一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/09/24 No.139べトナム南部メコンデルタ地帯を回って

大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

8月中旬から2週間、ベトナム南部デルタ地帯を駆け足で回った。目的はベトナム南部の工業団地、港湾・道路インフラ、カンボジアとの国境貿易の現状視察等である。ホーチミン市(以下、HCMC)を起点にして、カントー(中央直轄市)、ラックジャー(キエンザン省)、フーコック島(キエンザン省)、ハーティエン(キエンザン省)、チャウドック(アンザン省)、ロンスエン(アンザン省)、ビンヒエップ国境付近(ロンアン省)、タイニン(タイニン省)を経てベトナムのモクバイからカンボジアのバベットに入った。

ホーチミン市の副都心開発

ホーチミン市には、到着早々、ベトナムの最高層ビル、ランドマーク81(Landmark 81、高さ461.3メートル)の展望台から、市内を一望(写真1)し、ホーチミン市の変貌ぶりに驚かされた。最初の訪問は、開発が本格化する前の2000年代初め、次が、市内の至る所で建設が始まり、交通渋滞が激しかった時期の2011年、2015年、そして今回が4度目であった。

サイゴンハイテクパーク(以下、SHTP)も様変わりしていた。2002年に南部主要経済圏のハイテク産業の開発促進を目的として設立されたSHTPには、これまで2度訪問したが、誘致に苦労していた印象を持っていた。しかし、今回は、大型トレーラーがSHTP内で渋滞していた。また新たにSHTP2が新設されということである。

SHTPの周辺地域も開発が進んでいた。地下鉄1号線のホームが完成し、隣には大学(フーテック大学)が開校していた。近くにはビンホームの大規模高級住宅街(ビンホーム・グランドパーク)の建設が進み、日系の小売業が入居したモールが開店していた。

なお、2021年1月には、SHTPがある9区、南部の海上輸送の要所カットライ港や開発が進むトゥーティエム新都市の2区、ベトナム国家大学ホーチミン市校(VNU-HCM)等があるトゥードゥク区が合併してトゥードゥク市が誕生した。トゥードゥク市の地域総生産(以下、GRDP)は、隣接するビンズオン省やドンナイ省のGRDPより大きい。

写真1. ランドマーク81(Landmark 81、高さ461.3メートル)から見たホーチミン市内 ©筆者撮影

ハウ川

喧噪のHCMCから逃れるように、メコンデルタ最大の都市、カントー市に移動した。カントー市は、HCMCから南西に170km、車で3時間30分の距離、面積と人口で全国4位、経済規模が5位の中央直轄市である。中央政府は各種インフラの要衝地としてカントー市に資源を集中的に投入し、メコンデルタ地域の中心かつ以南各省の玄関口となっている。

メコンデルタ地域の中心、カントー市を縦断する川は、ハウ川である。ハウ川は、カンボジアのプノンペンでメコン川から枝分かれしたバサック川が、ベトナムに入ってハウ川と名前を変える。写真2は、カンボジアのクリートム国境ゲート付近(手前)を流れるバサック川である。バサック川から右にビンジー川が枝分かれしてベトナムとカンボジアを分ける国境線となっている。対岸(写真右奥)が、ベトナムのロンビン国境付近である。バサック川は、ここから数キロ先からベトナム領となってハウ川と名前が変わる。最初の大きな都市が、アンザン省のチャウドックである。チャウドックでは、青い色のチャウドック川に褐色のハウ川が斜め横から突っ込む様にして合流している。さながら、ブラジルのマナウスで、暗褐色のネグロ川と泥色のソリモエンス川が合流するアマゾン川の姿を思い浮かべた。マナウスでは、2つの河川の水が混じり合うことなく並行して流れるような景色を見せてくれるが、ここでは褐色に溶け込んでいる。

チャウドックからさらに下流に行くとアンザン省の省都ロンスエンがある。アンザン省はコメの生産量や水産物(ナマズなど)の水揚げ量が全国2位という屈指の農水産王国。その省都、ロンスエンでは魚介類、野菜、肉、日用雑貨品、コメ、ボルトナット、鋼板、オートバイ部品、電動工具等様々な商品を取り扱う伝統的市場が息づいていた。ここで買い付けて周辺の村の小売店に販売する仲買人も多かった。

大通りでは日系企業の農業機械(トラクター)や軽トラックを扱う代理店を見つけた。軽トラックを扱う代理店によれば、コロナ禍で売り上げが激減したが、現在は戻りつつあるとのことであった。

写真2.カンボジア・ベトナム国境付近を流れるバサック川~ビンジー川を挟んで右手奥がベトナム、手前及び左手奥がカンボジア、カンボジア側から撮影  ©筆者撮影
写真3. ハウ川とチャウドック川が合流(チャウドックビクトリアホテルから撮影)
©筆者撮影
写真4.  米の卸・小売り、種類が多く、もち米やカンボジア米、タイ米も販売。ロンスエンの伝統的市場 ©筆者撮影

不動産バブルの痕跡

ベトナム人は大のカラオケ好きだそうだが、メコンデルタ地帯ではカラオケの大音響が訪問した先々で聞こえてきた。独立記念日の休日と相まってボリュームが上がっていたようである。

特に印象的であったのはハ―ティエン(キエンザン省)の新開地の夜市で、4人組のおばさん連中の熱唱である。人通りがほとんどなく、死んだような夜市で、おばさんたちの歌声だけが、夜空に響いていた。夜市の中心にはホテルらしき建物があったが、死んだような雰囲気であった。ハーティエンの海外沿いには、リゾート開発建設の看板を掲げた予定地を多く見たが、放置されたままであった。

キエンザン省のラグジャ―でも海岸沿いの高級住宅街やショッピング街が閑散としていた。住宅街にはまばらに人が住む気配があったが、ショッピング街はシャッター通り化していた。同じく、キエンザン省の国際的観光地、フーコック島でもバブルの痕跡を見つけた。船着場から市内に入る途中で建設を中断したビルを目にした。さらにビングループの子会社ビンパールが、2014年に営業を開始したビンパールフーコック リゾートも、雨季のローシーズンであったことも影響してか、人通りはまばらであった。また、リゾートを取り囲むように沿道を三角屋根の建物が延々と軒を連ねていたが、ほとんどテナントは入っておらずシャッター通り化していた。

ベトナムの経済成長は、コロナ禍前は7%前後の高成長を続けていた。ゼロコロナ政策によって、ベトナムの経済成長率は2019年の7.4%が2020年に2.9%に鈍化、21年も2.6%と低迷していた。22年は製造業の輸出が回復したことに加えて内需が伸びて8.0%の高成長を回復した。23年は輸出が伸び悩んだが堅調な内需が下支えして5.1%に持ち直した。しかし、不動産は低迷したままで冴えない。24年は、第1四半期の経済成長率は5.87%、第2四半期は6.93%と回復基調にある。上半期通期では6.42%で、業種別にみると、製造業の8.67%、サービス業の6.64%に対して、不動産は2.45%と依然として低迷している。

多様なスピリチュアル世界

最後に、短期間ではあったが、メコンデルタを車で駆け足で回って、車の窓腰から多くの仏教寺院、教会、モスク、廟を目にした。

ハーティエンの仏教寺院では、涅槃佛や観音様、大黒様、多重塔が一幅の絵のようにコンパクトに収められていた。道路を挟んだ正面にはキリスト教会があった。また、近くには、1700年にハーティエンに独立王国を築いた華人、鄚 玖(マク・クゥ)廟がある。鄚氏一族の支配域はフーコック島からカマウ半島にまで及んだというが、1800年代には阮朝(グエン王朝)の領域となった。

華人が商売の神として祭っている関帝廟や航海・漁業の守護神として祭られている媽祖廟も都市部でよく見かけた。媽祖は台湾・福建省・潮州で特に強い信仰を集めているが、メコンデルタ地帯の華人は潮州系が多いといわれている。

チャウドックからカンボジア国境に向かう国道91号線沿いで、イスラム寺院に出くわした。チャンパ国の末裔とされるチャム族の居住地域である。

チャウドックには、仏教徒にとって聖地ともいうべきサム山にバーチュアス廟、タイアン寺(西安寺)などがあり、旧正月には全国からベトナム人が訪れる。

タイニン省の省都タイニン市には、仏教寺院・キリスト教会・イスラム教のモスクを融合したような不思議な寺院がある。カオダイ教(Dao Cao Dai)の本山である。建物全体はキリスト教会風であるが、壁はなく風通しが良いイスラム寺院風、柱はとぐろを巻く黒蛇で装飾され、祭壇には木魚や鐘の仏具があった。祭られているのは、大きな目玉、天帝の「天眼」である。教会の前庭には、オベリスクが聳え立ち、さらにその先には白馬に乗って疾走する騎士像が配置されている。カトリック巡礼の三大聖地のひとつ、サンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂にある白馬の騎士が思い浮かぶ。不思議な空間を醸し出している。

さらに、タイニン市には300年以上の歴史を持つ寺院や仏塔が建つ信仰の山として知られるバーデン山が、北東 11 kmの距離にある。ここに、ロープウェイで数々のギネス認定を獲得しているサンワールド社が、仏教をテーマにしたテーマパーク、「サンワールド バーデンマウンテン」を建設し、2020年1月にロープウェイ(世界最大のロープウェイ乗り場)が運行を開始した。標高 986 メートルのバーデン山の頂上で数々のスピリチュアルワークを楽しむことができる。

写真4 鄚 玖廟 ©筆者撮影
写真5. モスク(チヤウドック) ©筆者撮影
写真6. 中央遠方に教会の尖塔(ロンアン省) ©筆者撮影
写真7. 「サンワールド バーデンマウンテン」(タイニン) ©筆者撮影
写真8. カオダイ教(タイニン) ©筆者撮影

ベトナム南部デルタ地帯

省・ 中央直轄市2020年 人口(千人)
平均年収(ドル)
特徴
カントー (中央直轄市)    1,241千人
2,608ドル
・HCMCから170km、車で3時間30分。カントー空港から10km、車で30分
・GRDP(域内総生産)構造は1次産業10.7%、2次産業28.1%、3次産業61.3%
・中央直轄市として柔軟な投資誘致施策の策定が可能。メコンデルタ地域の中心かつ以南各省の玄関口であるため、中央政府は各種インフラの要衝地としてカントー市に資源を集中的に投入。
ロンアン省1,714千人
2,194ドル
・HCMCから50km、車で90分。Cat Lai港から65km、車で90分。Cai Mep Thi Vai港から115km、車で2時間30分
・ホーチミン市の南西、メコンデルタ地域の玄関口に位置する。北側は137.7kmにわたりカンボジアと国境を接する。2次産業がGRDPの5割を占める。水田・農業地帯が広がる中にも、全国最多の工業団地数を誇るのが特徴。省内を3地域に分けると、西側の第1地域ではハイテク農業、エコツーリズム、カンボジアとの国境貿易の発展、中央の第2地域は再生可能エネ産業、河川エコ都市プロジェクトを開発、東側の第3地域は衛星都市や工業地帯の開発分野の投資を誘致する方針。
・農林水産業:全国2位の生産量を誇るドラゴンフルーツ、第4位のコメ。
アンザン省1,905千人
1,731ドル
・HCMCから185km、車で4時間。カントー空港から56km、車で90分。Cai Cui港から73km、車で110分
・GRDP構造は1次産業35.7%、2次産業14.8%、3次産業49.4%
・ 電気電子部品の組み立て、縫製・染色業、再生エネ産業(とくに太陽光・バイオマス発電)、農産物加工、観光業、都市開発の投資を優先する方針を示している。
・コメ、水産物(ナマズなど)の生産量が全国2位。日本品種のコメも栽培されている。主な水産物はパサ(ナマズ)、Dieu Hong(レッドティラピア)。生産量・輸出量とも大きいが、大手企業が少なく、家業零細単位の生産が多くを占める。水産養殖量の増加に伴い、汚泥や産業廃棄物の増加が課題となっている。
・縫製業については韓国からの投資が多く、なかには6,000人規模を雇用する企業もある。
・観光業が盛んで、とくにカンボジア国境に位置するチャウドック市は、仏教徒にとって特別な場所である。郊外にあるサム山にはバーチュアス廟、タイアン寺(西安寺)などあり、旧正月には全国からベトナム人が訪れる。
ドンタップ省1,600千人
2,056ドル
・HCMCから145km、車で3時間30分。カントー空港から80km、車で105分、Cai Cui港から85km、車で2時間
・ GRDP構造は1次産業37.5%、2次産業18.7%、3次産業43.8%
・果物の生産が盛んで日本にマンゴー、アメリカにロンガンなどが輸出されている。海に面していないため、水産物は淡水魚になるが、とくにナマズ養殖の生産量は有数(地場企業によるナマズ養殖加工の投資多数)で、国内外に供給。
ティエンザン省1,773千人
2,351ドル
・メコンデルタ地域の玄関口、北側は137.7kmにわたりカンボジアと国境を接する。2次産業がGRDPの5割を占める。水田・農業地帯が広がる中にも、全国最多の工業団地数を誇る、約2,550kmにも及ぶ内陸水路(水上交通網)、HCMCやメコンデルタ経済圏をつなぐ水上物流ルートが形成。
キエンザン省1,729千人
2,265ドル
・HCMCから245km、車で5時間40分。カントー空港から120km、車で2時間45分。カマウ空港から125km、車で2時間50分
・GRDP構造は1次産業41.2%、2次産業22.3%、3次産業36.5%
・排他的経済水域(EEZ)3,290km2を有することから、水産物の種類が豊富で、水揚げ高は全国の16%を占める。メコン川から分岐した下流域で豊富な水源と肥沃な土地に恵まれることから、コメの生産量はベトナム第1位。
・フーコック島:タンソンニャット空港から飛行機で1時間。島内は風光明媚な自然環境に恵まれ…リゾートホテルや関連サービス業の進出先として注目を集めている。ピークシーズンは10~4月。島内の宿泊施設は約500、うち17が5つ星ホテル。高品質な胡椒とヌックマム(魚油)の産地。
ヴィンロン省1,023千人
1,660ドル
・HCMCから130km、車で2時間50分。カントー空港から50km、車で70分
・メコンデルタ地域の中心に位置する省で、Tien川とHau川の間にある。GRDP構造は1次産業39.8%、2次産業17.8%、3次産業42.5%
・主要生産物はコメ、トウモロコシ、サツマイモ、ザボン、オレンジ、リュウガン、ランブータン、ドリアンなど農業中心。日本向けにはレンコン、サツマイモの加工品を輸出。
ベンチェ省1,292千人
1,837ドル
・HCMCから86km、車で90分。カントー空港から120km、車で2時間
・GRDP構成は1次産業37.0%、2次産業18.9%、3次産業44.1%
・農業開発、農水産物の加工・製品化、観光・エコツーリズム、再生可能エネ産業などの投資を優先する方針。
・農林水産業:ベトナム最大のココナツ産地。ザボン、ランブータン、ドリアン、マンゴスチンなど柑橘系果樹の生産も多い。エビ、イカ、ナマズなどの水産物の養殖・加工も盛ん。
・陸路については、省北部のRach Mieu橋からHCMCまで国道60号線で約90分。今後Rach Mieru橋への接続道路も整備予定。省南部のCo Chien橋はチャビン省、ソックチャン省、バックリュウ省などメコンデルタ地域各省へのアクセスに利用される。
・水路については、メコン川の支流にあたる4河川が省内を通り、HCMCや南西部各省への水上輸送の要所となっている。Giao Long港はSaigon New Port社が管理・運営。
チャーヴィン省1,010千人
1,782ドル
・HCMCから130km、車で3時間30分。カントー空港から70km、車で1時間  
・GRDP構成は1次産業30.1%、2次産業34.9%、3次産業34.1%
ソクチャン省1,196千人
1,885ドル
・HCMCから225km、車で4時間40分。カントー空港から70km、車で100分。Cai Cui港から60km、車で90分
・コメの生産量は全国5位、エビ養殖量はカマウ省に次いで全国2位。
ハウザン省730千人
2,061ドル
・HCMCから240km、車で4時間。カントー空港から55km、車で90分。Cai Cui港から52km、車で90分
・旧カントー省がカントー市とハウザン省に分割され発足した。メコンデルタ地域を流れるホン川の中央に位置し、周辺各省をつなぐ高速道路整備計画上の接続地となっている。
・コメ、サトウキビ、野菜、熱帯果物、畜産、水産養殖を主力とする。生産単位の規模が小さく、生産量や生産性の改善は限定的。また、営農事業者間の連携(組合組織)が未熟で、物流コストが比較的高い。
バクリエウ省914千人
1,731ドル
・HCMCから270km、車で5時間30分。カントー空港から115km、車で2時間30分。Cai Cui港から105km、車で2時間20分
・GRDP構造は1次産業41.7%、2次産業21.2%、3次産業37.2%
・エビの養殖量が全国3位で、高度技術エビ養殖地域に指定されている。
カマウ省1,194千人
1,573ドル
・HCMCから305km、車で6時間30分。Cai Cui港から140km、車で3時間10分。
・GRDP構造は1次産業34.5%、2次産業29.7%、3次産業35.8%
・メコンデルタ地域で最も広い森林面積(14万ha)を有し、エビ養殖生産は国内1位。
メコンデルタ計17,319千人
2,008ドル
 
南東地域18,343千人
3,124ドル
 
ホーチミン9,228千人
3,389ドル
 
ベトナム全体97,583千人
2,203ドル
 
資料:ジェトロ等

ベトナム南部メコンデルタ地域地図(省別)

出所:ITI作成

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