2004/02/20 No.59《平和の配当》を受け取ることができるのか?
− 米国の対ヨルダン輸入と自由貿易協定 −
増田耕太郎
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
日本でも自由貿易協定(FTA)の締結に向けての交渉が、メキシコ、韓国、アセアン諸国と進められている。貿易量が大きい国とのFTA締結は、経済効果が大きいから重要なのは当然だ。一方、経済的な困難に直面している開発途上国に対してもFTAを締結し市場開放をしていくことは、有力な『経済協力』の手段になることを米国の対ヨルダン輸入の増加は示唆している。
米国がヨルダンと自由貿易協定(JUSFTA)を結び(2000年)、発効したのが2001年である。米国にとって、米国・イスラエル自由貿易協定(1985年)、米加自由貿易協定(1989年)、北米自由貿易協定(NAFTA:1994年)に次ぐ4番目のFTAだった。締結した当時、中東和平が進み『平和の配当』とみなされたこのFTAは、その後のパレスチナ および周辺地域のテロの激化、隣国・イラクへの経済制裁、イラク戦争などの状況下でも、対米輸出は大きく伸びている(図-1参照)。
図-1 米国の対ヨルダン輸入額の推移(単位:億ドル)
ヨルダンからの米国の輸入は、2001年を境に大きく伸びた。締結した年の2000年の輸入額が7,325万ドルであったのに対し、2002年は4億1,233万ドルと、2年間に約5.6倍増になった。2003年は6億7347万ドルと前年に比べ63.3%の増加だった。
米国がヨルダンから輸入している主なものは衣類である。ニット製衣類が全体の58.3%、非ニット製衣類で全体の28.1%を占め、この2品目で対ヨルダン輸入の86.4%になる。輸入が多いのは、綿製のセーター類(HS6110.20)。1999年の輸入額はわずか17万8,000ドルだったのが、2003年には1億3,595万ドルになり、4年間で763倍の増加になった。輸入量の3,252万枚は、米国の11人に1人が購入できる規模である。2番目に多いのが婦人用の綿製のスラックス・ズボン類(HS6204.62)。輸入額は1999年の約9万8,000ドルから、2003年の1億1762万ドルに増え、4年間で1205倍の増加になった。輸入量の1,824万本は米国の女性8人に1人が購入できる量である。
米国のヨルダン輸入~主要品目の推移(単位100万ドル)
1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 倍率 (2003/99) | |
6110.2 綿製セーター類 | 0.178 | 4.407 | 42.445 | 119.141 | 135.948 | 763 |
6204.62 婦人用綿製スラックス | 0.098 | 6.652 | 33.601 | 56.592 | 117.622 | 1,205 |
輸出の増加はヨルダンの貿易統計でも確認できる。2002年の総輸出額は、1999〜2000年に比べると倍増している。そのうち、対米輸出に占めるシェアは1999年の1.1%から2年後の2001年には10.1%、2002年には14.9%に高まって、米国はイラクに次ぐ第2の輸出相手先になった。
ヨルダンの輸出増加をもたらした要因に外資系企業の進出がある。ヨルダンへの外国直接投資は1997年以降に集中し、2000年は過去最高額の7億8,700万ドルであった。2000年だけでも、1990年から2002年までの13年間の投資累計額(18億3,600万ドル)の約43%を占めた。その年のGDPは67億3,200万ドルだったから、外国直接投資額の対GDP比は11.7%に相当する。進出した親企業の母国は中国、韓国、台湾などで、アジア企業の進出が目立つ。(図-2参照)
図-2 ヨルダンの輸出と外国直接投資累計額の推移(単位:億ドル)
この2000年の外国直接投資の集中と2001年を境にした輸出の急増ぶりから、米国・ヨルダン自由貿易協定の締結が契機になって、ヨルダンへの外国直接投資や米国の対ヨルダン輸入が増加したと見て良さそうだ。
米国からみれば、ヨルダンとの貿易はあまりにも小さい。過去最高の2003年でも輸入は総輸入額のわずか0.05%でしかない(輸出は0.07%)。しかし、ヨルダン経済にとって対米輸出の増加は大きい。ヨルダンは見るべき産業にとぼしいから国内で十分な雇用先が少ない問題を抱えている。このため、多くの者が国外に職を求め湾岸産油国などで働き、外国で働く者が本国の家族などに送金する金額(「労働者送金」額)は、ヨルダンのGDPの20.5%に相当する規模である(2001年)。外国直接投資が増え輸出が伸びると国内に働く場所を生み出す。同時に、輸出の増加は対外債務に悩むヨルダンにとって貴重な外貨獲得に貢献する。
イラク情勢が混沌としている状況が変わりイラク復興への道筋が見えてくると、ヨルダン投資は増えると見込まれる。イラク向けの輸出拠点としても注目されているからだ。また、ヨルダンは2002年にEFTA、EUとも自由貿易協定を結んでいる。欧州向け輸出の増加も期待できそうだ。(関連記事参照)
このことから、貿易量の小さい開発途上国にとってFTAの締結は、外国からの直接投資を促し雇用を拡大し相手国への輸出を増加させることを通じて経済発展に寄与できることを示している。なお、フセイン現国王は、WTO加盟(2000年)、米欧とのFTA締結、外資導入と自由貿易の促進など経済改革に積極的だ。数年前、国王が来日した際、国王自ら日本からの投資を呼びかけた。「ヨルダンは教育水準が高く海外で働いている者の多くは技術者、管理者である。彼らは国内で働くことができれば海外に行かずに済む。そのために外国企業を誘致し産業を興し働く場所を産み出していきたい。」
関連記事等
- 小野充人:「EU・アラブ自由貿易地域の形成に向けて〜進展する中東の自由貿易圏構想〜」(国際貿易投資研究所『国際貿易と投資』 45号、2001年)
- 佐々木高成:フラッシュ39「バリ島テロ後の米国東南アジア経済戦略」