2022/09/29 No.101カンボジア見聞記(4)シアヌークビル経済特区
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
2度目にプノンペン訪問した2015年は、ミネベア(2011年進出)、住友電装、矢崎総業(いずれも2012年)と大手電気電子・自動車部品メーカーの進出が相次いだことで、今後のカンボジアへのサプライチェーンの展開(タイ+1)が期待されていた。しかし、今般の訪問で見た実態は、現地への部品等の取引を通じた波及効果という面から見ると、いずれも特定の労働集約的工程のみの移管にとどまっており広がりを欠いていた。この状況をブレイクスルーする切り札として、技術系の人材育成が急務とされていた。カンボジアでは、労働集約的な工程の立地が主流であるため、現場監督者レベルでも機械加工などの固有技術や生産管理技術に関わる内容より、対人関係スキルに代表されるソフトスキルに重きがおかれ、技術に関わる研修ニーズが顕在化してこなかった。
日系製造業のカンボジア投資の2016年以降の展開を見ると、部品メーカーの集積度が高まることはなく、縫製、製靴産業に流れている。日系企業の集積地の一つであるプノンペンSEZ(Special Economic Zone; 経済特区)における進出日系企業数は42社で全体(102社)の41%を占めている。このうち、2016年以降の新規設立日系企業は9社、業種別では、機械部品企業は3社、機械部品等の裾野産業への投資の広がりが見られていない。また、米中貿易摩擦の激化を受けて、日系企業よりは中国企業の製造拠点の移管が著増している。
表1. プノンペンSEZの入居企業数 (単位:社)
中国企業が支えるカンボジアの輸出
カンボジアの製造業では中国企業が圧倒的な存在感を持っている。ジェトロの資料によれば、2010年から2019年までの内外資を含む適格投資プロジェクト(QIP)認定企業の投資認可額は、中国が2012年以降、首位を維持し、他国を大きく引き離している。2019年は中国が37億1,800万ドル、全体の78.2%、国別で2位の英領バージン諸島と合わせると全体の約9割を占めている。
中国からの投資の大半は縫製業である。2011年で91.9%、その後も2017年まで中国からの投資の7〜8割が縫製業だった。カンボジア縫製業協会(Garment Manufacturers Association of Cambodia: GMAC)によれば、縫製業メンバー643社(2021年3月時点)のうち323社が中国系、53社が香港系、82社が台湾系、日系は僅か25社にとどまっている。
カンボジアの縫製品の最大の輸出先は米国である。米国の縫製品輸入は、対中輸入に過度に依存していたが、2018年からの米国の対中追加関税措置を契機にして縫製品など労働集約的製品の対中輸入依存度が低下してきている。中国輸入の代替先として漁夫の利を得たのがベトナムである。カンボジアも、ASEANの中では、ベトナムに次いで縫製品の輸出が伸びた国である。
米国の対カンボジア衣類輸入では、男子用ズボン、女子用ズボン、パジャマなどのニット製品で中国輸入から代替する動きを見せている。さらに、米国の革製品輸入は、カンボジアがベトナムを抑えてASEANでは最大の中国からの代替国となっている。さらに、家具・寝具等でもカンボジアからの輸入が増え始めている。
表2. 米国の縫製品(衣類)、革製品、家具・寝具等の輸入額(対中国、ベトナム、カンボジア)(2021年)
中国政府の「海外経済貿易合作区」
今回のカンボジア出張では、江蘇省無錫の開発企業(江蘇太湖カンボジア国際経済合作区投資社)が運営するシアヌークビルSEZを視察することができた。現地報道では165社(2021年10月)が入居、このうち107社が中国系企業と、カンボジアにおける中国企業の主要輸出拠点となっている。
江蘇太湖カンボジア国際経済合作区投資社は、2006年6月に中国商務部から「海外経済貿易合作区」として設立許可をもらっている。海外経済貿易合作区は、海外市場で中国企業が集積する工業団地建設のことで、対外直接投資(「走出去」)政策の一環として、中国商務部が推進したプロジェクトである。2006年6月に、最初に認可された合作区はハイアール・ルーバー経済区(パキスタン)、中国経済貿易合作区(ザンビア)、ラヨーン・中国工業園(タイ)、太湖国際経済合作区(カンボジア)、ウスリーツク経済貿易合作区(ロシア)、サンクトペテルブルグ経済貿易合作区(ロシア、中止)、広東経済貿易合作区(ナイジェリア)、天利経済貿易合作区(モーリシャス)の8か所であった。
このうち、「ハイアール・ルーバー経済区」とザンビアの「中国経済貿易合作区」には、当時の胡錦涛国家主席が除幕式典に出席している。その他の6か所の合作区は、認可を得ただけで操業は始まっておらず、ロシア・サンクトペテルブルグの合作区のように、中国側の投資主体の撤退により建設が中止となった所もある。
当時、特に注目を集めたのはパキスタンのハイアール工業団地であったが、こうした中国工業団地は詳しい情報が洩れてこず、活動実態が謎めいていた。
シアヌークビルSEZ事務所で入手したパンフレットには沿革が記載されていた。これによれば、2008年2月に工業団地が設立されて企業が入居したとある。起工式には、フン・セン首相が臨席している。2012年6月にSEZに昇格、2016年には入居企業が100社に達した。シアヌークビルSEZの業績は、新型コロナウイルス感染が拡大した2020年でも、好調を維持している。
(本調査は令和4年度JKA補助事業で実施)
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