フラッシュ81
2005年7月28日
 

EUの混迷をどう見るか
〜EU憲法否決と統合の行方

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  EU(欧州連合)では、加盟各国でEU憲法の批准手続き進められてきたが、EEC(欧州経済共同体)当時からの原加盟国であり、これまでEU統合の旗振り役をしてきたフランスの国民投票で批准が否決された。引き続き実施されたオランダの国民投票でも批准が否決されため、EUは2006年10月に予定していたEU憲法発効の先送りを決めるなど、EU統合の先行きに対して動揺が広がっている。こうした事態は何を意味し、今後のEU統合に対してどのような影響を及ぼすのであろうか。

  そもそもEU憲法は、EUが25カ国に拡大した実態に合わせて、EUの顔としてのEU大統領(欧州理事会大統領)やEU外相のポストを新設するとともに、EU拡大にともなう意思決定をスムーズにするための仕組み(二重多数決制=加盟国の55%の賛成と賛成した国の人口が65%以上の場合可決)を作り出し、あわせてより一層の市場統合などを実現することを目的として、これまでのニース条約などの基本条約に代わるものとして考え出されたものであった。

  EU憲法発効の先送りは、EU憲法がめざしたこうした改革が当面、日の目を見なくなったということを意味する。しかし、これによって、EUが1958年のEECの創設以来営々として築き上げてきた統合の成果が否定されたと見るのはあまりにも短絡的であろう。EUの意思決定の仕組みは、加盟国の一部に不満はあるにせよ、ニース条約(2003年3月発効)で定められた、閣僚理事会での国別の持ち票に基づく特定多数決(合計345票を国別に割り振ったうえで258票以上の賛成で可決)による決定システムで担保されている。EECの時代から積み重ねられてきた関税同盟や市場統合、共通政策、さらにはユーロ導入の土台となっている経済通貨同盟(EMU)が後退することも考えにくい。

  今年の6月頃、イギリスでEU憲法を巡る議論が行われていた際、仮にEU憲法が否決されたときEUはどうなるのかという議論も行われた。その時のEU憲法反対論者(保守党)の意見として「EU憲法の否決は、EUが現在と同様、引き続き非効率なままやっていかなければならないことを意味するだけのことであり、それはEUの“危機”ではあるが“破滅”ではない」という発言が見られたが、この言葉はまさに現在の事態を正確に言い表わしているような気がする。

  過去においてEUでは統合を推進する過程で、反統合へのベクトルが強く働いた時期があった。例えば、1970年代の石油危機後に欧州を襲った不況の中で、イギリスやフランス、イタリアが自国の経済回復を優先するために「共同フロート」(スネーク)から離脱したことがその一例として挙げられる。今回のフランスやオランダにおけるEU憲法批准の否決は、そもそもEU憲法の中身についての理解が各国民に必ずしも十分に浸透していなかったことに加え、長びく欧州経済の停滞や失業率の高止まり状態の中で他の加盟国からの移民が増えることに対する不満などが大きな理由になっていると思われ、いわば加盟各国の中にふたたび反統合へのベクトルが強くあらわれた結果と言えそうである。

  もともと、EUは「欧州連合」という言葉に象徴されるように、主権国家の連合体であり、アメリカのような連邦国家ではない。連合体であるEUでは、ものごとを決めるのは国の代表の集まりである閣僚理事会や欧州理事会であり、まさに国の利害を背負った代表者たちが物事を決めるシステムを採っている。こうした加盟国の連合体としてのEUの本質に変化がない以上、そして加盟国の中に、EUへの自国の主権の移譲をこれ以上望まない国があったり、市場統合や労働者の自由移動の新規加盟国への適用拡大などによって移民が増加することに不安を持つ国がある以上、EU統合が一時的に足踏みしたり、今回のようにEU憲法の批准に反対する国が出てくることもある意味では当然のことといえる。

  今回のEUの憲法発効先送りの決定は、今後のEU拡大にも影響を及ぼす可能性がある。すでにEUとの間で、EU加盟条約を締結し2007年に加盟が予定されているブルガリアとルーマニアはともかく、さらなる拡大と言う意味では、とくに今年10月から始まるトルコとの加盟交渉への影響が注目される。トルコとの加盟交渉では、EUは「加盟を保証するものではない。2014年以前の加盟はない」という枠組みを決めているが、EU憲法批准の過程において雇用に与える移民の影響が大きくクローズアップされたことで、トルコのEU加盟について現加盟国のコンセンサスを取り付ける環境は一段と厳しくなっていると見られるからである。

  これまでEUはその時どきの反統合機運の高まりに伴う一時的な統合の停滞を粘り強い交渉で乗り切り、今日見られるような高度な統合を達成してきた。今回のEUの反統合のベクトルが今後どれ位長く続くのか不透明であるが、EUが停滞を繰り返しながらもこれまで統合への不可逆的な歩みを続けてきたことからみて、統合進展への機運が再び高まることは十分考えられる。そのきっかけは、例えば、英独仏など主要国における政権の交代であるかもしれないし、経済の好転、あるいはEUを取り巻く国際政治情勢の変化ということも考えられよう。


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