2014/03/05 No.179米EU環大西洋貿易投資連携(TTIP)交渉の行方(その1)−動き出した最大規模のFTA協議−
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
はじめに
2013年6月の米EU首脳協議でTTIP(環大西洋貿易投資連携、TransatlanticTradeandInvestmentPartnership)交渉を開始することを正式決定、本年2月末までに3回の交渉協議が開催された。TTIPの最大の交渉目標は米EU間の規制・非関税障壁撤廃あるいは軽減である。米EUともに本年内の早期合意をめざしているものの、交渉妥結のために越えるべきハードルは高く、今後も紆余曲折が想定される。
本稿では、いわゆる「4つのメガFTA」の中で最大規模を誇るTTIPが他のメガFTAと比較して、どのような位置を占めるのか、国連あるいはEU側の統計数値をベースにして包括的に論述し、あわせてTTIPの経済的インパクトがいかなる規模を持ちうるのかについて、これまでに公表されたEU側の2つのアセスメント調査結果を概括的に紹介する。また、次回ではTTIP交渉協議の進捗状況および主要な課題ならびに今後の見通しを論述する。
最大規模のメガFTA
米EU首脳は2013年6月、G8首脳会議への出席の機会に、TTIP交渉の開始を正式に発表した。4メガFTA(自由貿易協定、FreeTradeAgreement)(注1)の中で、TTIPが経済規模で最も大きく、TTIP交渉が成功すれば巨大な経済圏が誕生することから、世界が交渉の行方を注目して見守っている。
そこで、これらの4メガFTAの中で、TTIPが経済規模的に占める位置を明らかにするために、表1、表2で示した統計数値をベースにして、項目別に検証してみたい。
まず、人口規模についてみてみると、TTIPは8億1,520万人、世界総人口の11.7%と、中国・インドを含むRCEPの48.8%の突出したシェアは別にしても、TPP11.3%、日EU・EPA/FTA9.0%の他の2つのメガFTAに比べて大きい。
表1 4メガFTAの人口・経済・貿易・直接投資の規模
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TTIP |
日EU・EPA/FTA |
TPP |
RCEP |
参加国・地域 |
米国、EU28カ国 |
日本、EU28カ国 |
日本、米国など12カ国(注1) |
ASEAN10カ国、日中韓など6カ国(注2) |
人口(100万人、2011年) |
815.2 |
629.9 |
787.3 |
3,403.6 |
GDP(10億ドル、2011年) |
32,619.4 |
23,532.7 |
26,583.1 |
20,005.9 |
貿易(10億ドル、2012年)(注3) |
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直接投資(10億ドル、2012年)(注3) |
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(注2)インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド
(注3)当該国・地域のそれぞれ輸出入合計額、対外・対内直接合計額を示す。
(出所)UN :National Accounts Statistics2011,UN:World Population Prospects ;The 2010 Revision, UNCTAD :World Investment Report2013などから作成。
表2 4メガFTAの世界シェア(%)
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TTIP |
32,619.4 |
46.5 |
815.2 |
11.7 |
15,522.1 |
42.4 |
1,078.1 |
39.1 |
日EU・EPA/FTA |
23,532.7 |
33.5 |
629.9 |
9.0 |
13,391.0 |
36.5 |
706.1 |
25.8 |
TPP |
26,583.1 |
37.9 |
787.3 |
11.3 |
9,444.0 |
26.0 |
1,014.8 |
37.0 |
RCEP |
20,005.9 |
28.5 |
3,403.6 |
48.8 |
10,454.0 |
28.5 |
654.0 |
23.9 |
世界全体 |
70,201.9 |
100.0 |
6,974.0 |
100.0 |
36,641.5 |
100.0 |
2,741.9 |
100.0 |
(注2)世界の輸出入合計額または対外・対内直接投資合計額を示す。
(出所)表1から作成したもの。
次に、経済規模(名目国内総生産;GDP)については、TTIPは32兆6,194億ドル、世界のGDPの46.5%を占めて、最大規模である。以下TPP37.9%、日EU・EPA/FTA33.5%、RCEP28.5%の順となっている。また、貿易規模(輸出入合計)でみてみると、TTIPは15兆5,221億ドル、世界貿易の42.4%のシェアで、これも最大規模を誇っている。以下日EU・EPA/FTA36.5%、RCEP28.5%、TPP26.0%の順位である。
海外直接投資規模(対外・対内直接投資合計)については、TTIPは1兆781億ドル、世界の海外直接投資総額の39.1%を占める最大規模となっている。以下、TPP37.0%、日EU・EPA/FTA25.8%、RCEP23.9%の順位である。
以上の幾つかの統計数値からみて、TTIPが4メガFTAの中で経済規模では最も大きいことがわかる。しかしながら、先進国・地域間の経済連携であるTTIPについて経済規模での優位性を強調することは物事の一面を論じているに過ぎない。むしろ、経済規模では劣位にあるTPP,RCEPには、中国、インド、メキシコ、ASEANなど多くの新興国・地域が参加しており、今後急速に発展する可能性が高い(注2)。
相互に最大の貿易・投資パートナー
欧州委員会が2010年11月、政策文書「貿易、成長、世界情勢:EU2020戦略の中核的要素としての通商政策」(注3)を発表したが、その中で、EUの経済成長の強化、雇用の増加など貿易の利益がEUに還元されるために、米国などの戦略的パートナーとの通商関係の強化を図ることを強調している。
さらに、欧州委員会は2012年7月、報告書「成長の外部要因-EUの主要経済パートナーとの貿易・投資関係の進捗報告」(注4)を発表した。欧州委員会はこの報告書の中で、EUは、より高度のFTAを締結することができ、より大きな経済効果も期待できる米国とのFTA交渉に着手することを明らかにした。
そこで、米EU間の貿易・直接投資の状況はどうなっているのかについて、EUROSTAT(EU統計局)データーに基づいて作成した表3から検証してみたい。
まず、EUの対米財・サービス貿易は、常に収支尻がEU側の黒字で推移し、黒字幅が拡大傾向にあることがわかる。2012年のEUの対米財輸出は2,922億ユーロを記録し、EUの対域外輸出総額の17.3%のシェアを占めてEUの第1位の輸出相手国となっている。中国は8.5%で第2位、スイスが7.9%で第3位の順となっている。他方、2012年のEUの対米輸入は2,052億ユーロに上り、EUの対域外輸入総額の11.5%を占めて、第3位に位置する。第1位は中国の16.2%、第2位はロシアの11.9%となっている。ちなみに、米商務省統計では、米国の最大の輸出相手国はカナダ(米国の輸出総額の18.9%、2012年)であり、EUは17.2%で第2位、メキシコが14.0%で第3位の順となっている。また、米国の最大の輸入相手国は中国(米国の輸入総額18.7%の2012年)であり、以下EUの16.8%、カナダの14.2%の順である。EUの対域外貿易(輸出入合計)に占める対米貿易の比率は14.3%で第1位、EUにとって最大の貿易パートナーの地位を占めている。以下、中国は12.5%で第2位、ロシアが9.7%で第3位の順となっている。EUの最大の域外貿易相手国である米国との間の主要貿易商品構成をみると、約40%を占める機械・輸送機器類と約20%を占める化学品で約60%を占めており、米EU間では産業内貿易が活発に行われていることが特徴である。
表3 米EU間貿易・直接投資の推移(10億ユーロ)
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2010年 |
242.3 |
173.0 |
69.3 |
137.3 |
133.8 |
3.5 |
1,240.0 |
1,275.2 |
35.2 |
2011年 |
263.7 |
191.5 |
72.2 |
143.9 |
138.4 |
5.5 |
1,344.3 |
1,421.3 |
77.0 |
2012年 |
292.2 |
205.2 |
87.0 |
156.8 |
145.6 |
11.2 |
1,536.4 |
1,655.0 |
118.6 |
さらに、EUの対米直接投資の状況をみてみる。2012年末現在のEUの米国向け直接投資残高は1兆6,550億ユーロに上っており、EUの対域外直接投資残高に占める対米直接投資残高比率は31.8%、EUの米国からの直接投資受入れ残高は1兆5,364億ユーロでEUの域外からの対内直接投資残高に占める対米比率は38.9%と、圧倒的なシェアを占めて第1位である。また、EU側の恒常的な流出超となっていて、残高金額が年々拡大している。ちなみに、米商務省統計によると、2011年末現在、米国の対外直接投資残高のうち欧州(スイスなど非EU諸国を含む)の比率が55.5%、また、対内直接投資残高のうち欧州(非EU諸国を含む)の比率が71.1%と圧倒的な割合となっている。米EU間の直接投資の主流はクロスボーダーM&A(企業の合併・買収)であり、50億米ドル超のメガM&A案件が多い。
TTIPの5つのシナリオ
米EU間の貿易と海外投資を阻害する関税障壁・規制など非関税障壁を撤廃した場合、貿易コストの引き下げによって相互の貿易が飛躍的に拡大し、経済成長率を引き上げて、雇用を増やして失業を減らすというのが、TTIPの最大の目標である。それでは、TTIPによってどの程度の経済効果が期待できるのだろうか。欧州側で公表された2つの報告書について、試算された経済アセスメントの数値をみてみたい。
まず、昨年3月に公表された在ロンドンの経済政策調査センター(CEPR)の報告書について取り上げる(注5)。マクロ経済アセスメントの結果は表4に示したとおりである。ここでは5つのシナリオを想定して経済インパクトを計算している。TTIP協定が限定的な3つのシナリオの中では関税引き下げのみの場合が他の2つのシナリオよりもGDP,輸出に大きなプラス効果を生み出すとしている。次に、TTIPが包括的な協定である2つのシナリオを想定しているが、5つのシナリオの中で最大の経済的利益を得られるのは、「野心的な包括的協定」(ambitiouscomprehensiveagreement)のシナリオである(注6)。
この野心的シナリオでは、TTIP協定が完全に実施された場合、EUのGDPは年間当たり1,192.1億ユーロ増加(4人家族当たり、平均して年間545ユーロの可処分所得増)、米国のGDPは949億ユーロ増加(同655ユーロ増)、その他世界のGDPは約1,000億ユーロ増加すると試算している。このようなGDPの増加は、米EU間の貿易拡大の結果によるものである。TTIPによって、特に、EUの対米輸出は28%増(EUの財・サービス輸出1,869.7億ユーロに相当)と大幅な伸びを想定している。米国の対EU財・サービス輸出は1,591億ユーロ増、米EUのその他世界向け財・サービス輸出は330億ユーロ増加する結果、全体として、EUの(対域外)財・サービス輸出総額は6%増(2,199.7億ユーロに相当)、米国の財・サービス輸出総額は8%増(2,395.4億ユーロに相当)すると試算している。
表4 CEPRのマクロ経済アセスメント(単位:100万ユーロ)
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限定的協定: |
限定的協定: |
限定的協定: |
包括的協定: |
包括的協定: |
GDP(国内総生産)増 |
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米EU間輸出(fob) |
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輸出総額(fob) |
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また、EUの部門別輸出については、特に、高関税・高非関税障壁の撤廃によって自動車部門が最大の経済効果を受けるとみている。すなわち、EUのその他世界向け自動車輸出は42%増、自動車輸入は43%増、また、EUの対米自動車輸出は149%増、EU域内の自動車生産は1.5%増加すると試算している。
CEPR報告書は、結論として、いわゆる「国内における(behindtheborder)非関税障壁」の撤廃、削減あるいは防止による効果がTTIPの最重要部分であるとして、潜在的利益全体の約80%が官僚的、規制的、行政的などのコスト削減、サービス貿易・公共調達自由化から生ずるとみている(注7)。また、TTIPによって生まれた、より高水準の経済活動および生産性による利益は、米EU両国・地域の労働市場において熟練・非熟練労働者の賃金および雇用創出両面で利益をもたらすと結論付けている。
次に、やはり同時期に公表された欧州委員会のスタッフ作業文書の試算結果をみてみよう(注8)。
表5はTTIPによるEUの経済的インパクトを5つの選択肢(オプション)に分けて試算したものである。全般的に試算数値からみて、前記のCEPRアセスメントの数値と比較して、控えめなインパクトを想定している。特に、2つの包括的なTTIPについてみてみると、控えめなシナリオの場合、EUのGDPは年間0.27%増加(国民所得483.6億ユーロ増加)するのに対して、野心的なシナリオの場合、0.48%増加(同864.5億ユーロ増加)すると試算している。また、包括的なTTIPによって、EU域内の熟練労働者および未熟練労働者の賃金がそれぞれ0.3%〜0.5%、0.29%〜0.51%上昇することが期待できるとみている。
この欧州委員会文書も、前述のCEPR報告と同様に、結論として、非関税障壁の大幅な引き下げこそ、最大の経済的利益を生み出し、更なる経済成長を促し、事業機会と雇用機会を増やすことになるとしている。
表5 欧州委員会の経済アセスメント
分析の選択肢 |
GDP(量的指数)、% |
国民所得(10億ユーロ) |
関税のみの協定 | ||
EU |
0.10 |
15.376 |
サービスのみの協定 | ||
EU |
0.01 |
2.540 |
公共調達のみの協定 | ||
EU |
0.02 |
3.360 |
包括的貿易投資協定(控えめなシナリオ) | ||
EU |
0.27 |
48.385 |
包括的貿易投資協定(野心的なシナリオ) | ||
EU |
0.48 |
86.453 |
(以下次号に続く)
<注>
1.ここでは、TPP(環太平洋戦略的経済連携:Trans-PacificStrategicEconomicPartnership、交渉開始2010年3月),日EU・EPA/FTA(日EU経済連携・自由貿易協定、2013年4月)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携:RegionalComprehensiveEconomicPartnership、2013年5月),TTIP(環大西洋貿易投資連携、2013年7月)の4大FTAを指す。
2.米国およびEUそれぞれの4メガFTAの中での位置付け、協定締結後のFTAカバー率については、報告済みの拙稿(ITIフラッシュ177、2013年12月4日)で論述している。
3.EuropeanCommission:Trade,GrowthandWorldAffairs、TradepolicyasacorecomponentoftheEU’s2020Strategy(November2010)
4.EuropeanCommission:Externalsourcesofgrowth-ProgressreportonEUtradeandinvestmentrelationshipwithkeyeconomicpartners(July2012)
5.JosephFrancois:ReducingTransatlanticBarrierstoTradeandInvestment,AnEconomicAssessment(CentreforEconomicPolicyResearch,London,March2013)。この報告書は、欧州委員会(対外貿易総局)がCEPRに調査委託したものである。
6.控えめな包括的協定は、ほぼ全面的な関税撤廃と非関税障壁によるコストの10%の引き下げを、野心的な包括的協定は完全な関税撤廃と非関税障壁によるコストの25%の引き下げを想定している。
7.WTO協定税率(MFN税率)は、平均でEU5.2%,米国3.5%と比較的低くなっている。
8.EuropeanCommission:Commissionstaffworkingdocument,ExecutiveSummaryoftheimpactassessmentonthefutureoftheEU-UStraderelations(Strasbourg,12.3.2013,SWD(2013)69final)
<参考資料・統計>
EuropeanCommission:ExternalSourcesofgrowth-ProgressreportonEUtradeandinvestmentrelationshipwithkeyeconomicpartners(July2012)
EuropeanCommission:Trade,GrowthandWorldAffairs、TradepolicyasacorecomponentoftheEU’s2020Strategy(November2010)
EuropeanCommission(DGforTrade):Countriesandregions;UnitedStatesEuropeanCommission:CommissionStaffWorkingDocument,ExecutiveSummaryoftheimpactassesementonthefutureoftheEU-UStraderelations(Strasbourg,12.3.2013SWD(2013)69final)E
UROSTAT:EUdirectinvestmentinward(outward)stocksbyextraEUinvesting(destination)country
JosephFrancois:ReducingTransatlanticBarrierstoTradeandInvestment,AnEconomicAssessment(CentreforEconomicPolicyResearch,London,March2013)
UN:NationalAccountsStatistics2011,
UN:WorldPopulationProspects;The2010Revision,
UNCTAD:WorldInvestmentReport2013,
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