2018/09/20 No.396中国側からみた東方経済フォーラムの意義
江原規由
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
2018年9月11日から12日まで、ロシアのウラジオストックで、ロシアの提唱した「東方経済フォーラム」(下記参照、以下、『フォーラム』)が開催された。この『フォーラム』は4回目の開催(テーマ:極東-潜在能力の限界を拡げる)となるが、今回は習近平国家主席が初出席したこともあり、これまでにない高い関心が示されたとされる。中国側の報道によれば、60余か国・地区から5,000人、うち、2,000人が海外からの参加とこれまで最多の参加者であった。中国からは9省の書記や省長、20以上の国有企業の幹部を含む600人が参加した(注1) 。
東方経済フォーラム
- ロシアはアジア太平洋地域諸国の関係強化を目指しており、プーチン大統領は、2015年から毎年、ウラジオストックで「東方経済フォーラム」を開催してきた。同フォーラムは極東開発戦略の実施で重要な役割を演じ、アジア太平洋地域の経済協力深化、国際問題・地域問題検討の新たなプラットフォームへと徐々に成長しているとされる。
- 「東方経済フォーラム」では、企業等の代表が、「投資家支援制度:次の歩み」、「極東の産業優先分野」、「人々の生活条件の創出」、「グローバルの極東:国際協力プロジェクト」の4テーマについて話し合った。具体的には、
- ロシア極東地域の飛躍的に発展するエリアとウラジオストク自由港建設の見通し
- 投資家の権利保護に関わる議論
- 北東アジア地域の林業、農業、漁業、石油・天然ガス加工業、観光産業、港湾のインフラ建設・開発プロジェクトに関する協議
- 北東アジアの人口、衛生、科学教育、民生、文化、都市の発展などに関する検討
- ロシアと周辺諸国との経済協力の見通し
- 極東輸送回廊の発展とアジア太平洋地域に対する意義に関する報告と分析
- 今回は初めて「イノベーション領域」の活動ブロックが設置、各国の青年起業家による経済貿易プロジェクト開発計画の紹介が行われ、協力パートナーと出資者の募集に一役買ったとされる(人民網 2018年9月12日など)
メディアは中国とロシアの蜜月関係を強調
中国の各ニュースメディア(注2)は、競って、『フォーラム』特集を掲載し、『フォーラム』の意義や期待などを報じている。そのうち、注目されるのが、各メディアとも、習近平国家主席とプーチン大統領の蜜月ぶりを大きく報じていることである(注3)。中ロ関係(全面戦略協作伙伴関係)は史上最良の関係にあるとの報道は少なくなかったが、今回の首脳会談では、この関係をさらに「攀高峰」(最高レベルに押し上げる)としている。
首脳会談で習近平国家主席が特に強調したのが、①「一帯一路」とロシアが主導する「ユーラシア経済連盟」の発展戦略を連携させ、資源、農業、科学技術のイノベーション、金融などの分野で交流拡大を図ること、②両国は国連常任理事国、新興市場国家として世界平和、繁栄に重責を担っていること、③国連、上海協力機構、BRICSなどと密接に連携しつつ、国連憲章の主旨と原則を擁護し、保護貿易主義に反対し、新型国際関係、人類運命共同体の構築を促進する必要がある、などである。
これに対し、プーチン大統領は、習近平国家主席の『フォーラム』参加を熱烈歓迎するとした上で、両国関係は強靭な発展の威勢にあり、①「ユーラシア経済連盟」の発展戦略と一帯一路の連携協力をさらに推進し、投資、エネルギー、航空、金融、E-コマース等分野での協力を拡大しかつ人的・地方交流を促進すること、②国際実務で協力し、単独主義に反対し、公正で合理的な国際秩序を守り、共同発展・繁栄を実現する、と表明している。
習近平国家主席は、新型国際関係の構築、グローバルガバナンスの改革、そして、人類運命共同体の構築の『3点』を、内外の首脳会談、国際会議の場でことあるごとに強調するが、『フォーラム』では、この『3点セット』につき、ロシアと共同戦線をとっているとの姿勢を前面に推し出したといえよう。「一帯一路」は、この『3点』を実現するための最重要なプラットフォームであり、『フォーラム』の場で、「一帯一路」と「ユーラシア経済連盟」の連携が確認されたことは、「一帯一路」のロシア極東への延伸への布石が打たれたといっても過言ではないであろう。この点、ロシア極東地区と中国東北地区の経済協力が進みつつあり、かつ、中国東北地区が、ロシア国境に接する満州里などを経由した交通運輸ルート(“遼満欧”、“遼蒙欧”、“辽海欧”など)を通じヨーロッパ輸送を強化しようとしていること、さらに、「氷上シルクロード」(図1参照)が始動しつつあることなどから、今後、「東方経済フォーラム」への世界の関心がさらに高まるとみられる。
ところで、「東方経済フォーラム」の『東方』とは、いったいどこを指しているかについては、定義がややあいまいなところがある。習近平国家主席の『フォーラム』開幕式での挨拶では、北東アジア6か国(注4)への言及が少なくないことなどから、本項では、ロシアの極東地区(図1)、中国の東北地区(遼寧省、吉林省、黒竜江省)、モンゴル、日本、韓国、北朝鮮の6国・地区とした。
習近平国家主席の『フォーラム』の開幕式での挨拶からみた中国の発展戦略
さて、習近平が『フォーラム』に初出席した意図については、前述した中ロ首脳会談の両首脳の発言から明らかであるが、同時に、習近平国家主席が『フォーラム』の開幕式で行なった『挨拶』(テーマ:極東開発の新たなチャンスを共有し、北東アジアの素晴らしい新未来を開く)において、さらに、具体的に語られている。その要点は、表1のとおりである。総じて、周辺国、世界を意識した壮大な発展戦略にかける中国の思いが行間に読み取れる。例えば、「一帯一路」と関係国・地区の発展戦略の連携、北東経済圏の構築、中日韓、中ロ蒙等三方協力の進展、北東アジア地区協調発展モデル建立、公正かつ客観的なグローバルガバナンスの構築などへの思いである。
表1 習近平国家主席の『フォーラム』の開幕式での挨拶の要点
分野 | 努力・提案内容 |
中ソ関係 | ・最大の隣国、全面戦略伙伴関係、史上最良の時期 ・2018年および2019年:中ロ地方協力交流年 |
協力関係 (ロシア極東) | ・中国東北地区・ロシア極東地区・ロシアバイカル間協力委員会・実業理事会 |
協力実績 | ・2017年:中国はロシア極東地区の最大の貿易パートナーおよび投資受入れ先 ・中国:設立時100億元(総規模1,000億)の中ロ地区協力発展投資基金設立済 ・中ロ原油輸送パイプライン、東線天然ガスパイプライン、同江鉄道橋、黒河道 路橋等大型プロジェクト(順調に推進中) |
協力方向 | ○中ロ間 ・一帯一路建設とユーラシア経済連盟(ロシア主導)の連携による重要成果達成 ・越境インフラ整備、貿易・投資自由化の向上、開放型地域経済の共同建設 ○6か国:中国・ロシア・日本・モンゴル・韓国・北朝鮮 ・人口にして世界の23%、GDPにして19%。 ・北東経済圏の構築への努力 ・良好な成果を出しつつある中日韓、中ロ蒙等三方協力の進展 ・伝統分野(観光、青少年、教育、文化産業等)での協力強化、文化遺産、知的財 産権保護等分野における相互交流の促進、各国・各年代層の民衆交流促進のプ ラットフォームの構築 ・AIIB、シルクロード基金の資金保障の提供・北東アジア地区協調発展モデル建立への積極的議論の展開 ・科学技術の創新、発展理念の転換、環境ガバナンス力の強化、資源節約・環境 保護の産業体系・生活方式の形成 ・多国主義を維持し、グローバルガバナンスを公正かつ合理的方向に導く |
習近平国家主席は、開幕式で『挨拶』の後半である逸話を紹介している。すなわち、“北東アジア各国は地理的に近く縁が深い。各国人民の長い交流の中で、多くの感動する物語が生まれている。ウラジオストックの海洋全ロシア児童センターが、中国四川汶川地震の被災地の児童900名を受入れ療養させてくれた。彼らは、ロシアの人々の友愛と善良さを身をもって知り、その中のある児童が将来ロシアに留学したいと思い、その願いを込めたビンを大海に投じた。そのビンは大海を漂流し海洋児童センターの職員の手中に届けられた。今、その青年は、極東連邦大学で学んでいる。この出来事はこの地区の人民の友好交流を生き生きと語っている。将来、青年、教育、文化産業などの伝統分野の協力を強固かつ深めていかなければならない”と。習近平国家主席は、外遊においてのスピーチで、中国と外遊先国との間で起こった逸話やストーリーに言及することを忘れない。この『挨拶』でのこの逸話への言及は、歴史的に最良の関係にあるとする中国とロシアの関係の一端をエピソードを通じ世界に具体的に発信したといえるのではないだろうか。
最後に、日ロ首脳会談につき触れておきたい。日本からは、安倍首相が出席し、プーチン大統領と3時間に及ぶ首脳会談を行い、安倍首相から、“日ロ平和条約を私たちの手で結ぶ決意を新たにした”との発言があった。また、プーチン大統領と柔道の新たな国際大会となる加納治五郎杯を参観した。
意外であったのは、12日の『フォーラム』の壇上、突如プーチン大統領が安倍首相に、“日ロ平和条約を今ではないが、今年が終わる前に、前提条件を付けずに締結しよう”と発言したことであろう。この発言が飛び出した当日朝の新華網(新華社(中華人民共和国の国営通信社の電子版)は、10日の日ロ首脳会談でプーチン大統領が、“両国はこの問題について数十年議論しており、一夜にして解決しようとすればあまりにも幼稚だ”と発言したことを紹介し、「北方四島は、第二次世界大戦終戦以来、ソ連とロシアがコントロール(中文:控制)しており、日ロ両国は四島の領有権(中文:拥有主权)を宣言(中文:宣称)している。その論争は極めて深刻で、今日に至るまで平和条約は未締結のままである」と報じていた。『フォーラム』檀上には、習近平国家主席も同席していたが、どんな思いでこのプーチン大統領が突如提起した“前提条件なし”の「平和条約」締結の発言を聞いていたのであろうか(注5)。
注1 『フォーラム』に参加した代表的中国国有企業は、中国盛通集団、中国投資集団、中国石油、中国石化、中国工商銀行、国家電網等。また、参加した中国省区市は黒竜江省、広東省、四川省、山東省、浙江省、江蘇省、吉林省、遼寧省、内モンゴル自治区など
注2 新華網 2018年9月11日 人民日報海外版2018年9月10日など
注3 2017年7月、プーチン大統領から習近平国家主席にロシア最高勲章である「アンデレ勲章」が、また、2018年6月には、習近平国家主席からプーチン大統領に中国最高級勲章である「友誼勲章」が授与されている。両国の蜜月関係を物語る一コマといえる。
注4 例えば、『フォーラム』の開幕の挨拶で、“ 目下、国際情勢は深刻かつ複雑に変化しており、一国主義、保護主義が台頭しつつある。北東アジア6か国は、人口にして世界の23%、GDPにして19%を占めている。和解、相互信頼、団結、安定の北東アジアは各国の利益と国際社会の期待に沿っている。多国主義を維持し、グローバルガバナンスを公正かつ合理的方向に導くのは重要な意義がある”など。
注5 新華網(2018年9月14日)は、このプーチン大統領の“前提条件なし”の「平和条約」締結の発言について、菅内閣官房長官が、関係島嶼の帰属問題を解決した後に平和条約を締結するとの日本政府の立場は全く変わらないと強調したこと、プーチン大統領の表明で、経済協力を通じて領土問題の解決を図ろうとする日本の当てが外れたとする分析筋があること、などを伝えた。
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