一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2018/05/11 No.51NAFTAの大きい関税削減効果と今後の行方〜2018年内の議会での批准を目指す米国〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

メキシコのグアハルド経済相は2018年5月10日、今後2日以内にNAFTA合意の見通しが判明するとインタビューに答えるなど、妥結に向けた動きが急になっている。本稿では、NAFTAの意外に大きな関税削減効果と今後の議会批准までの動きに焦点を当て、日本企業のNAFTA対応を検討している。

2018年3月時点で7回の交渉を実施

NAFTA再交渉の第1回目は2017年8月16日〜20日までワシントンで開催され、その後に何回かの会合の後、2018年2月25日〜3月5日までメキシコシティで第7回会合が開催された。これまでの主な交渉案件としては、紛争解決制度(第19章)の廃止、5年ごとに3ヵ国が継続で合意しない限り協定は失効するとした「サンセット条項」の導入、自動車の原産地規則(関税引き下げを可能にする基準)における付加価値比率と米国製部材(コンテンツ)の使用率の引き上げ、政府調達、などが挙げられる。4月8日にワシントンでスタートする予定であった第8回会合は、7月のメキシコ大統領選挙や11月の中間選挙前までの合意を目指す米国側の意向もあり、開催されなかった。

第5回会合では(2017年11月17日〜21日)、原産地規則の分野で米国が第4回会合で提案した「自動車の付加価値基準を現行の62.5%から85%に引き上げ、50%の米国製部材(コンテンツ)を使用すること」に対して、メキシコとカナダはこれを受け入れない姿勢を示した。両国はまた、紛争解決の枠組み廃止にも反対した。

第6回目の会合では(2018年1月23日〜29日)、カナダは原産地規則における新たな付加価値基準(現地調達比率)について提案を行った。それは、自動車の付加価値比率の計算においてエンジニアリング・設計、研究開発、ソフト開発などのコストを組み込むというものであった。この狙いは米国の自動車における85%の域内付加価値比率や50%の米国コンテンツの要求をクリアするための対抗策であることは言うまでもない。

米国コンテンツの50%使用は、米国のカナダ・メキシコからの輸入車で、東南アジアのコンテンツが米国コンテンツを上回っていることから、導入が求められたようである。また、米国は鉄鋼製品などの全ての自動車部品にトレーシングルール(当該部品の輸入時点まで遡って「非原産材料価額」に含める)を適用することを要求した。これが合意されれば、日本から鋼材を輸入してメキシコで自動車を生産する場合、付加価値基準を満たすことが困難になることが予想される。

75%の域内付加価値比率と自動車生産の時給の引き上げを要求

米国は第7回の会合を終え、着地点を探る2018年4月下旬の時点において、それまでの85%の付加価値基準の要求を取り下げ、最大で4年をかけて75%まで引き下げる代替案を提示した模様だ(メキシコはその後、70%とする対案を示したと伝えられる)。さらに、米国は50%の米国コンテンツ要求を取り下げ、その代わりに小型乗用車などの価額の4割及びピックアップ・トラックの45%を生産する労働者の時給を16ドル以上にする案を持ち出したとされる。この他に、エンジンなどの一部の高価値部品も75%の付加価値比率の対象としているとのことである。

16ドルの時給の要求は、いうまでもなく、メキシコの自動車生産コストの上昇を狙ったものに他ならない。メキシコで自動車生産に従事するの労働者の時給は6ドル以下、自動車部品の労働者の時給は3ドルとの試算もあり、米国の要求はそのままではメキシコとしては呑めない数字と思われる。

2018年内の議会での批准を目指す米国

NAFTAの再交渉は2018年3月末の協議期限までの合意を達成できなかったものの、メキシコの7月の大統領選挙前までの大筋合意を目指して精力的な話し合いが続けられている。その過程で米国が譲歩の姿勢を見せているが、それは、メキシコの選挙前までに決着をつけ、年内に議会で批准を得たいという思いからきていることは間違いない。また、米国政府がメキシコの大統領選挙の結果次第では、今後のNAFTA交渉に支障がきたしかねないと考えていることも背景にある。

伝えられるところによれば、メキシコの大統領選の左翼トップランナーの元メキシコシティ市長であるオブラドール候補者は、選挙後までNAFTAの再交渉は待たなければならないとし、次期政権がリードすることを示唆しているようである。大統領選を有利に進めている同候補が大統領になれば、NAFTA交渉が遅れる可能性もあり、そこを見込んだ米国やカナダ・メキシコがどれだけ原産地規則等で歩み寄れるかが今後のNAFTAの合意のタイミングを占う鍵になると考えられる。

2018年5月初旬の時点において、依然としてNAFTA再交渉はまだ大筋合意に達していない。例え7月までに合意したとしても、メキシコの議会の批准に残された時間は少ない。メキシコ新大統領の就任は12月であり、その前の上院の入れ替えなどを考慮すると、メキシコ議会の批准は8月中にも実現したいところである。

米国でも、11月の中間選挙において、現在は共和党が多数を占める下院で民主党の議席が過半数を超えることになれば、その後のNAFTA改正法案の議会通過に大きな障害になると思われる。しかも、下院共和党議員の多くは2018年末までに退任するため、同法案を年内に成立させるには、できれば5月中旬までにNAFTA再交渉に合意したいところだ。

もしも、原産地規則の話し合いで大きな進展があれば、その思惑通りに合意する可能性が高い。そのためには、新たな75%の付加価値比率の提案を含めて、50%の米国コンテンツを取り下げる代わりに自動車を生産する労働者の時給を16ドルとする米国の要求と、できるだけ賃金を含めた自動車生産コストを抑えたいメキシコとの間で、どう折り合いをつけるかがポイントになる。相互に歩み寄ることができなければ、再交渉は中間選挙後まで延長される公算が大きくなる。

大きいNAFTAの関税削減効果

NAFTAには日本が参加していないものの、現在行われているNAFTA再交渉の動向は日本企業に大きな影響を与える。北米に進出している日本企業の数が多い上に、日本から北米向けの輸出の占める割合が高く、北米は日本企業の生命線になっているからだ。また、日本企業が海外でこれまで行ってきた投資の累積額(対外直接投資残高)を見てみると、2016年末で北米向けの直接投資残高は全体の35%(米国だけで33%)を占め、EUの24%、中国の8%、ASEANの12%をかなり上回っており、アジア全体よりも3割増しの水準に達している。

もしも、トランプ大統領がNAFTAからの離脱を決めたならば、困るのはカナダとメキシコだけでなく、日本も同様である。NAFTAが機能しなければ、北米に進出した日本企業はNAFTAの関税メリットを受ける機会がなくなることもありうる(米加自由貿易協定は受け皿になりうる)。

世界のFTAを見てみると、ASEAN10ヵ国から成るAFTA(ASEAN自由貿易地域)は関税削減効果が最も高いFTAの1つとして知られている。ASEANの中でも、タイやベトナムでは関税削減率(関税削減額÷輸入額)が6%台に達し、マレーシアやインドネシアでは4%台である。つまり、マレーシアで他のASEANから100万円ほどAFTAを利用して輸入すれば、全品目平均で4万円以上も関税を削減することができる。

これに対して、図‐1はNAFTA3ヵ国の関税削減効果をまとめたものである。米国がNAFTAを利用してカナダから輸入した時の関税削減率は1.9%であった。しかし、米国のメキシコからの輸入では4.0%に達し、AFTAのマレーシアとインドネシアに近い関税削減効果を持つ。米国のNAFTA全体からの輸入での関税削減率は3.1%であった。米国のメキシコからの輸入で関税削減効果が高い業種としては、繊維製品・履物(関税削減率13.3%)、輸送機械・部品(8.5%)、農水産品(7.4%)を挙げることができる。

図‐1 NAFTA3ヵ国の関税削減率(2017年、加重平均)

(注)関税削減率は関税削減額を輸入額で割った関税削減効果を示しており、その割合が大きいほど関税を削減する効果が高い。
(資料) 各国関税率表、各国TRS表(Tariff Reduction Schedule)、「マーリタイム&トレード」IHSグローバル株式会社より作成。

カナダが米国からの輸入でNAFTAを利用した時の関税削減率は2.5%で、メキシコからの輸入では2.9%であった。カナダのNAFTA全体では2.6%なので、米国よりもやや低い関税削減効果が見られる。

メキシコの米国からの輸入でNAFTAを利用した時に関税削減率は4%で、ちょうど米国のメキシコからの輸入の場合と同率であった。この時のメキシコの米国からの輸入でのNAFTA税率(NAFTAを利用した時の関税率で通常はほとんどの品目で0%)は0.3%と他のケースのNAFTA税率よりも高いが、これは農水産品(3.6%)や食料品・アルコール(0.4%)の関税削減率が高いためである。

メキシコのカナダからの輸入での関税削減率は5.2%で高率であった。これは、食料品・アルコール、皮革・毛皮・ハンドバッグ等、輸送用機械・部品の関税削減率がいずれも10%を超えるためである。

図‐2 NAFTA3ヵ国の関税削減額(2017年、加重平均、100万USドル)

(資料) 図‐1と同様。

なお、図‐2のように、2017年の米国の関税削減額はNAFTA全体で145億ドル、カナダが59億ドル、メキシコが74億ドルであった。中でも米国のメキシコからの輸入での関税削減額は105億ドルであり、その逆のメキシコの米国からの輸入の69億ドルよりもかなり大きかった。つまり、米国のNAFTA利用によるメキシコからの輸入での関税削減額は、メキシコの米国からの輸入での関税削減額の5割増しの規模であった。

したがって、NAFTAの域内貿易における関税削減率は米国とメキシコ間の貿易、メキシコのカナダからの輸入で大きく、AFTAでのマレーシアやインドネシア及びタイに近い関税削減効果を持っている。

このことは、もしも米国が今回や将来の交渉において、サンセット条項などの見直しを機にNAFTAを離脱した場合、NAFTAの関税削減などのメリットを得られなくなり、日本企業の北米事業に大きなインパクトを与えることを意味している。

米国での事業拡大の強化を検討せざるを得ない日本企業

まず、日本企業のNAFTAの再交渉における対応としては、原産地規則や知的財産権、政府調達、環境・労働、ISDS条項などの交渉の内容や合意結果を緻密に情報収集し、各社別に対応を策定することが求められる。できれば、交渉の内容や合意事項に応じた幾つかの対応策を描くことが望ましい。

自動車や卸売・小売り関連企業においては、特に原産地規則やインターネット販売、あるいはトラック輸送や国境での通関手続きなどの動きを的確に情報収集することが期待される。全体的には、インフラ・エネルギー、知的財産権、デジタル貿易やセーフガード、アンチダンピング・相殺関税などの紛争解決処理の動向も重要である。

その交渉の合意内容によっては、日本企業は、①NAFTAを利用した北米域内の貿易取引から自国や第3国を経由した対米輸出に転換、②自動車部品の調達で、生産モデルによっては域外産を積極的に活用、③対メキシコ・カナダ投資などから対米投資へ転換を実施、?自動車関連の分野では、メキシコでの生産余剰分を米国からEU・中南米市場等への輸出にシフトし、生産・販売におけるグローバル戦略の再構築を図る、ことが求められる。

しかしながら、再交渉の結果によっては、電子商取引や通信機器、医薬・医療機器、あるいはAI、インフラ・エネルギーの分野を始めとして、特に米国で生産し海外に輸出を積極的に展開しようとする企業には、新たな北米でのビジネスチャンスが生まれる可能性がある。この場合においては、日本企業は積極的に北米ビジネスを展開することが求められる。

いずれにしても、日本企業はNAFTA再交渉を機に、米国製部品やソフトウエアの使用はもちろんのこと、米国への投資や事業展開の強化を検討せざるを得なくなると思われる。それは、NAFTAのルール変更からもたらされるだけでなく、2017年12月の税制改革法の可決によって米国での事業拡大が利益を生み出し易くなっていることも見逃せない。また、日米経済対話に基づく、日米経済協力のスキームの拡大も日本企業の米国での活動を促す要因になる。

NAFTAの再交渉において、2018年におけるメキシコの大統領選挙前、米国の中間選挙前までの妥結の可能性が高まっている。メキシコも米国も交渉が長引いて、選挙に悪影響を与えることは避けたいのが本音である。しかし、北米3国間のNAFTA再交渉は最後までタフなものとなることが想定され、そう簡単には合意しない可能性も残されている。こうしたメキシコの大統領選挙や米中間選挙前に合意できるか、あるいは次の米国の大統領選挙前まで延びるかどうかは、NAFTAの影響や対策を考える上で大きなポイントになる。

日本企業はメキシコの活用や米国への移転計画、あるいは対米輸出の多様化や対米投資の拡大などの戦略の策定にあたっては、NAFTA合意のタイミングや中間選挙の結果を用意周到かつ入念に分析した上で結論を出すことが肝要である。同時に、合意後の議会批准の動きをウオッチすることも不可欠である。日本企業にはそうした関連情報を徹底的に収集分析し、NAFTAの影響に関する短期や中長期的な戦略が求められる。

参考文献

・ “The North American Free Trade Agreement (NAFTA)” M. Angeles Villarreal, Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017

・ “Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation” Office of USTR, Monday, July 17, 2017

・ 「2018年春までにNAFTA再交渉は合意できるか」、国際貿易投資研究所(ITI)・文眞堂、世界経済評論IMPACT NO979、2018年1月1日

・ 「NAFTA再交渉の第1ラウンドをどう読むか」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ345、2017年9月1日

・ 「広がりを見せる海外へのアウトソーシング~親子間貿易で違いが見られる日米のグローバル調達モデル~」、国際貿易投資研究所(ITI)、季刊 国際貿易と投資 NO.109、2017年秋号

・ 「NAFTA再交渉の開始と日本企業の北米戦略 ~メキシコへの投資継続と米国での生産・雇用増の両面を見据える~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO.40、2017年6月20日

・ 「NAFTAの再交渉で何が話し合われるか~TPP交渉の呪縛から逃れられないNAFTA~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO39、2017年4月6日

・ 「米加FTAやNAFTAの自由化とインパクト」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ332、2017年4月6日

・ 「NAFTAの再交渉への動きとその見通し~再交渉開始は早ければ6月後半か7月初めか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO38、2017年3月17日

・ 「強まる米国の国際競争力―知的財産・金融・専門サービスで海外からの利益を生む」、国際貿易投資研究所(ITI)・文眞堂、世界経済評論 2017 Vol.61、No2

・ 「トランプ大統領は減税やインフラ投資拡大で経済成長を高められるか~トランプ新政権の規制・エネルギー・貿易政策改革に死角はあるか~(その1その5)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ320~324、2017年3月1日~10日

・ 「国境調整税に見られる共和党の変化を見逃すな」、国際貿易投資研究所(ITI)・文眞堂、世界経済評論IMPACT NO790、2017年1月30日

・ 「トランプ新政権でNAFTAはどうなるか~北米戦略の方向性を探る~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO36、2017年1月11日

・ 「対談:トランプ新政権をめぐる米国経済の展望 (その1)、(その2)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ305~306、2016年11月25日

・ 「トランプ政権の経済通商政策と日本の対応~TPPの批准やRCEP交渉の現状と今後の行方~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO35、2016年11月17日

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