一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2015/07/24 No.243ギリシャ金融支援問題の行方(その2)-なお残るユーロ離脱の火種-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所客員研究員

ギリシャ、財政改革策を法制化

7月12日に開催されたブリュッセルでのユーロ圏首脳会議は、ギリシャのチプラス首相、メルケル独首相、オランド仏大統領らとの個別会談を交えつつ、約17時間にわたる長丁場の激しい議論となり、翌13日未明、第3次のギリシャ金融支援交渉を開始することで基本合意が成立した。ギリシャが強く求めていた債務減免(ヘアーカット)は、リスボン条約の救済措置(ベイルアウト)禁止規定に抵触するとして受け入れられなかったが、ギリシャの財政改革の進み具合によって、必要と認められれば、融資期限の延長など(債務再編)の議論も行われるだろう。今回の合意内容は、表1のとおりである1)。

ギリシャ議会はユーロ圏首脳会議の合意に基づく財政改革策の一部を15日の期限ギリギリに、閣僚や与党議員ら38人が造反して反対に回ったものの,野党の親EU派の賛成多数で可決した。

まず、第1弾として、ギリシャ議会が法制化した財政構造改革の内容は、①レストラン(現行13%)、ホテル(同6.5%)などへの付加価値税率(VAT)を標準税率(同23%)への引き上げ、離島への軽減税率(同16%)の廃止、税収増のための課税標準の拡大(税制優遇の撤廃など)、法人税の26%から28%への引き上げ、②総合的な年金改革を通じた持続可能な年金制度(早期退職の縮小や受給開始年齢の引き上げなど)、③ギリシャ統計局(HLSTAT)の法的な独立性確保、④財政協定(EMUの安定・協調・ガバナンスに関する条約)2)の関連条項の完全な履行(財政収支目標が達成できない場合、財政支出の自動的削減策の導入など)である。

次に、第2弾として、23日にギリシャ議会が可決した措置は、①新たな「民事訴訟法」の採用(裁判手続きの円滑化・コスト削減のため)、②欧州委員会の支援の下に、EUの「銀行再生・破綻処理指令(BRRD)」3)の国内法化となっている。

とくに、ギリシャ議会による法制化、国際債権団(EU,IMF,ECB)およびユーロ圏財務相会合(ユーログループ、ギリシャを除くユーロ18ヵ国)の承認を伴わなければ、3年間で総額820億ユーロ~860億ユーロに上る金融支援交渉は再開できないと、厳しい条件を課している。

本年1月のチプラス政権誕生以来の「瀬戸際外交」に苛立ちと不信感を募らせてきたEUとはいえ、付加価値税制の統一、民営化、年金制度、労働争議権などEUの排他的権限が及ばない分野にまで、金融支援を梃子に強力に介入していることは注目すべきことである。

EUの権限の肥大化に抗する英国のキャメロン政権が、2017年までにEU脱退の可否を問う国民投票を実施する理由は、①EU(あるいは欧州委員会)に集中しすぎた権限の一部を英国に戻すこと(英国の主権が脅かされる)、②EUをより柔軟に、より現実的に運用させること(拡大EUは、歴史・文化・民族など多様化しているため、統一的まとめることは非現実的)、③ユーロ非加盟の英国などを公平に扱うこと、④移民受け入れの厳格化などのEU改革問題なのである4)。

表1 ギリシャ金融支援に関する合意事項

① ギリシャの要請2016年3月からもIMF支援を要請
② 7月15日までに法制化
  1. 付加価値税率(VAT)の簡素化
  2. 税収増のための課税標準の拡大
  3. 年金改革を通じた持続可能な年金制度
  4. 国家統計局(ELSTAT)の独立
  5. 財政協定の完全な履行
③ 7月22日までに法制化
  1. 民事司法改革
  2. EUの銀行破綻ルールの国内法化
④ 改革の明確な日程の設定
  1. 大胆な年金改革
  2. 店舗営業時間など製品市場の改革
  3. 送電網の民営化
  4. 団体交渉、ストライキ、集団解雇などの見直し
  5. 不良資産への対応や政治的介入の阻止など金融セクターの強化
⑤ 講じるべき措置
  1. 民営化や資産移管による独立基金で500億ユーロを設定。このうち、3分の2は、銀行の資本増強や債務削減に充当
  2. 行政コスト削減と政治的な影響力を抑制。7月20日までに最初の提案
  3. 主要法案を議会などに提示する前に債権団の承認を得る

(以上の措置へのコミットメントは、支援協議開始への最低条件)

⑥ 必要資金
  1.  820億ユーロ~860億ユーロ。7月20日までに70億ユーロ、8月半ばまでにさらに50億ユーロのつなぎ融資が必要で、早急な決定が必要
⑦ ESM(欧州安定メカニズム)の新プログラム100億~250億ユーロの銀行対策を含む
⑧ 債務の再構築可能だが元本は削減しない
(出所)ロイター(2015/07/13),ユーロ圏サミット声明などから作成。

EU,第3次支援交渉に着手

ギリシャ金融支援問題で厳しい態度をとってきたドイツ、フィンランド、オーストリアなど6ヵ国の議会の承認手続きが17日までに終わったことから、ユーロ圏財務相会合が正式の支援協議を開始した。とくに、ドイツ連邦議会は17日、ギリシャに対する第3次支援策の交渉開始について賛成多数で承認、最大の債権国ドイツが承認したことで、混迷を極めた支援交渉が8月20日を目途に今後本格化する見通しである。

他方、欧州中央銀行(ECB)はギリシャ議会が財政改革法案を可決したことを受けて、ギリシャへの融資再開に向けて動き出した。ECBは16日、ギリシャの銀行の資金繰りを支える緊急流動性支援(ELA; Emergency Liquidity Assistance)の供給枠を現行の水準(890億ユーロ)から9億ユーロ引き上げた。ギリシャの民間銀行は20日から営業再開、ギリシャ市民が銀行からATMで預金を引き出す額を、1週間当たり420ユーロと規制をやや緩めた。しかしながら、海外資金の資本規制や証券取引所の営業停止は当面維持されるので、解除までなお数カ月以上かかりそうなことから、企業の経済活動への影響は依然として残る。また、ギリシャ政府は20日から、レストランや公共料金の一部で付加価値税(VAT)の引き上げを実施した。

EU財務相理事会は、ギリシャに対する支援交渉が始まるまでに、EU全体の金融支援制度である「欧州金融安定メカニズム」(EFSM)を活用することを決定し、71.6億ユーロのつなぎ融資が行われた。この資金は今月20日に期限がきたECBが保有する約35億ユーロの国債償還と6月末以降延滞となっていた15億ユーロのIMFへの返済に充てられた。ギリシャが延滞していた債務を支払ったことで、IMFは新たな金融支援への参加が可能になった。

ユーロ圏財務相会合は17日、ユーロ各国の関連手続き終了後、ギリシャには20日までに70億ユーロ(実際には、71.6億ユーロ)、8月半ばまでに50億ユーロ、3年間で総額820~860億ユーロの欧州安定メカニズム(ESM; European Stability Mechanism)支援を行うことを正式に決定した。ESMはユーロ圏の政府や銀行が危機に陥った時に、資金を拠出できる。総枠は5,000億ユーロの巨額の資金である。

ユーロ離脱のめぐる深刻な分裂

今回のユーロ首脳会議での合意でギリシャのユーロ離脱(Grexit)は、かろうじて回避された。つまり、本フラッシュ(その1)5)で指摘しておいたギリシャがEU(ユーロ圏)に残留するという第2のシナリオに落ち着いたわけである。

もし、ギリシャのユーロ離脱の流れが決まると、EU通貨統合(EMU)の政治的求心力は大きく低下、ユーロの対外信用が大幅に崩れることが想定されたし、EMUの不可逆的なプロセスが大きな議論の対象となりえたわけである。調整に奔走したオランド仏大統領、ユンケル欧州委員会委員長、トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)ら首脳の最大の懸念はこの点にあった。

もっとも、ユーロ圏首脳会議の交渉が難航するなか、ギリシャのユーロ離脱が一気に現実に近づいたという。EU官僚たちがギリシャ離脱を想定した「プランB」の発動の準備にはいた。プランBの内容は不明であるが、これは、第3のシナリオであり、IMFやECBが債務不履行を正式に決定した場合、ECBは、おそらくELAを停止、ギリシャ政府の国庫や銀行にはユーロの現金が枯渇して、公務員の給与も年金も支払できない状況になる中で、年金や公務員給与の全部または一部を借用証書(IOU;I Owe You)で給付せざるを得なくなる。このIOUを並行通貨の「新ドラクマ」として取り扱えば、事実上のユーロ離脱へ踏み出したことになる。メルケル独首相やショイブレ独財務相は、ギリシャが合意に応じない場合、ギリシャは5年間、一時的にユーロ圏を離脱すべきだと圧力をかけたという6)。

英ガーディアン紙は、ギリシャのユーロ離脱についてのユーロ圏18カ国のそれぞれのスタンスを報じているが(表2)、ギリシャを除くユーロ加盟18ヵ国のうち、ユーロ離脱賛成派9か国、中間派・反対派9ヵ国と勢力が拮抗していることである7)。事実、ユーロ圏首脳会議では、ギリシャのユーロ離脱について、北部欧州・東欧が賛成、南部欧州が反対との立場をとり、瀬戸際の激しい駆け引きを繰り広げる中で、ユーロ圏の「南北対立」の深刻化が鮮明になった8)。

表2 ギリシャのユーロ離脱(Grexit)に対する各国の立場

 国 名理 由
賛成派(9ヵ国)

・ドイツ
・オーストリア
・オランダ
・ベルギー
・フィンランド
・スロヴァキア
・リトアニア
・ラトヴィア

・マルタ
  • 金融支援を正当化しうる構造改革の実現を疑問視
  • ユーロ離脱によるユーロ圏諸国への影響は限定的である
  • 広範な構造改革でなければ、ユーロ離脱もやむなし
  • 合意が変更されるようなら、ユーロ圏の信頼にダメージ
  • 金融支援の合意は内閣崩壊の危機を引き起こす
  • ゾンビなユーロ圏になるより、友好的な離脱を望む
  • mañana的(すぐやらず、先送り)対応で、改革案は不十分
  • 債務削減を意味するどのような合意にも反対
  • 債務削減には反対、債務再編には柔軟に対応する
中間派(5ヵ国)(どちらかというと回避)

・ポルトガル
・アイルランド
・キプロス
・スロヴェニア
・エストニア

  • ユーロ離脱を支持しないが、債務救済には反対
  • 無条件の金融支援には反対
  • ユーロ離脱は望まないが、一層の改革が必要だ
  • ユーロ離脱は望まないが、信頼回復のための改革が必要だ
  • 他のバルト諸国と同じ。ギリシャの破綻の影響は大きい
反対派(4ヵ国)

・フランス
・イタリア
・スペイン
・ルクセンブルク

  • 欧州の未来が危機に瀕している
  • ギリシャ(人)に屈辱感を与えてはならない
  • ユーロ圏残留を強く望むが、安易な条件の合意は認めず
  • ユーロ離脱は、欧州の破局となる独仏間の離反を誘発
(出所)英ガーディアン紙(2015/7/12)から作成。

ユーロ離脱-新しい現実

勝者も敗者もない「欧州流の解決」でひとまず、ギリシャのユーロ離脱は回避されたが、今後のギリシャの財政状況次第でギリシャ問題がリスク要因として再び浮上する可能性が高い。「欧州流の解決」が欧州統合の政治的求心力を強め、ユーロの信頼を高めたのかどうか評価することはなかなか難しい。

前述したように、ギリシャのユーロ離脱に対するユーロ圏諸国の意見は、大きく分かれて深刻な意見の対立があることが白日の下に晒された。離脱反対派のフランス、イタリアのように、ギリシャのユーロ離脱は戦後進めてきた欧州統合の失敗を意味し、ユーロの信頼を大きく損なうものであって、経済的な悪影響は計り知れないとしている。

他方、強硬派のドイツや北部欧州・東欧は、ギリシャが一時的にもユーロを離脱して、債務削減に取り組む方が、EUの求心力を強め、ユーロの信頼を高めるとしている。また、国民の間にも、離脱を支持する意見が次第に強まってきていることは事実である。

EMUやユーロ誕生の政治的・経済的理由については、これまでも様々な視点から論じられてきているが、金融統合のみで、政治統合(財政統合)を欠くという制度設計の欠陥がギリシャのユーロ離脱問題という形で象徴的に顕在化したといえよう。今回、不可逆的なものとして聖域視されていたユーロ離脱という選択肢が、大きな議論の対象になったことで、EUは新しい現実を直視しなければならなくなった。

フランスの著名な歴史家・人口学者・人類学者であるエマニュエル・トッドは、「ユーロに関して今日明らかなことは、言語、構造、メンタリティの面で共通点が結局ほんのわずかしかない多様な社会が積み重なっている中では、この通貨は決して機能しない」と述べていることは大いに教訓的である9)。

注・参考資料:

1) Euro Summit(2015), Euro Summit Statement(Brussels,12July2015,SN4070/15)

2) Treaty on Stability ,Coordination and Governance in the Economic and Monetary Union

3) Bank Recovery and Resolution Directive

4) 日本経済新聞(2015/07/03)

5) ITIフラッシュ241「ギリシャ金融支援問題の行方」(その1)(2015/07/10)

6) 日本経済新聞(2015/07/13)、読売新聞(2015/07/14)、Reuters(2015/07/12)

7) The Guardian、Eurozone crisis: which countries are for or against Grexit (12July 2015)

8) Financial Times(2015/07/14)、Financial Times(2015/07/15)

9) エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告』(2015)(文春新書1024)、p126

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