2021/06/24 No.488EUの通商政策の展開と戦略的自立(その2)-通商政策の立案・決定・交渉・協定批准プロセス-
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
3つの機関が任務・権限を分担
現在、欧州委員会(その前身であるEEC委員会、EC委員会を含めて)は(注1)、世界貿易機関 (以下、WTO) ドーハ・ラウンドやその前身である関税・貿易一般協定(GATT)多角的貿易交渉における最後のウルグアイ・ラウンドなどで、二国間または地域レベルのFTA/EPA(自由貿易・経済連携協定)交渉でEUを代表する交渉当事者としての役割を果たしている。
もっとも、欧州委員会が通商交渉権限を独占的に行使しているわけではない。当然、その他の諸機関との調整を積み重ねながら、通商政策を策定し、一定の交渉権限(マンデート)を得たうえで、交渉にあたる。最終的にWTOなどの国際機関や米国、日本など交渉相手国・地域との間でFTA/EPAに合意し、正式署名のうえ、EUレベルおよび、混合協定の場合(注2)、EU加盟27か国の批准手続きを経たのち、協定が発効するわけである(注3)。EU通商政策に関与する当事者として欧州委員会の他に、理事会と欧州議会があり、これら3つの主要プレーヤーがそれぞれの任務・権限を行使しながら、連携してEUの通商政策を執行していく。
(1)欧州委員会-政策立案・交渉・実施を担当
欧州委員会はその役割や任務の重要性から考えて、いわば行政的機能(国家の内閣組織に相当)を担っている超国家的国際機構である。欧州委員会は、主要な任務・権限の1つとして、EUを代表してWTOなどの国際機関あるいは域外国・地域と交渉を行う任務・権限を有する。前述したように、交渉権限は白紙委任で欧州委員会に与えられているものではなく、理事会による交渉権限(マンデート)の委任が必要である。また、欧州委員会は、理事会が任命する加盟27か国通商担当官で構成される通商政策委員会(Trade Policy Committee, 以下、TPC)と緊密に協議することを求められているため、TPCが影のプレーヤーの役割を担っている(EU機能条約第207条3項)。
なお、欧州委員会が署名したWTOや域外国・地域との通商協定を締結・承認する権限は理事会と欧州議会に属するが、通商政策の実施権限は欧州委員会に属する。ただし、欧州委員会は理事会と欧州議会に通商関連法案を提出する排他的権限を有する。
2019年12月に発足したウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が主導する欧州委員会は、EU加盟国から各1名ずつ任命された27名の委員(Commissioner、閣僚に相当)で構成されている。この中から委員長1名(フォン・デア・ライエン氏、ドイツ出身)、執行副委員長3名、副委員長5名(このうち、EU外務・安全保障政策上級代表、いわゆるEU外相、ジョセップ・ボレル氏、スペイン出身)が選出される。対外関係では、通商担当執行副委員長(バルディス・ドムブロフスキス氏、ラトビア出身)、欧州近隣政策・拡大交渉担当委員(オリベール・バールヘイ氏、ハンガリー出身)がいる。前述したように、WTOなどの国際機関や第3国とのFTA/EPA交渉は通商政策担当のドムブロフスキス氏が主導し、貿易総局(Directorate-General for Trade、日本の省庁に相当)が同氏を全面的に補佐している。日本側のカウンターパートは、外務大臣および経済産業大臣である。各委員の任期は5年で、再選可能である。なお、欧州委員会を譴責するのは、欧州議会の権限である(EU機能条約第234条)。委員は、自らの出身国から離れて、また、いかなる加盟国政府やその他のEU機関からの指示を求めたり、または受けてはならないという政治的に独立したステータスを与えられており、EU全体の利益を優先して考えて行動することを義務づけられている(EU機能条約第245条)。
(2)理事会-政策決定・協定締結の権限を保持
理事会(the Council;リスボン条約以前のEU(EC)条約では、EU理事会、あるいは閣僚理事会とも呼ばれている)(注4)は、加盟各国政府を代表する権限を与えられた1名ずつの閣僚級で構成され、加盟国の国益を代表する政府間国際機関である。多くの分野で、欧州議会とともに立法的機能を担っている中心的機関である。
EUには、理事会と混同されやすい欧州理事会(European Council)という最高意思決定機関がある(いわゆるEUサミット)。欧州理事会の構成員は、27か国の首脳(国家元首または政府の長である。現在、フランスのエマニュエル・マクロン大統領のほかはすべて首相)、欧州理事会常任議長(ベルギー出身シャルル・ミシェル氏)、および欧州委員会委員長(フォン・デア・ライエン氏)となっている。
理事会は欧州委員会の提案にもとづいて、リスボン条約(EU条約)に明示的に規定されている通商政策に関わる重要事項に対して決定を下し、規則を定める権限を持っている(EU機能条約第207条)。また、欧州委員会がWTOなどの国際協定や域外国・地域との間で合意・署名した協定を調印・締結する権限を有する。
理事会の意思決定が全会一致によって行われる時は、政府間協力的要素が強くあらわれるが、特定多数決(注5)による決定が行われる時は、超国家的要素が優勢となる。
理事会は、所管する分野を担当する閣僚が出席し、意思決定を行う。討議するテーマに応じて、複数の閣僚が出席する。EU条約では、あらかじめEU全体の政策調整を行う「総務理事会」とともに、対外関係を取り扱う「外務理事会」が設定された(EU条約第16条6項)。外務理事会は、前述のとおり、EUと第三国、WTOなど国際機関との間に多くのFTA/EPAなどの通商協定を結ぶ権限を有する。これらの協定は貿易、開発および国際協力のような幅広い分野に及んでいる。このほか、「経済・財政理事会」(Economic and Financial Affairs, ECOFIN)、「農業・漁業理事会」など8つの理事会がある。
理事会の議長国(Presidency)は半年ごとの輪番制となっており(注6)、この輪番制はEUサミットである欧州理事会から全ての下部機関にも適用されている。議長国の役割は任期中の議題とその優先順位を設定し、必要に応じて合意形成のため事前に加盟国首脳と会談するなど近年大幅に増大しつつある。
また、常駐代表委員会(コレペール,COREPER:Committee of Permanent Representatives, Comité des représentants permanents)は、理事会の下部機関として理事会の権限と機能の継続性や一貫性を確保しつつ、増大する理事会の負担を軽減するために設置されたものである(EU条約第16条7項)。各加盟国のベルギー・ブリュッセル常駐代表(大使,公使級高官)から構成されており、理事会より委任された職務を遂行することによって、EUの実質的な政策決定機関の役割を担っている。
(3)欧州議会-協定承認権限を行使
欧州議会は、EUの諸活動に対して、民主的なコントロールを行うための諮問・監督機関として非常に重要な機能を担っているが、1979年6月の直接選挙実施以後、いちじるしく制限されていた立法的権限の拡張を強く要求するようになった。これは欧州議会が行政的機関としての欧州委員会と立法的機関としての理事会を統制することが民主主義の制度的な保証であると考えられているからである。民主的統制手段として、新しい欧州委員会の委員長と委員を全体として承認、欧州議会議員の投票総数の3分の2以上、かつ議員総数の過半数の賛成で罷免する権利をもつ(EU機能条約第234条)。欧州議員数は705名(2020年1月末の英EU離脱後の新議席)、任期は5年である。同議会議長は、イタリア出身ダビド=マリア・サッソリ氏(欧州議会中道左派グループ社会・民主主義進歩連盟所属)が務める。
欧州委員会と理事会が通商政策立案プロセスの中核を担っていたが、リスボン条約発効後は、立案プロセスや交渉結果の受諾プロセスに欧州議会がこれまで以上に深くかかわるようになっている。すなわち、FTA / EPAの締結には、欧州議会の同意(承認)が必要である(EU機能条約第218条6項)。
関連する最近の事例として、欧州議会は2021年5月、EUと中国が2020年12月末に大筋合意した包括的投資協定について、批准に向けた審議を停止する決議を賛成多数で可決した。少数民族ウイグル族の不当な扱いが人権侵害に当たるとして、中国当局者らに1989年の天安門事件以来、約30年ぶりとなる渡航禁止や資産凍結といった制裁を科した。中国側は即座に反発、欧州議員らに報復制裁を発動した。欧州議会の審議凍結はこの報復措置を踏まえたものである。中国が制裁を解除しない限り、投資協定の審議は再開されないだろう。現状ではEUとして批准手続きを進めるのは難しいため、早期の協定発効は期待できない。
FTA/EPA交渉・批准のプロセス-日EU・FTA/EPA交渉の事例
(1)FTA/EPA準備・交渉プロセス
EUのFTA/EPA交渉のプロセスは些か複雑である。EUの行政執行機関である欧州委員会、EU加盟国の閣僚で構成される最終的な決定権限を有する理事会、FTA/EPA承認権を有する欧州議会が緊密に連携をとりながら交渉相手国・地域との協議が進められる。EUのFTA/EPA交渉・協定批准プロセスの概略を別表に示した。2013年4月に交渉が開始され、2017年7月大枠合意、2018年7月協定署名、2019年2月発効した日EU・EPA交渉の事例が参考になるだろう。
表. EUのFTA/EPA交渉・協定批准プロセス
まず、日EU・EPA交渉の準備段階として、欧州委員会が2010年9月~11月にかけて、今後の日EU貿易・経済関係の方向性に関するパブリック・コンサルテーションを実施、日EU・EPAについてEUの利害関係者(政府・公共機関、業界団体、企業、NGO,市民など)から意見の聴取を行っている。2011年5月に日EU・EPAの影響評価や交渉範囲や交渉日程などの大枠を確定する「スコーピング作業」(予備交渉)を実施したのちに、2012年5月、EU外務理事会(以下、単に理事会と記す)はスコーピング作業が終了したことを宣言した。
その後、欧州委員会は2012年7月、理事会に交渉指令案を提案、交渉権限(マンデート)の付与を求めた。理事会は同年11月、欧州委員会に対して日本との交渉権限を付与するとともに、交渉開始を決定した。この間、欧州議会は同年6月、欧州委員会の通商担当委員の説明に対して、自動車や医薬品、公共調達などに対する非関税障壁の撤廃に取り組む日本側の姿勢について問題を提起、直ちに理事会がマンデートを付与することに反対する決議をしたが、2013年3月、日EU定期首脳協議で交渉を開始することが正式に決定された。
こうした、いわゆる交渉の準備段階を経て、日EU・EPAの本格的交渉が開始された。欧州委員会の通商政策を所管する貿易総局の首席交渉官以下のチームが交渉に当たっている。毎回の交渉会合後に、理事会と欧州議会は欧州委員会から交渉の進捗状況について同時に報告を受けることになる。
交渉は2つのステージに分けられる。まず、第1ステージは、2013年4月の第1回交渉会合から、2014年3月の第5回会合までの時期になる。理事会は2014年5月、欧州委員会から過去1年間の日本との交渉の進捗状況について説明を受けた。また、欧州委員会は日本側の非関税障壁撤廃と政府調達の取り組み状況に関する報告書の概要を説明した。
理事会は、日本との交渉継続の可否を自らが任命したEU加盟各国の通商担当官僚で構成されるTPCで議論するよう要請した。欧州委員会は2014年6月、交渉を継続するとの方針を決定した。
交渉の第2ステージは、2014年6月の第6回会合から2017年4月の第18回会合を経て、2017年7月の日EU定期首脳協議で大枠合意と2017年12月の主席交渉官レベルでの最終的妥結に至った時期である(注7)。
(2)交渉妥結・協定署名・批准・発効プロセス
次に、署名・批准・発効プロセスを簡単に説明しておくと以下の通りである。欧州委員会は2018年4月、最終協定案を理事会に提示した。署名・批准・発効に向けたプロセスの開始である。欧州委員会は理事会の承認を得た後、欧州議会に送付した。理事会は2018年7月、協定に署名し交渉を終了する決定、および欧州議会に対し、協定の締結に同意することを求める決定を採択した。
2018年7月に東京で開催された日EU首脳協議の場で双方の首脳が正式に協定に署名した。EUからはドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長(当時)、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長(当時)、日本からは安倍晋三首相(当時)が出席した。その他、日本の関係閣僚や欧州委員会の閣僚レベル高官(副委員長や通商担当欧州委員)らが参加した。その後、欧州議会の国際貿易委員会が2018年11月、同協定に対する欧州理事会決定に関する勧告案を採択し、欧州議会は2018年12月、新協定に同意した。2018年中にEU内および日本国内の批准手続きが完了し、新協定が2019年2月発効した。現在、日EU・EPA発効後のフォローアップ合同委員会が定期的に開催されている。
注・参考資料:
1)1967年7月発効のブリュッセル条約によって、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)、EEC(欧州経済共同体)、EAEC(欧州原子力共同体)の3つの行政執行機関は単一の委員会に、意思決定機関は単一の理事会に統合されて、3共同体をEC(European Communities,欧州共同体)と総称するようになった。したがって、従前のEEC委員会に替わってEC委員会と称することとなった。その後、1993年11月のマーストリヒト条約発効以降は、欧州委員会と称する。
2)EUのみが立法できる分野と、加盟国が立法できる分野を含むEPA/FTAを「混合協定」と称している。
3)日本など第三国・地域あるいはWTOなど国際機関との協定を交渉する場合の手続きについては、EU機能条約第207条3項および第218条の規定に基づく。
4)注1)を参照のこと。
5)特定多数決の成立要件は、EU条約第16条4項によれば、少なくとも15か国以上の加盟国で、かつEU人口の少なくとも65%を占める加盟国を含み、なおかつ少なくとも理事会構成員の55%以上の賛同と規定されている。理事会のホームページでは、加盟国の55%(27か国のうちの15か国)、かつEU人口の少なくとも65%を占める加盟国の二重多数決制となっている。
6) 議長国の順序は、2021年1~6月ポルトガル、7~12月スロベニア、2022年1月~6月フランス、7~12月チェコ、2023年1~6月スウェーデン、7~12月スペインとなっており、2030年まで決まっている。ただし、外務理事会議長については、EU外務・安全保障政策上級代表が担当する。
7)日EU・EPA交渉の背景・経緯・意義などについての詳細は、田中友義「日EU/EPA大枠合意の意義と日本の役割:最終合意の加速と早期の協定発効を望む」(『世界経済評論』2018年1月・2月号、2018Vol.62No1)88~99ページ、田中友義「日欧EPAの課題:年内最終合意へ協議加速」(日本経済新聞朝刊:経済教室、2017年7月31日)を参照のこと。
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