一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2004/01/23 No.57手工業法改正後のドイツ・マイスター制度

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

  ドイツのマイスター制度改革にかかわる手工業法改正の動きについては、2003年8月20日付、 フラッシュ48(「転機を迎えるドイツのマイスター制度」)で紹介したが、改正手工業法は、 ドイツの経済構造改革を目指した「アジェンダ2010」の一連の改革法案の一環として2003年12月19日に成立した。
  成立した改正手工業法を見ると、マイスター資格取得義務の除外業種が法案の段階よりも減らされるなど、いくつかの点で法案の段階と異なった点が見られるので、以下に改正手工業法に盛り込まれたポイントを紹介する。

手工業法改正のポイント

(1)マイスター資格取得義務を免除される業種は53業種(法案の段階では65業種)

  これらの業種は技術の習得が比較的容易な業種であり、営業活動によって第三者の健康や生命に危険を及ぼす恐れがない業種と判断され、手工業法の付表Aからはずされた。したがって、これら業種については今後、マイスター資格なしに手工業企業を設立したり、手工業企業を買収したりすることが可能になる(53の具体的な業種については下表参照)。  ただし、これら業種についても、自由意志でマイスター資格を取得することは可能である。自由意志によるマイスター試験受験の場合は、徒弟(Geselle)としての3〜5年の修業期間終了後という条件は撤廃される。

(2)マイスター資格取得が引き続き手工業企業設立の要件となる業種は41業種(法案の段階では29業種)

  これらの業種は、技術の習得が困難、第三者の健康や生命に危険を及ぼす恐れがある等の理由から「許可が必要な手工業」に分類されたものである。したがって、これら業種については、企業の設立や買収に当たっては引き続きマイスター資格の取得が必要となる(41の具体的な業種については下表参照)。  ただし、これら業種の場合も、徒弟として6年間経験を積み、そのうち4年間責任ある地位についていた場合は、マイスター資格なしに手工業企業を設立することができる(法案の段階では徒弟の経験10年間、責任ある地位5年間)。ただしこの例外規定は、煙突掃除、眼鏡技師、補聴器技師、整形外科技師、整形靴技師、歯科技師の職種には適用されない。

(3)「マイスター資格取得者=手工業企業所有者」原則の撤廃

  従来の手工業法では、手工業企業の所有者がマイスター資格取得者でなければならないことになっていたが、この原則は改正により撤廃された。今後は、経営者にマイスター資格取得者を雇い入れた会社形式をとれば、企業を設立したり買収したりすることができるようになった。この措置は、手工業企業における後継者問題の緩和を狙いとして導入されたものである。

手工業企業設立(または買収)に当たって引き続きマイスター資格が必要な業種とマイスター資格が不要となった業種

引き続きマイスター資格が必要な業種マイスター資格が不要となった業種
グループⅠ 建築関係
(1)左官、コンクリート打ち、(2)ストーブ、空気暖房装置製造、(3)大工、(4)屋根葺き、(5)道路建設、(6)断熱・断冷・遮音材製造、(7)井戸掘削、(8)石材加工、(9)スタッコ塗装、(10)塗装、(11)足場組み立て、(12)煙突掃除(1)タイル工事、(2)コンクリートブロック・テラゾー製造、(3)床下地工事
グループⅡ 電気・金属関係
(1)外科用機械工、(2)金属加工、(3)自動車・車両組み立て、(4)精密機械工、(5)二輪車両組み立て、(6)空調機械工、(7)情報エンジニア、(8)自動車エンジニア、(9)農業機械工、(10)缶詰の缶製造、(11)配管工事、(12)電気・ガス配線、暖房工事、(13)電気エンジニア、(14)電機製造、(1)容器・機械装置製造、(2)時計製造、(3)彫刻、(4)金属彫刻、(5)メッキ、(6)金属・鐘鋳造、(7)切断工具機械工、(8)金銀細工
グループⅢ 木材加工
(1)指物師、(2)ボート・船舶製造(1)寄木張り床工事、(2)ブラインド・シャッター製造、(3)模型制作、(4)ろくろ・木製玩具製造、(5)木彫、(6)樽製造、(7)カゴ編み細工
グループⅣ アパレル・テキスタイル・皮革
(1)網製造(1)紳士・婦人服仕立て、(2)刺繍、(3)服飾デザイン、(4)機織り、(5)帆製造、(6)毛皮加工、(7)靴製造、(8)馬具・高級かばん製造、(9)内装・インテリア
グループⅤ 食品
(1)ベーカリー、(2)ケーキ、(3)食肉加工・販売(1)製粉、(2)ビール醸造、(3)ワイン貯蔵管理
グループⅥ 健康・保健・化学・清掃
(1)眼鏡技師、(2)補聴器技師、(3)整形外科技師、(4)整形靴製造、(5)歯科技師、(6)理髪師(1)繊維製品クリーニング、(2)ロウソク製造、(3)建物洗浄
グループⅦ ガラス・紙・陶磁器・その他
(1)ガラス工、(2)ガラス細工師・ガラス装備品製造、(3)加硫・タイヤエンジニア(1)ガラス加工、(2)精密光学機器製造、(3)ガラス器・陶磁器絵付け、(4)宝石研磨、(5)写真撮影、(6)製本、(7)活版印刷、(8)シルクスクリーン捺染、(9)フレクソグラフ、(10)製陶、(11)オルガン製作、(12)ピアノ・チェンバロ製作、(13)手弾楽器製作、(14)バイオリン製作、(15)ボーゲン製作、(16)金管楽器製作、(17)木管楽器製作、(18)撥弦楽器製作、(19)金メッキ、(20)広告看板・ネオンサイン製作
合計 41業種合計 53業種

(資料)ドイツ連邦政府ホームページのアジェンダ2010関連資料より作成。

手工業法改正の効果

  ドイツでは企業数全体に占める自営業の比率は他の欧州諸国と比べると低く(ドイツの9.3%対して欧州平均は12.3%、2002年)、またドイツの手工業の創業比率をドイツの産業全体と比較すると手工業の比率はかなり低い(産業全体の12.3%に対して、手工業の場合は4.7%、同)のが特徴となっている。こうしたドイツにおける自営業の比率の低さや、手工業の創業比率の低さの原因は、マイスター制度に象徴される高い市場参入規制によるものとされてきた。

  手工業法改正はこうしたドイツの手工業に今後どのような影響をもたらすのか。改正法は2004年1月1日に施行されたばかりであり、具体的な影響は今後の動向を見るしかないが、少なくとも今回の手工業法の改正によって、手工業企業を設立する場合の要件が緩和されたことから、今後手工業の分野で個人企業(自営業者)などの形で企業の参入が増えることが期待される。

  ハンデルスブラット紙(2003年12月23日付)によれば、引き続きマイスター資格が必要とされる41業種で、手工業企業や手工業従業員の9割以上を占めていることから、業種そのものの要件緩和はそれほど意味がないとされるが、マイスター資格要件が引き続き必要な業種でも「徒弟として6年間経験を積み、そのうち4年間責任ある地位についていた場合は、マイスター資格なしに手工業企業を設立することができる」という資格取得要件の緩和は大きな意味を持つものと思われる。

  また、徒弟6年、責任ある地位4年という今回の資格要件は、6年間の徒弟としての修行と3年の責任ある地位での活動ののち企業を設立できるとする欧州法の企業設立要件ともほぼ合致するものであり、今後はドイツ以外のEU加盟国からのドイツ手工業分野への参入も増えることが予想される。

  いずれにしても、今回の手工業法改正によって、この分野で競争が高まれば、消費者が手工業に支払う料金、価格が低下するわけであり、その意味で、「今回の手工業法改正で一番得をするのは消費者」(ハンデルスブラット紙)ということになるのかもしれない。

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