2017/12/01 No.357「一帯一路」構想に対するインドのスタンス~中国の南西アジアやインド洋進出に縣念~
山崎恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東北文化学園大学 名誉教授
はじめに
中国が国家戦略として推進する「一帯一路」構想は、2013年に習近平国家主席が米国主導のTPP構想を意識して21世紀におけるシルクロードと銘打って発表した。シルクロードは古くからアジアと欧州の貿易や文化の交流ルートで、その現代版はユーラシア大陸を横断する陸路に加えて南シナ海やインド洋を経て中東やアフリカに至る海路から成り、中国とロシアの共同開発による北極海経由航路が氷上シルクロードとなる可能性も出てきた。ロマンあふれるネーミングと反グローバル化の潮流が見られる中で、巨大な経済圏を視野に置く構想として世界的に注目されている。10月の第19回中国共産党大会では、第2期習近平政権は建国100年の今世紀半ばに米国と並ぶ大国となる目標の下で、「一帯一路」構想を国際協力のプラットフォームとして推進する旨表明している。
同構想は、インフラ建設で大きなビジネス機会を生み出す期待とともに、中国主導の進め方に対しては懸念や不安が少なくない。そこで、これまでの事例から同構想に対するアジア諸国の期待と懸念を概観し、中でも中国に次ぐ2大新興大国であるインドの懸念に注目する。この中で、「アジア太平洋」地域だけでなくより広大な「自由で開かれたインド太平洋」地域構想が重要性を増している背景に触れる。最後に、中国が「一帯一路」の相手国とウィン・ウィン(WIN-WIN)の互恵関係を築き発展するには何が求められるのか、相手は発展途上国が大半と見られるので国際開発協力の視点から考察する。
1.アジア諸国の期待と懸念、問題点
今年5月14~15日に北京市で初の「一帯一路」国際フォーラムが開催された。そこには130以上の国や国際機関から約1,500人が参加したものの、首脳の参加は29か国にとどまり中国の期待を下回った。首脳が参加したアジア主要国ではインドが参加要請をボイコットし、G7首脳ではイタリアのみの参加で、日本と米国は代表団の派遣であった。インドは同構想の旗艦案件ともいわれるCPEC(中国パキスタン経済回廊)が一部国土を侵害していると反発し、欧米や沿線の多くの国は中国主導の構想で透明性を欠き、最近目立つ中国の海洋進出等覇権主義の動きや経済的影響力増大への警戒感が働いたと見られる。
表1は、国際フォーラム開催を控えアジア諸国が「一帯一路」構想に対する期待と懸念をまとめたものである。これに見る通り、インドを除くほとんどの国や経済界が国内開発のネックとなっているインフラ整備が進み、外国とのコネクトビリティが改善しビジネス機会が増えると期待している。しかしながら、現実のプロジェクトを見ると、中国の開発資金融資とともに中国企業が進出し、中国人労働者の派遣、中国からの資材や機材の輸入等紐付きあるいは丸抱え支援になっているとの不満や警戒が根強い。中には負担能力を超えた過大融資の返済で財政がひっ迫、中国からの輸入増大で貿易赤字が拡大、さらには環境への配慮が欠け住民とのトラブルを抱える例も少なくない。CPECは、当面のパキスタン経済の成長に寄与している反面、貿易赤字の拡大や財政ひっ迫でイスラム債発行の対応が伝えられ、隣国インドとの関係改善には影を落としている。
「一帯一路」構想を推進する中国は、インフラ建設支援は相手国とウィン・ウィンの互恵あるいは共栄関係をもたらすと説明する。確かに、相手国、その大半の発展途上国にとっては、資金不足で踏み切れなかった道路や鉄道、港湾建設等が融資を受けることによって実現し、経済開発にとって必須のインフラが整備される。しかし、資金負担が返済能力を超えると対外債務が増加し、中国からの資材や機材輸入が紐付きになっていれば貿易赤字が増え、現地調達による経済効果が薄れてしまう。労働者が派遣されてくると、現地人雇用創出の機会が圧縮され、相手国にとっては期待される経済的恩恵や利益が減殺される。こうした不利益が長期的に続くと、「新植民地主義」とか「略奪経済(テイラーソン米国務長官)ともいわれることになる。また、同構想が中国主導で推進されていることから、The Economist誌は同構想を示す「One Belt One Road:OBOR」は“Our Bulldozers Our Rules”と皮肉って論評した(2016年7月2日号)。
2.インドはなぜOBORを警戒するのか
今年5月の「一帯一路」国際フォーラムには、中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)や新開発銀行に入り出資している主要国のトップとしてインドのモディ首相の参加を重ねて呼び掛けた。しかし、インドが応じなかったのは、いくつかの要因がある。公式には、先に触れた「一帯一路」構想のCPECによる道路が北部のインド、パキスタン、中国の領土係争地カシミール地方のインド領を通過している主権侵害である。また、東部地域ではアルナチャル・プラデシュ州北部に中国との領土係争地があり、インド北部に亡命しているチベットのダライ・ラマ14世が今年3月同州を訪問した際には中国の反発を受けた。
フォーラム開催時後になるが、中国からの道路建設をめぐる争いで中印両国の軍隊が2か月近く対峙し緊迫した。中印両国は、カラコルムとヒマラヤ山脈に沿って4,000キロ近い国境を抱え、北東部ではインドのシッキム州とブータン、そして中国の国境が交わるドクラム(中国名は洞朗)高地に、中国が道路建設を進めようとして中印の軍隊がにらみ合った。インドにとっては中央主要部と北東部7州を結ぶ要衝「シリグリ回廊」に近い“にわとりの首”ともいわれる安全保障上の戦略地である。8月末にBRICS厦門会議を控え両軍は撤退したが、依然緊張感は続いている。このように、中印両国は国家主権に係る領土問題を抱え緊張関係が絶えず、1962年には大規模な国境紛争を経験している。
インド周辺の近隣国では、前述のCPECを進めるパキスタンとは、1947年に英領インドからの分離独立後3度の印パ戦争を経験した。いわば宿敵に中国が大規模なインフラ建設や経済支援するもので、新彊ウィグル自治区のカシュガルからカラコルム山脈を越えインド洋に至る道路はグワダル港やフリーゾーンに至る。グワダル港は中国のインド包囲網とされる「真珠のネックレス」戦略の一環で、商船だけでなく戦艦も寄港する。スリランカの前政権時に中国が融資して建設したコロンボ港南部のハンバントタ港開発、中国雲南省昆明から延びるパイプラインの終点であるミヤンマー北西部ラカイン州チャオピュー港開発も同戦略を構成する。また、歴史的にも経済的にも係わりが深い隣国のネパールでは、今年になって首都カトマンドゥに中国から鉄道延伸の計画が話題になり、11月末から12月にかけて行われる新憲法下初の総選挙は親印親中両政党の争いでその行方が気になる。ベンガル湾のインド海軍基地のあるアンダマン・ニコバル諸島周辺に中国艦艇の進出が伝えられ、紅海入口のジプチに中国が初の海軍基地を築くなど、インドにとっては安全保障上の懸念が増している。
こうした政治的要因に加え、経済的には往復額最多で日印貿易の5倍に相当する中印貿易の不均衡拡大がある。表2に見る通りインドの貿易赤字の最大の相手は中国で、今や5割近くと断トツの貿易赤字となっている。中国は米国の貿易赤字のやはり半分近くを占めてトランプ政権から是正を求められているが、インドも貿易不均衡の大きさを問題視しており、安値輸出の鉄鋼やスマホ等の電気製品だけでなく、ヒンドゥ教の光の祭典「デワリィ祭」を控え中国製電飾品のボイコット運動が伝えられるほど国民に不満が高まっている。パキスタン、スリランカ、バングラデシュ等のインド周辺国も中国品の輸入増で貿易赤字が拡大し、互恵関係とはいえない状況になっている。この状況は東南アジアの多くの国でも見られ、中国は2001年にWTO加盟後輸出拡大の恩恵を大きく受けつつも「市場経済国」として国内市場の自由化を怠っているのではとの批判につながっている。
3.「自由で開かれたインド太平洋」構想
「一帯一路」構想の海のシルクロードの沿線では、東シナ海への中国の進出が目立ち懸念されている。沿線国だけでなくASEANにとっても安全保障上の懸念が増大して、最近のASEAN 会議や日米豪インドが加わる東アジア首脳会議宣言では、中国の「覇権」に対する懸念が表明されて来た。今年9月の会議議長声明では文言は最終的に残ったが、当初は「懸念」の表明が無くなったと報道され注目された。その背景には、ASEAN 諸国は「一帯一路」戦略に取り込まれたとの観測とともに、アジア歴訪の米国トランプ大統領は中国との会談で28兆円とも伝えられる商談や北朝鮮への対応と引き換えに、中国批判を抑制したのではといわれた。
トランプ大統領が歴訪中に表明した「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、インドを始め南西アジア諸国にとっては歓迎されたものの、オバマ政権時に見られた「アジア重視」政策に比して確実性を不安視する見方が多い。トランプ政権が誕生して間もなく、インドのモディ首相は同じ民主主義国の大国としてオバマ政権時と同じく米印関係の強化を期待し、発展途上国では真っ先にトランプ大統領と電話会談を行った、それだけに、米国第一主義で保護貿易主義に傾斜し多国間の枠組みより2国間を重視する傾向、またアジア重視政策の弱体化を懸念している。保護貿易主義では移民政策の見直しに関連しH-1Bビザの修正でインド人IT技術者の就労が影響を受け、また地球温暖化防止の取り組みでは米国のパリ協定からの離脱に加えて、インドはただ乗りと批判された。
「自由で開かれたインド太平洋」構想は、第一次安倍政権時の2007年、安倍首相がインド国会で表明した。当時は国民会議派連立でこれを歓迎、2014年からのモディBJP(インド人民党)政権は日本や米国との関係を重視する中で同構想を評価している。モディ首相は本格的な経済改革を推進し、対外政策では「ルック・イースト」政策を積極化する「アクト・イースト」政策で東アジア諸国と、また「リンク・ウェスト」政策で中東・アフリカ諸国との関係強化策を打ち出している。インドはインド洋の中心に位置し古代から帆船貿易やヒトの交流が続くインド洋圏諸国との関係強化を図る中で、最近インド洋にも中国の進出が目立つようになっている背景から、米国と日本、それにオーストラリアを加えた4カ国の協力によるこの構想を歓迎している。インドのマスコミには、日本のイニシアティブによる同構想で中国の「一帯一路」構想に対抗する期待の報道が見られる。また日本にとっては、TICAD(アフリカ開発会議)等でアフリカの開発支援を強化し成長圏東アジアの生産網をアフリカに伸ばして繋ぐ「アジア・アフリカ成長回廊」構想でも、インド洋の安全保障が求められよう。
4.途上国の開発自立に資する協力推進を
第2次大戦後の世界経済は少数の先進国が発展途上国の開発に大きな役割を果してきた。特に米国は、世界銀行やIMF、GATT等国際公共財ともいうべき国際機関の設立と発展に寄与し、戦後復興を遂げたドイツや日本とともに途上国の発展に尽力してきた。中でも、先進国グループのOECDはDAC(Development Assistance Committee)が中心になり世銀や国連等関連機関とともに開発協力の在り方や理念、手法を確立し、協力当事者の先進国がこれらを遵守してきた。その要諦は、開発協力は発展途上国が自立開発をするための支援が原則であり、そのためには途上国にはownership(主体性)やpartnership(協調性)が問われ、援助国には経済自立に資する支援策や支援に当たってのコンディショナリティが課せられる。例えば、協力案件は途上国自からの発議と要請が前提になり、自助努力の一環として資金の一部現地負担(ローカル・ポーション)が求められ、援助国は資機材や労働力の紐付き支援を禁じて現地調達の奨励等が課される。また、これらの措置は情報公開等の透明性が確保されているため、先進国の一方的な援助押しつけや紐付き支援はほとんどなくなって来た。
これに対して、OECD等の政策に拘束されない中国の支援にはこれらの原則に抵触する例が多く、相手国の懸念や反発につながっている。第2期習近平政権は「一帯一路」構想を今後国際協力のプラットフォームとして推進するとしているだけに、相手国が懸念や反発をなくし支援が受け入れられウィン・ウィンの互恵・共栄関係に結び付くには、現行支援策の是正や改善が求められているといえよう。中国がAIIBを設立し、世銀やアジア開発銀行と協調し米国や日本に参加要請をしているのは、途上国の開発金融や開発自立支援策のノウハウを学習する絶好の機会であろう。透明性や公平性の確保を条件に、まだ入会していない米国や日本も今後協力や関与をする姿勢は示している。
中国国内でも「一帯一路」構想を推進するに際して、その進め方を改善する議論があるようだ。例えば、政府系シンク・タンクの上海社会科学院の傳釣文研究員は、最近中国は日本の第2次大戦後のアジア政策の中で「福田ドクトリン」に注目すべきと提案している。1977年に発表された「福田ドクトリン」は、大戦時の記憶が残る74年に田中首相が東南アジアを歴訪した際反日デモに遭遇し、「心と心の触れ合う」相互信頼関係を築いてアジアの和平と繁栄に寄与する外交政策を表明した。以降対日感情が好転し、また世界最大のODA供与や日本企業の進出によるビジネス活動が国際開発協力として評価されるようになった。その知見や経験は大いに参考になると考えられ、先発国日本の経験に学ぼうとする動きが中国国内で出て来たことに注目し期待したい。
おわりに
緊迫感が漂う日中関係では、45年前の国交正常化の初心に立ち返り両国関係の改善と進展に向け、日中双方の与党交流協議会が8月初め東京と仙台で8年半振りの協議を行った。3日間協議の最終日に中国の人々に馴染みのある魯迅が学んだ仙台市内で共同提言が発表され、「一帯一路」構想への具体的な協力について今後積極的に検討すると合意された。習近平第2期政権は国内の強固な体制が固まり、圧勝した第3期安倍政権の政治的な環境からも、日中関係の改善に向けての新たな動きや同構想への協力が今後具体化すると期待される。11月に入ってから日中経済協会が3経済団体による300人近い訪中団を派遣し、中国の経済団体や企業、政府首脳と話し合いが持たれた。近く日中韓首脳会談も模索されている折から、持続可能な「一帯一路」構想に向けての話し合いや協力に注目したい。
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