2007/03/20 No.92ドイツ連邦憲法裁判所、相続・贈与税の資産評価に違憲判決〜中小企業の事業継承に影響も
田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
2007年2月1日、ドイツ連邦憲法裁判所は、現行の相続税法における相続税の課税算定基礎となる相続資産の評価方法について違憲の判決を下した。現行の相続税法によれば、相続資産の課税額の算定に際して、個人資産の相続(および生前贈与)の場合、現金資産は100%評価されるのに対して、土地や不動産は平均して時価の約50%、非上場株式の持ち分の場合は35%、農林関係の資産の場合は約10%で評価されている(Handelsblatt紙、2007年2月1日付)。また中小企業の事業者が死亡した場合などの事業資産相続の場合も、土地、建物などの不動産を除く事業資産は簿価に基づき評価されるのに対して、土地や建物はより低い評価基準が適用されている。そしてこれらの評価額をベースに課税所得が算出され、相続税が課税されてきた。
ちなみに、連邦経済省のホームページ(事業継承に関するポータル)によれば、現在、事業継承の場合の相続・贈与税の算定は次の方法により行われている。
- まず相続(贈与)事業資産に対する課税控除額として22万5,000ユーロが認められている。事業資産がこの金額を超えた場合、22万5,000ユーロを超えた金額の35%が課税控除となる。ただし、この課税控除が認められるためには、相続人または被贈与者が少なくとも5年間事業を継続する必要がある。また、資本参加企業の贈与または相続の場合、遺言者または贈与人が参加企業の名目資本の4分の1以上参加していたことが税控除が認められる前提条件になる。
表1贈与税・相続税における人的控除額課税等級 人的控除額(ユーロ) 配偶者 Ⅰ 307,000 実子および継子 Ⅰ 205,000 孫(遺言者の子供が死亡している場合) Ⅰ 205,000 その他の子孫、曾孫、継子の子孫 Ⅰ 51,200 両親および祖父母(死去に伴う相続) Ⅰ 51,200 両親および祖父母(生前贈与) Ⅱ 10,300 兄弟姉妹 Ⅱ 10,300 甥、姪 Ⅱ 10,300 まま親 Ⅱ 10,300 義理の子供 Ⅱ 10,300 義理の親 Ⅱ 10,300 離婚した配偶者 Ⅱ 10,300 その他の相続人、被贈与者 Ⅲ 5,200 - 課税所得の計算は次の原則に基づいて行われる。個人会社および人的会社の場合、まず事業資産に対する課税所得が基本的に簿価にしたがって確定される。ただし土地と建物は別途評価される(土地の場合は土地基準価格の70%)。また、資本会社の場合は、資産価値と収益価値の組み合わせが総合的に調査され、この調査された価値が課税所得を計算するうえでのベースとなる。課税所得の計算式は以下のとおりである。
<課税所得の計算式>
事業資産の簿価−事業負債+土地評価額+建物の評価額−企業資産控除額(=22万5,000ユーロ)=合計金額(Xユーロ)
〔合計額(Xユーロ)×65%)〕−人的控除(=5,200〜30万7,000ユーロ)=課税所得 - 上記の課税所得に対して次の税率で相続税額が決定される。
表2課税所得に対する税率(単位;%)課税所得 課税等級Ⅰ 課税等級Ⅱ 課税等級Ⅲ 5万2,000ユーロ未満7 12 17 5万2,000~25万6,000ユーロ未満11 17 23 25万6,000~51万2,000ユーロ未満15 22 29 51万2,000~511万3,000ユーロ未満19 27 35 511万3,000~1,278万3,000ユーロ未満23 32 41 1,278万3,000~2,556万5,000ユーロ未満27 37 41 2,556万5,000ユーロ以上30 40 50
このように遺産相続や生前贈与の場合の相続税(贈与税)を算定する場合、相続(贈与)資産の種類によって評価額が不均等であることは公平な税負担という観点からドイツの基本法に違反するとして、2001年以降、連邦憲法裁判所で相続遺産の種類による評価方法の合憲性が争われてきた。相続税(贈与税)の合憲性についての議論がこれまでなかなか決着がつかなかった背景には、そもそも相続税が州税であることから、遺産相続人または被贈与者に負担増を強いる可能性が大きい相続・贈与税の見直しに対して連邦政府の腰が重かったことが挙げられる。また、社会民主党(SPD)が政権を握っている州では相続税見直しの試みがこれまで何度も行われてきたが、仮に憲法違反という憲法裁判所の判決が出た場合にはすべての相続遺産の評価を市場の実勢価格で行わなければならなくなるという公算が大きく、選挙民の反発を買うことが必至とみられたため、野党のキリスト教民主・社会(CDU/CSU)同盟が強く反対しこれまでいずれも日の目を見なかったという事情もあるといわれている(Handelsblatt紙、2007年2月1日付)。
2月1日の連邦憲法裁判所の判決は従来行われてきた相続遺産の評価方法を違憲としたうえで、2008年12月31日までに相続税法の改正を行うことを求めた。そしてそれまでの間は土地や不動産の評価をそれ以外の資産の評価よりも低く設定することを認めるとの見解を示した。
ところで、今回の連邦憲法裁判所の違憲判決は、ドイツの中小企業の事業継承問題にも影響を及ぼすことが懸念されている。
ボン中小企業研究所によると、ドイツに存在する企業約200万社の94.5%が家族経営企業である。ドイツにおいては2005年から09年の5年間に約34万5,000社(05年だけで7万1,000社)の家族経営企業が事業の継承問題に直面することになるとみられている。事業継承問題に直面すると見られる企業の全家族経営企業に占める比率は旧連邦州(西独地域)で約18%、新連邦州(東独地域)で約15.5%に達する。これらの企業は、①家族の中で後継者をみつける、②企業内の従業員の中から後継者をみつける、③企業外部から後継者を見つける、④企業を売却する、といった選択を迫られることになるが、いずれの解決策も見つからない場合は廃業に追い込まれることになる。上記ボン中小企業研究所の予測によれば、2005年から09年の間に事業継承問題に直面する企業のうち、15万5,000社(43.8%)が家族内で継承し、3万6,000社(10.2%)が企業内従業員への継承、5万8,000社(16.4%)が企業外への継承、7万5,000社(21.2%)が企業売却を選択することになり、残りの3万社(8.5%)は廃業に追い込まれると予測されている。
また、新連邦州のひとつメクレンブルク-フォアポンメルン州で行われた調査でも、調査対象企業の64.9%が適切な後継者がみつからない場合は廃業するとしており、同時に32%の企業が家族や企業内に適当な後継者がいないと回答するなどの結果が出ており、同州では2007年までに後継者難の理由で9.5%、2010年までにさらに16.7%の企業が廃業の危機にさらされることになるという結果が出ている。
こうした中小企業の深刻な事業継承問題を税制面で少しでも支援するため、2005年11月に成立したキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)の大連立政権は、2007年春にも、中小企業が事業継承する場合の大幅な減税を内容とした「事業継承における課税緩和法」の成立を目指してきた。しかし、今回憲法裁判所の違憲判決が出たことで、「事業継承における課税緩和法」の成立は当面先送りになることは避けられないものとみられる。今後、政府としては、憲法裁判所の判決に沿った形で2008年12月末までに現行の相続税法の見直しを行い、全体的な見直しの過程で中小企業の事業継承における税負担の軽減についても改めて検討し直すことになろう。
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