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フラッシュ

2019/12/25 No.448ジョンソン政権とEU離脱交渉(その2)「2019総選挙」与党・保守党大勝利、来年1月末離脱がほぼ確実

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

地滑り的勝利、民意は混迷望まず

2019年12月12日に行われた英国の下院総選挙で、EU離脱(ブレグジット)最大の公約に掲げたボリス・ジョンソン首相が率いる保守党が事前の予測を大幅に上回る議席を獲得した。今回の勝利はマーガレット・サッチャー首相(当時)が1987年6月に実施した総選挙で獲得した375議席に迫る歴史的勝利である。ジョンソン氏はEUと合意した離脱協定案を法制化する法案を12月20日に下院で審議する方針を示した。

他方、英最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は大敗の責任をとって次期選挙までに辞任することを表明した。労働党の議席が200名を下回った1935年以来85年ぶりの大幅な議席減である。労働党はEU残留か離脱かで党内が分裂し、同党幹部もコービン氏自身もはっきりしない優柔不断な態度に終始したことであった。労働党が勝利した場合、離脱協定の再交渉かEU残留か2度目の国民投票を行うことの他に、鉄道や郵便などの企業の国有化、富裕層の増税など社会主義色を強める政策を掲げるなど、「1980年代の労働党政権の悪夢」を彷彿させたことが敗因だとの見方が多い。

選挙結果は表1のとおりである。

表1 英国総選挙政党別議席数(12月16日現在)

保守党労働党自由民主党スコットランド民族党その他・無所属など
新議席数365203114823
解散時議席数298243203554
増減議席数67△40△913△31
(出所)BBCNews(2019/12/13)

2017年6月総選挙の世論調査が大きく外れたことで、世論調査会社の信頼性が大きく損なわれた。BBCなど主要メディアの世論調査は、精度向上に努めた。各社とも政党別得票率をほぼ的中させたものの、保守党の僅差での過半数勝利という予測が多くあったが、地滑り的大勝までは読み切れなかった。明らかに英国民の投票行動にこれまでとは違う変化があったと考えられる。

まず、2016年6月の国民投票から約3年半にわたる政治の迷走による「ブレグジット疲れ」がある。一刻も早く自国の混乱から脱却して、前へ進むべきだという早期の事態収拾を望む民意が、離脱か残留か明確にしない労働党離れを起こし、離脱実現を掲げた保守党の地滑り的勝利へと繋がった。

EU側の反応、安堵感と警戒感が錯綜

ところで、EU側の反応はどうだろか。

EU側の英下院総選挙結果に対する反応は、一様に歓迎するというものである。2016年の国民投票の結果EUを悩ませてきた危機の第1段階が終了することで安堵感が広まった。英選挙と同じ日にブリュッセルで開催された欧州理事会(EU首脳会議)で、英国と迅速な貿易協定の締結を目指すことを表明した。同時に、新協定は欧州の価値観や規範に従うものでなければならないことを強調した。欧州委員会ウルズラ・フォンデアライエン委員長は「必要なものは何でも交渉する準備ができている」との選挙結果を歓迎する談話を発表している。また、欧州理事会シャルル・ミシェル常任議長(EU大統領)も「英下院での離脱協定案の投票ができるだけ早期に実施されることを期待している」と述べた。

他方、対英強硬派のエマニュエル・マクロン仏大統領は「公正さに欠ける競争相手になる」と懸念を示す一方、対英融和派のアンゲラ・メルケル独首相も「玄関先の競争相手になる」とするなど警鐘を鳴らした。

ジョンソン氏は「通商政策の主導権を取り戻す」と主張する。また、離脱後のEUとの自由貿易協定交渉で自国に有利な要求を突き付けてくるだろう。これに対して、EU側は英国の「いいとこ取り」は許さないとの点では一致しているものの、対英関係で加盟国の間で差異があり、EU内部の調整に手間取ることも想定されるため、一枚岩で対応できるのかどうか、交渉の難航が想定される(注1)。

今後の課題-「合意なき離脱」リスクは小さい

ジョンソン氏は12月20日、英下院に離脱関連草案を提出、審議の結果、賛成358票、反対234票の賛成多数で可決した。ジョンソン氏は選挙公約の中で、1月末に正式にEUを離脱して、12月までの11か月間の移行期間中にEUとの自由貿易協定の交渉を終わらせるとしているが、協定交渉の作業には数年かかるともいわれている。EU加盟27か国と欧州議会が欧州委員会に対する正式交渉の信任に合意するには数週間を要する見込みであり、交渉自体が始まるのは3月頃と見込まれる。そのためには協定を6月末までに合意する必要がある。この時点までに、英国は移行期間の延長(1年または2年)が必要かどうかジョンソン氏が決断しなければならない(注2)。しかし、ジョンソン氏は12月20日に再延長を禁じる法案を下院で可決している。もし、移行期間内に交渉が終了しない場合、ジョンソン氏は移行期間の再延長か「合意なき離脱」かという選択をしなければならない。

私見によれば、「合意なき離脱」リスクは完全に払拭できないものの、ジョンソン氏はこの選択肢を取らないだろう。なぜならば、ジョンソン氏は今や、党内の少数の離脱強硬派の造反に直面しても移行期間の延長などに柔軟に対応はできるからだ。国内分裂を融和に導きたい同氏は対EU交渉を有利に進めるために戦術的に「合意なき離脱」をほのめかすだろうが、最終的にはこの選択肢を放棄するだろう。

では、残された選択として、2020年末までにEUとは最低限の自由貿易協定で合意し(優先順を決めて、「最小合意」を目指す)、その他の多くは、2022年末まで最大2年まで再延長することである(注3)。これが最もあり得るシナリオである。

表2 英国のEU離脱の今後の流れ

日時概要
2019年12月20日英議会、離脱関連法案を審議、可決
2020年1月中英議会、関連法案成立・離脱協定案承認、欧州議会が協定案承認
1月31日英国、EU離脱、「移行期間」入り
3月中英EU自由貿易協定交渉開始か
6月末「移行期間」延長の是非を判断
12月31日英EU自由貿易協定で合意か、移行期間終了
2021年1月(合意の場合)英、完全離脱
(合意なき場合)「合意なき離脱」または移行期間の延長
2022年末最大2年間の延長
(出所)筆者作成による

1.AFPBBNews(2019/12/14)

2.BBCNews(2019/12/13)

3.Financial Times(2019/12/17)

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