一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2018/09/07 No.387何故マレーシアで政権交代が起きたのか(2)~マハティール改革が目指すもの~

小野沢純
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
元拓殖大学/東京外国語大学 教授

第2回はナジブ前首相の1MDB疑獄です。(聞き手はITI事務局長大木博巳)

2.ナジブの1MDB疑獄

マハティール氏が老骨に鞭を打って、ナジブ政権に挑戦した理由にナジブ前首相の1MDB疑惑があるということでした。

‐1MDB疑獄と私は言いたいのですが、大きな汚職事件が背景にあります。それがマレーシアの政治や社会を駄目にした。そこでマハティールさんが怒り心頭で立ち上がったのです。

前に述べたように、1MDBは2009年にナジブ首相自身が設立した政府系投資ファンドですが、やがて、この投資ファンドがとんでもない大規模な債務を抱えるばかりか汚職疑惑に包まれていることが、発覚しました。これは、おかしいと、マハティールさんがナジブ批判を行い、ナジブ首相を退陣させないとマレーシアの政治は元に戻らないということを強く訴えました。

当初、1MDB汚職疑惑は一般の選挙民にとっては身近な問題として捉えないだろうと与党関係者らは楽観視していました。しかしながら、マハティール旋風はだんだん農村のおじちゃん、おばちゃんたちも含めて、選挙民が共感していくということで過半数を獲得できたのではないか、ナジブをかばってきた大臣たちも、結局落選しました。そういうところからも、選挙民はしっかり物事を見ているんだなという気がします。

そして、一般の若者も含めた多くの人は、Facebookとか、WhatsApp(マレーシアではWhatsAppが非常にはやっている)、こういったメディア、SNSが政治集会の模様を広く流すので、選挙運動に直接かかわらなくとも、選挙情報がこうしてかなり伝わってきたことも、マハティール勝利に結び付いているんじゃないかと思います。

1MDB疑獄の中心人物が、ペナンの華人実業家Low Taek Jho、通称Jho Low(ジョー・ロー)氏です。Jho Lowとはどのような人物ですか。

‐政府系投資ファンドをつくったのはマハティールさん自身です。彼の取り巻きの一人に、ペナンの華人実業家のジョー・ローという人物が登場します。この当時は、まだ28歳ぐらいでした、ジョー・ローは、英国のHarrow School(ハーロースクール)や米国のペンシルバニアのWharton School(ウォートンスクール)で学んでいます。この間に、人脈を構築しています。ハーロー時代の同窓生がナジブ首相の義理の息子アジズ(ロスマ夫人の連れ子)、それにゴールマン・サックスの知人とか、アラブの王族とか、大学などで知り合っていきます。

2008年にトレンガヌ州の石油ロイヤリティに注目したジョー・ローは、トレンガヌ州政府にトレンガヌ投資公社(TIA)の設立を画策して実現させました。翌年2009年4月にナジブが首相に就任するや、ジョー・ローは、TIAを連邦が引き取るよう話を持ちかけました。ナジブはこれを受け入れて、1MDBという新しい名称でスタートしたのです。この投資ファンドは、戦略的な資源開発をすると謳っていますが、結局ほとんど何もしていない。創立6年目の2015年10月で550億リンギット(1兆5,400億円)という巨額負債を抱えるようになる。

短期間に巨額な負債を抱えたとは驚きです。

‐この投資ファンドは、資金がないので、債券を市場で発行して資金を調達しました。ゴールドマン・サックスが仲介しています。2012~2013年に3回起債して65億ドル。何とそのうちの6億ドルがゴールマン・サックスに入っている。これも、通常ですと、手数料は1~2%ですけれども、とんでもない金額を払っている。1MDBはゴールドマン・サックスにとっては願ってもない上客です。ちょうど、この頃は2009年のリーマンショックで米系の投資銀行は投資先を探していたのです。また、2013年1月に世界経済フォーラムのダボス会議でナジブ首相はゴールドマン・スミスの副社長と東南アジア統括長に会い、1MDBが30億ドルを起債する旨を伝えたという(WSJ, 2016年12月22日)。総選挙直前の2013年3月に30億ドルの起債が実現しているのです。

こういう形で借りまくり、借りまくった金を、正当な投資目的に使うことなく、それを不正流用した疑いがあります。何に使ったのか?今後の裁判で明らかにされることになりましょう。ナジブ首相自身の政治資金容疑および黒幕ジョー・ローやIMDB関係者による私的な資金流用が容疑です。

米国の司法省は、2015年に発表した数字では、総額45億ドルが1MDBから行方不明になっている、不正流用したものである、と推定しています。

米国司法省は、そのうち17億ドル分については、米国内で行われたので、2015年、2016年、2年間にわたって、高級不動産物件や絵画など関連資産を差し押さえた。

ナジブ個人口座に6.8億ドルが振り込まれています。

‐その中でも、注目すべきことは、ナジブ首相の個人口座に6億8,000万ドル(当時にレートで約800億円)が2013年の総選挙直前に、振り込まれたという事実を、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ, 2015年7月2日)がすっぱ抜いた。これはどうもマレーシアの捜査当局からの情報が流れたようです。これも先ほど出た黒幕であるジョー・ローの関係する会社を通じて、ナジブの口座に入ったようです。

さらにもう一つの不正資金流用疑惑として、1MDB子会社のSCR社が公務員退職基金(KWAP)から借り受けたローンのうちの一部4,200万リンギット(約11億7,600万円)が、海外でなくマレーシア国内の銀行(複数)を経由して、2014年12月と2015年2月にナジブ個人の銀行口座に入金されています。

米国では17億ドル分の資産が差し押さえられているということでした。

‐米国やシンガポール、スイスでは、1MDB資金のマネーロンダリングに関わるので、司法当局や関係する銀行が動き出している。特に、米国司法省の動きが素早い。先ほども言いましたように、資産17億ドル分を差し押さえており、1MDB資金の不正金額が全部で45億ドルぐらいになると推定しています。

これはこれまで米国が差し押さえた資産のうち、最大規模の押収額。史上最悪の“クレプトクラシー”(泥棒政治)という言葉を使って、米国司法省は連日のように伝えました。シンガポールでは、すでに逮捕者が出ているし、マネーロンダリングに関わった銀行が閉鎖されました。ところが、肝心のマレーシア本国では、ナジブ政権は何もしていない。1MDBは資金の不正流用や汚職はいっさいない、という主張を繰り返すばかりです。

何故、1MDBを通じた不正流用が起きたのでしょうか

‐何でこうなったのかといいますと、政府系投資ファンド1MDBの経営を、ナジブ自身が掌握する仕組みになっていたためです。1MDBの経営構造は、経営諮問委員会(委員長はナジブ首相)と取締役会、実務経営陣の三層から成るが、1MDBの会社定款17条によると、投資の決定とか資金調達など、1MDBの全ての決定事項は、首相の文書による承認を得ねばならない。つまり、実務経営陣はナジブ首相の承認を得れば、取締役会の承認なしに重要事項が実施されたことがしばしばあるという。ナジブ自身が資金のやりくりを勝手に管理し、掌握できる仕組みになっていたのです。

ナジブ前首相は、自分の口座に入った、6億8,000万ドルはあくまでも、自分で使ってはいない。アラブ王室からの献金であると。それはもう大半は返したと言っています。

‐それを証明する銀行データーなどの証拠は何も出ていません。批判したウォール・ストリート・ジャーナルを、今日まで告訴もしていない。

それどころか、あの記事が出た翌日(2015年7月4日)、ナジブ首相は、1MDB疑惑を言っているのはマハティールさんの陰謀だという陰謀論で反撃していました。さらに、ナジブ首相は強権を発動して反対派を次々に排除するとともに政府・与党内における自分への支持固めに奔走します。

追い詰められたナジブ首相は、内閣を改造して、周りを自分のシンパで固めて、 終結宣言を出しました。

‐2015年7月28日に、ガニー法務長官が実はナジブを逮捕するために書いた起訴状を提出しようとしていたら、情報が洩れたのか、官房長官が突然オフィスに現れて、あなたは病気だからもう来なくてもいい、と更迭を言い渡されました。“捜査される側の首相が、捜査する側の首をすげ替えてしまう”というとんでもない事がマレーシアで起きたのです。

同じ7月28に大幅な内閣改造を行い、1MDB問題でナジブを批判したムヒディン副首相とシャーフィー農業大臣を解任、さらには1MDBの捜査をするMACC(汚職防止委員会)の委員長・副委員長を交代させ、1MDBに厳しく対応した中央銀行ゼティ総裁の定年延長を認めませんでした。よって1MDB捜査の4機関(法務長官、汚職防止委員会、中央銀行、警察)はタスクフォースとして機能しなくなったのです。

そして、新たに任命されたアパンデイ法務長官は、ナジブの子飼いの裁判官だった人ですが、一応調べたが、ナジブ首相の入金は、違法性はない、これはあくまでも献金であると認め、これでナジブ首相関連の一連の捜査は終結すると宣言したのです(2016年1月26日)。

ナジブ前首相は国会でも、1MDB疑惑を議論するのを議長権限で握りつぶしています。結局、ナジブ前首相に権限が集中しすぎたことに、問題の根源があるということでしょうか。

‐ナジブ政権の下で、「三権分立」と「法の支配」は、どこに行ったのか? これがマハティールさんの率いる希望連盟の重要な選挙アジェンダとなりました。

自分の政党のUMNOの支部長、全部で191の選挙区がありますが、そこの支部長たちの囲い込みを図ります。ナジブはかつてUMNOの青年部長をやっていた。青年部長時代の部下の若者たちが、今では、地方の支部長クラスに就いています。その支部長とナジブは、非常に強い結び付きがあります。ナジブは相当額の政治資金を通じて彼らを手なずけていたと言われています。

政権交代後の話になりますが、この資金は各支部長にもう送金できなくなったというUMNO幹事長から支部長宛てに送った手紙が暴露されました。やはり金権政治が浸透していたことがあらためて明らかとなりました。こうしたナジブ体制の横暴に危機感を抱いたマハティールさんが動き出したのです。

総選挙で政権交代が実現するや、組閣がまだ終わらないうちにマハティール新首相は真っ先に1MDB疑獄の解明に着手しました。

‐政権公約で1MDB疑獄の解明を約束しています。マハティール政権が誕生(5月10日)した2日後の5月12日に、ナジブ前首相夫婦がインドネシアに行くという計画がありましたが、早くもナジブ夫婦は出国禁止になりました。さらに数日すると、警察がナジブの自宅とか前にいた首相官邸も含めて、全部で6か所に家宅捜査が入っています。

膨大な金品を押収し、それらの写真を警察は新聞で公表しました。現金が1.2億リンギット(約32億円)、ハンドバッグ567個、時計400個、宝石類1.2万個、総額11億リンギット(308億円相当)と警察は推計しているようです。あのフィリピンのイメルダ夫人以上のことを、ロスマ夫人はやっているのでは、というメディア情報が直ぐ流れた。

ナジブ前首相は、5月22日と24日の2回にわたり汚職防止委員会から事情聴取を受け、7月3日に、自宅で逮捕されました。翌7月4日には高裁で起訴されています。

‐起訴の理由は1MDB子会社のSCR社から4,200万リンギット(公務員退職基金からの融資資金の一部)がナジブ個人の銀行口座に入金された件は、背任罪(3件)と権力乱用罪(1件)になる。これは3年前にナジブが更迭したガニー法務長官の書いた起訴状の内容とほぼ同じです。何たる歴史の皮肉か。ナジブ前首相は保釈金100万リンギットで保釈が認められたが、国外逃亡を防ぐため、旅券は没収されました。

さらに、ナジブは8月8日に新たに4,200万リンギットのマネーロンダリング(資金洗浄)罪3件の違反でも起訴されました。対象になった罪は合計7つ。実質的な公判は来年2月から開始されます。ただ、これはまだ序の口、6.8億ドルが入金したケースが起訴されると、グローバルな複雑なマネーロンダリングに関わるものだけに、ナジブ前首相の裁判は長期化するのが必至とみられます。

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