2005/05/31 No.79イタリアン・アグリツーリズムはいま〜農業再生の活路を目指して〜
長手喜典
(財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員
釧路公立大学 非常勤講師
ジリ貧のイタリア農業
イタリアは食料や農産品貿易の大きな赤字国である。日本と同様、縮小を余儀なくされている自国農業の生産力では、穀物、肉類、酪農品、いずれの分野でも5,700万人余の人口を養うには足りない。わずかに野菜と果物は自給可能であるが、野菜部門については、なお開発、改善の余地が認められている。
イタリアで農業離れが著しく進んだのは、1970〜80年代で、その後も農家の減少に歯止めがかからず、1980年以降の10年間に40万以上の農家が離農し、2000年の農業センサスでは、農家数261万7,000余となっている。このような状態に危機感を持った当局が、すでに1960年代から存在したイタリアのアグリツーリズムに注目し、その振興を声高に唱えだしたのが1980年代である。
アグリツーリズムとは
イタリア語のAgriturismoは、まさに、Agricoltura(農業)とTurismo(観光)の合成語であり、1985年の法律第730号により公認された両者にまたがる新たな産業である。すなわち、アグリツーリズムとは、農業経営者およびその家族が、農業経営を維持しつつ、自ら所有する家屋、農場および敷地をレストラン、宿泊施設等に活用し、利用客を受け入れる営業活動を指す言葉である。
一般に主人は農業に従事、主婦が接客サービスを主導するケースが多いが、規模の拡大にともない、農業、観光サービス両面に労働者を雇用する場合も見られる。したがって、農業労働者の雇用拡大に貢献し、また、レストランに対しては周囲12キロ以内に産する食材を使用することを義務づけるなど、地域振興にも特段の配慮を示している。
アグリツーリズムのもうひとつのメリットは、所得の低い農業を嫌って、都会へ流出した若者、そのため空洞化した農場や牧場、伝統的な家屋、教会など文化遺産のこれ以上の荒廃にストップをかけたことである。先祖伝来の遺産をもう一度修復、再利用し、旧来の農業収入にプラス・アルファをもたらして、郷土を再び、生まれ変わらせようとしている。このアグリツーリズムを統括しているのが、3つの公的な全国組織であり、Agriturist,Terranostra,Turismo Verdeがそれである。
最近の発展状況
アグリツーリズム法が施行されてからの5年間(1985〜90年)は、同産業の売上額は1.9倍とほぼ倍増に近い伸びを示した。また、1990年から2000年までの10年間をとっても、売り上げが50%、利用客数が13%と増加率は鈍ってきたものの、イタリア観光の新しい形として定着してきた。
一方、最近の動きは図表1のとおりで、売上額は順調に伸び、2004年は推定ながら、8億8,000万ユーロに達したとみられ、利用客も250万人に及ぶ。うち外国人は25%、ほぼ4分の1を占め、ヨーロッパからが主である。国別では英国、ドイツ、スカンジナビア諸国が多く、トスカーナ、ウンブリア両州が好まれている。第3期目に選出された英国のブレア首相は、トスカーナがお気に入りで、一家はアグリツーリズムのリピーターとして知られている。
図表1 アグリツーリズム企業の設備状況と利用者
2001 | 2002 | 2003 | 前年比(%) | 2004(推定) | |
---|---|---|---|---|---|
企業数 | 10,700 | 11,500 | 12,600 | 8.7 | 13,500 |
ベッド数(1,000) | 111 | 118 | 129 | 8.5 | 139 |
各企業の平均ベッド数 | 13.0 | 12.8 | 12.9 | 0.8 | 13.0 |
利用客数(1,000) | 2,050 | 2,200 | 2,220 | 0.9 | 2,500 |
うち外国人の占める割合(%) | 25 | 25 | 21 | -19.0 | 23 |
利用客の平均滞在日数 | 5.4 | 5.2 | 5.0 | -3.8 | 5.0 |
キャンピング場付企業数 | 950 | 920 | 930 | 1.1 | 930 |
乗馬施設付企業数 | 1,550 | 1,550 | 1,520 | -2.0 | 1,500 |
年間売上額(100万ユーロ) | 682 | 710 | 780 | 5.4 | 880 |
図表2〜4から特徴を探ってみると、ビジターの種類では、家族連れが最も多く、次いでカップルが続き、両方で約7〜8割を占める。滞在日数では3〜6日が地域を限らず、一番多い。訪問の動機としては「休息」が圧倒的で、アグリツーリズムならではの感だ。とくに、南伊の割合が高い。次いでイベント、文化財訪問に人気がある。この点ではイタリアの観光国としての資源が生かされている。3番目に多い訪問の動機は「食」の人気であり、イタリアン・フードは“スローフード”(ファースト・フードへのアンチテーゼ)運動の高まりと共に、田舎でゆっくり地元ワインのグラスを傾けながら、土地の料理を賞味する。まさに、アグリツーリズムの醍醐味である。この項でも南伊への志向が強まっている。
特筆すべき動機に「旅行費用の節約」がある。従来型の一般的観光に比べ、費用の安さが、明らかにアグリツーリズムの魅力のひとつになっており、地域のばらつきもあまりみられない。人気はそれほど高くないが、スポーツ好きな人は自然の中で乗馬、水泳、テニス等を楽しむこともできるが、南伊のスポーツ施設はやや他地域に劣る。
図表2地域別ビジターの種類
図表3地域別滞在日数
図表4アグリツーリズム訪問動機
最後に図表5は、認可済みのアグリツーリズム企業数を州別に見たもので、トスカーナとアルト・アディジェ両州が断トツである。前者については、自然美、文化財、食生活のいずれの面でも優れており、うなずける。後者は本来、アグリツーリズム発祥の地と目され、冬季のスキー民宿が通年観光化し、さらに、アグリツーリズムへと順調に発展していったためと考えられる。
図表5 アグリツーリズム認可済施設数
州名 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2004 |
---|---|---|---|---|---|
北伊 | |||||
ヴァッレ・ダ・オスタ | 50 | 52 | 51 | 53 | 54 |
ピエモンテ | 390 | 444 | 479 | 554 | 603 |
ロンバルディア | 454 | 530 | 633 | 680 | 706 |
トレンティーノ | 167 | 174 | 176 | 187 | 185 |
アルト・アディジェ | 2,736 | 1,991 | 2,352 | 2,163 | 2,589 |
フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア | 230 | 250 | 279 | 319 | 363 |
ヴェネト | 648 | 713 | 728 | 805 | 830 |
エミリア・ロマーニャ | 291 | 320 | 448 | 480 | 510 |
リグリア | 140 | 190 | 240 | 280 | 270 |
中伊 | |||||
トスカーナ | 1,406 | 1,950 | 2,105 | 2,430 | 2,606 |
マルケ | 369 | 375 | 377 | 408 | 433 |
ウンブリア | 365 | 487 | 615 | 635 | 719 |
ラツィオ | 132 | 205 | 238 | 260 | 320 |
アブルッツォ | 290 | 350 | 385 | 410 | 420 |
南伊 | |||||
モリーゼ | 35 | 42 | 50 | 53 | 57 |
カンパーニャ | 200 | 250 | 349 | 444 | 507 |
プーリア | 165 | 179 | 212 | 228 | 205 |
バシリカータ | 60 | 190 | 250 | 280 | 261 |
カラブリア | 130 | 118 | 160 | 177 | 177 |
シチリア | 150 | 197 | 230 | 267 | 241 |
サルデーニャ | 330 | 350 | 360 | 374 | 547 |
合計 | 8,737 | 9,357 | 10,707 | 11,487 | 12,603 |
アグリツーリズムの今後
ISTAT(イタリア中央統計局)統計によると、1990年から2000年の間に、イタリアにおける農業企業数が13.4%減少しているのに、アグリツーリズム企業数は一貫して増加を続けている。
アグリツーリズム農家は、まだ全農業企業数の1%にも満たない州が多いので、州によってはマイナーな存在に過ぎないが、第6表からも判明するとおり、毎年1,000社内外の企業が認可され、とくに、北・中部イタリアから南部イタリアへと拡大しつつある。イタリアの後進地帯、南部にとり、これはサービス業による地域の開発、発展として、注目される方向であろう。
アグリツーリズムを営業するには、最初に州へ登録する必要があり、その後、実際に営業活動を開始するには、コムーネ(市町村)の公認が必須である。粗製乱造を避け、長期的施策として政府も力を入れている。いまだ農家の副業の域を出ないものが多いとしても、その副業が農業自身にも活を入れる時代へと、イタリア当局は将来にさらなる可能性を託している。いずれにしても、イタリアが世界におけるアグリツーリズム大国となるのも、その自然条件やそこに住む人たちのホスピタリティーを考えれば、あながち夢ではなさそうだ。
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