と協力する。
    (注)この項では経済協力の一環として、防疫に関する人材協力、技術協力、リスク管理等々の役割もロベルト・コッホ研究所に与えられている。

今回のCOVID-19の拡散に際してのロベルト・コッホ研究所(RKI)の基本的考え方は、過去に世界で起きたパンデミックの経験やデータをもとに、①国民の60~70%が感染する、②それまでに第2、第3の波が起きる可能性があるとの前提のもとに、③感染のピークが医療体制の崩壊を招くことのないよう、できるだけ平坦に保つ、④とくに、重症化化しやすい手術後の人や持病のある人、高齢者の感染をできる限り阻止していかなければならないというものであった。研究所所長ヴィーラント教授は「パンデミックがわが国を覆うのが数か月で済むか、数年にわたるのか、予測はできないが、感染の広がりは遅れれば遅れるほどよい。その間にワクチンや治療方法が開発される可能性もある」と繰り返し強調している。

3月23日のメルケル首相のスピーチもこうした科学者の冷徹な判断を自らの言葉に書きかえて国民の心に訴えたものであったといえる。

RKIはその基本的考え方に沿って、分析を続け、医師や病院、関係機関、さらには幅広く国民に向けて医学、疫学、ウイルス学の観点から感染拡大防止のための具体的な手続方法や指針を発信し続けている。

強い権限を持つ地方の[担当当局]から連邦政府まで

一方、医師その他医療機関から感染症察知の情報をいち早く入手し、州政府を経由してロベルト・コッホ研究所に通報し、現場に即して感染の防止措置を実施するのは各州に置かれた「担当当局」である。担当当局は州が指定し、通常は保健所、複数の町村で構成される郡(Kreis)の行政事務所(Landrat)、郡に属さない都市がその任に当たり、緊急の際は州レベルの保健当局が担当するのが一般的である。したがって、大型イベントの中止など、地方当局の手に余る問題になると、州の最上位の保健当局に対処をゆだねることになる。しかし、いずれの対策も州を越えて適用されることはない。したがって、「中央政府が突然全国の学校を一斉に休校にするといったことは起こりえない。」(南ドイツ新聞)

もちろん、連邦政府には感染の展開が重要な局面を迎えた段階で、統一的な措置をとることがでるきように各州の間の間で調整を図っていく役割がある。また、措置の実効が上がるよう、幅広く国民の理解を得るべく啓発と広報を行っていくことも重要な役割である。科学者でもあるメルケル首相が同じ科学者であるロベルト・コッホ研究所長の知見と分析を織り込みながら行ったスピーチは国民の幅広い共感を得た。

地方の保健所を含む「担当当局」は感染予防のための調査や感染防止のための措置を講じるに際して強い権限を与えられている。たとえば、感染防止のための措置に関する感染防止法第28条では、感染者または感染の疑いのある者に対して隔離、就業の禁止その他各種の措置を、伝染病の拡散防止に必要な範囲と期間に限り執ることができる定めている。とくに、一定の条件下以外では現在いる場を離れないよう、または、特定の場所ないし公共の場所に立ち入らよう義務付けることができるとしている。さらには、担当当局は同様な条件の下で、催し物その他人の集合*を制限または禁止することができ、水泳施設、保育園、学校等の一部または全体を閉鎖することができる」と定めている。

*人の集合の制限ないしは禁止については、食品法など、ほかの法規も根拠になり、当局の介入の権限は幅広く認められているとの解釈もある。

感染者以外についても要請といった形ではなく、実質的な「禁止」を幅広く認めているわけであるが、この点について感染防止法第28条では「その限りにおいて、基本法に定められる人としての自由、集合の自由、移動の自由、住居の不可侵の基本権は制約される」と明確に規定している。

日頃から人の自由を中心とする基本権がさまざま場面で議論されるドイツであるが、大勢の国民の健康と命の前には個人の自由も制約されうるといった認識が浸透していると理解するほかなかろう。憲法の番人である連邦憲法裁判所も営業の休止措置などについて合憲の判断を下している。

補償vs罰則

こうした厳しい規制に対して、補償がないわけではない。感染防止法第65条ではたとえば隔離される場合の所得補償を定めているが、そのほとんどが結局は「報酬支払継続法」など既存の制度によってカバーされることになる。

また、今回のコロナ禍に際しては、保育園や学校の閉鎖により、自ら子供の世話をすることが必要になり、所得が減少した保護者に対して、減少した額の67%を上限に6週間分を雇用主が支給し、後日国(州)が補てんする条項が感染防止法に加えられた。対象は12歳以下の子どもで、障害のある子どもの場合は上限がない。

これに対して、各州はそれぞれ違反に対して厳しい罰則を定めている。ノルトライン・ヴェストファーレン州の例では、最も軽い1.5m以上の間隔違反は200ユーロの罰金、10人以上の集合は刑法事案、バー、カジノ、映画館等の営業は5,000ユーロの罰金、無許可のイベント開催は刑法事案といった具合である。

一方、各州で実施された外出禁止や営業の停止についてはすでに多くの事業者から訴訟が起こされているが、バイエルン、ノルトライン・ヴェストファーレン、ハンブルクなどの州行政裁判所は即決裁判でいずれも合法の判決を出している。

しかし、営業規制が長期間にわたることになる場合ついては連邦憲法裁判所も問題なしとはしていない。

なお、日本にあるかどうかわからないが、ドイツには「営業休止保険」というものがある。すべての事業者が加入しているわけではないと思われるが、バイエルン州では政府がホテル、飲食店業界とともに保険会社と交渉した結果、アリアンツ、チューリヒ、ニュルンベルクなどの保険会社が応じることになった。、一日当たりの保険金の10~15%が支払われ、国からの労働時間短縮手当や支援金の約70%に加えて、損失の約85%が埋め合わされることになったとされる。保険金支払い額は総計数億ユーロとみられ、保険会社はこの扱いをバイエルンだけではなく、全国に適用することを決めたと伝えられる。(南ドイツ新聞、2020.04.05)

感染対策vs経済対策

ここまで見たように、ドイツでは感染症対策はいわば経済問題と切り離されていて、もっぱら国民の健康と生命を守るという観点から実施されており、それだけに強い規制が思い切って実施されることになると考えられる。

このため、経済面の対策は科学的見地からする感染症の拡大の可能性や感染防止対策の影響や効果を想定して、並行的に検討し、決定されることになる。したがって、各種の支援策も規制に伴う補償という位置づけではなく、経済環境の急速な悪化に対するものとなる。「要請と補償」がパッケージのように見える日本と異なり、バーやクラブの閉鎖が決定された10日後に成立した補正予算にも補償費用は計上されず、州による補償もない。

経済面の具体策の多くはリーマンショックの際にも活用された枠組みを基に決定された。これらの詳細は別に譲ることにする。

日頃の点検を基にした医療機関への支援

補正予算の中で注目したい点のひとつは、病院が集中治療用病床を1床増設するごとに5万ユーロ(約600万円)、一般病床を1床空けるごとに1日あたり560ユーロ(約7万円)のボーナスを提供することにしたことである。その元をたどると感染防止法に沿って定められている「国家パンデミック計画」に行き当たる。

国家パンデミック計画は、実際に感染防止対策が必要になった事態を想定して各州の保健担当機関やロベルト・コッホ研究所など専門機関がとるべき態勢、役割など、行動の指針を定めたもので、これに基づく点検・訓練が2年に1度行われることになっている。その中の「入院治療」の項目を見ると「計画可能な手術の延期による追加的病床キャパシティの備えはとくに重要。病院はこれに沿った計画を病院アラーム計画書に組み込むこと。」とある。連邦保健省がこれを資金面で推進することを決定し、医療機関に通達したのは補正予算が閣議決定される10日余りも前であった。主要病院で患者受け入れ態勢が迅速に整えられた背景には、このような日ごろからの備えがあったたからこそだといえよう。ハイデルベルクでは保健所の一部を大学病院に移し、そこを中心にして、地域ベースの受け入れ態勢が早くから整えられた。

集中治療用病床のデータベース

今回のパンデミックを契機に軽症者・重症の集中治療用ベッドやECMOについて全国をカバーするデータベースが作成され、現在は誰でも空き情報を参照できるようになっている。日ごろの点検や早期の準備の結果、ドイツではこれまで医療崩壊が懸念されるような状況に陥ることなく、感染者数がピークになったころにも、イタリアやフランスから200名を超える重症者がドイツへ空輸される余裕もあった。

ただ、感染がピークを越えたころには、一般病床も集中治療用病床にも余裕ができすぎるような状況も生じた。一般患者が入院を敬遠したためともみられている。

充実したPCR検査体制

ドイツのPCR検査件数が多いことは日本でも話題になっている。RKIでは当初検査実施の条件として、14日以内の感染者との接触、リスクグループなどの基準を設けていたが、4月末以降は感染の兆候のある者はすべて検査を受けさせるよう勧告している。

RKIによれば、ドイツには実施したPCR検査を集中的に把握するシステムはない。ドイツで公式データとして発表されるPCR検査数はロベルト・コッホ研究所が国内の大学病院など検査機関、団体等から収集したデータを集計したものである。したがって、複数回検査を受けた患者が含まれていて、人数とは一致しない可能性もあるという。

RKIはこれまでに191の機関から検査結果のデータを得ている。このうち109の機関から聴取した1日当たりの検査可能件数を基に、1週間当たりのPCR検査のキャパシティを約73万件と算出している。(RKI Epidemiolosches Bulletin 16, 2020.04.15)

一方、ドイツ・ウイルス学協会(Gesellschaft für Virologie e.V.)によると国内にはPCR検査を実施する機関として大学28、公共機関4、その他(民間)約50が挙げられている。このうち、ベルリン大学病院シャリテのウイルス研究所は基準検査機関に指定されている。コロナ・パンデミックでもこの研究所のドロステン教授による深い洞察力に裏付けられたコメントはメディアに連日とりあげられ、ウイルスやパンデミックに関する国民の理解に大きく貢献している。

民間検査機関の中には国内に70か所に出先を置いているところもあり、そこからも検査体制の充実ぶりがうかがえる。

ドイツに検査機関が多く、キャパシティが大きい理由としてはとくに医薬品産業の存在が挙げられる。医薬品産業はドイツでも最も重要な産業のひとつであるが医薬品の開発には10年を要することも少なくなく、長期間にわたって検査や比較検討が繰り返されることになる。しかも、ドイツの企業は医薬品産業に限らず、可能なことはできるだけ専門機関に委託する傾向が強い。加えて、大学も公共財としての意識が強く、外部にも開かれている。

おわりに

COVID-19パンデミックはまだまだ終息が見込まれず、波が繰り返されたり、新たなウイルスが発生したりしないとも限らない。そうした中で、日本とドイツでは国民性なども含めて条件が異なる面もあり、防疫面の成果を直接比較することはできない。しかし、ドイツでは規制の実施が決定されてからちょうど1か月後の4月15日に一部が緩和されることになったのに対して、日本で緊急事態宣言の対象が7都道府県から全国に拡大されたのはその翌日だったというのはひとつの事実である。

OECDのデータによるとドイツの人口あたりの病床数は日本の6割であるが、ドイツでは医療サービスの逼迫は起きておらず、次の波があっても対応が可能な状況にあるとみられる。

そうした点を見ながらで改めてドイツの状況を考えていると、いくつかのことに思いあたる。

  1. 過去の経験をいかに生かすか:ドイツで現在の感染予防法が成立した背景には、かつて経験したHIV血液製剤による感染の拡大があったといわれる。連邦議会は二度と繰り返すことのないよう、超党派の調査委員会を設けて、不可避とみられる人権への介入をいかにして最小限にとどめ、成果を挙げることができるか、長期間にわたって根底から検討した結果だといわれる。歴史の教訓を生かすことの意味を改めて考えさせられた。
  2. 日頃の備え:安心できる健全財政、質の高い雇用の維持、国民重視の経済政策、事務手続簡素化政策など、日ごろの地道な努力があってこそ、危機にあたって思い切った対策がとれること。
  3. 政策に生かされる独立した専門機関の知見:感染予防法におけるRKIの役割がそうであるが、経済政策立案のための経済情勢診断を経済諮問委員会や主要経済研究所に委託する方法が定着している。独立した中立の機関の客観性という裏付けは国民の側で信頼感を高める大きな要因となろう。


参考資料:
“Infektionsschutzgesetz”
“Nationaler Pandemieplan, Teil 1, Strukturen und Maßnahmen“ 2017,03,2,
Robert Koch Institutウエブサイト
„Frankfurter Allgemeine Zeitung“, „Die Welt“. „Süddeutsche Zeitung“, Das Erste“のウエブサイト
„Noerrer Consulting AG“ウエブサイト