一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2016/09/16 No.292踊り場のメコン経済…現状と展望(3)マンダレー工業団地の生産現場、旧式な設備と溢れる中国製機械・部材

大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

9月初めにマンダレー工業団地を訪問する機会を得た。4日間かけて8工場(プラスチック・ウェーブ袋、金属加工業、製粉、石鹸、ノート・用紙、ベッド用マットレス、農業機械、ベルトコンベアー)の中小企業経営者と管理委員会幹部、また、ビジネススクールや技術大学の関係者と面談をした。以下では工場訪問と工場経営者との面談を基にマンダレー工業団地の最近の動向を報告する。

マンダレー工業団地は、1990年に開設されている。マンダレー市内から58Km、ヤンゴン・マンダレーハイウェイ(旧道)に入ってから20分程度のところにある。団地を表示する大きな標識がなく、外国人にはわかりづらいが、韓国の自動車メーカーKIAの販売所がある交差点を左折したところが最初の入口であった。沿道には自動車部品パーツや大型トラックのタイヤを販売する店が軒を連ねている。その中に、ダイヤモンド・スター・グループの製粉工場がある。

マンダレー工業団地の総面積は、2013年時点で736.5ヘクタール、1,379工場(注)であったが、現在は1,200工場程度ということである。

工業団地のインフラ

管理委員会の事務所のボードに団地の区画があるが、それによると敷地はゾーン1,2,3に分かれている。ゾーン1,2,3以外にも白地の区画地がある。将来を見越して拡張を考えているのか。

団地内のインフラは、道がよくない。脇道に入れるとでこぼこ道となる。ゾーン3では、水たまりができるなど道路事情はかなり劣悪であった。しかし、工業団地内で電気や水の提供を受けることができる。しかし、それも、必ずしも十分でないようである。ゾーン1で操業している企業の場合、新規工場を団地外の発電所に近い土地を見つけてそこで操業している。理由は電気がより確実に、安定的に確保できるから。(訪問した時には停電しており、発電機を使って操業していた)因みに、発電所近くの土地には、地場の大手製材工場や中国企業4社の工場が操業していた。ミャンマーの工場立地の必要条件は、電気を安定的に確保することにある。工業団地はその条件を満たしていないということであろうか。現地事情に長けた企業は、こうした柔軟な対応が可能であるが、日本企業のような外資系企業には難しい。

生産現場は中国製品で溢れている

それにしても中国企業の現地経済への浸透ぶりは目を見張るものがある。マンダレー市内には中国の看板を頻繁に見ることはない。ベトナムほどでの徹底ぶりではないが、カンボジアのプノンペンのような派手な広告をほとんど見なかった。

しかし、生産現場を見れば見るほど、部材から機械設備まですべてにわたり中国製品に支配されているというのが率直な感想である。訪問した工場でみた、石鹸材料、アルミ溶接機械、トラクターのエンジンやバッテリー、ベルトコンベヤーの機械部品やベルト、ベッド用バネ製造機械に鉄線、プラスチック・ウェーブ機械、製粉機械など等すべてが中国製であった。

中国製を選ぶ理由は、性能的に悪くはなく価格が割安であること、陸上輸送でアクセスが容易であること、これまで選択肢が中国製以外になかったことが挙げられる。

中国系ビルマ企業が多数?

砂糖精製業からプラスチック・ウェーブ袋(穀物・ブロイラーなどの袋)の量産ビジネスを成功させた経営者によれば、業界10社のうち、中国企業が5社、中国系ビルマ企業が4社、ビルマ系ビルマ企業はこの経営者の1社のみである述べていた。面談した他の中小企業経営者の中にも、中国系ビルマ企業と思われる経営者が多くいた。これらの経営者は、祖父や父親の事業を受け継次いでいる2代目や3代目であった。創業者が1970年代から1980年代に事業を起こして、成功を収めて娘・息子や孫が引き継いでいるというパターンである。中には、社会主義政権時代に農園を没収されたという苦難味わった3代目もいた。若手経営者は、米国やタイの大学に留学経験があったが、中国の大学に留学したという人には出会わなかった。

BOP製品の製造集積地

今回訪問した企業の製品をみると、多くが低所得層向けの割安な製品であった。石鹸、再生紙のノート・用紙、農業機械はいずれもかつてヘイホーやマグウェイの農村やヤンゴンの伝統的市場でみた馴染みのある製品ばかりであった。石鹸やノート・用紙の生産設備は、代々受け継いできたシンプルな機械で、生産コストは材料と電気・水それに労働コストのみといってよい。これらの企業の強みは、生産コストが安いこと流通をしっかり握っていることにある。生産者であると同時にディストリビューターとして自社の製品を市場に供給できる販売力を持っている。

農業機械はGood Brothers’ Co., Ltd.の工場を訪問した。Good Brothers’ はヤンゴンに本社を置く農業機器・資材の大手卸売である。農業機器も農業トラック、トラクター、耕運機、ポンプを輸入販売している。例えば、耕運機のブランドでは東方(中国製)、Kywe(バッファロー、タイ製)、インフン(Yin Fung、中国製)、トラクターはKD(中国製)を販売している。手ごろな価格帯の製品を販売している。

マンダレーのGood Brothers’の工場では、中国ブランドのトラックやブルドーザー、トラクターが敷地に並んでいた。農業機器というよりは建設機器、輸送用機器であった。工場内では、プレスや溶接の作業を行っていた。また、組み立て中の車両が数台並んでいた。バッテリー、給油タンク、エンジン、トランスミッション、ギア、ゴムクローラーなど部品はすべて中国製である。

昆明経由の中国輸出

ジェトロが2013年に調査したミャンマーの農業機資材レポートでは、耕運機の場合、中国からの製品は、船便によりコンテナでティラワ港に入る。エンジンやアームなどをこれから取り付けなくてはならず、まだ組み立てられていない状態である。港から、商品はトラックで輸入業者/流通業者の倉庫へと運ばれる。そこから耕運機はミャンマー中に流通する。中国製品は、エーヤワディ、バゴー、マンダレー、ザガイン管区で売れ行きが著しい。タイ製耕運機は、主にシャン州(シャン州南部タウンジー)およびカレン州(チョンドー、パアン)で売れている。

Good Brothers’のマンダレー工場でみた中国製機械機器については、海上輸送によるものか陸上輸送かの確認はできなかったが、中国のブルドーザー・ショベルなどの対ミャンマー輸出は、2015年で7400万ドル、このうち昆明税関を経由したのが5100万ドルと約7割弱を占めている。他方、農業機械の中国からの輸入は3000万ドル、このうち、昆明経由は600万ドル、20%を占めている。農業機械はヤンゴン経由が大きい。なお、中国のミャンマー輸出(2015年)の40.3%が昆明経由、財別には中間財が31.3%、中間財の部品が40.0%、資本財が37.2%、最終財では74.8%が昆明経由である。マンダレーは昆明経由の中国製品の集積地である。マンダレーを拠点に農村市場に中国の製品がばらまかれている。

設備投資のネック

今回訪問した工場の設備をみると、どこの工場の設備を見ても年季が入ったものばかりであった。特に低所得層市場向けのBOP製品を生産している企業の機械設備は創業当時のものを使い続けていた。価格勝負のBOP製品は、新たな製品イノベーションを生むことなく、安価な労働コストと旧式の設備で作り続けている。

ところが、経営者が2代目、3代目になるとミャンマーの市場環境が大きく変わってきている。市場経済化が進展し、中間層が台頭し始めたからである。このミャンマー経済を巡る変化に、こうしたBOP製品を生産する企業経営者の間にも危機感が芽生えているようである。

しかし、若手経営者にとってネックは、設備投資意欲はあるものの、資金調達がむずかしことである。ミャンマーでは、外部機関からの借り入れによる資金の調達は難しい。政府系金融機関からの借り入れは、手続きが複雑で不透明性が付きまとう。時間もかかるから誰も借りない。民間銀行は、相当の担保がなければ、相手にしてくれない。信用力のあった創業者には貸すが、信用力がない3代目にはまず貸さないという。唯一の資金調達は、自己資金をためることとなる。

砂糖精製からプラスチック・ウェーブ袋のビジネスに投資をして成功した経営者は、自動ミシンを導入したいと抱負を述べていた。投資資金はいずれも自己資金、外部からの借り入れはしないと断言していた。

労働条件

工業団地管理委員会の幹部と面談したさいに、最低賃金の高騰が経営に影響を与えているかと質問したが、最低賃金の上昇で困ったという話は聞かれなかった。労働者の採用も、難しくないようである。会計係を募集する貼紙を工場の門に出したところ、6名の応募があった。場所は人がめったに通りそうもないところに見えたが、6名の応募には驚いた。口コミでこうした情報が伝わるのであろう。

かなり劣悪な労働条件の工場では、労働者を繋ぎとどめる努力はしていた。寮の提供、オートバイの貸与、さらに10年以上勤務の労働者には銀行口座を開設して与える。今回訪問した工場では敷地内に独身寮と世帯寮を併設していたところもあった。食事代として3ドル、寮費として3ドルを徴収していた。

新しい需要への対応

ヤンゴンでは中間層が台頭して消費市場は伝統的なBOP製品から日本や欧米ブランドの製品に需要が移りつつある。外資の参入で大型ショッピングモール等の商業施設や高級ホテルが続々と開店し活気づいている。ここ数年におけるヤンゴン市内の変貌ぶりは予想もできないほどの驚きである。こうしたヤンゴンの新しい市場の動きに、マンダレー工業団地の企業もその需要を取り込んでいるところもある。ベッドを製造している中小企業である。新規ホテルの開業やマンション建設で販売が伸びているとのことである。ミャンマーでベッドが売れるには、寝室にエアコンが備えてあることが必須条件であるという。エアコンがなければ、ベッドでは暑くて眠れないという。ヤンゴンではエアコンの普及率が高まっているが、マンダレーではヤンゴンほどにはエアコンは普及してはいない。

マンダレー工業団地の大半の企業は、伝統的な市場向け製品である。ベッド製造業のような成長市場向けの製品をつくる企業はまだ少ないのであろうか。

(本調査は公益財団法人JKAの助成を受けて実施しました。)

(注)ジェトロのミャンマー工業団地調査報告書(2013年2月)

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