2019/09/05 No.432欧米通商摩擦は収束に向かうのか-首脳会談から1年、ようやく正式協議開始へ―
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
共同声明、摩擦緩和・協調関係を目指す
欧州委員会ジャン=クロード・ユンケル委員長が昨年7月25日、欧米通商摩擦の激化を回避するため、ドナルド・トランプ大統領とホワイトハウスで急遽会談してからすでに1年が過ぎた(注1)。首脳会談後に発表された共同声明では、「欧米の新たな段階-親密な友情、双方の利益と強力な貿易関係、世界の安全保障と繁栄のための協力強化、および安全な、かつテロとの共闘という段階-への扉を開くこと」が明示された。首脳会談の具体的内容は別表のとおりである(注2)。
首脳会談で取り決めた目標は、「3つのゼロ(関税ゼロ、非関税ゼロ、補助金ゼロ)」を目指すというものである。すなわち、自動車を除く工業製品の関税や政府補助金の撤廃やサービス・医療機器の非関税障壁の撤廃である。早急に「高官級作業グループ」を立ち上げて協議に入るとしている。大豆の他、化学品や医薬品の米国からの輸入も増やこと、EUがエネルギーの調達先を多様化するために米国産LNG(液化天然ガス)の輸入を増やすことも共同声明に盛り込まれた。
EU・米国は不公正な貿易慣行の問題やWTO(世界貿易機関)の改革にも「同様の考えを持つ他の国とともに緊密に取り組む」とした。具体的な課題として、中国を念頭に知的財産権侵害や補助金、過剰生産などへの取り組みを挙げているが、これらはいずれもEU・米国が共同歩調をとれる分野である。
また、今後の交渉で米国によるEU原産鉄鋼・アルミニウムへの追加関税や、EUがオートバイ、バーボンなど米国品に課している報復関税の解消に取り組むことで合意したことを明らかにした。
ユンケル氏は、「交渉中は今回の合意の精神に反することはしないことで双方が合意した」と述べたが、最大の焦点である米国によるEU車への追加関税賦課の棚上げを示唆したものとみられる。
表 欧米首脳の共同声明の概要
項目 | 概要 |
通商関係の強化 | 「自動車以外の工業品に関する関税・非関税障壁・補助金の撤廃」に向けて協力することで合意。さらにサービス貿易や化学・医薬品・医療機器のほか、大豆などについても、障壁を減らし貿易拡大を進めるとし、市場開放と投資拡大、双方の更なる繁栄に繋げるとともに、公正かつ相互的な通商関係構築に取り組む |
エネルギー分野での戦略的協力 | EU側はエネルギー調達ソースの多様化のために、米国からの液化天然ガス(LNG)輸入の拡大を目指す |
国際基準の形成に向けた対話緊密化 | 行政の非効率性を改め、コストを抑え、貿易を円滑化するための国際基準の形成に向けた緊密な政策対話の機会を創出することで合意 |
不公正貿易慣行の排除 | 世界の不公正な貿易慣行から欧米企業を保護するため、協力を進めることで合意。また、WTO(世界貿易機関)改革を進めるため協力する。特に知的財産権侵害や強制的な技術移転、工業製品分野の補助金、国営企業がもたらす市場歪曲、そして、供給過剰力の問題への対応で連携を図る |
高官級協議の枠組みの設置 | 自動車を除く工業製品について関税や非関税障壁、補助金をゼロにするための話し合いを直ちに始める |
EU,合意の具体的成果をアッピール
EU側は本年10月末ユンケル氏の任期満了までに工業製品に関わる通商協定を米国側と締結したい考えである。もしこの時期を逃せば、EU主要機関(欧州委員会、欧州理事会、欧州中央銀行)のトップの交代時期や英国のEU離脱時期とも重なるために、対米交渉が先延ばしになることも懸念された(注3)。首脳会談の合意に基づき、欧州委員会通商担当セシリア・マルムストロム委員とロバート・ライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表を共同座長として高官級作業部会(Executive Working Group)を昨年9月10日に立ち上げて、共同声明の具体化に向けて協議を進めてきた。いくつかの合意内容がEU側のイニシアティブで具体化している。
欧州委員会は昨年9月3日、肥育ホルモン剤を投与していない米国産牛肉のEUへの輸入に関する無関税割当枠を見直すため、米国との交渉権限を付与するようEU理事会に勧告すると発表した。米国とのホルモン剤を投与した牛肉の貿易を巡り、WTOで長年紛争が続いていたが、「この積年の課題の解決を目指す」「欧米貿易摩擦の緩和に貢献する」としている(注4)。
欧州委員会は首脳合意から約1年にあたる本年7月25日、首脳合意に基づくEU側の履行状況報告書を発表した(注5)。EU側は合意の中で約束した「米国からの大豆の輸入拡大」については、過去1年間に前年比約100%増と、今やEUは米国産大豆の最大の輸入国となったと具体的な成果をアピールした。また、液化天然ガスの米国からの輸入については対前年比367%も急増し、本年中に米国産LNGの約3分の1がEUに輸出されることになると言及し、首脳合意を着実に履行していることを強調している。前述したホルモン剤投与の米国産牛肉のEUへの輸入の無関税割当枠見直しについても合意したことを具体的成果として挙げている(注6)。
また、非関税障壁撤廃に向けた基準認証の適合性評価などの協議は開始されたが、工業製品の関税撤廃・引き下げの協議はEU・米国の目標が一致できず協議ができないと述べている。この他に、不公正で市場歪曲につながる貿易慣行への対策やWTO改革については、EU・米国が日本とも連携して主体的に取り組む姿勢を鮮明にしている。EU原産の鉄鋼・アルミニウムに対する米国の追加関税措置については、引き続いて撤回に向けた働きかけを続けることを強調している。欧州委員会は、高官級作業部会による対米協議に対するEU加盟国内で燻ぶる警戒感を払拭することに努めている。マルムストロム氏は協議の透明性を強調し、特に、農産品に関する関税撤廃・引き下げを提案していないとして、EUの農産品関連産業への配慮を示している(注7)。
EU理事会、欧州委員会に交渉権限を付与
EU理事会(閣僚理事会)は本年4月15日、米国との通商協議を開始する権限を欧州委員会に付与(マンデート)する交渉指令案を承認した。交渉対象を「農業分野を除く工業品に限った関税撤廃」と「非関税障壁に向けた(基準認証の)適合性評価」の2つの協定に絞りこむとしている。マルムストロム氏は「(EU・米国間の)通商摩擦緩和の一助となる(EU理事会の)決定を歓迎する。われわれは、EU・米国の国民と経済に確実な利益をもたらす2つの交渉対象の合意に向けた正式な交渉開始の準備ができた」と述べ、ライトハイザー氏との連携を強調し、米国との協議を加速させる姿勢を示した(注8)。
オバマ米前政権との間で「環大西洋貿易投資協定(TTIP)」交渉が2013年7月から2016年10月まで15回開催されたものの、トランプ現政権下でのTTIP交渉は休眠状態になったままであった。EU理事会は交渉指令の中で「2013年6月に合意したTTIP交渉指令は役に立たず、もはや意味がない」との立場を明らかにした。また、「米国がEU原産の鉄鋼・アルミニウムに課している追加関税措置を継続する限り、米国と合意しない」「今後、米国がEU原産品に更なる貿易制限措置を発動しようとした場合、一方的に対米交渉を打ち切ることもあり得る」ことを強調している(注9)。
その背景として、欧州議会がトランプ政権との通商交渉に慎重な立場を示しているからである。欧州議会(国際貿易委員会)では、①米国が鉄鋼・アルミニウムの追加関税賦課を解除すること、②交渉対象から、自動車、農産品を除外すること、③米国が更なる追加関税を賦課する場合、交渉を中止することなど、いくつかの厳しい条件付きで交渉指令案を承認した経緯がある。
残る通商摩擦の火種、EUエアバス補助金、仏デジタル課税
EU・米国間で正式の通商協議入りが確実視される中、依然として、EU・米国の通商摩擦の火種が残されている。EUエアバス補助金問題とフランスのデジタル課税問題という2つの事例を取り上げる。
米通商代表部(USTR)が本年4月8日、EUの欧州大手航空機メーカー・エアバス社への不当な補助金に対抗して追加関税の賦課について1974年通商法301条に基づいて検討し、210億ドル相当(2018年輸入実績)のEUからの輸入製品の暫定リストを発表した。最終的な追加関税額はWTOの裁定に従うとしている(URTRの試算では110億ドルに上るとみられる)。これに対して、欧州委員会も、米国が追加関税を賦課する方針を示したことを受けて、WTOが本年3月28日に米ボーイング社への米国の補助金もWTO協定違反だとするEUの主張が認められたばかりだとして、米国に対する報復関税の権限を行使する構えを見せている。その後、USTRは7月1日、新たにEUからの輸入額40億ドル相当の品目を追加すると発表した(注10)。
米国とEUは、2004年10月以来、エアバス社への補助金や、ボーイング社への米国の補助金は不当だとして相互に主張し合い、WTO紛争解決機関で争ってきた。WTOは昨年5月28日、エアバスへのEU補助金はWTO協定違反だとの米国の訴えを認める判断を示し、米国に認める対抗措置の範囲について現在検討中で、前述したように、USTRはWTOの裁定に従って決定するとしている(注11)。いずれにしても、欧米対立がさらにエスカレートしかねないだけに、双方でどのような決着が図られるのかを注目したい。
欧米対立のもう一つの火種がフランス政府の導入したデジタル課税問題である。フランス議会上院が本年7月11日、GAFAと呼ばれる米国のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムなどの米巨大IT企業への「デジタル・サービス課税」法案(通称「GAFA税」)を可決、フランス国内での年間売上高が2,500万ユーロ以上の企業を対象にその売上高に3%課税することを決め、7月25日デジタル・サービス課税法を官報に記載し公布した。
現在、OECD(経済協力開発機構)でGAFAの課税逃れを防止する対策をとして、2020年を目途に新しい課税ルールの導入を検討中である。他方、EUレベルでの導入が検討されていたが、本年3月のEU財務相会合で前回の合意が得られず、フランスが先行課税することを決めた経緯がある(注12)。
フランスの動きに対して、USTRは本年7月10日、1974年通商法301条に基づく調査開始を発表、今後行われる公聴会や調査結果などを踏まえて、ワインを含む仏製品への制裁関税の発動も視野に対抗措置をとるかどうか判断するものとみられる。トランプ大統領は7月26日、「エマニュエル・マクロン仏大統領の愚行に対して、大規模な対抗策をまもなく公表する」とツイッターに投稿した(注13)。
その後、フランス・ビアリッツで7月26日に開かれたG7(先進7か国)首脳会議で、マクロン氏とトランプ氏がフランスのデジタル課税を巡って、これまでの対立を解消することで合意した。すなわち、OECDの国際的なでデジタル課税制度が新たに実施されれば、フランスは独自課税を撤回すると表明、2020年中に新制度が整うことを希望するとして、早期の実現を目指すこととなった。ただ、トランプ氏はフランス産ワインへの報復課税の撤廃については明言を避けたため、フランス側の警戒心は依然として解けていない(注14)。もっとも、OECDでの国際課税ルール検討作業は各国の利害が複雑に絡み合い、取りまとめは難航が予想される。もし、取りまとめが遅れるようなことになれば、仏米対立が再燃する恐れが大いに考えられる。
注・参考資料
1) 当時の欧米通商摩擦の実態については、拙稿「トランプ保護主義と欧米貿易摩擦-報復的対立から相互利益の関係を模索」(季刊『国際貿易と投資』国際貿易投資研究所(ITI)、No.114、2018年12月号)56~70ページ。
2)European Commission Statement (Statement 18/4687、Washington,25July2018)
3)ユンケル氏の後任として、ドイツのウルズラ・フォンデアライエン前国防相が本年11月1日に就任することが決定している。
4)European Commission, EU-US Trade: European Commission recommends settling longstanding WTO dispute(Press release,Brussels,3 September2018,IP/18/5481),Progress Report on the Implementation of the EU-U.S. Joint Statement of 25 July 2018, Greater together: Slashing billions in industrial tariffs and boosting transatlantic trade
5)European Commission, EU-US trade talks-one year on, Commission presents progress report( Press release ,Brussels,25 July2019,IP/19/4670),ジェトロビジネス短信(EU,米国)(2019/07/26)
6)欧州委員会によると、EU・米国政府代表が本年8月2日、ワシントンにおいて同合意案に調印した。年間4万5,000トンの枠のうち、米国枠として、7年間に3万5,000トンまで段階的に拡大していくことになる(European Commission Press release,2 August2019,IP/19/5010)
7)ジェトロビジネス短信(EU,米国)(2019/01/31)
8)European Commission, Commission welcomes Council’s green light to start negotiations with the United States(Press Release ,Luxembourg ,15April2019,IP/19/2148),
9)Council of the EU, Trade with the United States: Council authorizes negotiations on elimination of tariffs for industrial goods and on conformity assessment(Press release,304/19,15/04/2019),ジェトロビジネス短信(EU,米国)(2019/04/16)
10)Reuters(2019/07/03),ジェトロビジネス短信(米国、EU)(2019/07/04)
11)Bloomberg(2019/04/09),ジェトロビジネス短信(米国、EU)(2019/04/11)
12)ジェトロビジネス短信(フランス)(2019/04/10)
13)読売新聞(2019/07/28) 日本経済新聞(2019/07/27)(2019/07/29)
14)AFP(2019/08/27)
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