2020/05/26 No.463新型コロナウイルス感染症:「パンデミック」宣言と欧州危機(その3)-EU各国「国を元に戻す」出口戦略を模索、残る感染第2波リスク-(イタリア、スペイン、英国)
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
経済活動再開を急ぐイタリア、制限緩和に慎重なスペイン
欧州での「パンデミック」の震源地となったイタリアは、ドイツ、フランスと比べてより慎重な出口戦略を模索している。ジョゼッペ・コンテ伊首相は4月26日の記者会見で「我々は皆、国が再始動することを望んでいる」と述べ、段階的に規制を緩和する計画を発表した。ただ、「新型コロナウイルス(以下では、新型コロナと記述する)との共生を模索する次の段階に突入したが、今後は感染拡大に再び火が付く可能性があることを意識しなければならない。社会的距離(ソーシャルディスタンス)の維持がより一層重要になる」と強調した(注1)。
イタリアは、3月10日から全土で厳しい移動制限を導入してきたが、感染拡大ペースが鈍化する中、5月4日から職業上、あるいは健康上などの必要性の高い事由のほかに、親族との面会のための州内の移動や、製造業などの活動再開を認めた。米伊自動車大手フィアット・クライスラー(FCA)は伊中部アテッサ・セベル工場で操業を4月27日に再開した。
さらに、コンテ首相は5月16日、緩和措置の第2段階となる、5月18日からの措置を発表した。主な措置としては、州内の移動が自由となる。小売店、理容店、飲食店は、社会的距離の維持を条件に6月1日からの緩和計画を前倒しで、5月18日から、スポーツジムなどは5月25日から営業再開が許可される。また、6月3日から国内での移動も全面的に認められ、加盟国からの出入国も解禁される。6月15日から映画館や劇場などの再開が許可される見込みである。ただ、伊政府は緩和後も社会的距離の維持やマスク着用など感染防止策の徹底を求め、感染が再拡大すれば、規制を再導入する方針である(注2)。
イタリア国民の「外出制限疲れ」と不満の高まりや社会経済への深刻な打撃などから、緩和計画の前倒しが必要と伊政府は判断した。特に、主要産業である観光・周辺産業は同国の国内総生産の(GDP)の約13%(2018年)を占め、イタリア経済を支えている。3月からの厳しいロックダウン(都市封鎖)で、ローマ、ベニスなどの観光名所やレストラン・カフェなどは大きな打撃を受け、夏休みに向けて早期の再開を求める声が多くなっていた(注3)。
スペイン政府は4月28日、新型コロナ感染拡大防止対策に関連して、商業活動などの項目別に4段階の再開方針を規定した活動制限緩和計画を閣議決定した。ペドロ・サンチェス首相は同日のテレビ会見で、「緩和計画は、国の調整の下、地域ごとに段階的に進める」と述べた。第1段階は5月11日から開始、第2~第3段階への移行ペースは地域ごとに異なるが、6月中旬~同月末までの移行完了を目指すとしている(注4)。
3月14日以降、警戒事態宣言を4回延長してきた。感染者数は、欧州では英国に次いで多いが、厳格な外出制限措置が奏功し、基本再生産数は0.77まで低下しており(4月28日時点)、長期のロックダウン(都市封鎖)による景気や雇用への影響に対処する余裕が生まれつつある。3月30日から4月9日までの11日間必要不可欠な部門を除く生産活動が禁止されていたが、医薬品や食品、エネルギー関連などの必要不可欠な部門は適用除外となっていたので、多くの工場で生産が継続されていた。日産はバルセロナ工場を5月4日に再稼働した。
感染者数が少ない一部の離島については5月4日から先行して、緩和措置を開始したが、全ての県・島(全国民4,700万人の半数程度)は5月11日から第1段階に入り、10人までの集会や近隣地域間の移動、飲食店や商業施設の限定的な営業再開などが可能となった。ただ、マドリードやバルセロナなど大都市での緩和は見送られたことから、緩和ムードとは程遠い状況であるという。政府高官は緩和が見遅れられた地域の不満は承知しているが、拙速な行動を避ける考えを表明した(注5)。
表1 イタリア・スペインの新型コロナ感染拡大防止策と出口戦略(5月16日現在)
英国、首相コロナ感染、「緩めの規制」で拡大防止策が後手
英国では、不幸にしてボリス・ジョンソン首相自ら、新型コロナに感染し、長期の隔離・入院治療を強いられたことで、国家の非常事態時に同氏が強いリーダーシップを発揮できないまま、感染防止の対応が大きく遅れることになった。ジョンソン氏が職務に復帰したのが4月27日であった(首相入院中、ドミニク・ラーブ外相が代行)。すでに、感染者数・死亡者数ともに欧州で最も多く、最悪の状況に陥っていた。
イタリアやスペインで見られたような医療崩壊は何とか回避できたものの、厳しい外出規制や検査増強の遅れが感染拡大につながった面は否めない。3月~4月の感染初期に英政府が「緩めの規制」に時間を費やし、感染防止策が後手に回ったと強い批判を受けていた(注6)。
ジョンソン首相は5月10日、テレビ演説で、3月23日から導入した外出制限を緩和するロードマップを発表した。緩和計画は3段階に分かれている。①社会的距離をとることを条件に、5月11日から建設業と製造業の再開を奨励、5月13日から1日1回運動のための外出回数の制限を解除する(不要不急の外出自粛は継続)、②6月から必需品以外の小売店を段階的に再開する、学校も低学年から順次再開する、③早ければ7月には飲食店・宿泊業などを再開する。同首相は、感染が再拡大した場合には計画通り経済活動を再開させないと述べた(注7)。トヨタは英国バーナストン工場の再稼働を5月25日以降に実施するとしている。
また、「新型コロナ警戒制度」を導入する(表3)。コロナウイルスが国内から消失したレベル1から医療崩壊の危機の最悪レベル5までの5段階に分類し、主として、実行再生産数と新規感染者数をもとに、その時点でのレベルを判別する。ジョンソン氏はこれまでの規制はレベル4(大規模な流行)に該当し、現在はレベル3(流行)への段階的な意向を開始する局面と見ている(注8)。
いずれにしても、感染症防止策が遅れた影響が大きく、ドイツやフランスなどに比べて出口戦略が遅れ気味の計画となっていることは明白である。
表2 英国の新型コロナ感染拡大防止策と出口戦略(5月16日現在)
表3 英国の新型コロナ警戒制度
感染第2波を警戒、感染収束・経済再開の両立に苦慮
世界は、そして欧州は新型コロナとの終わりの見えない闘いに四苦八苦している。欧州では1日当たりの新規感染者数や死亡者数がピーク時と比べて確かに減小しているが、米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、5月22日現在、英国の感染者数は25万5,500人、スペイン23万4,800人、イタリア22万8,700人、フランス18万2,000人、ドイツ17万9,700人とこれら5か国だけで世界全体の感染者数の20.7%を占めるなど、決して楽観できるような状況ではない。
新型コロナ感染収束のため制限していた外出制限や生産工場の稼働停止は経済社会に深い爪痕を残した。欧州委員会が5月6日に発表した春季経済見通しによると、2020年のユーロ圏19か国の実質域内総生産(GDP)は対前年比7.75%減になると予測した。比較可能な1996年以降、最大の落ち込みが見込まれる。過大な負担を早く解消しないと、経済が持たなくなるとの懸念が強まっている(注9)。
欧州の多くの国で新規感染者が減少したのは、外出制限などで人と人との接触機会が減ったためだと見られる。しかし、制限緩和で接触機会が増えたドイツで、実効再生産数が一時、1.0を超えた。ここで制限を緩めすぎると感染の「第二波」のリスクは再び高まる可能性が大きい。
もう一つの懸念は、3月中旬から続く外出制限などに対して、国民の不満が高まってきていることである。ドイツなどで制限に対する抗議デモが相次いでいる。
各国政府は新型コロナ拡大だけでなく、経済への打撃や国民の不満に配慮する必要に迫られており、感染収束と社会経済活動再開との両立に苦慮している。
注
1.ジェトロビジネス短信(イタリア)(2020/04/30)
2.ジェトロビジネス短信(イタリア)(2020/05/19)
3.日本経済新聞(2020/05/17)
4.ジェトロビジネス短信(スペイン)(2020/05/01)
5.Reuters(2020/05/11)、ジェトロビジネス短信(スペイン)(2020/05/13)
6.日本経済新聞(2020/05/08)
7.UK Government,Our plan to rebuild :The UK Government’s COVID-19 recovery strategy (Cabinet Office, 12 May 2020)
8.読売新聞(2020/05/12)(2020/05/13)
9.European Commission, Spring 2020 Economic Forecast:A deep and uneven recession, an uncertain recovery(Press release、Brussels,2020/05/06)
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