2003/04/01 No.43_3アラブ系移民を抱える中南米の対米外交(3/6)
内多允
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
名古屋文理大学 教授
<対米外交にジレンマを抱えるメキシコ>
メキシコが他国への武力干渉に反対することは、伝統的な国是であり反米感情による政策ではない。 メキシコ人の対米感情も複雑である。メキシコ経済が米国への依存無くして成り立たないことは明白である。 また、多くのメキシコ人が家族の生計を支えるために、米国で出稼ぎ労働に従事している。 メキシコ政府は在米メキシコ移民の地位協定締結を望んでいる。 01年9月の両国会談では、ブッシュ米国大統領は年内に調印したいと発言した。 しかし、9・11事件を契機に、それも棚上げ状態になったままである。 しかも、同事件の関係者に外国人が関与していることから、ヒスパニック系移民に対する警戒心も高まった。 メキシコ政府は経済の現状を踏まえ、また移民政策への期待を込めて米国との融和政策を取ってきた。 それにも拘わらず米国の態度がメキシコの期待を裏切ると、反米感情がメキシコの政情にも影響する。 その一例が、今年1月におけるホルヘ・カスタニェダ外相の辞任(後任にはデルベス経済相が就任)である。 カスタニェダ前外相は海外でも注目されている政治学者であり、 メキシコで長期間にわたって政権を独占してきたPRI(制度的革命党)を批判してきた。 00年の大統領選挙では、野党であるPAN(国民行動党)から立候補して当選したフォックス大統領を支持して外相に就任した。 しかし、その政策が米国寄りであることが批判され、 しかも移民問題についてはメキシコが期待するような成果をあげられなかったことも影響した。
9・11事件以後の米国ではイスラム教徒やアラブ系住民への差別が目立つようになったことを、 中南米側では複雑な思いで見ているに違いない。中南米でもイスラム教徒やアラブ系の国民がいるからである。 また、米国ではテロ事件以降は中南米からの出稼ぎ労働者への態度も冷淡になっていることが伝えられている。 メキシコの民衆は米国に住むメキシコ系移民に対する差別行為と映る現象には、 敏感に反応してこれがメキシコ国内の政治にも微妙な影響を与える。 例えば、ブッシュ大統領の出身地であるテキサス州で02年8月、 メキシコ人受刑者の死刑が執行されたことに抗議して、フォックス大統領が訪米を中止した。 米国でのイスラム教徒への差別についても、メキシコは無縁ではない。 メキシコの通信社(NOTIMEX)による報道(01年10月23日)によれば、 カリフォルニア州には推定15万人のイスラム教徒がいるが、この内の1万人はメキシコ人である。
外相が交代してもメキシコの外交姿勢は米国との決定的な対立を招かないような慎重な姿勢も持ち合わせている。 しかし、慎重な姿勢にもメキシコとしての基本的な原則は堅持している。 このような姿勢はイラク問題への対応にもはっきりしている。 国連安全保障理事会でメキシコはチリと共に(両国は非常任理事国)、 米国が要求するイラクへの武力制裁については中立の態度をとった。 しかし、その本音は他国への武力干渉には反対するということである。 メキシコは隣国の政策と言えども、他国への内政干渉と武力行使には反対する原則を堅持している。
メキシコシティのレフォルマ紙(3月19日付電子版)に掲載された世論調査でも、 フォックス・メキシコ大統領のイラク問題に対する対応策について82%が支持を表明している(残り12%が支持しない、6%が無回答)。
メキシコが米国・ブッシュ政権に違和感を持つ要因として、 同政権に宗教的な価値観を持ち込んでいるのではないかと思わせる言動があげられるだろう。 9・11事件後の演説ではテロとの戦いを「クルセーダー(十字軍)だ」と表現して、イスラム教徒の反感を買った。 ブッシュ政権の思想には聖書に忠実なキリスト教原理主義的な考えの影響力が強いと指摘されている。 一方、メキシコの政治は宗教の影響力を排除してきた。 メキシコ国民の90%以上がカトリック信者であると推定されているが、 植民地時代に強大な権力を振るった教会の影響力を排除することが独立国家メキシコの重要な政策課題であった。 メキシコが独立を勝ち取った1821年から、バチカンとの関係は悪化、1861年には国交関係を断絶した。 メキシコ憲法(1917年制定)では教会の法的存在を否定して、政府は教会の財産を没収した。 バチカンとの国交は1992年、実に131年ぶりに再開した。 カトリック教会を含む宗教法人を法的に認知する憲法条文の改定が議会で成立したのは1991年であった。 00年に就任したフォックス大統領はカトリック信者であるが、国家権力に宗教を介入させない体制は維持されている。 メキシコ政府は自由貿易・市場経済体制を堅持する経済政策については、米国と歩調を合わせている。 しかし、外交政策については時には米国と主張が違っても伝統的な不干渉政策の理念を維持するだろう。 それがメキシコ国内のコンセンサスを得ているからであり、 またこれによって、国際外交における独自性と存在感を確保しているからである。
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