2021/05/25 No.485EUの通商政策の展開と戦略的自立(その1)-全方位のグローバルFTAネットワークの構築-
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
78か国・地域と45の貿易協定が発効
欧州連合 (EU)が通商政策をグローバル展開する上で、3つの類型の貿易協定による戦略を駆使してきた。EUは現在(2021年1月末)、78か国・地域との間で45 の貿易協定が発効し、全方位のネットワークを構築しつつある(注1)。ちなみに、日本は、18か国・地域との間の貿易協定(経済連携協定)が発効済みである(注2)。
3類型の貿易協定とは、①関税同盟(Customs Unions)②連合協定(Association Agreements :AA),安定化協定Stabilisation Agreements :SA)、深化した包括的自由貿易協定(Deep and Comprehensive Free trade Agreements :DCFTA)、経済連携協定(Economic Partnership Agreements :EPA)③連携・協力協定(Partnership and Cooperation Agreements :PCA)である。①関税同盟については、主要国ではトルコのみである。また、③連携・協力協定は、アゼルバイジャン、カザフスタン、イラクの3か国である。したがって、EUの自由貿易協定(FTA)は②の類型が中核をなしている。
78諸国・地域との間で発効しているEUのFTAの名称は②の類型のように多様である。そのうえ、関税障壁や数量制限撤廃を中核とする、いわゆる伝統的なFTAのほかに、サービス、知的財産権、投資、競争、資源、公共調達などの条項を含む高レベルの包括的なFTA(日EU ・EPA)、政治対話や経済協力などの要素も含む連合協定などの一部として含まれるFTAなど、協定の内容も様々である。
もっとも、このように多様なFTAも、国・地域や協定の目的によって、概ね3つのカテゴリーに分けることができる。
第1のカテゴリーには、主として、EU(EEC,ECを含めて)の統合・拡大過程において新規加盟を目指す欧州諸国との間で締結してきたFTAあるいは連合協定、同じように、EU加盟を前提として2000年代に中・東欧諸国などと締結した一連の連合協定の一部としてのFTAがある(表1)。
第2のカテゴリーには、EU加盟国の旧植民地・海外領土などとの政治・経済関係の強化・維持の手段として締結されたFTAあるいは連合協定もしくはEPAがあり、いずれもEU加盟を前提とするものではない(表2)。
第3のカテゴリーには、2000年代以降、新興国、アジア、日本など先進諸国との間で締結されている「新世代」と称される高度包括的FTAがある(表3)。
欧州・近隣諸国へのFTA戦略の展開:英EU離脱
EU(EEC,ECを含めて)が拡大過程において新規加盟を目指す欧州諸国との間でFTAあるいは連合協定を締結している。EU(当時のEC)は欧州自由貿易連合 (EFTA)(1973年発効、スイス、オーストリア、ポルトガル、スウェーデン)、ノルウェー(1973年発効)、アイスランド(1973年発効)との間でFTAを締結、EFTA加盟国であった7か国のうち、英国を含む5か国(オーストリア、デンマーク、ポルトガル、スウェーデン)がEU(あるいはEC)加盟を果している。また、1981年にEC加盟したギリシャは1962年に連合協定を締結していた。現在EU加盟交渉中のトルコも1963年に連合協定(アンカラ協定)を締結している。
1990年代に入ると、1994年にEUはスイスを除くEFTA3か国(アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタイン)とEEA(欧州経済領域)を設立、EU・EFTA間の経済面の共通化を一段と進めるなかで、アイスランドは2009年にEU加盟申請したが、政権交代による理由で2015年申請を取り下げた。
冷戦崩壊後の1990年代後半以降、EUが欧州周辺諸国と締結したFTAの多くは、EU加盟への「準備段階」として位置付けられる連合協定に含まれることが多い。事実、2004年5月のマルタ、キプロス(南側のギリシャ系キプロス共和国)を含む中・東欧など10か国および2007年1月のブルガリア、ルーマニアの第5次EU拡大、2013年1月のクロアチアの第6次拡大は、これら諸国での政治的・経済的改革の促進を目的としており、EUの法体系(アキ・コミュノテール)の採択や政治的対話の枠組みの創設の受け入れまでを求めるものであるが、FTAが連合協定の一部として規定されている(注3)。
その後、西バルカン諸国(北マケドニア、アルバニア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ)に対して、経済・政治・人権などの諸改革、財政的・技術的支援、全面的あるいは部分的な貿易自由化を含む、EU加盟への準備段階として締結した安定化・連合協定 (注4)やEUの東方パートナーシップ(注5)の対象である旧ソ連諸国(ウクライナ、ジョージアなど5か国)に対するDCFTA(深化した包括的自由貿易協定) (注6)などを含む連合協定を締結している。
EU(EEC,ECを含めて)は創設以来、絶えず統合の深化と拡大を遂げてきたが、英国が2017年EU離脱を通告して以来、難航する交渉を経て、遂に2020年1月、EU離脱した。EU史上初めての加盟国の離脱である。しかも、英国は、経済規模(GDP)でドイツに次ぐ第2位である。EU、英国双方にとって短期的のみならず中長期的に見ても離脱がもたらす政治外交的・経済的影響は計り知れない。
表1. EU・欧州諸国・地域とのFTA発効状況
旧植民地諸国・海外領土などへのFTA戦略の展開:ACP諸国、新コトヌ―協定合意
EUとEU加盟国の旧植民地・海外領土との政治・経済関係の強化・維持の手段としてFTAや連合協定、あるいはEPAが締結されているが、いずれもEU加盟を前提としない協定である。広域的・包括的な枠組みとして、最も古くからある連合協定は、1964年に発効したアフリカ・マダガスカル18か国とのヤウンデ協定がある。その後、ヤウンデ協定は、1976年に発効したACP(アフリカ・カリブ海・太平洋)46か国への開発援助の枠組みを定めたロメ協定(1976年第1次協定から1990年の第4 次協定)へと継承された。2003年に発効したACP77か国との政治対話・開発協力・貿易の枠組みを定めたコトヌー協定は、2020年2月末の失効期限までに世界貿易機関(WTO)に整合的な新たな連携協定に代替する必要があった。2018年交渉が開始され、2021年4月交渉が妥結した。また、ACP諸国グループは2020年、アフリカ・カリブ海・太平洋諸国機構(OACPS)に改組された。コトヌー協定ではACP諸国を7つの地域(注7)に分け、このうち、CARIFORUM(カリブ海地域フォーラム)諸国とは2008年、太平洋諸島諸国とは2011年、東南アフリカ諸国(ESA)とは2012年、中部アフリカ諸国とは2014年、西部アフリカ諸国(ECOWAS)と南部アフリカ諸国(SADC)とは2016年からEPA(経済連携協定) (注8)が発効している。
また、フランスの旧植民地との二国間のFTAとしては、チュニジア(1998年発効)、モロッコ(2000年発効)、アルジェリア(2005年発効)などとの連合協定がある。その他の地中海諸国のうち、イスラエルとは2000年、ヨルダンとは2002年、エジプトとは2004年、レバノンとは2006年からEUとの連合協定が発効している。
スペイン、ポルトガルなどと歴史的関係が深い中南米地域とのFTAとしては、メキシコとの経済連携・政治対話・協力協定(EPPCCA)(2000年発効)、チリとの連合協定・自由貿易協定(2003年発効)がある。また、MERCOSUR(南米南部共同市場、メルコスール)(注9)とのFTA交渉は2019年に政治的合意に達したが、まだ、署名されていない。メキシコとの経済連携・協力協定やチリとの連合協定は、これら2国がNAFT A(北米自由貿易協定、North American Free Trade Agreement、1994年1月発効、2020年7月、NAFTAの後継としてUSMCAが発効した), FTAA(米州自由貿易圏、Free Trade Area of the Americas、 2005年までに設立することに合意したが、現在は交渉中断)とFTAを締結することによるEUの競争上の不利益を回避するためのものであった。アンデス共同体諸国については、ペルー、コロンビアとは2013年に貿易協定が発効し、エクアドルとは2017年に貿易協定が発効している。また、中米諸国については、2013年に連合協定・自由貿易協定が発効している。
この他、従来の2国間ベースのFTAをより一層包括的にいくつかの連携国を束ねて交渉する動きがある。EUの領域と境界を接する16か国を対象とする欧州近隣政策 (ENP)(注10)やEU・地中海諸国間の政治対話、多国間関係の促進などを目的として、地中海沿岸諸国など15カ国が参加する地中海連合(UfM)が2008年7月に発足している(注11)。
表2. EU・旧植民地・海外領土などとのFTA発効状況
日加など先進国、新興国,アジア諸国などへのFTA戦略の展開:日EU・EPA発効
これまで「最恵国待遇」(Most-Favoured Nation :MFN)ベースでの関係があった北米、アジアなどの諸国との関税障壁・数量制限撤廃を中核とする伝統的なFTAがある。しかし、2000年代後半以降、中国・インドなどの新興国、ASEAN(東南アジア諸国連合、Association of South-East Asian Nations)などのアジア諸国・地域、日本、韓国、カナダなど先進諸国との間で、締結されるFTA戦略の中核となるFTAは、「新世代」と称される関税・数量制限撤廃に加えて、サービス貿易、電子商取引、政府調達、知的財産権などの領域をカバーする高いレベルの包括的FTAである。
北米地域では、カナダとの包括的経済貿易協定(Comprehensive Economic and Trade Agreement: CETA)は2017年発効した。EUはCETAを野心的な協定の一つと位置付けている。2013年に開始された米国との環大西洋貿易投資連携協定(Trans-Atlantic Trade and Investment Partnership Agreement:TTIP)交渉は、米国の政権交代によって、頓挫したため、EU側は「EU・米国アジェンダ」をベースにして新たな関係構築を米新政権に働きかけている。
アジア地域についてみると、ASEANとのFTA交渉が2007年に開始されたものの、2009年に交渉を中断され、国別交渉に移行している。ASEAN10か国のうち、6か国との交渉が2010年以後順次開始されたが、現在までに、シンガポールとベトナムとの間で合意に達し、貿易協定が発効している。
こうした中で、アジア地域では先行する形で韓国とのFTA交渉が2007年に開始され、2011年に暫定発効、2015年正式発効した。EU韓・FTAは、EUが目指す新世代FTAの第1号であると位置付けている。中国とは、2013年から包括的投資協定交渉が継続していたが、2020年協定枠組みで合意した。2021年中の同協定の批准を目指すが、最近の中国側の人権問題などで緊張関係が高まっていることから先行き不透明である。
2019年発効したEU・日本・経済連携協定(EPA)は、EUがG7(先進主要7か国)のメンバー国としてはカナダに次ぐEPAである。日EU・EPAは、EUが締結したFTAの中でも最も野心的な協定であり、サービス貿易、投資の自由化、電子商取引に加えて、国有企業・補助金、知的財産権、規制協力、企業統治(コーポレート・ガバナンス)などの高レベルの規則が含まれている。自由で公正なルールに基づく、世界の経済秩序のモデルとなることが期待されている。
近年、欧州諸国がインド太平洋地域に関する外交方針を相次いで発表している。これまでの中国一辺倒のアジア外交から転換し、アジア太平洋地域に軸足を移すなど多様化を目指す。EUはインド、オーストラリア、ニュージーランドなどとのFTA交渉促進を図る方針を示している。今後の動向に注意したい。
表3. EU・アジア新興国・日米などとのFTA発効状況
注1. European Commission(2020), 2019 Report on the Implementation of EU Trade Agreements 1 January 2019-31December2019
European Commission(Directorate-General for Trade)(2021),Negotiations and agreements
ジェトロ、世界のデータベース:FTA/EPA,WTO(2021)
注2. 日本のEPA(経済連携協定)発効済み状況は以下の通りである(2021年1月現在)。 ①アジア地域:シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ブルネイ、ASEAN(東南アジア諸国連合),フィリピン、ベトナム、インド、モンゴル②アジア太平洋地域:TPP11(環太平洋連携包括的・先進的協定:11か国のうち、日本など7か国で発行済み)③大洋州:オーストラリア、④中南米:メキシコ、チリ、ペルー⑤欧州:スイス、EU,英国
注3.EU加盟に関するコペンハーゲン基準(1993年)によると、①政治的基準(民主主義、法の支配、人権、少数者の尊重と保護を保証する安定した制度を有すること)、②経済的基準(市場経済が機能していること、域内の競争圧力と市場の力に対応できる能力)、③EUの法体系(アキ・コミュノテール)を受容することを満たしているかどうかなど、35の分野で審査される。また、2006年からの新基準として、EUが新規加盟国を受容できる能力に基づく審査が追加されている。
注4.SAA(Stabilisation and Association Agreement)は、EU加盟を希望する欧州諸国との間で締結され、EU加盟の正式候補国としての経済・政治・人権・貿易などの諸改革を図るもので、その見返りとして、部分的・全面的な関税減免措置や財政的・技術的支援が与えられる。SAAは、概ねEUの法体系(アキ・コミュノテール)に基づいており、この法体系を程度の差はあれ、大部分の対象国が受け入れることとなる。対象国は、北マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルバニア、セルビア、モンテネグロの西バルカン5か国で、ENP(欧州近隣政策)の対象国に含まれない。
注5.EP(Eastern Partnership)は、EUの欧州近隣政策(ENP)(注8参照)のうち、ジョージア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバ、アルメニア、ベラルーシの旧ソ連6か国に対する地域的協力関係を強化するために締結する連合協定。グルジア、モルドバ、ウクライナ、アルメニアといった潜在的EU加盟候補国が含まれる。2009年5月にスタートした東方パートナーシップは、地域の安定化のために、対象国との協力関係を4つのプラットフォーム(民主主義・良い統治・安定、経済統合・EUとの政策との収斂、エネルギー安全保障、人の交流)に沿って実施される。
注6.DCFTA(Deep and Comprehensive Free Trade Area)は、連合協定の一環として締結されることもあるFTA。物品に関する関税の減免を対象とするFTAより広い範囲に及ぶだけでなく、政治・経済・安全保障上の紐帯を強化する意図がある。
注7.①南東部アフリカ(ESA)(マダガスカル、コモロ、ジンバブエなど11か国)、②中部アフリカ(カメルーン、チャド、コンゴなど8か国)、③西部アフリカ(ECOWAS)(ナイジェリア、コートジボワール、ガーナなど16か国)、④南部アフリカ(SADC)(南アフリカ共和国、ナミビア、モザンビークなど13か国)、⑤東部アフリカ(EAC)(ブルンジ、ケニア、タンザニアなど5か国)、⑥カリブ海(CARIFORUM)(ジャマイカ、バハマ、ドミニカなど15か国),⑦太平洋(パプアニューギニア、フィジー、サモアなど15か国)の7地域。
注8.EPA(Economic Partnership Agreement)は、EU加盟国の旧植民地・海外領土などを対象とする開発支援(貿易発展、持続的成長、貧困の縮小など)を柱とする包括的協定をさす。日本などが呼称する高度包括的FTAであるEPAと区別する必要がある。
注9.アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの4か国。
注10.ENP(European Neighborhood Policy)は、2004年の大規模な中・東欧に対するEUの東方拡大に伴い、EU域内と域外との間の新たな断絶が生じないようにEUの領域と境界を接する近隣諸国との、より安定的な関係強化を推進する必要性が高まったために、2004年EUがこれら諸国との外交政策の枠組みとして発足させたもの。ENPは、北アフリカ、中東、東欧、コーカサス地域の16か国を対象としており、EUは、これら諸国との関係の緊密化、民主化の推進、社会改革、経済改革を目指している。
しかしながら、ENPの対象国が地域的に広範囲にわたり、そのうえ、多様な価値観や文化、独自の歴史を有する国々が含まれることから、2008年以降、統一的な政策と国・地域の状況に適合した個別の政策を同時並行的に進めていくこととなり、その一環として、2009年からは、東方パートナーシップがスタートしている。
注11.地中海連合(Union for The Mediterranean :UfM)は、EUと地中海諸国間の政治対話レベルの格上げ、両地域間での多国間関係の促進、具体化のための様々なプロジェクトの実施を目的として、2008年スタートした。地中海連合の参加国はEU(27か国)、地中海諸国など15か国である。EUはEUの領域と境界を接する近隣諸国との安定的な関係を構築するために、すでに、2004年から欧州近隣政策(ENP)を進めてきている。また、1995年から取り組んできた「バルセロナ・プロセス」と呼ばれる枠組みの中で、政治・経済・文化的関係の強化を進めてきた。地中海連合は、この「バルセロナ・プロセス」を強化するものである。
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