2022/10/31 No.104米クリーンエネルギー革命はどのようなイノベーションを引き起こすか~その1 バイデン気候変動政策はオバマ・グリーン・ニューディールを超えるか~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
ジョー・バイデン大統領の経済産業政策は、オバマ政権時のものと比較されることが多い。特に、脱炭素を目指すクリーンエネルギーや競争政策において顕著である。実際に、両者の温室効果ガスの排出削減目標を比べてみると、バイデン大統領の目標水準はバラク・オバマ大統領の水準をかなり上回っており、その分だけ内外のクリーンエネルギー関連産業に与えるインパクトは大きいと見込まれる。本稿では3回に分けて、バイデン大統領の野心的な環境・競争政策が、米国の雇用や所得及び潜在成長力、さらには日本企業のサプライチェーンにもどのような影響を及ぼすのかを探る。
なぜクリーンエネルギー戦略を推進するのか
バイデン大統領が気候変動対策を積極的に打ち出した背景として、言うまでもなく地球環境の改善は待ったなしであり、そのためには早期の脱炭素化社会の実現が不可欠であることが挙げられる。
また、パリ協定(注1)に復帰し、中国やインドなどの途上国に対してより水準の高い温室効果ガスの排出削減目標や質の高い環境エネルギー政策を要求し、応分のコストを負担させることで、公平なグローバル競争を達成するのも狙いの一つである。
そして、米国の半導体やリチウムイオンバッテリー、レアメタルなどのサプライチェーンにおいては、これらの部材の調達や生産の能力が低下しており、EV購入に伴う税額控除や半導体工場の誘致への補助金支出などのルールを導入することで、米国が抱える脆弱性からの回復を目指そうとしている。
さらには、ヒートポンプや省エネ家電・住宅の購入、EV充電施設や太陽光・風力発電装置及びCCS(二酸化炭素回収・貯留)装置の整備などに対する支援策を実施し、クリーンエネルギー革命を引き起こすことで技術力やイノベーション能力を引き上げ、米国の雇用拡大や持続的な成長を達成しようとしている。
強化される米国の温室効果ガスの削減基準
2021年1月に就任したバイデン大統領は、表1のように、2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で50~52%削減、そして2050年までに実質ゼロにする目標(温室効果ガスの排出量と吸収量を等しくすることで、実質的な排出量をゼロにすること)を掲げた。
この温室効果ガスの削減目標は、時代の要請に応えるもので、米国のこれまでの政権では見られない意欲的なものと言える。また、バイデン政権は、2030年までに新車の50%以上をEV(電気自動車)及びFCV(燃料電池自動車)にすることを目指している。
バイデン大統領から20年以上も前に政権を担っていたビル・クリントン大統領(1993.1~2001.1)は、2008年~2012年の温室効果ガスの排出量を1990年水準にするとともに、次の5年間(2013年~2017年)で1990年水準以下に削減することを目標にした。したがって、クリントン大統領の時代の温室効果ガス排出量の削減目標は、バイデン大統領と比べてかなり緩やかなものであった。
そして、バイデン大統領自身が副大統領であったオバマ大統領(2009.1~2017.1)の時代においては、温室効果ガスの排出量を2020年までに2005年レベルよりも17%削減し、さらに2025年までに2005年比26%~28%削減することが目標として掲げられた。つまり、オバマ大統領の温室効果ガスの排出削減目標は、互いの目標年次が異なるので厳密には比較できないが、大雑把に言えばバイデン大統領の水準の半分を上回る程度であった。
表1 各国の温室効果ガスの排出削減目標
グリーン・ニューディールとシェールガス革命
オバマ大統領は就任直後の2009年2月、リーマンショックに立ち向かうため、「米国再生・再投資法」を成立させ過去最大規模の景気対策を実施した。そして、10年間で1,500億ドルの再生可能エネルギーへの投資や500万人の雇用(グリーン・ジョブ)の創出を打ち出した。これらは、太陽光発電や水力、風力などの再生可能エネルギーによる発電を強化し、非効率な送配電網による電力供給ネットワークをスマートグリッド(注2)などの活用で再生しようとするものであった。
すなわち、オバマ大統領は気候変動問題への対処や雇用の拡大を目的とした経済刺激策である「グリーン・ニューディール」を実行することで、持続的な成長(グリーン成長)を達成しようとした。また、再生可能エネルギーの導入や省エネルギー投資の推進により関連産業の雇用を創出することを目指した。
こうした環境の中で、2000年代後半に顕在化した「シェールガス革命」は、以前の技術では困難であったシェール層からの石油や天然ガス(シェールガス)の抽出が可能になったことにより、世界のエネルギー環境に大きな革新をもたらすものであった。シェールガス革命によりエネルギー生産コストが低下し、石炭などの化石燃料の利用が抑えられることで、グリーン・ニューディールに資する温室効果ガスの低減に効果があった。
しかしながら、シェールガス革命は、その採掘工法である「水圧破砕」に伴う地下水汚染の問題に加えて、太陽光発電などの再生可能エネルギーや原子力発電の利用を抑制し、低コストながらエネルギー全体の消費量を増やす面もあるなど、脱炭素という点では多面的な側面を持っていた。シェールガス革命は適切な政策を組み合わせることにより温室効果ガス削減に貢献できる面はあるものの、グリーン・ニューディールへの全面的な支援材料にはならなかった。
グリーン・ニューディールを上回る実行予算
バイデン大統領は就任前の選挙公約において、EV車用の充電施設50万か所の新設、省エネ住宅への投資などの環境インフラの開発などに、4年間で2兆ドルの投資を行うことを表明した。つまり、バイデン大統領は、一連の脱炭素やインフラ整備プロジェクトにより、グリーン・ニューディールを上回る雇用創出や新規住宅建設の実現を目指した。さらに、人工知能(AI)やバッテリー技術などの研究開発への追加投資を促し、より強靭な競争力を持つ国家の建設を提唱した。
実際に、バイデン政権の手によって成立した気候変動関連法は当初の計画よりは予算が縮小されているものの、意欲的なプログラムが盛り込まれており、グリーン・ニューディールを上回るクリーンエネルギー革命の実現に近づく内容になっている。具体的には、グリーン・ニューディールの予算は前述のように10年間で1,500億ドルであったが、バイデン大統領による気候変動対策(インフレ削減法)(注3)の歳出額は5,000億ドルであり、単純に比較はできないもののグリーン・ニューディールの3倍を超える水準になっている。
キーストーン・パイプライン建設の認可を取り消す
バイデン大統領は2021年1月20日の就任早々、地球温暖化防止の国際条約である「パリ協定」へ復帰することを宣言した。同時に、化石燃料関係のプロジェクトであるカナダと米国を結ぶ石油とビチューメン(瀝青;半固体か固体状の石油、タール、アスファルトなどを指す)を輸送するための「キーストーンXLパイプライン」建設の認可を取り消した。
これに伴い、カナダのトルドー首相は、「気候変動との闘いへのバイデン大統領のコミットメントは歓迎するが、われわれは失望している」と表明した。ウクライナ侵攻でロシアとEU間のパイプラインによるエネルギーの供給が滞る中で、キーストーン・パイプラインが完成すればEUへの原油供給を増やすことは可能であるが、バイデン大統領による建設認可の取り消しは依然として続いている。
また、バイデン大統領は2021年12月8日、2050年までに国内の温室効果ガス排出ゼロを達成する公約の実現に向け、2050年までに「連邦政府の活動」に伴って排出される温室効果ガスを実質ゼロにすること、また「連邦政府の車両」を2035年までにゼロエミッション車(温室効果ガスの排出がゼロの車)に全て切り替えることなどを盛り込んだ大統領令に署名した。
足並みをそろえる日米EUの2050年ネットゼロ目標
バイデン大統領は就任から少し経った2021年4月22日~23日にかけて行われた気候変動サミットで、米国の温室効果ガス排出量を2030年までに半減(表1のように、2005年度比50~52%削減)させるとともに、途上国向けの支援を倍増することを表明した。米国の新目標の設定は、中国やインド、ブラジル等に対して、より高水準な削減目標の設定を促すのが狙いであった。しかしながら、米国はトランプ前政権の時代において、パリ協定からの離脱を決めたこともあり、途上国を説得するにはバイデン政権の新たな公約が信頼に足るものであることを示す必要がある。
米国以外の温室効果ガスの削減目標の動きを見てみると、表1のように、EUは2030年には1990年比で55%以上の削減を約束した。これは米国がバイデン政権になってからより高い水準の目標を掲げたことと違い、EUが既に目標に定めた数値と同じものであるが、EUがこれまで気候変動対策に熱心に取り組んできたという事実には変わりはない。なお、EUは米国同様に、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を定めている。
英国は、2030年には1990年比で68%以上の温室効果ガスの削減を目指しており、これはEUの目標水準を上回っている。英国は石炭火力発電を抑制する一方で、洋上風力発電の利用を促進しており、意欲的な環境政策を展開している。また、カナダは、2030年までの温室効果ガス削減目標を40~45%減に引き上げたが、これは2005年比で30%減としていた従来の目標を上回るものだ。
日本は、2030年には温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減(従来は26%削減)、2050年には実質ゼロを実現することを目標に定めた。日本には、太陽光発電や水素などの自然エネルギーを積極的に用いるとともに、省エネ家電やEVなどへの切り替えを迅速に進めることが期待される。
中国は米国の倍の世界最大のCO2排出国
2019年の中国の二酸化炭素(CO2)排出量は、表2のように、98億トンで世界最大であった。米国は世界で2番目に多い排出を行っており、中国の半分弱の水準であった。インドは3番目で中国の4分の1弱、ロシアは4番目で中国の16%相当の排出量であった。日本は、5番目で中国の1割強の排出規模であった。
表2 二酸化炭素(CO2)排出量の多い国(2019年) (単位:100万トン)
したがって、世界の温室効果ガスの低減のためには、これら上位5か国の排出量を削減することが不可欠であるが、特に中国と米国の排出削減がキーポイントになる。
表1のように、中国の2030年までのCO2の削減目標は、GDP当たりの排出量を基準とし、2005年比で60~65%削減を掲げている。この目標値そのものは大きいものの、中国のGDPが2030年に向けて伸び続けるならば、全体量として大きく減らない可能性がある。
また、中国は2060年までにCO2排出を実質ゼロにすると表明しており、日米EUなどのように2050年までに実質ゼロとする国と比較すると、緩やかな目標にとどまっている。なお、中国だけでなく、ロシアは2060年までに、インドは2070年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを表明している。
この意味において、日米EUはこれまで以上に連携を強化し、中国やインド、ロシア、ブラジルにも協力を求めながら、気候変動対策を進めることが肝要と思われる。
(注1) 世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する目標を掲げた気候変動枠組条約。
(注2) スマートグリッドとは、 IT技術によって電力の供給・需要をリアルタイムに把握し、供給側・需要側の双方から電力量をコントロールできる「次世代送電網」のことを指す。
(注3) 3つに分かれる本稿「米クリーンエネルギー革命はどのようなイノベーションを引き起こすか」の中で、「その2 倍増の約60万台に達した米EV販売はインフレ削減法で加速するか」の小項目「ビルド・バック・ベター(BBB)法案からインフレ削減法案へ」を参照。
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