2014/06/25 No.195日EU経済連携協定(EPA/FTA)の合意に向けて(その3)-EU,交渉継続か否かで近々に最終結論―
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
交渉進捗レビュー協議始まる
日EU・EPA/FTA交渉は、昨年4月の第1回会合から本年3月の第5回会合を経て、予定通りEU側が交渉進捗レビューを行う時期になった。EU外相(貿易相)理事会は去る5月8日、欧州委員会から過去1年間の日本との交渉の進捗状況について説明を受けた。また、同委員会が日本側の非関税撤廃と政府調達の取り組み状況に関する報告書の概要を説明した。同理事会は、5月23日までに同報告書を完成させ、同日開催されるEU加盟28カ国通商担当官僚で構成される通商政策委員会(Trade Policy Committee, TPC)で議論するよう要請した(注1)。
同報告書の詳細は分からないが、これまでに欧州委員会や内外のメディアなどから得られた情報などから判断すると、同委員会は5月21日、対日交渉を今後も継続すべきだとの報告書をTPCに提出し、今後交渉を継続するかどうか協議を始めた模様である(注2)。
欧州委員会が、欧州議会に対する説明の中で、すでに日EU間のスコーピング作業(交渉範囲の確定作業)で以下のような内容で日本側と合意したことを明らかにしている(注3)。
(1)EUの優先課題を全て交渉対象とすること。
(2)合意されたロードマップに沿った非関税障壁の撤廃と鉄道・都市交通市場の公共調達市場開放に関する効果的な措置を実施すること。
しかしながら、交渉自体が極めて秘密裏に行われているために、EU側の優先課題や合意されたロードマップの具体的な内容についての全貌を知ることは難しい。
また、日EU・EPA/FTA交渉の特異性を示すものとして、欧州委員会がEU外相(貿易相)理事会から付与された交渉権限(マンデート)の以下のような条項がある(注4)。
(1)日本の非関税障壁はEU側のいかなる関税引き下げとも並行して(in parallel)撤廃されなければならないこと。
(2)欧州側のセンシティブな部門を保護するためのセーフガード条項を導入すること。
(3)交渉開始から1年以内に、非関税障壁および日本の鉄道・都市交通の政府調達市場開放のための日EU間で合意されたロードマップで進展がなければ、欧州委員会は交渉を停止する(pull the plug)権限を保持すること。
つまり、上記(3)の見直し条項によって、EU側が交渉継続の可否を一方的に決定するができるというきわめて片務的なものであることだ。
主要な交渉分野な何か
外務省Webサイトをみると、日EU・EPA/FTA交渉会合のアジェンダとして、①物品貿易、②サービス貿易、③投資、④知的財産権、⑤非関税措置、⑥政府調達などが挙げられているものの、詳細はまったく不明である(注5)。他方、欧州委員会プレス・リリースによると、①関税・輸入割り当てを含む物品貿易全般、②アンチ・ダンピング規則、③補助金防止措置、④双務的セーフガード、⑤貿易の技術的障壁、⑥貿易に影響する保健・衛生規則、⑦原産地規則、⑧税関手続き簡素化、⑨公共調達、⑩知的財産権、⑪地理的表示、⑫サービス貿易、⑬投資、⑭貿易と持続可能な発展との関連、⑮企業統治、⑯ビジネス環境、⑰eコマース、⑱競争政策、⑲紛争処理,⑳動物保護と、日本側の広報よりもやや具体的な項目を示しているが、実に広範な分野で協議が行われていることがわかる(注6)。
以下の論述では、これまでにEU側から得られた情報や、内外のメディアによる報道などをもとに取りまとめたものであり、日EU間で合意した交渉対象内容(20分野、30項目と想定される)を全て網羅するものではないことを前以て断っておきたい(注7)。
(1)関心分野が非対称的
全般的にEU,日本ともに関税水準は低い。WTO協定税率(MFN税率)は、平均でEU5.2%、日本5.1%となっている。農産品・加工食品・飲料など一部のEUからの輸入品に対して高関税が適用されているものの、EUの対日輸出額の約70%が非課税で関税撤廃・引き下げの恩恵は小さいといえる(表1-1)。したがって、EU側の主たる関心分野(優先課題)は、自動車、化学品、電子製品、食品安全、加工食品、医療機器、医薬品などの分野における非関税措置の撤廃・軽減や政府調達分野(鉄道など)へのEU企業の参入拡大などである。
一方、日本側の最優先課題は、対EU輸出の約65%が有税となっているEU側の鉱工業品などに対する高関税の撤廃・引き下げ(自動車、電機など)によってEU市場における日本製品の競争条件を改善することであることは明らかである(表1-2)。
表1-1 日本の対EU輸入品目の有税・無税の構成比(2011年)
【有 税】29.3% | 【無 税】70.7% |
化学製品12.5% | 化学製品20.6% |
農林水産品8.2% | 自動車・部品11.3% |
皮革・履物3.0% | 一般機械10.6% |
繊維衣料製品2.4% | 精密機械7.9% |
その他3.2% | 農林水産品6.1% |
電気機械5.4% | |
その他8.8% |
表1-2 日本の対EU輸出品目の有税・無税の構成比(2011年)
【有 税】64.8% | 【無 税】34.5% | 【不明】0.7% |
自動車・部品18.3% | 一般機械10.3% | |
一般機械17.1% | 電気機械10.2% | |
化学製品10.3% | 精密機械4.6% | |
電気機械9.1% | 化学製品4.3% | |
精密機械4.2% | その他5.1% | |
その他5.8% |
表2のとおり、特に、これらの分野で日本と激しく競合する韓国はEUとの間でEPA協定が2011年7月に暫定発効しており、日本側の最大関心品目である自動車の場合、韓国から輸入される小型車は2014年7月に、大型車は2016年7月に関税がゼロになる。自動車部品はすでに撤廃されているし、トラック、電機についても2016年までに全廃される。
以上のように、日EUそれぞれの関心分野・項目が非対称的であることは、しばしば指摘されているところである。
表2 EUの鉱工業品関税率(MFN)と韓EU ・FTAにおける譲許内容
品名 |
対日適用関税率 (MFN税率) |
韓EU・FTAにおける譲許内容*括弧内は関税撤廃時期 | |
自動車 |
乗用車 |
10% |
小型車(1,500cc以下):5年撤廃(2016年7月1日) |
トラック |
10~22% |
総重量5t以下または20t超のディーゼル車:5年撤廃(2016年)。その他:3年撤廃(2014年) | |
自動車部品 |
3から4.5% |
即時撤廃 | |
一般機械 |
ベアリング |
7.7~8% |
3年撤廃(2014年) |
船外機 |
4.2~6.2% |
即時撤廃 | |
電気機械 |
カラーテレビ |
14% |
5年撤廃(2016年) |
ビデオレコーダ |
8~14% |
磁気テープ式のもの:即時撤廃 | |
化学 |
インク |
6.5% |
即時撤廃 |
写真用の化学調製品 |
6% |
即時撤廃 |
(2)市場アクセス(関税撤廃・引き下げなど):
本年3月末の第5回交渉会合の場で、日EUは初めて関税撤廃リストを交換した(注8)。EU側は全品目の92%を10年後に撤廃(ただし、自動車・部品は除外)、日本も88%の品目で撤廃することを提案している(注9)。
(EU側要求)
EU側としては、工業製品の関税撤廃・引き下げの恩恵は少ないものの、一部の高関税率の農産・加工品については大きな撤廃・引き下げ効果が期待できるところから、交渉リストの中に確実に入っている。
●農産加工品の関税撤廃・引き下げ
日本側の関税撤廃リストにトマト・ペースト、フォアグラなどが含まれている点を評価しつつも、豚肉、牛肉、チーズなどが含まれていないことに不満を示している。日本の農産・加工品の輸入関税率は以下のとおりである。
【豚肉】輸入価格が1kg当たり65円未満のもの:一律482円の重量税, 1kg当たり65円~524円のもの:差額関税、1kg当たり524円以上のもの:4.3%の従価税
【牛肉】38.5%
【チーズ】乾燥固形分が全重量の48%以下のもの22.4%、その他のもの29.8%
【ハム】課税価格が1kgにつき、豚肉加工品に係る分岐点価格を超えるもの8.5%、分岐点価格以下のもの差額関税
【ワイン】スパークリングワイン:182円/リットル、ワイン:15%または125円/リットルのうちいずれか低い税率(注)ウイスキー、ビールは無税
【バター】35%
【トマト・ペースト】16%
●軽自動車に対する税優遇措置の撤廃
EU側は、普通車税(排気量に応じて2万9,500円~11万1,000円)に対する軽自動車税(排気量660cc以下、年間7,200円)の優遇措置の撤廃を要求している。日本に輸入される欧州車はほとんどが普通車であり、市場アクセスが阻まれていると主張している。2014年度税制改正で、2015年度から軽自動車税は、現行の7,200円から1万800円に1.5倍の引き上げが決まっており、EU側は日本の対応を高く評価している模様である。
(日本側要求)
●高関税率品目撤廃・引き下げ
表2で示したように、以下のような高関税率品の韓国からの輸入関税率はFTA発効後5年以内(2016年7月まで)に全廃されるので、日本製品のEU市場での競争条件が一段と悪くなることが想定される。したがって、何としても、EU側から関税撤廃・引き下げの譲歩を出来るだけ早期に引き出したいところである。
【トラック】10~22%
【乗用車】10%
【自動車部品】ブレーキ3%、ボディー4.5%な ど
【薄型テレビ】14%
【液晶ディスプレイモニター】14%
【電子レンジ】5%
【複合機】6%
(3)基準・認証
(EU側要求)
EU側は、医薬品に対する規則、自動車の技術規格(安全基準など)とその適合性評価基準、医療機器分野の新製品導入の手続き、加工食品の規格の違いや通関手続きの煩雑さなどを指摘している。
●自動車・医療機器などに対する規格・基準の国際・EU基準への調和・相互承認
●化粧品・医薬品・食品などに対する規制の国際・EU基準への調和・相互承認
(日本側要求)
●欧州化学品規制(REACH)などの規制の単一市場の実現
(4)競争・公共調達:
(EU側要求)
●鉄道・都市交通分野への調達アクセスの促進
運転上の安全などを理由にJR6社などの鉄道事業者の資材調達情報の開示が不透明な問題について、一定の前進があった模様である。
(日本側要求)
●公共事業の入札への参加制限の撤廃
(5) 知的財産権
(EU側要求)
●チーズ、ワイン、ハムなどのEU産地のブランドの保護
カマンベール・チーズ(仏)、ゴーダチーズ(蘭)、シャンパン(仏)、コニャック(仏)など
EU側は205の該当候補を日本側に提示しているものの、日本側は消極的な対応しているとして、懸念を表明している。
●模造品・海賊版・密輸品対策の強化
(6) 投資・サービス
(EU側要求)
EU側は、煩雑な手続き、規制適用における一貫性や透明性の欠如、差別的な規則や慣行、とくに、金融サービスや通信での不十分な競争政策などを指摘している。外国人労働者の入国に対する厳しい制限や一部セクターでの事前許可を求められる点、ガス・電気・鉄道・航空・郵便分野への参入規制の障壁、企業買収に対する障壁などに不満を表明している。
●ガス・電気・郵便事業などへの参入規制の撤廃
●通信・金融サービス・物流・運輸などの分野の公平な競争環境
●外国企業に対する投資環境の改善
(日本側要求)
●在欧邦人の企業内転勤者の移動の自由化
今後の見通し
以下では、今後の日EU/EPA/FTA交渉の行方を見定める上で重要となるいくつかのポイントを整理しておきたい。
まず、EUが日本側の最重要課題としている自動車・部品の関税引き下げにいつ応じるかという問題であろう。先にも言及したように、日本側が非関税障壁撤廃と公共調達の開放の面でどの程度の提案が出来るかにもよる。もともと、仏ルノー、プジョー、独VWなどEPA/FTA交渉自体に欧州自動車業界は強く反対していた経緯があるので(注10)、欧州委員会としても、交渉全体の利害得失を考慮しつつ、同業界の説得に当たらざるを得ないだろう。最近になって、ルノー・ 日産グループのカルロス・ゴーンCEOが欧州自動車工業会(ACEA)会長に就任することが決まったが、今後の交渉にどのように影響してくるかも注目されるところである。
次に、欧州委員会が5月21日、交渉進捗報告書をTPC(通商政策委員会)に提示、交渉を継続するか否か、協議を開始したことは前述したとおりである。 同報告書で、EU側が「日本はかなりの部分で約束を果たした」と前向きな評価をしているので、交渉継続の可能性は高いものの(注11)、日本の公共調達市場の開放に対する仏アルストム、独ジーメンスなどの日本の鉄道車両市場への参入規制に不満をもっている一部の加盟国の強い反発があるので予断を許さない。 EU議長のギリシャは早期のレビュー終了を示唆しているが、いつ頃までに協議が終了するのかも 注目したい(注12)。
最後に日EU 首脳協議で、安倍首相とファンロンパイ欧州理事会常任議長(EU大統領)バローゾ欧州委員会委員長らは、来年中の早期妥結の方針を確認したものの(注13)、今秋には欧州理事会常任議長や欧州委員長などの改選があり、また、先の欧州議会選挙で自由貿易協定に反対するポピュリスト政党が大幅に躍進した結果、EUの政治・社会情勢が大きく変化する予兆が見られるなど、今後交渉を進める上での不確定要因が次々と台頭してきている。換言すれば、EU側が交渉継続の最終結論を出しても、7月の長い夏季休暇入り前に交渉が急に動き出すことは予想しにくい状況である。
注:
1.Council of the European Union(9541/14)
2.日本経済新聞・電子版(2014/5/27)
3.ジェトロ・ユーロトレンド(2012/11)
4.European Commission(MEMO12/930)
5.外務省Webサイト『日EU経済連携協定(EPA)交渉』
6.European Commission: Press release(4April2014)
7.本節の記述内容については、外務省Webサイト『日EU規制改革対話会合』、駐日欧州委員会代表部Webサイト『日本の規制改革に関するEU提案』、日EU ビジネス・ラウンドテーブルWebサイト『日EU政府への提言』、欧州委員会の日EU・EPA/FTA影響評価報告書(European Commission,SWD2012)などで取り上げられている主として非関税障壁に関する分野・課題などを参考としている。
8.European Commission :Press release(4April,2014)
9.日本経済新聞・電子版(2014/5/27)
10.ACEA:Press Release(29/11/2012)
11.日本経済新聞・電子版(2014/5/27)(2014/5/22)
12.日本経済新聞・電子版(2014/5/22)
13.外務省Webサイト『日EU首脳会談』
参考資料:
外務省Webサイト『日EU首脳会談』(2014年6月4日)、『日EU経済連携協定(EPA)交渉』(2014年3月25日)、『日EU規制改革対話東京会合』(2010年2月4日)、『日EU規制改革対話ブリュッセル会合』(2009年3月)
外務省『平成20年度日・EU規制改革対話日本側対EU提案書』(2008年12月12日)
経済産業省Webサイト『日EU・EPA/FTA投資協定』(2014年5月7日)
ジェトロ・ブリュッセル事務所・欧州ロシアCIS課編『「日EUのFTA交渉開始の提案と影響評価」(ユーロトレンド2012.11)
駐日欧州委員会代表部Webサイト『日本の規制改革に関するEU提案』(2009年10月2日)
日本・EUビジネス・ラウンドテーブルWebサイト『日EU政府への提言書「日・EU関係の新たな時代の幕開け」(2014年4月8日、9日)
日本経済新聞・電子版
Council of the European Union: Press Release,3311th Council meeting (Foreign Affairs, Trade issues)(9541/14, Press269,PR CO23,Brussels,8May2014)
European Automobile Manufacturers Association(ACEA):Press Release、“Japan/EU Free Trade Agreement;One-way street for EU Automobile Industry”(29/11/2012)
European Commission Services Progress Report on the EU-Japan Business Round Table Recommendations2013”Opening a New Chapter in EU-Japan Relations)( Brussels,March2014)
European Commission(Directorate-General for Trade):Press release(Japan)(Brussels,4April2014)
European Commission: MEMO(MEMO12/930、Brussels,29November2012)
European Commission: Commission staff working document-Impact assessment report on EU-Japan trade relations, Accompanying the document, Recommendation for a Council Decision authorising the opening of negotiations on a Free Trade agreement between the European Union and Japan(SWD(2012)209final,Brussels,18July,2012)
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