一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2023/12/12 No.122IPEFの焦点は協定の合意から実効性と批准にシフト~発展途上国を中心に2024年大統領選を睨みながら批准の時期を判断か~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

IPEFの首脳会合が2023年11月16日に開かれ、サプライチェーンの柱は既に5月に合意済みであるが、残された三つの柱の中で、貿易を除くクリーンエコノミー、公正な経済の柱でも合意に達したことが発表された。IPEFの交渉成果が「新時代の経済枠組み」として有効に機能するには、貿易の柱においても合意に達し、IPEFの四つの柱のルールが民間企業等の協力を得て実効性を発揮できるかどうかが一つのカギとなる。そして、IPEFの先進国メンバーだけでなく、発展途上国メンバーからも積極的な支援・協力を得ることができるかどうかが次のポイントになる。それを占う上でも、発展途上国メンバーの各協定の批准・承認プロセスが滞りなく進展し、IPEFがスムースに発効できるかどうかが重要になってくる。

遂に貿易を除くIPEFの三つの柱で合意

IPEFは、表のように、2022年5月23日に東京で立ち上げられた。2022年9月にはロサンゼルスで初の対面閣僚級会合を開き、①貿易、②サプライチェーン、③クリーンエコノミー、④公正な経済、の四つの交渉目標を設定した。

表 IPEF交渉の推移

資料:米国商務省;Indo-Pacific Economic Framework 等の各種資料から筆者作成
(https://www.commerce.gov/ipef)
※クリックで拡大します

22年12月にはブリスベンで第1回交渉官会合、23年2月にはニューデリーで特別交渉会合、3月にバリで第2回交渉官会合、5月中旬にはシンガポールで第3回交渉官会合を開催した。

23年5月末に開かれたデトロイトでの第2回対面閣僚会合において、加盟国は他の柱に先駆けて「サプライチェーンの柱」で実質的に合意に達した。その後、第4回交渉官会合を釜山で7月に開催。9月にはバンコックで第5回交渉官会合、10月にはマレーシアにて第6回交渉官会合、11月5~12日にはサンフランシスコで第7回交渉官会合を立て続けに開催した。

第3回閣僚会合は第7回交渉官会合の直後の11月13~14日にサンフランシスコで開催され、既に5月に合意済みのサプライチェーン協定の署名が行われた。閣僚会合では、「クリーンエコノミーと公正な経済の柱」の交渉は実質的に妥結したが、「貿易の柱」の交渉は継続協議となった。

第3回閣僚会合を終えたばかりの11月16日、APEC首脳会議と並行してIPEF首脳会合が開かれ、直前のIPEF閣僚会合の成果を踏まえた共同声明が発表された。同時に、「重要鉱物対話」の枠組みや新規加盟などの全体の運営を統括する「IPEF協議会」の創設が明らかにされた。

このようにIPEFの貿易の柱を除く他の三つの柱の交渉が迅速に進められたのは、ジョー・バイデン政権が妥結の公表の場として、サンフランシスコでのAPEC首脳会議(2023年11月15~17日)にターゲットを置いたからに他ならない。23年APEC首脳会議を目標にしたのは、米国が議長国であるためIPEFの成果発表のセレモニーを主導できることや、IPEFの成果をプレイアップすることで、2024年大統領選挙へのアピール効果を高めようとしたことが挙げられる。そして、米国がIPEFの枠組みの構成を四つの柱に絞ったことや、各参加国が4本柱への参加や合意を柔軟に選択できるルールを導入したことも大きい。

クリーンエコノミーと公正な経済で実質的に合意

IPEF加盟国が実質合意に達した第3の柱である「クリーンエコノミー」は、エネルギー安全保障やカーボンニュートラルなどの分野における協力の促進を謳っている。IPEF参加国はそうしたことを実現するため、「IPEFクリーンエネルギー投資家フォーラム」を毎年開催し、域内投資を促進することに合意した。その第1回目は、2024年前半にサンフランシスコで開催の予定である。

IPEFの4番目の柱である「公正な経済」では、腐敗防止対策や税制に関する透明性の向上と情報交換などの協力が謳われている。例えば、IPEF加盟国は、国際条約に基づき、「マネーロンダリング(資金洗浄)への対策」や「腐敗行為の摘発・捜査・制裁の強化」に協力することで合意に達した。

そして、日米豪は各々1,000万ドルずつ出し合い、域内でのインフラ計画のために「IPEF基金」を創設することにも合意した。さらに、加盟国は「IPEF協議会や合同委員会」の立ち上げにも同意した。IPEF協議会は、IPEFの4本柱の運用に関わる運営機関であり、合同委員会はそれらの柱のプログラムの実行を監視する役割を担う。

IPEF首脳会合において、各国の首脳はそれまでの閣僚会合等での成果を発表した。その成果の中でも、新たなイニシアティブとして、「IPEF重要鉱物対話の創設」を挙げることができる。同対話の目的は、加盟国の重要鉱物サプライチェーンの強化に向けた緊密な協力関係を作り出すことにあるが、今後はエネルギー安全保障や技術などの分野にも追加的なイニシアティブを広げる方針とのことである。

また、デジタル経済に関しては、バイデン政権はデータの国境を越えた自由な移動を禁止してはならないことやデータローカライゼーション(データの現地化要求)の要求禁止、ソースコードの開示要求の禁止、などに関する協議を一時中断することを加盟国に求めた。同時に、施設固有の労働問題への迅速な対応や厳しい環境ルールの導入などを要求した。このため、発展途上国の一部からの反対もあり、IPEF第3回閣僚会合での貿易の柱における合意は実現できず継続協議となった。

今後は、各加盟国は貿易の柱での妥結を目指すとともに、合意した「クリーンエコノミー」と「公正な経済」の分野における法的チェックを行い、最終的な協定文を仕上げることになる。そして、「サプライチェーン協定」とともに、国内での批准・承認の手続きに進むことになる。

発展途上国をつなぎ留めるためにインフラ・投資支援を強化

IPEFはデジタル経済やサプライチェーンなどの分野で新たな枠組みを導入することで、米国のメリットを最大化することを狙って設計されており、米国の権益を最優先したものである。また、TPA(貿易促進権限)法が失効する中で、議会の承認を求めなくても済むように、バイデン政権は関税削減を伴う市場アクセス分野をIPEFの枠組みから除外している。

したがって、当然のことながら、IPEFの枠組みの中では、加盟国は先進国であろうと発展途上国であろうと関税削減による米国市場への輸出拡大というメリットを得られない。しかしながら、発展途上国メンバーはインド太平洋地域における既存のFTAとは異なる新しい経済枠組みへの期待に加えて、米国がインド太平洋地域で自ら主導する経済圏を形成しようとしていることへの配慮もあり、IPEFの立ち上げに加わったと考えられる。

このため、米国は発展途上国のIPEFへの参加メリットを高めるため、域内投資の促進(ミッション派遣、ビジネスマッチングによる投資パートナーの発掘等)、インフラの整備(米国際開発金融公社(DFC)によるインフラ投資運用会社「I Squared Capital」を通じた3億ドルの融資等)、日米豪の合計3,000万ドルの拠出によるクリーンエネルギー投資への融資拡大、などのプログラムをIPEFに盛り込んだ。また、2022年G7首脳会議で立ち上げられたインフラ支援枠組みのPGⅡ(グローバル・インフラ投資パートナーシップ)の活用も検討されている。

日本や韓国、オーストラリア、シンガポールなどの発展途上国以外のIPEF加盟国は、サプライチェーンの危機対応ネットワークや労働・環境問題、あるいは腐敗防止対策などの新たなメカニズムを活用することにより、米国と同様なIPEFのメリットを得る可能性がある。このため、IPEFの四つの柱の交渉においては、これらの国は発展途上国メンバーに比べると米国と対立するケースは比較的少なかった。

IPEFは永続的な貿易協定か

IPEFは既存のFTAとは違い、規定に基づく執行の強制力や拘束力が弱いという面を持つ。IPEFのサプライチェーン協定の条文は、「intend to」という文言を多く使っており、バイデン政権は他のIPEF加盟国に対して、義務や拘束力よりも自発的な協力を求めている。

つまり、米国は主義主張が似通っている他のIPEFメンバーと一緒に、半導体や重要鉱物などのサプライチェーンのリスクを最小限にすることや、脱炭素やインフラ投資などの分野での資金・技術協力を推進しようとしている。もちろん、米国にとってIPEFは経済安全保障という観点から中国への重要鉱物などの依存を引き下げる枠組みであるとともに、TPP離脱によるインド太平洋地域の市場での影響力の低下の穴を埋める有効な手段であることは疑いない。

IPEFの2023年APEC首脳会議までの協議内容と三つの分野での合意を総合的に分析すると、サプライチェーン及びクリーンエコノミーなどの新たな枠組みの導入により、IPEFにこれまでのFTAには見られない斬新性をもたらしたことは事実である。

しかしながら、USTR(米国通商代表部)がソースコードの開示要求禁止等のデジタル原則への支持の変更を打ち出したこと、さらには、米国から提案された労働・環境のルールが一部の発展途上国から反対されたこともあり、貿易の柱の交渉が継続協議になったことなど、初期の狙いのほとんどを達成したとは言い切れない。

しかも、IPEFは議会の決議を受けないだけに、サプライチェーンやカーボンニュートラル及び幾つかの分野における技術協力の促進等での成果を除いて、永続的な経済枠組みとして、バイデン政権以降も長きにわたり受け継がれるかどうかは不透明である。また、ドナルド・トランプ前大統領はIPEFを支持しないと見られており、2024年の大統領選挙で再選されたならば、TPP同様にIPEFから離脱する可能性がある。

GAFAMから労働者寄りに転換

データの国境を越えた自由な移動の確保、データローカライゼーション要求の禁止、ソースコード・アルゴリズムの開示要求の禁止、などは、これまでの米国におけるデジタル経済における基本的な原則であった。ところが、バイデン政権は2023年10月末、電子商取引に関する貿易ルールを交渉するWTOの共同声明イニシアティブ(JSI)において、これらの原則に対する米国の支持の停止を表明した。

これは、USMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)や日米デジタル貿易協定などの貿易協定に盛り込まれたデジタル原則とは異なる方針であり、バイデン政権が次の大統領選挙を控えて、一段とGAFAMなどのビッグテックから労働者寄りの姿勢に舵を切り換えていることを示唆している。したがって、USTRがこれまでのデジタル原則への支援の一時停止を撤回しない限り、これは米国のデジタル基本原則における政策の大転換になり、ビジネスへの影響も大きいと考えられる。

バイデン大統領にとって2024年大統領選挙は今のところトランプ前大統領との一騎打ちの可能性が高いだけに、現時点においては、伝統的な製造業従事者や労働団体、あるいは進歩的な民主党への支持層の票をできるだけ多く獲得することは、他の何よりも優先される政治案件だということが、その背景にあると思われる。

焦点は協定の実効性と批准・発効にシフト

2023年IPEFの首脳会合の共同声明において、これまで交渉してきたIPEFの成果や合意事項が明らかにされた。既に合意済みであるサプライチェーン協定は、「IPEFサプライチェーン協議会」や「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」などの機関の設立を盛り込んでおり、域内サプライチェーンの混乱に対応する新たなメカニズムの構築を推進するものである。もしも、こうしたサプライチェーン混乱時の危機対応メカニズムが効力を発揮すれば、これまでのFTAでは得られない安定的な供給調達網を形成することができる。

しかしながら、IPEFサプライチェーンの危機対応ネットワークなどが、民間企業などとのコミュニケーション不足により機能しなければ、IPEFの枠組みの実効性が低下することになる。これは、サプライチェーンだけでなく、クリーンエコノミーや公正な経済のプログラムにおいても同様である。さらには、IPEFクリーンエネルギー投資家フォーラム、インフラ計画のために日米豪が拠出するIPEF基金、IPEF重要鉱物対話などといった、サンフランシスコでのIPEF共同声明で公表された新たなフレームワークがうまく機能するかどうかも、IPEF全体の実効性を占うメルクマールになると思われる。

IPEFの今後のスケジュールとしては、継続協議の貿易の柱(デジタル経済、労働・環境等)での合意を目指すだけでなく、加盟国はクリーンエコノミーや公正な経済の協定にそれぞれ署名し、署名済みのサプライチェーン協定とともに、国内での批准・承認及び発効の手続きに移ることになる。

2024年11月には米国の大統領選挙が実施されるので、もしも共和党のトランプ前大統領が再選されるならば、米国はIPEFから離脱することが予想される。そのため、IPEFの発展途上国メンバーなどは、サプライチェーン協定に関しては既に署名済みであることから批准・発効手続きを先行させることもありうるが、クリーンエコノミーや公正な経済、あるいは貿易の協定については、24年の大統領選の動きを考慮しながら批准手続きなどのタイミングを判断する可能性がある。

したがって、発展途上国を中心にIPEFの四つの分野の協定の全てに批准・承認するのは、2024年大統領選挙後で、発効は更に遅れるということもあり得なくはない。あまりにも、批准や発効が遅くなると、その分だけIPEFの新しい枠組みが効力を発揮するのが遅れてしまい、新時代の経済枠組みとしてのアピール効果が薄まってしまいかねない。しかも、バイデン大統領は2024年大統領選に時間を割かざるを得ないため、今後のIPEFの協議に十分に対応できない恐れがあり、それが発展途上国メンバーの批准・承認の意欲を削ぎ、タイミングを遅らせることにもなりかねない。

しかしながら、確かにそのような可能性はあるものの、バイデン大統領としては、次期大統領選で有利に戦いを進めるためにも、IPEFの発展途上国メンバーとの良好な関係を維持発展させ、できるだけ早くIPEFの批准・発効の目途をつけることが望ましい。

そのためには、懸案となっている貿易の柱を構成するデジタルルールや労働・環境の分野での早期妥結が必要になるし、バイデン大統領は発展途上国メンバーに対して、サプライチェーンやクリーンエコノミーの協定で打ち出した投資拡大や資金・技術協力が絵に描いた餅でなく、真に実効性のあるイニシアティブであることを証明・説得することが肝要と思われる。

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