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コラム

2024/07/25 No.134トランプ前大統領再選は大恐慌などの時代の保護主義への回帰を意味するのか~その1 トランプ前政権の対中強硬策やNAFTA改革は何を狙ったものだったのか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

ジョー・バイデン大統領は2024年7月21日、大統領選から撤退し、後継候補にカマラ・ハリス副大統領を支持すると表明した。その3週間前の第1回テレビ討論会における高齢化問題を皮切りに、ドナルド・トランプ前大統領が今後の大統領選を有利に進めるのではないかとの観測が高まっている。トランプ前大統領再選が実現すれば保護主義が強まると考えられるが、そもそも前政権時において、どのような背景から中国からの輸入への関税引き上げや北米自由貿易協定(NAFTA)の改正などを実行したのかを振り返ってみたい。

2016年大統領選挙で予想を裏切ってトランプ候補が勝利

前々回の大統領選挙が行われた2016年11月8日(火)、トランプ前大統領は270の過半数を超える選挙人を獲得し大統領選に勝利した。このトランプ当選のニュースは、世界中に驚きをもって迎えられた。

トランプ前大統領が選挙キャンペーンにおいて目指したものは、これまでリーマンショック以降の経済回復の中で、取り残されていた米国製造業に従事する白人労働者に光を当てようというものであった。これは、途中から選挙キャンペーンに加わったスティーブン・バノン氏の助言によるもので、その戦略が見事に当たりペンシルベニア、ミシガン、フロリダなどのスイング・ステートの票を取り込むことに成功した。

一方、当時のトランプ前大統領の選挙キャンペーンの特徴を別な角度から眺めると、アメリカ第一主義(America first)を貫いていたということであった。すなわち、トランプ前大統領は、国際的な貢献に重きを置くというよりも、自国の利益を最優先した政策を前面に打ち出すことで、所得格差に不満を抱く層の票を獲得しようとしたのであった。

こうしたアメリカ・ファーストに基づく経済外交政策としては、北大西洋条約機構(NATO)の同盟国に軍事支出の増加を迫るとともに、米国が大きな貿易赤字を抱える中国に技術移転の強要や国有企業優遇策などの不公正貿易慣行の是正を求めたこと、などが挙げられる。これにより、米中対立は激しさを増すことになった。

ナバロ・ロス論文は減税や貿易赤字の削減を強く主張

トランプ前大統領は2017年の就任後に次々と大統領令(Executive Orders)に署名し、不法移民の取り締まり強化やインフラ投資の拡大、オバマケアの見直しなどを求めた。また、覚書(Presidential memorandums) にもサインし、石油パイプラインの建設やTPPの離脱を表明した。

トランプ前政権の経済閣僚に就任したピーター・ナバロ国家通商会議議長とウイルバー・ロス商務長官は、就任前の大統領選挙キャンペーンの真最中である2016年9月、共同で執筆した論文”Scoring the Trump Economic Plan: Trade, Regulatory, &Energy Policy Impacts”を発表した。これは、トランプ前大統領が選挙キャンペーンで提案した数々の経済改革の基本路線を示すものであった。

同論文によれば、米国が陥っている近年の低い経済成長は、高い税金や規制の拡大及び貿易赤字の増加が背景にあるとした。そして、米国の貿易赤字の拡大は、NAFTAなどの貿易協定によるオフショアリング(海外への生産拠点の移転)の進展とともに、中国のWTO加盟などの影響によるところが大きいと指摘した。したがって、米国が高い経済成長を達成するには、貿易赤字削減策や規制緩和策及びエネルギー政策などを用いた改革を進める必要があると主張した。

ナバロ・ロス論文などに基づく通商産業政策の成果としては、新NAFTAとして原産地規則を大幅に変更した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の発効(2020年7月)に加え、中国(同年2月発効)と日本(同年1月発効)との間で第1段階の貿易協定を締結したことが挙げられる。

また、2018年以降において、1962年通商拡大法232条(米国の安全保障への侵害に対応)を活用した鉄鋼(25%)・アルミ(10%)への追加関税の賦課とともに、1974年通商法301条(外国の不公正貿易慣行に対抗)による中国への追加関税(7.5~25%)を第1弾~第4弾に分けて発動したことを、指摘することができる。

高関税による保護主義的な通商政策を主張

トランプ前大統領は2016年の大統領選挙キャンペーンにおいて、中国のWTOへの加盟で米国は多くの工場と雇用を失ったとし、中国の為替操作や不公正な補助金を批判した。これを背景に、選挙キャンペーンにおいて中国からの輸入に45%の関税を課税すると発言した。

一方、メキシコに対しては、NAFTA(北米自由貿易協定)を利用した対メキシコ投資の拡大により米国内の生産の機会を失っただけでなく、メキシコとの国境からの不法な移民によっても米国民の職や社会不安が脅かされているとして、メキシコからの輸入に35%の関税を賦課することを提案した。さらに、16年大統領選挙のキャンペーン中に、トランプ前大統領は米国とメキシコ国境沿いに壁を作ると表明した。

また、トランプ前大統領は労働者の雇用を確保するため、フォードやGMのメキシコへの投資をブロックすることを選挙公約に掲げた。こうした圧力により、フォードとGMはトランプ前大統領に米国の経済成長と雇用の確保で協力することを明らかにした。米国自動車業界は未知数であったトランプ前大統領の経済通商政策に対して、ひとまずは協力の姿勢を見せるという柔軟な対応で衝突を回避したのであった。

TPP離脱とNAFTAの見直しを実行

トランプ前大統領の選挙キャンペーン中におけるTPPからの離脱表明を反映し、TPPに関しては、現地紙ではKillとかDead in the waterという表現が使われるようになった。実際に、当時のライアン下院議長(共和党、ウイスコンシン)が、2016年内の米議会でのTPPの批准に関する審議はないと発言したことにより、それは実質的に困難になった。

そして、トランプ前大統領は就任早々にTPPからの離脱に署名しただけでなく、NAFTAの再交渉をカナダとメキシコ政府に強く要求した。その理由として、何百万もの米国の労働者の職が、メキシコへの投資やそれによる輸入増によって奪われていることを挙げた。

カナダとメキシコは、トランプ前大統領の大統領就任後においては、TPPの批准を求めるよりもNAFTA再交渉の要求に応じ、何とか北米間のFTAのメリットを堅持したいとの考えに傾いていた。つまり、両国ともTPPの批准を声高に要求しない方が得策と考えた。カナダは、TPP参加国とは2国間FTAを結べばよいと思っていた節があった。現に、この時点では、カナダは日本と日加EPAを交渉中であった(米国を除く11か国によるTPP11が発効したことで、現在は交渉中断中)。

なお、カナダでもトランプ前大統領の2016年大統領選での当選は大きな驚きで、ビジネス界でも政治の世界でもほとんどトランプ前大統領と親しい人物はいなかったようだ。当時のトルドー政権はクリントン支持で、トランプ人脈を積極的に築いていなかった。その中で、マルルーニー元首相夫妻はトランプ前大統領と交友関係があったとのことであった。同首相は1984年から約9年間にわたって政権を維持し、親米・対外開放路線を進め米加自由貿易協定の発効に貢献したことで知られる。

税制改革法案を可決

トランプ前政権の発足後、米国議会の下院は2017年11月16日、共和党がまとめた税制改革法案を可決した。下院では13人の共和党議員が法案に反対した。1人を除き反対議員の全てが、州・地方税(SALT)の控除の上限額が引き下げられることで税負担が増加する高税率州(ニューヨーク州、ニュージャージー州、カリフォルニア州)の議員であった。下院案では、個人所得税の税率区分を7段階から4段階に簡素化するほか、法人税率は35%から20%に即時引き下げることが盛り込まれた。これにより、10年間で1.4兆ドルの赤字増が見込まれることになった。

一方、上院は同年12月2日未明、本会議で税制改革法案を可決した。同法案は法人税率を下院案と同様に20%まで引き下げるとともに、個人所得税は最高税率を39.6%から38.5%に低下させるというものであった。

その後、上下両院は同年12月20日、税制改革の統一案を可決した。米上下両院の統一税制改革法案の第1のポイントは、法人税を35%から21%へ引き下げることで合意に達したということであった。また、個人所得税は7段階を維持するも、最高税率を37%へ低下させたし、中低所得層の税率も切り下げた。相続税は上下両院のそれぞれの法案では撤廃の予定であったが、統一法案では、560万ドルの基礎控除額上限を2倍に引き上げることで決着した。なお、この税制改革法においては、個人所得税の引き下げは2025年末には期限が切れることから、減税を持続するには同法を延長する必要がある。

規制・エネルギー改革と経済効果

トランプ前政権は、米国の製造業の再生が経済成長や労働者の所得拡大につながり、消費増に結びついて経済成長を促すと考えた。持続的な成長のためには、適切な通商政策とともに、規制緩和策の推進やエネルギー政策の改善が不可欠と説いた。

米国の規制は2015年には3,300件も公表されており、増加傾向にあった。ヘリテージ財団などの試算によれば、この規制のコストは2兆ドルでGDPの1割に達しているとのことであった。トランプ前政権はこの2兆ドルの10%の規制緩和を目指し、石炭産業や石油・天然ガス産業などの規制緩和を検討した。この規制緩和による石炭の開発促進で何万人もの失業が解消されるとした。

石油・天然ガスの国内開発の促進は生産・雇用の改善にも繋がるし、規制を緩和すれば輸出拡大にも貢献することになる。トランプ前政権は、オバマ政権時のクリーン・パワー・プランが再生可能エネルギー分野等への投資を促し、石炭や石油・天然ガス開発を抑制したと主張した。

また、規制緩和による石炭の開発促進や、石油・天然ガスの開発計画、石油パイプラインの建設許可などのエネルギー改革は、国内のエネルギー関連の生産を拡大し、回りまわって米国のエネルギー輸入需要の低下をもたらすと指摘した。

ドットフランク法は改正したがオバマケアの改廃には失敗

トランプ前大統領は、2009年のリーマンショック後に成立した金融改革法(ドットフランク法)の見直しを議会に求めた。ドットフランク法は、ボルカー・ルールを採用し、銀行に自己勘定投資の規制とヘッジファンドなどへの投資規制を要求するものであった。したがって、ドットフランク法が廃止されれば、金融業の自由度が高まることは明らかであった。

トランプ前大統領は2018年5月24日、厳格な規制や監督の対象となる銀行持株会社の基準を連結総資産500億ドル以上から2,500億ドル以上に引き上げることなどを盛り込んだドットフランク法改正法案に署名した。しかしながら、同改正法案の内容は、2017年6月に下院を通過した「ファイナンシャル・チョイス法案」に比べれば、規定見直しという面ではかなり限定的なものであった。下院法案には、ボルカー・ルールの全面廃止や金融機関の破産手続の導入などの思い切った内容が盛り込まれていた。

したがって、ドットフランク法改正法案では、規制緩和の対象範囲が中小金融機関に限定されているため、ドットフランク法の大幅な見直しを主張してきたウォール街の大手金融機関にとっては、あまりメリットのないものにとどまったと考えられる。

さらに、トランプ前大統領は、2018年度の予算教書で1兆ドルのインフラ投資計画を示した。同計画による減税などの経済浮揚効果から、雇用は1,300万人の増加を見込んだ。トランプ前政権の経済政策は、インフラ投資によって政府の歳出を増やし、法人税や所得税の減税で歳入を減らす方向を目指すことになるものの、政府債務は増えないとした。これは、減税や税額控除などにより、企業の投資が大きく拡大し経済成長率が引き上げられるため、その結果、歳入が増加することにより、政府の債務は増えないというロジックに基づいている。

この他に、トランプ前大統領は国民皆保険制度であるオバマケアの撤廃を求めた。オバマケアにより5,000万人近くいた無保険者が2,000万人近くも減っているものの、小さな政府と自己責任を重んずる共和党やトランプ陣営は、新たに販売された健康保険の保険料が値上がりしているし、安かろう悪かろうという面は否めなく、保守層にとって使い勝手が悪いと主張した。

このため、トランプ前大統領はオバマケアの撤廃と新たなヘルスケアプランへの置き換え(repeal and replace Obamacare)を狙い、議会でたびたびオバマケア廃止法案を可決しようとしたが、結局は失敗に終わった。これは、小さい政府を掲げる共和党保守強硬派(フリーダム・コーカス)らからの支持はあったものの、米国民からのオバマケアへの根強い支持もあり、共和党穏健派を取り込む形で、共和党内で一枚岩を形成できなかったことにあったと考えられる。

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