一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2022/10/07 No.513カンボジア現地出張調査報告(1)コッコン国境周辺とダラサコールリゾート開発の現状

藤村学
青山学院大学教授

ITI・ASEANサプライチェーン研究会(JKA補助事業)は、8月18~31日にかけて、タイ、カンボジアで現地調査を行った。主な目的はタイの東部臨海地域からカンボジア南部沿岸にかけての「南部沿岸経済回廊」とプノンペン首都圏におけるインフラ整備・物流状況および中国資本の進出状況の視察であった。

出張者は、藤村学・青山学院大学教授、春日尚雄・都留文科大学教授、大木博巳ITI研究主幹の3名。今回の現地調査のリーダーである藤村教授に、カンボジアルートにおけるインフラ整備・物流状況および中国資本の進出状況等について総括していただいた。聞き手は大木博巳ITI研究主幹。

カンボジア国内走行ルート(黒色破線)

注. 赤丸部分が中国の官民主導によるプロジェクト

Q.バンコクの大洪水(2011年)やタイの賃金高騰などを契機に在タイ日系企業の間で、タイと国境を隣接する諸国の工業団地に工場を新設してリスク分散を図るタイ+1が、一時期、話題になりました。カンボジアとの関係では、アランヤプラテート(タイ)と国境を接するポイペト(カンボジア)で豊田通商が造成した経済特区(SEZ)などが知られていますが、今回訪問したカンボジアのコッコンにも国境SEZがあります。11年ぶりにコッコン国境を再訪して、何か大きな変化はありましたか?

A. タイ側のハートレック国境については、状況は11年前とほとんど変わらない印象でした。国境につながる道路の左右に雑多な小規模な商店が並んでいるだけで、免税店や土産屋など、観光客を想定した気の利いた店舗は見かけません。イミグレ(入国管理)施設もカンボジア側とさほど変わらない水準の建物しかありません。タイの出国ゲートからカンボジアの入国ゲート(どちらもお粗末な踏切りみたいなつくり)の間の未舗装の中立地帯(100m未満で簡単に歩ける)からは南側にタイ湾が望めるため、ちょっとしたした記念撮影スポットですが、ここの風景も11年前とほとんど変わりません。

Q. 国境を通過する車両や人の動きはいかがでしたか。

A.国境で1時間程度観察する間、カンボジア方向からとタイ方向から、どちらも1台ずつ貨物トラックが往来しました。この国境は、歩行者、乗用車、トラックが渾然一体となって通過しています。11年前と様子はほとんど変わらない印象です。物流が少ない国境なので、貨物専用ルートを考える必然性も今のところなさそうです。11年前に見学したが朝方のほうが地元住民の越境活動はむしろ盛んでした。

Q.コッコンのカジノについて。

A.11年前は国境ゲートから徒歩ですぐのKoh Kong Resort Hotelというカジノホテルに泊まりました。そのホテルが1点豪華で周りは何もなかったと記憶しています。今回はコッコン州の地元の大財閥であるLy Yong Phat (以下、LYP)グループのオフィスビルにはじまり、中国語看板の様々な商業施設が建ち並び、それらで働く中国人従業員の団地近くまで造成中でした。案内をしてくれたガイドによれば、ここのカジノホテルに訪れる観光客は、タイ人からすっかり中国人が取って代わったとのことです。ただし、コロナ禍で中国人観光客が途絶えているこの3年間は逆風が吹いているようです。ホテル内はとても静かだったし、国境近くの、中国資本が絡む様々な施設が建設を一時休止しているように見えました。

Q.コッコン経済特区(SEZ)に変化はありましたか

A.国境から2.5km地点にコッコン経済特区(SEZ)があります。ここもLYPグループが開発しました。今回、特区内を車中から視察したところ、2011年4月時点では現代自動車の工場以外見ませんでしたが、今回は、正面入口の門から入って、右手には矢崎総業(ワイヤーハーネス製造)の工場が広い敷地を占めていました。国境でタイ側から入ってくるコンテナトラックを見かけましたが、このトラックは矢崎総業の工場に向かっていたものでした。矢崎の奥にバレーボール製造のミカサがあるはずでしたが、確認できませんでした。通りの左手には現代自動車の工場とKNN Apparelという縫製工場があります。現代自動車(CAMKO Motor)は部品だけ製造しているようです。KNNの縫製工場の駐車場には20人ほど乗れる通勤用トラックがたくさん並んでいます。ここに限らず、カンボジア各地の工業団地や経済特区では、自分でバイク通勤ができない人たちはこうした送迎車両を利用しています。

ポイペト国境での越境物流や経済特区の発展状況に比べ、このコッコン国境では物流とこの特区の発展ペースはのんびりとしたものです。「南部沿岸経済回廊」ルートにおける越境物流は、私が過去20年近くメコン地域で観察してきた経済回廊群のなかでは最低部類に入ると思います。

Q,カンボジア政府は2008年に、コッコン州にあるボタムサコール国立公園(Botom Sakor National Park)を含む国有地3.6万haを中国企業に99年間リースする契約を結びました。そこで、ダラサコールリゾート開発が進行中です。

A. コッコン市内から国道48号線をシアヌークビル方面に約120km走ると、ダラサコール(Dara Sakor)リゾート開発地へ向かう道路の入口に着きます。そこには、コッコン州で反フランス蜂起した英雄とされるSay Phuthangの立派な銅像があります。銅像の向かい側には、銅像の人物とは関係のない「七星海旅游度假特区へようこそ」と謳う巨大な看板があります。そこからリゾート地まで伸びる約60kmの道路は、同リゾートの開発を担う、天津拠点の中国企業がカンボジアで会社登記したユニオングループ(Union Development Group, 以下UDG)にちなんで、通称「ユニオン・ロード」と呼ばれています。ユニオン・ロードは交通量に対して不自然なほど幅が広く、よい舗装状態を維持できており、時速80~90kmで走行でき、信号も一切ありません。

Q, ユニオングループとは?

A. 間接的に得た情報で恐縮ですが、UDGの中国における親会社は天津万隆集团(Tianjin Union Development Group)、董事長は李致强(Li Zhiqiang)氏です。このリゾート開発にかかわる事業投資規模は総額38~50億ドルといわれ、今回我々が目撃したリゾートホテルはほんの序の口で、3,200mの滑走路が完成したとして報道されてきた国際空港に加え、深海港、工業団地、発電所、水処理プラントなど、新都市建設に匹敵するような大風呂敷の計画だと見受けます。

ちなみに、11年前も今回も、カンボジア人ガイドの説明では、LYPグループ総帥のLy Yong Phat氏がコッコン州における事実上の経済計画主導者であり、コッコン州における大規模な外国投資(とくに中国資本)に関しては現職知事よりも同氏が決定権を握っているというような話を聞きました。憶測にすぎませんが、このダラサコール地区におけるUDGの資本投下についても、Ly Yong Phat氏が暗黙の了承を与えたのではないかと思います。

Q. 開発で立ち退きを余儀なくされた住民がいたとのことですが。

A. リゾートに向かう左手には、森林を伐採して禿げ地にした広大な土地が見られました。これも間接的に得た情報で恐縮ですが、2012年のあるアドボカシー系団体の報告書によれば、 1,100世帯以上が移転の対象となり、そのうち100世帯以上が十分な補償なしで退去させられたということです。2019年、リゾート開発を行うUDG が中国企業であることが地元住民のあいだで認識され、プノンペンの中国大使館前で抗議運動を行ったこともあるようです。

Q.リゾートは閑散としていましたね。

A.そうなのです。ユニオン・ロード沿いのリゾートホテルに行き着く前に、忽然とビル群が現れました。そのうちの一棟のカジノホテルはソフトオープンしているようでしたが、その周りの商業施設は建物が完成しているが人の影は 全くなく、ゴーストタウンのように見えました。ユニオン・ロードの終着点にあるリゾートホテルは何とか稼働しているようでした。玄関には中国とカンボジアの両国旗が翻っています。客室は100室ほどで、敷地にはカジノ施設、ゴルフ場、ビーチ、観光桟橋があり、のんびり過ごすための施設は揃っています。しかし、問題はここまでの交通の利便性が悪いことです。シハヌークビルから、ましてや首都プノンペンからの交通アクセスの便は悪く、地理的に孤立した悪条件です。原野を切り開く、ほぼゼロからのリゾート開発投資に見合う観光需要がどれだけあるのか、素人考えでも疑問に思います。そこにコロナ禍という逆境が重なりました。今回は短時間の視察でしたが、宿泊客の姿はほとんど見かけず、ゴルフ場で1人だけプレーしているのを見た程度です。リゾートホテルはヘリポートを備えていますが、よほどのVIPが隠れ家的に訪れる程度かと思います。

上述したコッコン国境のカジノホテルと同様、タイとカンボジアの主要都市からのアクセスが悪いのがこの地の難点です。中国人観光客が大挙してここにやってくるとは思えません。ましてやコロナ禍によって観光誘致は画餅に帰したのではないか思います。

Q.ダラサコールリゾート開発地には3.200mとカンボジア最長の滑走路を持つ新空港が完成しています。現在、カンボジア国軍が使用していると聞きました。中国軍にも利用権を与えるのではないかとの懸念を伝える手紙を、すでに2018年11月に、米国のペンス副大統領(当時)がカンボジア政府に送りました。地政学の観点からどう思いますか?

A.この空港を見に行こうとしましたが、アクセス道路(数kmの長さで、舗装工事中と見えました)の手前に検問所があり、ガイドが門番に聞いたところ、政府の許可がなければその先へ進めないと言われ、断念しました。

リゾートを1時間余り巡回したあとの感想は、コロナ禍という想定外の要素はあったものの、コロナがなくても、何もないこの地に数十億ドル規模の民間投資をし、持続的な観光開発を行うというのは想像がつきません。道路、港湾、空港というインフラ整備が先行しているようですが、それに見合う観光需要予測などを行ったかどうかは疑わしいです。地政学的利害を優先した見切り発車的な中国官民一体の事業という側面が強いと言わざるを得ないと思います。

(本調査は令和4年度JKA補助事業で実施)

フラッシュ一覧に戻る