フラッシュ74
2004年12月7日
 

ロシアのWTO加盟交渉と産業構造
〜製造業と中小企業の育成が急務

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  ロシアのWTO加盟交渉は、二国間交渉では2004年5月にEUとの間で、(1)関税、(2)輸入割当、(3)サービス部門の市場アクセス、(4)天然ガスの内外価格差などについて基本合意が達成された(合意内容の詳細については、フラッシュ63「EU・ロシアのWTO加盟交渉妥結と二国(地域)間経済関係」参照)。
  その後、中国との間で、10月のプーチン大統領の訪中時に市場アクセスに関する合意が達成され、さらに11月初めには、オーストラリアおよびASEAN4カ国(タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール)との間で市場アクセスに関する交渉が行われ、合意に達した。EU、中国に加え、オーストラリア、ASEAN4カ国との間でも交渉が妥結したことは、失われかけていた早期加盟のダイナミズムを多少とも取り戻すことができたという意味で一定の前進と評価されている。
  二国間交渉で残された次の大きな課題はアメリカとの交渉である。
  ロシアから見て、交渉相手としてのEUは多少弾力的であったと位置付けられている。中国は交渉相手として難しい相手であったが、10月の市場アクセスに関する合意で中国との間の主要な問題は解決できた。これに比べて、アメリカとの間では、EUなどとの交渉で取り上げられなかった難しい問題をアメリカが取り上げるという構図のもとで交渉が進められると想定されており、強い交渉力を持ったアメリカとの合意達成がロシアにとって最も難題と考えられている。

農産物、航空機、自動車などの輸入自由化が焦点

  次に、ロシアのWTO加盟にかかわる二国間交渉や多国間交渉でどのような点が問題になっているのかを交渉分野別に見てみよう。まず輸入関税率については、現時点では、交渉対象となっている約1万1,000品目の輸入関税のうち8割以上は各国との間で合意に達しているが、センシティブな品目が残っている。センシティブな品目として大きなものは農産物、航空機、自動車などである。このうち航空機(民間航空機)については2003年にはわずか6機が組み立てられただけであり、急激な自由化要求に従った場合、航空機産業そのものが存続できるかという深刻な問題を提起している。ロシアでは航空機産業は基幹産業のひとつであり、経済戦略の観点からも重要な航空機部門が消滅することは適切でないという議論が高まっており、今後航空機の輸入自由化問題がどのような形で決着するかが大きな焦点となっている。自動車の場合は、ロシアがWTOに加盟した場合、国内メーカーの市場シェアは現在の61%から2010年には40%まで低下する一方、輸入車のシェアは同期間に11%から30%に高まると予想されており、自動車についても国内企業に対する大きな影響は避けられそうにない。このほか医薬品、家具などもロシアにとってはセンシティブ品目と考えられている。今後これらの品目を中心とした交渉が主として多国間交渉の場などで続けられることになる。
  農業問題では、国内農業に対する補助金の規模や農産物、食品に対する輸出補助金問題が合意に達しておらず、多国間の協議が続いている。市場アクセスについては、特にサービス市場のアクセス問題が大きな焦点となっており、金融、電気、通信、運輸などのセンシティブ分野について詳細な詰めの交渉が続いている。競争政策の分野では、ガスプロムやロシア鉄道公社といった巨大独占企業をどうするかといった問題や、巨大独占企業に対する補助金の取り扱いが交渉の焦点となっている。
  また、ロシアの法律、法体制のWTO基準への適合については、税関の規則や規制が複雑で詳細を把握しているロシア人に通関をまかせないと取引自体が難しいという批判のある税関関係の法整備が特に大きな課題となっている。
  こうした交渉課題の中で、ロシア側の現時点での主張は次のとおりである。すなわち、(1)WTOに加盟した直後に工業品の平均関税率を16.5%から7.5〜7.8%に引き下げる、(2)農産物の平均関税率を21%から18%に引き下げる、(3)農業に対する補助金は120億〜140億ドル程度とする、(4)ロシアはWTOで義務付けられている協定のすべてに加わるがそれ以上は譲歩しない、というものである。こうしたロシア側の主張は主としてEUとの交渉で達成された合意内容を反映したものといわれ、今後のアメリカ等との交渉において、最も重要な貿易相手であるEUに譲歩したこと以外は譲らないというのがロシアの基本的なスタンスになっているように見受けられる。

地方の産業にも大きな影響

  ところで、ロシアがWTOに加盟した場合、素材産業は加盟によってメリットを受けるのに対して、前述のように、素材産業以外の製造業は関税低下や市場開放による輸入品との競合によって大きな影響を受けることが予想されている。また、ロシアのWTO加盟交渉は、ロシア政府主導のもとで行われていること、また最近の連邦と地方の力関係の変化(連邦の発言力や連邦の権力の高まり)によって、地方政府が表立ってWTO加盟に反対することは難しい状況にあると思われるが、地方の産業に対する影響も懸念されている。最近、地方自治体関連の作業グループが出した報告書は、地方の製造業はWTO加盟によって本格化する競争に対応するには体質が弱すぎるという結論を出しており、たとえばウラル地方のスベルドロフスク州では、企業に対する実態調査の結果、加盟による競争激化に対応できる企業の比率は鉄鋼業で80%、化学65.8%、建設業57%、非鉄金属54%であり、食品と機械はゼロに近いという結果が出ている。また、同地方のサマラ州でも、化学、石油化学、非鉄金属など競争力の強い業界は加盟を支持している一方、農業、機械、食品、軽工業、建材などは「パニック」に陥っているとされている。

製造業、中小企業の育成が急務

  問題はWTOへの早期加盟を目指すロシアにおいて、加盟によって大きな影響を受けることが予想されるこうした製造業や中小企業に対して明確な育成策がとられていないように見えることである。
  2004年11月16日付のドイツの経済紙ハンデルスブラットは、ロシアの400大企業の売上高(2003年)ランキングを分析した記事のなかで「ロシア経済は移行開始後10年経った現在も依然として素材産業によって支配されている」と述べ、素材産業以外で上位20社の中に入っているのは、国有鉄道会社のRSchD(第2位)、政府が株式の過半数を保有しているズベルバンク(8位)、テレコムのSwjainvest(12位)、自動車のAvtvaz(13位)、混合コンツェルンAFK Sistema(15位)と国有石油パイプラインの独占企業Transneft(16位)だけという結果を明らかにしている。同紙はまた、「石油産業は依然としてロシアの国内総生産(GDP)の25.2%を占めており、ロシアの20大企業の中に石油採掘企業が7社も入っているという世銀の報告書もこのことを裏付けている」と指摘している。
  同紙はさらに、400大企業ランキングから、ロシア経済のさらなるゆがんだ状況が読みとれるとし、2003年のロシアの国内総生産(GDP)は7%増加したが、400大企業の売上高は25.8%も増加したことを明らかにしている。また同紙によれば、ロシアでは中小企業はGDPに13%(米国では同比率は51%、ドイツでは56%)しか貢献していないとし、このことは、ロシアでは中小企業がまだ十分な成長エンジンとはなっていないことを示しているとしている。
  400大企業の中では、銀行、保険、IT企業、携帯電話および小売りチェーンといった部門の売上高の伸び(平均して前年比70%増)が石油・ガス部門(同29%増)、鉄鋼部門(同40%増)を上回るなど新しい動きもみられるが、GDPに占める大企業の生産比率が高く、大企業の中では素材産業の比率が高いというロシア経済の基本的な構造には大きな変化が見られないことを示している。

  ロシアのWTO加盟時期については、1)ロシアが希望している2005年末に実現するというシナリオと、2)加盟交渉が難航した場合や石油価格の低下などによって経済成長率が下がるような事態が生じた場合には保護主義的な機運が高まり、WTOへの加盟が長引く、という2つのシナリオが考えられるが、いずれのシナリオが現実の動きとなるにせよ、エネルギーを中心とした素材産業への依存度を減らすということは、ロシアが長期的に持続する経済発展を目指すうえで避けて通れない問題であり、製造業と中小企業の重点的な育成が急務になっているといえよう。

*本稿は本研究所主催の「ロシア・極東地域研究会」における報告(イワン・ツェリッシェフ、「ロシアのWTO加盟見通しと加盟に向けた体制準備」)をベースに、その他資料も参考にして書き下ろしたものです。

表 ロシアの20大企業
(単位;1,000人)
 
企業名
部門
売上高
(2003年、
100万ドル)
前年比
増加率(%)
税引き後
の純益
(100万ドル)
1 Gazprom 天然ガス 26,710.8
27.2
5,183.90
2 RSchD 鉄道 19,371.5
393.30
3 Lukoil 石油 19,345.0
40.8
3,701.00
4 RAO UES エネルギー 19,327.1
17.8
879.20
5 Yukos 石油 13,349.0
32.8
n.a.
6 TNK-BP 石油 10,379.0
26.1
2,811.00
7 Surgutneftegas 石油 7,662.0
17.0
661.10
8 Sberbank 金融 6,261.4
8.8
454.00
9 Sibneft 石油 6,205.2
35.0
2,277.70
10 Norilskij Nickel 非鉄金属 4,938.0
64.0
861.00
11 Russkij Aluminium 非鉄金属 4,509.0
11.5
n.a.
12 Syyazinvest テレコム 4,329.3
27.1
278.90
13 Avtovaz 自動車 4,261.1
9.5
96.2
14 Tatneft 石油 3,800.3
7.3
371.90
15 AFK Sistema テレコム 3,759.9
313.8
387.10
16 Transneft 石油輸送 3,719.8
16.6
995.80
17 Rosneft 石油 3,205.4
17.1
386.10
18 Magnitka 金属加工 3,047.0
44.4
630.00
19 Severstal (注 1) 金属加工 2,663.3
35.4
612.90
20 NLMK 金属加工 2,468.0
41.2
656.50
(注1)
輸送および自動車部門を除く。
(出所)
Handelsblatt、2004年11月16日(原資料はロシアの格付会社Expet-RA作成の「ロシア400大企業ランキング」、企業発表資料など)