フラッシュ9

2001年9月14日

同時多発テロは米国覇権体制への反逆か

国際貿易投資研究所 研究主幹
               木内 惠
 米国の同時多発テロ事件がイスラム原理主義者筋により引き起こされたとの見方が正しいとすれば、これをもたらした米国側の遠因は何か。純粋に米国サイドの要因に限定してこれを考えれば、ユニラテラリズム、中東和平への取り組み姿勢の変化、米国覇権に基づく新国際秩序形成――といったブッシュ政権の特徴的な対外政策路線がまず念頭に浮かぶ。

ユニラテラリズムの体現
 既存の対外的取り決めや国際協定に対する米国の一方的・独断的姿勢がこのところ目立つ。米ロ間ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約、CTBT(包括的核実験禁止条約)、生物兵器禁止条約、京都議定書などからの離脱がその例である。このような米国のビヘイビア―は、ユニラテラリズム(一国主義)と称される。自国の都合のみを重視して対外コミットメントに対処しようとするアプローチの意である。ごく最近のユラテラリズムの体現事例として注目すべきは国連人種差別撤廃会議からの離脱であろう。
 国連人種差別撤廃会議からの離脱は2重の意味でイスラム強硬派に反米感情を招来した公算が大きい。ひとつはこの離脱がイスラエルとの共同歩調でなされたこと。このことは中東問題で米国が調停者のスタンスからイスラエル支持派の立場へのシフトを「明示的に」示したに等しい。これがイスラムの反発を招いたことは想像に難くない。

中東政策に孤立主義の影
 人種差別撤廃会議からの離脱が持つもう1つのインプリケーションは米国が中東問題への関与から距離を置く姿勢を暗示したことである。実際、米国の対中東政策の基調はクリントン時代の積極的和平推進政策から、ブッシュ政権になって消極姿勢に転じた感がある。中東和平問題での孤立主義的立場へのシフトといっても良い。面倒な国際問題からなるべく手を引こうとする米国の孤立主義路線は、現状打開を切望するアラブの失望を招いた。
 ユニラテラリズムが自国の都合を重視して「国際社会との調和を重視しない」点に着目すれば、「孤立主義」の語が思い浮かぶ。その意味でユニラテラリズムとは、孤立主義の延長線上にあるといっても良い。今回のテロ事件を契機として、ブッシュ政権の孤立主義およびユニラテラリズム的体質が米国の対外政策を通じて現行の国際秩序に及ぼしうる効果には今後も目配りの必要があるのではないか。

米国の覇権――新パックス・アメリカーナへの反逆
 ブッシュ政権が「脱冷戦の国際秩序構築」という時、それはあくまで、米国主導の世界秩序形成を念頭に置いている。そこには、国益増進という基準に合致さえすれば、既存の国際システムやルールの改変、廃棄、場合によってはそれからの離脱をも辞さないとの姿勢が見え隠れする。逆にいえば、現状が米国の利害に反しなければ、現状維持が正当化される公算が大きいということだ。ブッシュ政権の対外戦略を見る場合、そこうした側面が根底に横たわっていることに留意する必要がある。
 今回の事件との関連でいえば、こうしたいわば新パックス・アメリカーナ路線の下では「米国の国益に抵触しない限り」、結果的に現状は凍結されることになる。これが現状に不満を抱くイスラム勢力の焦りを呼んだ面があるのではないか。
戦後唯一の覇権国となった米国。覇権国の要件を単純化して言えば、軍事、経済、政治の各部門において他の追随を許さぬ圧倒的な地位を占めることに他ならない。今回のテロ攻撃の矛先が、軍の中枢たるペンタゴン、経済繁栄のシンボルたる世界貿易センタービル、政治の中枢たるホワイトハウスに向けられたことは決して偶然ではあるまい。これら覇権のシンボルへの攻撃は新パックス・アメリカーナ体制への挑戦を象徴していると思われてならない。