2016/12/15 No.313「抗うつ薬、精神安定剤、他の精神療法薬」の対米輸出の増加(日本の輸出品その4)
増田耕太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
1. 最大の対米輸出医薬品の「抗うつ薬」
「抗うつ薬、精神安定剤、他の精神療法薬」(HTS30.04.90-9135:Antidepressants, Tranquilizers, Other Psychotherapeutics, Nes、以下『抗うつ薬』)は、米国が日本からの輸入額が大きく増加した品目の一つである。2015年の対日輸入額は5億1,560万ドル。米国輸入統計分類(HTS10桁レベル)の金額順の上位34番目である。
輸入が急増したのは2015年。1億ドル前後であったのが、前年に比べ約5.7倍の増加で、日本品の輸入シェアは前年の3.8%から14.2%に高まった(図-1)。国別順位は、①ベルギー(シェア20.9%)、②カナダ(20.8%)、③インド(17.1%)に次ぐ4番目である。
図-1 日本からの『抗うつ薬』(HTS30.04.90-9135)の輸入額推移単位:100万ドル(左目盛)、%(右目盛)
米国が日本から輸入している医薬用品(HS30類)の輸入額は15億7,006万ドル。そのうち、医薬製剤(HS30.04項)の11億8,827万ドルと、血液製剤(HS30.02)の3億4,387万ドルの2分野で9割を超える。日本からの輸入額が1億ドルを超える医薬品(HTS10桁レベル)は下表(表-1)の4品目である。
なお、日本の輸出統計によるHS30.04項(医療製剤)の輸出額(23億7,029万ドル)のうち、対米輸出額(9億6,593万ドル)は全体の40.8%を占め、米国は最大の輸出先である(2015年実績)。
表-1 日本からの輸入額が1億ドルを超える医薬品(2015年実績)
2. 抗うつ(鬱)薬の使用者が、人口の1割。3千万人を超える米国
抗うつ剤の対米輸出が増えている要因に、3,000万人を超えるといわれるほど抗うつ薬の使用者が多いことがある。
米国CDC(疾病対策センター)は、抗うつ薬の使用状況(2005-2008年)をまとめている。
- 抗うつ薬を服用したことがある者(12歳以上)は 11%
- 抗うつ薬を服用している者は女性に多く、男性の約2.5倍。
特に、40代、50代の女性は23%と高い。これは男女別年齢階層別で最も高い。
- 抗うつ薬を服用している者の14%は少なくとも10年以上服用している。
- 非ヒスパニック系白人が14%と高い。アフリカ系4%、メキシコ系3%と比べると3~4倍である。
また、前回の調査(1988–1994年)に比べ、12歳以上の服用者は4倍に増えている。Journal of the American Medical Association (JAMA)によると、1999年から2012年の間で抗うつ薬の使用者の割合は6.8%から13%へとほぼ倍増している。
抗うつ薬の服用者が増加しているのは米国だけではない。OECDの調査によると過去4年間にドイツは46%増、スペイン、ポルトガルの20%増など、米国以外でも服用者が増えている。こうしたことが、抗うつ剤の輸出増加の背景とみてよい。
3. 海外で稼ぐ日本の医薬品製造業
日本の医薬品輸出は今後増えることが期待されている。しかし、諸外国の患者に使われる医薬品(創薬)を開発しても、日本で生産し輸出が主体になるとは限らない。日本の製薬企業は、商品輸出に頼らず海外から特許料等の知的財産使用料で稼ぐビジネスモデルを採っている。
日本の医薬品貿易収支は輸入超過である(表-2)。輸入額は輸出額の約7倍前後と大きい。
ところが、総務省の科学技術研究調査から、日本の製薬企業は特許等の知的財産権の使用料で稼いでいる状況がわかる(表-3)。
日本の技術貿易輸出額(受取額)は自動車・同付属品製造業(以下「自動車製造業」)が最大である。全業種の受取額の5割以上を占めるが、受取額の約9割が海外子会社からのライセンス収入である。一方、医薬品製造業は日本企業の受取総額の約12%台を占めるにとどまるが、自動車製造業に次ぐ規模である。自動車製造業と大きく異なるのは、海外子会社からの受取額が4割以下で、大半を親子会社関係にない外国企業から受けとる『外販』収入である。その結果、親子会社間取引を除いた受取額(『外販収入』)でみると、医薬品製造業は自動車製造業を上回り、最大業種である。
このことから、日本の製薬企業は医薬品を製造・輸出するだけでなく、海外子会社(買収して子会社化したものを含む)の工場での生産または海外の医薬品の生産を請け負う外国企業に委託し生産したものを、外国で販売する。あるいは、世界大で販売できる大手医薬品メーカーに特許権の製造・販売するライセンスを認めライセンス収入で稼ぐビジネスモデルを採っている。その結果が「知的財産権使用料」の受取として利益を得る結果に表れている。
医薬品(創薬)は、特許等の知的財産権で保護されている。特許権は原則として一つの物質特許で、その保護期間中は独占的な利益を得ることができる。ライバル企業が効能等で競合する新薬が発売されないうちに、研究開発投資を含めた利益回収が必須になる。そのため、短期間に世界中で製造・販売するために他社にライセンス使用を認め、知的財産権収入(ライセンス収入)得ることも、有力な手段になっている。
こうしたことから、外国での医薬品販売のために日本で製造・輸出する選択を選ぶかどうかは。日本での生産が有利であるのか販路をどう確保するのかによって決まる。おそらく、日本の需要には国内生産、米国などの主要大消費地向けは現地生産をとりいれる一方、製造・販売ライセンスを供与する方策を活用する、等の多様な手段を採る。そのため、日本の輸出が増えても、輸出だけに依存するのではなく「知的財産権使用料」の獲得を活かす取組みが続く可能性が高い。
表-2 日本の医薬品輸出入額の推移
表-3 日本の産業別技術貿易受取額
【参考資料】
1. NCHS Data Brief Number 76: “A ntidepressant Use in Persons Aged 12 and Over: United States, 2005–2008”(2011,10)
2. 日本製薬工業会 医療産業経済研究所:『政策研ニュース』(各号)、および『リサーチペーパーシリーズ』(各号)
3. 総務省 『科学技術研究調査』(各年版)
4. 国際貿易投資研究所:『自動車の海外生産が牽引する「特許等使用料」の黒字拡大 』(季刊『国際貿易と投資』第73号、2008年9月)
フラッシュ一覧に戻る