一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2017/07/21 No.340懐疑主義と戦うEU

宇佐美喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

EUの原点となるシューマン宣言(1950年)には、「ヨーロッパの他の国々が自由に参加できるひとつの機構の枠組みにおいて、フランスと西ドイツ(当時)の石炭および鉄鋼の生産をすべて共通の最高機関の管理下に置くことを提案する」とある。

この宣言は、フランス政府が、戦争に欠かせない資源である石炭と鉄鋼の管理を西ドイツとフランスの共同管理に置くことで、欧州で2度と戦争を起こさない枠組みを構築することを西ドイツ政府に提案したものだ。

その後、ベネルクスとイタリアを含む6か国で欧州石炭鉄鋼共同体が設立され、EUにまで発展した。参加国は現在28か国。ところが2016年5月の英国での国民投票は、EUからの離脱の支持が過半数を超えた。背景には、EUの政策への懐疑の強まりと、これを煽るポピュリズムの跋扈がある。

懐疑主義と戦うEUだが、早期に瓦解につながるような深刻なリスクは見当たらない。ただ、将来リスクの芽を摘むためには、残る27か国の再結束と価値観の共有を必要としている。EUによるアンケート調査によると、鍵となるのはEUへの愛着意識の醸成のようだ。

懐疑主義に脅かされる統合の深化

シューマン宣言を発表したロベール・シューマンは、ドイツ人として生まれ、第一次世界大戦終結で故郷ロレーヌ地方がフランスに編入されたことを機にフランス籍を取り、第二次大戦後、フランスの首相に昇り詰めた政治家である。

6か国で発足した欧州石炭鉄鋼共同体はその後、EEC、ECへと発展し、1993年に12か国の参加によりEUが成立した。ユーロの導入、EUの中東欧・バルカン諸国への拡大は、多くの国・民族のEU価値観への共鳴の証左とされてきた。その間、EUの市民の多くは、比較的リベラルな社会市民思想を共有し、他民族へ寛容な姿勢を見せてきた。

「多様性の中の統合(United in diversity)」は、「欧州旗」、「歌(ベートーベン作の交響曲第9番第4楽章歓喜の歌の主要部分)」、統合と平和を祝う「欧州デー(5月9日)」と並ぶEUの4大シンボルとされる。

もともと、欧州統合の深化を目指すイデオロギーは「汎欧州主義」としてくくられ、この対義語として「欧州懐疑主義」という言葉が生まれた。その表れ方は、統合の深化への反対では共通するものの、時代や国によって異なる。

例えば、フランスのドゴール政権は、英国のEEC参加に一貫して反対した。英国が参加したのはEECが発展解消した後のECになってからで、ドゴール政権を継いだポンピドゥー政権が英国の加盟に寛容だったことによる。一方、EC加盟を批准しようとした当時の英国議会では、野党労働党が反対に回った他、与党保守党の議員39人が反対票を投じた(ただし、労働党からも59人の造反があり、加盟は批准された)。

デンマークでは、ユーロ導入をめぐり2000年、2004年、2008年に国民投票が行われたが、3回とも反対が過半数を超えた。

フランスとオランダは、2005年に欧州憲法の批准を国民投票にかけたが、反対票が過半数を超え、この結果、欧州憲法は廃案に追い込まれた。

しかし、従来の欧州懐疑主義の盛衰は、欧州統合の深化を遅らせこそすれ、離脱を生むほど強力なものではなかった(注)。ところが債務危機を端緒として欧州委員会が各国に強いた緊縮財政政策と急増する移民により引き起こされた社会不安が、懐疑主義の新たな広がりをもたらした。欧州委員会、各国政府、欧州統合を肯定する立場の政党、政治家は、

懐疑主義との闘いを強いられている。懐疑主義の広がり状況については、EUが年2回、春季と秋季に行っているEurobarometerというアンケート調査が手掛かりとなる。公表されている直近の調査は2016年11月に実施された。表1は、この調査から、EU市民としての意識を肯定する回答が割合の多い国順に並べたものだ。

表1 「EU市民と思うか」の意識調査結果(2016年11月) (単位:%)

出所: Standard Eurobarometer 86(欧州委員会)

これによると、EU平均は67%。26か国で肯定的回答が過半となった(前季調査では25か国で過半)。ただし6月の国民投票でEU離脱票が過半だった英国が、肯定的回答が55%(国民投票間近に行われた前季調査では53%)だったことを鑑みると、数ポイント差は誤差ないし、時流次第で覆る範囲といえるだろう。

EUへの帰属意識は、裨益の大きい国ほど比率が高いとされる。バルト三国やポーランドで肯定的回答比率が比較的高いのは、EU加盟により域内就労の機会を得ただけでなく、ロシアを念頭に置いた安全保障の強化も評価されているからと考えられる。

また、ドイツやデンマーク、スペインなど、主要産業のEU域内輸出比率が高い国も肯定的回答比率が比較的高い。ユーロ圏に移行した国の肯定的回答比率の高さも特徴的だ。

一方、EU平均を下回った9か国中、4か国はユーロ圏に入っていない。ユーロを導入している5か国中、ギリシャとキプロスは、債務危機の救済交渉でEUなどから突き付けられた緊縮財政政策により、特に福利厚生政策が後退していることが影響していると思われる。

注目されるのはイタリアだ。肯定的回答は、同じ設問を遡れる2012年春季以降、45%から53%の間で推移している。

新興のEU懐疑派政党、五つ星運動は、今や中道政党を抑えて支持率でトップとなった。幹部は政権に就いても直ちにEU離脱を国民に問うことはしないとしているが、イタリアでEU離脱の可否を問う国民投票が行われることになればEUにとっては悪夢だろう。

欧州石炭鉄鋼共同体の原加盟国であるイタリアの市民のEU帰属意識の希薄さはどこから来るのだろうか。自国への愛着意識が強いことに加え、次の要因も考えられるかもしれない。

一つめは、債務危機時のイタリアへの侮蔑的な雰囲気だ。財政破綻の可能性がある国の頭文字をとって、国際金融筋はPIGSという略称を編み出し、メディアも広く用いた。独裁や軍政を理由にEECやECから遠ざけられていたスペイン、ポルトガル、ギリシャの3か国とイタリアでは、EUへの自負は大きく異なる。PIGSという造語はこのプライドを大きく傷つけた。

二つめは、EUによる政策介入への嫌気だ。債務危機時にEUはベルルスコーニ首相が企てた財政出動を妨げた。代わってEUの求めに沿う厳しい緊縮政策を採用したモンティ首相は、就任直前まで欧州委員だった。モンティ政権時には増税が図られ、企業による従業員解雇を容易にする労働市場改革法も成立した。モンティ首相は2013年に退いたが、以降の政権に対してもEUは財政出動を牽制し続けてきた。

三つめは、難民問題だ。イタリアは、北アフリカから地中海を経由してEU上陸を目指す移民問題の最前線に立ち、遭難者救助にも明け暮れている。また、北アフリカからの移民は治安を含む社会問題にもなっている。EUでは最初の上陸国が移民対応の窓口となるため、イタリアの負担は北方の国々の比ではない。ところがこれがEU内での評価になかなかつながっていない。

市民意識、個人レベルでは移民より家計が課題

同じくEurobarometerから市民の課題意識を探るアンケート調査を見てみよう。この調査は、①EUにとっての課題、②自国にとっての課題、③自分にとっての課題、という3層の質問手法を使っている。設問は共通と個別があり、回答は、①と②の13、③の15の選択肢から、2つを選択する。これをもとに各国の市民意識を探ってみると、移民問題の位置付けがはっきり見えてくる。以下、2016年11月に行われた調査の結果を中心にみてみる(表2~4)。

先ず、EUの課題についてみると、EU平均では、「移民」(45%)が最多、ついで「テロ」(32%)を挙げる回答が多かった。「移民」が最多になったのは2015年春季の調査からで、2016年秋季まで4期連続となった。

EUの課題として「移民」を挙げた割合が最も高かった国はエストニア(70%)で、これにハンガリーとマルタ(65%)、チェコ(63%)、ベルギー(62%)が続く。一方、割合が低い国を見てみると、ポルトガル(23%)、スペイン(32%)、ルーマニア(36%)、フィンランド(38%)、オーストリア(39%)であった。前季調査から9ポイント低下した英国(42%)もEU平均を下回った。

ところが自国の課題になるとEU平均では「失業」(31%)が最上位となり、「移民」(26%)は2位となる。「移民」の比率は、マルタ(46%)、ドイツ(45%)、デンマーク(41%)が比較的高い。英国(25%)は前季に比べ13ポイント下がり、「健康と社会保障」(27%)に次ぐ2位だった。フランス(19%)も「失業」(49%)、「テロ」(31%)より低い3位だった。

さらに個人の課題になると、EU平均では「インフレ・生活コスト」(28%)が最も重要課題とされ、「健康・社会保障」(16%)、「年金」(15%)と続き、「テロ」(5%)は最も回答比率が低く、「移民」(6%)も2番目に回答比率が低かった。

これらから「移民問題」は自国レベルや個人レベルよりもEUレベルの課題として強く認識されていることがわかる。

表2 EUの課題について (%)


※クリックで拡大します
出所:表1に同じ。

表3 自国の課題について (%)

※クリックで拡大します
出所:表1に同じ。

表4 個人の課題について (%)

※クリックで拡大します
出所:表1に同じ。

移民統計の齟齬が影響したとされる英国の国民投票

それでは、英国の2016年の国民投票でEU離脱票が過半数を超えた経緯を、2010年の総選挙に遡って振り返ってみる。

2010年の総選挙では、保守党、労働党とも過半数が取れず、キャメロン党首が率いる保守党は自由民主党との連立により労働党から政権を奪還した。しかし欧州債務危機のため、財政は第二次大戦後最大規模となる緊縮政策を採らざるを得ず、国民の支持を得づらい政権運営を余儀なくされた。

英国議会内でのEU懐疑派は、与党、野党を問わず、心情的に近い立場の議員の緩い連合として存在している。その矛先は英国のEU分担金だ。

EEC以来の伝統として、EU予算は農業補助金が突出してきた。他の加盟国に比べて経済に占める農業比重が低い英国は、EU予算による裨益が少ない。これを理屈にサッチャー政権はEEC時代に分担金の一部還付を認めさせたものの、以降も分担金は英国のEU懐疑派の標的となってきた。

しかも、欧州委員会は債務危機の最中、加盟国に緊縮財政を強いる一方で、景気対策の必要性を訴えて2014年から2020年までのEUの中期予算の前期比5%増を目論んだ。これが英国議会だけでなく、英国市民の間でもEU懐疑派が伸張する契機となった。

キャメロン首相はEU懐疑派の切り崩しのため、議会で英国のEU向け拠出金の削減を図る動議を成立させ、その後のEUとの協議でEU中期予算の削減を実現させた。並行して2015年の総選挙で政権を維持できればEU加盟の是非を国民に問うことを公約に掲げ、総選挙で勝利した。

一連の政策からは、英国がEU改革を主導することで国民の理解を得て懐疑派を切り崩し、政権基盤を磐石にしようという目論見が透ける。しかしその後、移民問題に焦点があたり、EU懐疑派が勢いづいた。

英国での移民問題の関心はEU域外出身者ではなくEU域内出身者に向けられている。これには二つの背景がある。

一つめは、域外からの移民は英国基準で審査されるのに対し、域内からの移民は英国基準より緩いEU基準で審査されることだ。オックスフォード大学による調査では、EU域内からの移民中、農場で働く移民の96%、小売店で働く移民の95%が、英国基準では移民資格がないとしている。

二つめは、英国内ではEU域内からの移民の就業率が85%を超えており、英国籍市民の就業率よりより5ポイント程高い水準にあることだ。このことで、就業機会をEU籍移民に奪われていると感じている英国籍市民が少なからずいる。これに対し、EU域外からの移民の就業率は70%程度だ。

そうした社会的雰囲気がある中、従来、移民者数として認識されていた外国籍居住者数に対し、外国籍の国民保険加入者数が2倍以上になることが一部のメディアでセンセーショナルに報じられた。実際に公表されている統計を比べると次のようになる(表5)。

表5 英国の外国籍の居住者数と国民保険加入者数 (単位:千人)

注:()はEU籍者
出所:英国統計局、英国労働年金省

統計の齟齬は、定義の違いによる。統計局の定義は1年以上英国に住民登録している外国籍居住者数、労働年金省の定義は短期就労者も含む外国籍の国民保険加入者数だ。

そして、この労働年金省の数値が、移民に職を奪われているという英国籍市民の肌感覚と重なった。これは、移民が目立つ、具体的には、小売業で店頭に立つ移民が市民の目に触れる機会が多いということと関係しているとされる。

英国政府が統計の齟齬について丁寧な説明を怠ったことや社会保険の外国籍者への支出額の公表を拒んだことから、労働年金省の統計はEU懐疑派により「不都合な真実」として拡散された。

そして、EU懐疑派は、移民の増加により学校施設などの整備を強いられていることや、需要増で住宅家賃が上昇していることなどを説いた。これにより移民問題が市民の機微に触れる財政問題や家計問題に結びつけられた。

2016年6月の国民投票では、EU離脱票が僅差で過半数を上回った。そして2017年3月、英国はEUに脱退の意思を正式に通知した。EUにとり、国単位での離脱の初めての事例となる。

英国での国民投票結果を受けて、各国の選挙でのEU懐疑派の躍進が注目を浴びることとなった。オランダで2017年3月に行われた総選挙ではEU懐疑派の自由党が第一党となるか注目されたが、実際の得票率は10.1%と、Eurobarometer の調査でEU市民意識を否定した割合の三分の一にとどまった。フランスで5月に行われた大統領選挙の決選投票でもEU懐疑派のルペン候補の得票率も34.9%にとどまり、Eurobarometer の調査でのEU市民意識の否定割合を約3ポイント上回ったに過ぎなかった。さらにルペン氏率いる国民戦線は6月の総選挙の得票率が、第一回が13.2%、第二回は8.75%、定数577議席に対する獲得議席は8議席と完敗した。

オランダについてもう少し詳しくみてみると、自由党は解散前の15席から20席に伸びたが、最も議席数を増やしたのはフルンリンクスという移民受け入れを明確に肯定している政党だ。フルンリンクスの党首は、父がモロッコ系、母がインドネシア系の移民の子としても知られている。

ルッテ首相が率いる中道右派の自由民主国民党は8議席減らしながらも第一党の座を守ったが、連立与党の労働党は29議席減と大敗した。

表6 オランダ総選挙の獲得議席数結果

注:左側の数字は改選前の議席数

愛着あるEUになれるかが統合深化の鍵

EUはEurobarometerのアンケート調査で、EUへの愛着意識も調査している。この調査からは、市民のEUに対する距離感を推し量ることができる。2016年秋季の調査結果によると、愛着があると答えたのはEU平均で51%に過ぎず、帰属意識より厳しい結果となった。肯定的回答が過半数を超えたのは13か国、50%が1か国で、16か国が半数に満たなかった。

ここから窺い知れるのは、帰属意識はあっても愛着がないという人たちの存在だ。おそらく、EUの政策を策定・決定している欧州委員やEUの官僚と市民との距離感が遠いという証左だろう。

表7 「EUに愛着があるか」意識調査結果(2016年11月)

出所:表1に同じ

EU28について、この結果をカテゴリー別にみてみる(表8)。これによると、性別による差はほとんどなく、高学歴であるほど、生活が収入面で安定しているほど、EUへの愛着が肯定的になる比率が高いことがわかる。

若年層になるにつれEUへの愛着比率が増していることは心強いが、圧倒的多数というほどではない。むしろ、アンケート調査から浮かび上がったEUとしての課題を着実に解決しつつ、国ごとに異なる教育事情を勘案しながら高学歴化を図り、さらに各国政府を通じた経済政策や就業政策により収入を安定させていくことが、EUへの愛着の肯定的な比率を高めることにつながりそうだ。

表8 「EUに愛着があるか」のEU28のカテゴリー別回答比率 (%)

出所:表1に同じ

なお、EU加盟国で最大のGDPを持ち経済的な影響力が大きいドイツは、EU市民意識を持つ人の比率も、EUへの愛着を持つ人の比率も、比較的高い。EUに懐疑的な政党の支持率は7%前後とされ、主要国の中では最も低い。これは、もともとドイツは地理的に西欧の東端だったのが、EUの東進で欧州の中心となったこと、および二つの世界大戦の敗戦で失った誇りをEUという錦の下で取り戻しつつあることを自覚している市民が多いことと無関係ではないだろう。

注:フランスから独立したアルジェリアが1962年にEECから離脱した例、デンマークから自治権を得たグリーンランドが1985年にECから離脱した例はあるものの、両者とも地理的には欧州ではない。

フラッシュ一覧に戻る