フラッシュ91
2007年2月26日
 

立ち直ってきたフィアット社

 
(財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員
釧路公立大学非常勤講師
   長手 喜典
 

  経営に新しい血

  イタリアの数少ない大企業のうちで、まず名の挙がるフィアット社も、ジャンニ、ウンベルトとアニエリ家の兄弟が亡くなり、業績の低迷が伝えられてから時が流れた。その間にも経営トップの交代が続いたが、2004年6月、新たにフィアット・グループの会長に選出されたモンテツェーモロ(注1)と、相前後して指名されたマルキオンネ(CEO兼社長)の出現で、フィアットは徐々に変わりだした。二人ともフィアットの所有者、アニエリ家とは血の繋がりのない人たちである。すなわち、大企業とはいえ家族支配を長く続けてきたフィアットに、初めてではないが、他人の血が色濃く入ってきたと言える。

  モンテツェーモロは、イタリア経団連モデナ支部会長やマセラッティの社長を務め、フィアット傘下のフェッラーリを、かつてフォミュラー1で勝利に導いた社長としてもイタリア人に広く知られ、アニエリ家から絶大な信頼を受け、かつ信望の高い経営者である。

  一方、マルキオンネもフィアットの子飼いではないが、入社前はジュネーブのSGSグループ〈ISO認証などを行う世界的検査、審査登録機関〉のトップの座にあり、請われてフィアットのCEOとして、2004年4月に登場した衆望を担った人物である。彼は社長としてこれまでの企業体制の革新と再編に大きな調整能力を発揮し、特に新車のモデル開発にその手腕を現した。

  彼の戦略はイタリア人や欧州人好みのgusto(五感に伝わる味わい)にマッチしたデザインを重視したもので、また、新車のネーミングにもこだわったものだった。すなわち、Bravo,Active,Dynamic,Emotionなどの言語感覚からも分かるとおり、現代風、スマート、シンパティコ(親しみやすさ)が名付けに際してのキーワードで、特に最後の “simpatico” というイタリア語は、「親しみやすさ」という訳語を超えた、イタリア人同士なら特別にわかちあえる感情である。

  2007年2月初旬に発売された斬新なBravo(1,400cc)は、今後の売れ行きが期待され、また、本年9月15日と既に発売日の発表されている新Fiat 500は、戦後まもなくフィアット・チンクェ・チェントとして市民に親しまれた国民車を思い出させる。当時、路地裏まで入り込めたこの超小型車が、イタリア人のほとんどを車社会に引きずり込んだのだった。マルキオンネはこのことに習い、今度はイタリア人のすべての家庭に2台目、3台目の大衆車を売り込めると読んでいるのだ。

  事実、2006年12月、トリーノで800人のジャーナリストを前に、彼は世界の著名自動車メーカーとの業務提携をほのめかしたが、それがドイツFordとの間に、小型車生産でなんらかの合意に達していたことが分かってきている。つまり、イタリアの新Fiat 500は2007年9月、ドイツ・フォードの新Ford Kaは2008年に市場に出現するはずで、両車種の欧州市場における共存をねらっているものと見られる。

  しかし、フィアット回復のかげにもう一つ大きな要因がある。イタリア語Lingotto(鋳塊、インゴット)は、フィアット社の別名であるが、これほどどっしりとしたイタリアを代表する大企業は、これまでにも陰に陽に中央政府との関係を云々されてきた。数年来政府により取られてきたRottamazione(廃車の意)政策は、環境にやさしく、エンジンの有害な排気ガスを引き下げる特別仕様の車を作るメーカー(といってもフィアット1社だけ)に、優遇融資等インセンティブを与える、また、公害車と目される車(注2)を廃棄するオーナーには、1台あたり800ユーロ(=12万円相当)のボーナスを支給するなど、ともに買い替え需要や新車販売をバックアップする施策である。 ややうがった見方をすれば、フィアットをナショナル・フラッグとして、沈滞させるわけにはいかない国家意思も見え隠れするのである。

  最近の業容

  2006年の欧州における自動車販売台数は、1,462万4,000台に達し、前年比で0.7%の増加である。その中でフィアット車は前年比17.6%とヨーロッパ市場で最大の伸びを示し、111万6,764台を販売して、欧州第6位であった(前年も6位であるが、台数で伸びた)。なお、別表のとおり、6位までが100万台超を売り上げたメーカーである。

  マルキオンネ社長が示す今年の販売目標は、別表の7.6%の欧州市場シェアを11%にまで上昇させ、イタリア市場では31%のシェアを35%に引き上げることにある。この目標を実現するため、2007年の生産台数は280〜290万台をターゲットにおいている。

  2007年1月17日付のLa Repubblica紙で、マルキオンネ社長は「2006年の配当金がフィアットの業績のすべてを語る」と胸を張っているが、たしかに、彼が今期も(2007年末まで)続投すると明言しただけで、ミラノ株式市場のフィアット株は直ちに反応、高騰した。

  モンテツェーモロ会長もまた、今年の利益は昨年の2倍を予想していると強気の発言をして、経営トップの自信の程を示した。好調なスタートを切ったBravoの売上げ、さらに、9月にマーケットにお目見えするNew Fiat 500の販売に支えられて、当面、フィアットの好調は揺るがないとの見方が一般的だ。

  その証左は既に1月のヨーロッパ市場に現れており、2月15日付のミラノのコリエレ・デラ・セーラ紙によると、新年一ヶ月の欧州市場(EU-15)における自動車販売台数で、フィアットは8.8%のマーケット・シェアを占め、フランスのルノーを抜いて第5位に浮上した。ちなみに、フィアットの昨年1月の市場シェアは8.5%であった。

  フィアットの商業車部門、トラックのIVECOの業績も順調で、モンフェリーノ社長は2010年までに100億ユーロの利益を上げ、利益率10%を達成したいと、グループ企業の存在を誇示している。

  最後にアニエリ家に残った血筋について触れると、ジャンニ、ウンベルト兄弟の妹、マルゲリータの二人の息子のうち、長男のジョン・エルカーンはフィアットの副会長を務めているが、まだ30歳代前半の若さであり、その将来性は分からない。弟のラーポは先年、麻薬問題で騒ぎを起こし、現在はフィアットのPR部門に席を置いているが、今後どう立ち直って行くか注目される。

  いずれにしても、このままフィアットの業績が右肩上がりで進めば、会長・社長のM/Mコンビは同社史上、あるいは「中興の祖」といわれるかもしれない。

  ところで、去る9、10日、ドイツのエッセンで開催されたG7では、日本の(円安問題)が取り上げられたといわれ、イタリアのプローディ首相も「円安ユーロ高は深刻な問題」と懸念を表明したと伝えられる。筆者にフィアットの海外戦略に触れる知見はないが、少なくとも、首相の発言は、イタリア自動車産業の今後の輸出とイタリア中小企業に代表される“Made in Italy”の行方を念頭に置いたものと思われる。

  かって、アニエリ家の長男、ジョバンニ・アニエリはイタリアの影の首相と言われたことがある。Casa Torinese(=トリーノの家)といえば、いまでもアニエリ家、そしてとりもなおさずフィアットを意味する。アニエリ家の人間でなくとも、イタリア人にとってフィアット社の帰趨は常に大きな関心事なのである。


(注1)一般に”モンテツェーモロ”と呼ばれるフィアット会長の正式本名は、”Luca Cordero di Montezemolo”と言い、モテツェモーロ家のルーカ・コルデロの意味合いである。が、あまりに長いのでモンテツェーモロだけで通っている。彼はフィアット会長になる直前、2004年4月から任期4年のイタリア経団連(Confindustria)の会長職についている。

(注2)排ガス有害度により、これまでにEuro 0、1、2、3、4まで有害度が低められてきており、本年中にEuro5が市場に出る予定である。Euroとは公害の程度を示す車の仕分けである。約12万円が支給されるのは、Euro 0、1と最も有害度の高い車を廃車した場合である。またミラノ市などでは特定の日曜日は車の乗り入れを禁止したり、朝8時から夜8時まではEuro 1〜3の車は市中で運転できない。暖房用排ガスが加わる冬季は特に制限が厳しくなるが、Euro 4は制限からはずれる。