2014/01/09 No.178日EU経済連携協定(EPA/FTA)の合意に向けて(その2)−交渉レビューは4月末、TPP,TTIP交渉の進展とも絡む−
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
日EU経済連携協定の協議・交渉の経緯
2013年4月の日EU首脳協議で日EU経済連携協定(日EU・EPA/FTA)交渉を開始することを正式決定、これまでに3回交渉会合が開催された。日本側は関税撤廃・引き下げ、EU側は非関税障壁撤廃を最大の交渉目標としている。双方の関心分野が異なる非対称的な交渉となるため、相互利益の均衡が見え難く、しかも、EU側は交渉期限を1年と条件付けていることや(本年4月)、TPP(環太平洋戦略的経済連携)、TTIP(環大西洋貿易投資連携)交渉の進展とも絡んでいるため、先行きの難航することが予想される。
日EU経済連携協定協議・交渉の動向は、概ね表1に記したとおりである。2009年5月の日EU定期首脳協議で協定締結に向けて双方が協議・交渉のための作業の着手・促進を図ることが合意された。その後、2011年5月に開催された日EU定期首脳協議で「関税・非関税措置、サービス、投資、知的財産権、競争、公共調達など全ての関心分野を包括するEPA/FTAとする」交渉のプロセスを開始することが合意され、日EU経済連携協定の交渉範囲や交渉日程などの大枠を確定する「スコーピング作業」(予備交渉)に入った。
表1日EU経済連携協定協議・交渉の動向
時期 |
協議・交渉の概要
|
2009年5月 | 日EU定期首脳協議でEPA/FTAを促進する旨を表明 |
2011年5月 | 日EU定期首脳協議で交渉の大枠を決める「スコーピング作業」を開始することに合意 |
2012年5月 | EU外相(貿易相)理事会がスコーピング作業の終了を宣言 |
2012年7月 | 同作業の終了を受け、欧州委員会として交渉権限(マンデート)をEU外相(貿易相)理事会(EU加盟国)に求めることを正式に決定 |
2012年11月 | EU外相(貿易相)理事会が欧州委員会に交渉権限を付与することを決定、交渉開始に向けた環境を整備 |
2013年3月 | 日EU首脳電話会談で、EPA/FTA交渉開始することを決定 |
2013年4月 | 第1回交渉会合開催(ブリュッセル) |
2013年6月 | 第2回交渉会合開催(東京) |
2013年10月 | 第3回交渉会合開催(ブリュッセル) |
2013年11月 | 日EU定期首脳協議で交渉を促進することで合意 |
2014年1月 | 第4回交渉会合開催予定(市場開放案リストの交換) |
2014年4月 | EU側の交渉レビュー予定(交渉継続の可否の決定) |
EU外相(貿易相)理事会は2012年5月、スコーピング作業が終了したことを宣言、同年11月EU外相(貿易相)理事会は欧州委員会に対して日本との交渉権限(マンデート)を付与することを決定、漸くにして協定交渉開始に向けた環境が整った。この間、欧州議会は同年6月、欧州委員会のカレル・ド・ヒュフト委員(通商担当)の説明に対して、自動車や医薬品、公共調達などに対する非関税障壁の撤廃に取り組む日本側の姿勢について疑問が出され、直ちにEU理事会がマンデートを付与することに反対する決議を採択した(注1)。
アジア諸国とのFTA交渉が停滞する中で、欧州委員会は2012年7月に発表した報告書「成長の外部要因-EUの主要経済パートナーとの貿易・投資関係の進捗報告」(注2)で、EUは、より高度のFTAを締結することができ、より大きな経済効果も期待できる日本、米国とのFTA交渉に着手することを明らかにした。これは、EUが欧州の通商戦略の展開の中で日本を最優先国とはせずに、EPA/FTA締結には慎重なスタンスをとってきた従来からの方針転換を意味するものである。
2013年3月の日EU定期首脳協議は、EUがキプロス銀行危機への対応に忙殺されたため延期されたものの、急遽、両首脳が電話会談を行い、EPA/FTA交渉を開始することを正式に決定、4月には第1回交渉会合がブリュッセル、第2回会合が東京、第3回会合が10月にブリュッセルで開催され、現在に至っている。第4回会合は本年1月末の予定であり、この会合で双方から市場開放案リスト(日本側からは主として非関税障壁の撤廃提案、EU側からは関税撤廃・引き下げ提案など)が提出される模様である。その後は、4月頃に、EU側が日本との4回に及ぶ交渉結果のレビューを行って、交渉継続の可否を決定する方針を明らかにしている。
日EU経済連携協定の含意
日・EUの経済規模(名目GDP、2011年)は23兆5,327億ドルと、世界のGDPの33.5%、人口規模では6億2,990万人(2011年)と、世界総人口の9.0%、貿易規模(輸出入合計、2012年)でみてみると、13兆3,910億ドルと、世界貿易の36.5%、海外直接投資規模(対外・対内投資合計、2012年)では、7,061億ドルと、世界投資の25.8%をそれぞれ占めている。
このような双方にとって重要なグローバルパートナーであるにも拘らず、経済連携が不十分な状況に置かれているため、日EUは貿易・投資面でそれぞれの潜在力を充分に発揮していない(注3)。事実、日EU間の貿易規模は、往復で1,652億ドル(2012年、財務省統計)に上り、日本にとってEUは中国、米国に次いで第3位、EUにとって日本は第6位の域外貿易相手国・地域(EU統計)であるものの、日本の貿易総額に占めるEUのシェアは9.8%と近年漸減傾向にあるのに対して、EU域外貿易総額に占める日本のシェアは3.4%にとどまっている。また、日本の海外直接投資総額(対外・対内合計額、残高ベース、2012年)に占めるEUのシェアは25.6%に対して、EUの域外直接投資総額(同)に占める日本のシェアは2.6%ときわめて低い水準にとどまっている。
EPA/FTAによって関税撤廃や投資ルールの整備などを通じて日EU間の貿易投資が活発化し、雇用創出、企業の競争力強化などが進めば、日EUの経済成長に大いに資することになろう。そして、新興国が台頭するグローバル経済において、先進市場経済圏である日EUの間のEPA/FTAが実現すれば、世界経済の安定的成長に貢献しながら、日EUの経済的地位を維持発展させることができるだろう(注4)。
EU側の試算によると、日本とのEPA/FTAの締結によって、EUのGDPは0.8%増加、対日輸出が32.7%増加する一方、日本の対EU輸出は、23.5%増、さらにEUでは協定の締結によって42万人の雇用が追加的に創出されるとしている(注5)。
EUは2000年代半ば以降アジアに対するFTA戦略を積極的に取り組んできたものの、アジアの国・地域との間でEPA/FTAを締結・発効できたのは、韓国(2010年に協定締結、11年から暫定適用)、シンガポール(2013年)の2カ国にとどまっている。また、交渉継続中は、インド、ベトナム、タイおよび昨年4月から交渉が開始された日本の4カ国となっている。世界経済の成長センターであるアジア地域とのEPA/FTAでは日本、米国、中国の他の3大経済パワーとは明らかに遅れをとっているEUにとって、日本とのEPA/FTA締結は、アジアにおけるFTA戦略の巻き返しの好機とみなしてよいだろう。
事実、欧州委員会のド・ヒュフト委員は「今後20年間の経済成長はアジアに由来するだろうから、日本を見逃すことは、われわれの通商戦略にとって由々しき間違いとなろう。そのうえ、農産・食品・飲料、医薬品、化学品、情報通信技術(ICT)、急行便などサービス産業はじめ多くの欧州産業団体が交渉開始に強い支持を表明してくれているからだ」と、日本とのETA/FTAの重要性を述べている(注6)。
他方、日本はアジア太平洋地域以外の主要国・地域として最大の貿易相手先であるEUとの締結交渉は、日本がこれまで先進地域・国とEPA/FTA締結できたのはスイス(2009年)のみであり、日本にとっては先進国との間では最初の本格的なEPA/FTAとなる。
関心分野が非対称的、見え難い利益の均衡
日本とEUとの要求が下記のように異なっている(注7)。
日本の主たる関心事項は、対EU輸出の約65%が有税となっており、EU側の鉱工業品などの高関税の撤廃・引き下げ(例:自動車10%、電子機器14%など)によってEU市場における日本製品の競争条件を改善することである。
より具体的には、自動車・電機などの分野で日本と激しく競合する韓国は、EUとのEPAが2011年に暫定発効しており、韓国製品を対象としたEU側の関税撤廃が進み、2016年には関税はゼロとなる予定である。日EU経済連携協定によって日本業界への関税面での競争上の不利益を解消することである。
他方、EUの対日輸出額の約70%が非課税で関税撤廃の恩恵は小さい。EU側の主たる関心事項は、表2に掲げたように、自動車、化学品、電子製品、食品安全、加工食品、医療機器、医薬品などの分野における非関税措置への対応である。また、政府調達分野(鉄道など)もEU側の関心事項である。
ド・ヒュフト委員は、「われわれの議論の優先課題は、日本市場における非関税障壁、例えば、自動車分野の非関税障壁に取り組むこと、および日本の鉄道・都市内交通などの公共調達市場に欧州企業がアクセスできるようにすることである。もし、日本が交渉開始から1年以内に主要な非関税障壁を撤廃しないのであれば、われわれは交渉を停止するだろう」と明言した(注8)。
非関税障壁の撤廃は、欧州企業が日本市場において対等な競争環境(levelplayingfield)を実現するうえで重要であり、また、一部加盟国の慎重な姿勢を受けて、以下の3つの点が交渉権限(マンデート)に盛り込まれている(注9)。
- 日本の非関税障壁はEU側のいかなる関税引き下げとも並行して(inparallel)撤廃されなければならないこと。
- 欧州側のセンシティブな部門を保護するためのセーフガード条項を導入すること。
- 交渉開始から1年以内に、非関税障壁および日本の鉄道・都市交通の政府調達市場開放のための日EU巻で合意されたロードマップ(行程表)で進展がなければ、欧州委員会は交渉を停止する(pulltheplug)権限を保持すること。
権限交渉のマンデートの中に、交渉から1年後の見直し条項が含まれた理由として、日本とのEPA/FTA交渉に反対するか、懐疑的な一部業界を説得するために必要だったことを、ド・ヒュヒト委員は明らかにしている。事実、EU域内では、日本製品との競争を恐れて、日本とのEPA/FTA交渉に反対する業界が根強く残っている。とりわけ、経営不振のため大幅なリストラ中の仏プジョー・シトロエンを始め、伊フィアット、独フォルクスワーゲンなどの自動車メーカーがそれぞれの国内で握る政治力の影響力は無視できない。
表2 日EUの主要関心分野・事項
関心分野 |
日本側関心事項 |
EU側関心事項 |
市場アクセス |
●トラック(22%)、自動車(10%)、薄型テレビ(14%)などの関税の引き下げ・撤廃 |
●チーズ(22.4~29.8%)、ハム(高級品8.5%、低価格品1KG当たり最大614円)、ワイン(15%か、1リットル当たり125円の安い方)、バター(360%)など農産加工品の関税撤廃・引き下げ |
基準・認証 |
●欧州化学品規制(REACH)などの規制の単一市場の実現 |
●自動車・医療機器などに対する規格・基準の国際・EU基準への調和・相互承認 |
競争・公共調達 |
●公共事業の入札への参加制限の撤廃 |
●鉄道・都市内交通の調達市場への参入 |
知的財産権 |
|
●チーズ、ハムなどの欧州産地のブランドの保護 |
投資・サービス |
●会計士など専門職資格の相互承認の導入 |
●ガス・電気・郵便事業などへの参入規制の撤廃 |
(出所)執筆者の作成したもの。
おわりにー今後の交渉の見通し
前節で説明したように、日EU双方の要望が異なっている非対称的な交渉となるため、相互利益の均衡が見え難く、交渉が難航する可能性が考えられる。しかも、EU側は交渉期限を1年と条件付けていることである。
日本のメディアによると、去る10月開催された第3回交渉会合の直前の非公式会合で、相互の関税撤廃率の素案を交換した模様で、日本側は関税を即時撤廃する比率を80%、10年以内にゼロにする比率を85%とする案を提示したのに対して、EU側の提案では即時の撤廃率を90%としたが、自動車、液晶テレビの撤廃は含めていないという。また、EU側は自動車部品の関税撤廃の見返りとして、日本の加工食品や飲料、繊維・衣料、鉱物、化学、宝石類、金属、機械、雑品の8分野の関税撤廃・引き下げを要求している模様だ(注10)。
EUのド・ヒュフト委員は「4月の交渉レビューは非常に厳しい関門になる」と見ており、「日本の市場開放の努力が不十分と」と判断した場合、一方的に交渉を止める可能性を示唆している(注11)。この発言は、日本側から大幅な譲歩を引き出すための戦術的なものなのか、あるいは本当に停止するつもりなのか、判断できかねる。もっとも、EU議長国リトアニア(当時)のリナス・リンケビチュス外相は、この点に関して「交渉戦術だ」と説明しているので、日本側としては、EU側の対応を慎重に見極める必要があるだろう(注12)。
ところで、協定締結までにどれくらいの期間を要するのだろうか。EU側は交渉開始から合意、批准手続き完了まで4年から5年はかかるとみているようだ(ド・ヒュフト委員)。EU側は特に、山場を迎えつつある日米間のTPP交渉の行方を見守りつつ、TPP交渉の成果をEUに対しても適用するよう日本側に強く求める戦略をとるとみられる。
他方、米国とEUがTTIP交渉を進めているが(注13)、TTIPは4大メガFTAの中で、最大の経済規模を誇る。米EUだけでデ・ファクト(事実上)の国際貿易ルールが決まる事態を避けるためにも、日本としてはTIIPと重なるテーマが少なくないので、米EUの双方としっかり向き合う必要があろう。
注
1.EP’s resolusion of 13June2012 on EU-Japan Trade relations(20120613PR46762)
2.European Commission: External sources of growth-Progress report on EU trade and investment relationship with key economic partners(July2012)
3. European Commission: Commission staff working document-Impact assessment report on EU-Japan trade relations(SWD2012)(209final)
4.外務省ホームページ「日EU関係」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000018668.pdf)
5.European Commission Press Release(IP/12/810,Brussels,18 July 2012)。なお、協定締結による詳細な影響評価については、European Commission(SWD(2012)209final)を参照のこと。
6.European Commission Memo(MEMO/12/930,Brussels,29November2012)
7.日EU産業界の関心分野・事項は、例えば、日EUビジネス・ラウンドテーブルによる日EU政府への提案書を参照のこと。
8. European Commission Press Release(SPEECH/12/562,Brussels,18July2012)
9.European Commission Memo(MEMO/12/930,Brussels,29November2012)
10.日本経済新聞(2013/10/19)、朝日新聞(2013/10/20)、読売新聞(2013/10/22)
11.日本経済新聞(2013/11/21)
12.日本経済新聞(2013/10/21)
13.第1回会合は2013年7月、ワシントンで 開催、第2回会合は同年11月ブラッセル、第3回会合は同年12月ワシントンで開催された。
参考資料:
外務省ホームページ:「日EU関係」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000018668.pdf)
ジェトロ・ブリュッセル事務所・欧州ロシアCIS課編:「日EUのFTA交渉開始の提案と影響評価」(ユーロトレンド2012.11)(http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07001115/eu_FTA.pdf)
駐日EU代表部公式ウェブマガジン:「通商拡大がもたらすEU経済の再活性化」
(http://eumag.jp/feature/b1113)
駐日EU代表部公式ウェブマガジン:「日・EU関係の進化を目指す2つの協定」
(http://eumag.jp/feature/b0413)
日本・EUビジネス・ラウンドテーブル・ウェブサイト:日EU政府への提言書「日・EU関係の新たな時代の幕開け」
(http://www.eu-japan-brt.eu/ja)
日経、朝日、読売の各紙
European Commission: External sources of growth-Progress report on EU trade and investment relationship with key economic partners(July2012)
European Commission Press Release(IP/12/810,Brussels,18 July 2012)
European Commission Memo(MEMO/12/930,Brussels,29November2012)
European Commission Press Release(SPEECH/12/562,Brussels,18July2012)
European Commission: Commission staff working document-Impact assessment report on EU-Japan trade relations, Accompanying the document, Recommendation for a Council Decision authorising the opening of negotiations on a Free Trade agreement between the European Union and Japan(SWD(2012)209final)
European Parliament: EP’resolution of 13 June 2012 on EU-Japan Trade relations(20120613PR46762)
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