2003/04/01 No.43_5アラブ系移民を抱える中南米の対米外交(5/6)
内多允
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
名古屋文理大学 教授
<中東紛争の火種を抱えるアルゼンチン>
アルゼンチンも他の中南米諸国と同様に、世界各地からさまざまな動機を持つ移民を受け入れてきた。その中にはアラブ系もユダヤ人も含まれている。この現実からもアルゼンチンの外交政策では、中東問題でアラブ系とユダヤ人のいずれをも敵対視するような政策をとれないことは明白である。事態が十分解明されていない次のテロ事件は、イスラエルやユダヤ人を狙っており複雑な中東情勢が絡んでいることを反映している。1992年にブエノスアイレスで、イスラエル大使館が爆破され29名が死亡した。さらに、1994年にやはりブエノスアイレスでアルゼンチン・イスラエル・コミュニティセンター(AMIA)が爆破され96名が死亡した。アルゼンチンにおけるユダヤ人の正確な数は判らないが、中南米ではかなり大きいコミュニティを形成していることは明らかである。アルゼンチンの人口約3,800万人であるが、ユダヤ教徒人口は2%を占める(米国CIA, The World Factbook 2002 による)。ニューヨークで発行されている週刊紙Forward(英語電子版02年2月15日号、なお同紙はユダヤ人が使うYiddishによるページもウエブサイトに設けている)によれば、アルゼンチンには25万人のユダヤ人がおり、その規模は世界で7番目のコミュニティであると報道している。
従来はユダヤ人を受け入れてきたアルゼンチンに、近年はそれまでと逆の現象が生まれている。それはアルゼンチン系ユダヤ人の、イスラエルへの移住である。これは01年以降、アルゼンチンの経済状況が悪化するに伴って表面化した。移民が今日の国家を形成しているアルゼンチンでは、それぞれの先祖の母国に移住を希望するものが増えており、特にスペインやイタリアへの移住希望者が多い。イスラエル政府は02年12月、アルゼンチンからのユダヤ人移民を03年に拡大することを承認した。これを報道したイスラエルのHa’aretz紙(英語電子版、02年12月30日付)は、この決定の背景にはイスラエルへの旧ソ連からの移民が減少していることを指摘している。それによると1990年から02年にかけてのイスラエルが受け入れた移民の80%が、旧ソ連出身者で占められていた。しかし、02年に限るとその比率は54%に低下した。これに代わってフランスとアルゼンチンからの移民が増加したと伝えている。
前記のForward紙によると、アルゼンチン系ユダヤ人の25%が貧困状態に陥っており、10%は飢餓の瀬戸際に立たされていると推定しており、イスラエルへの移住については、5,000人は関心を持っているのではないかとしている。アルゼンチンの雇用状況は、早急に改善されそうにない。国内の失業増大による混乱の回避策としては、国外への移住も無視できない選択肢であろう。
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