2024/10/18 No.141宝石の国スリランカ
川野祐司
東洋大学教授
国際貿易投資研究所客員研究員
スリランカの経済
スリランカはインド洋に浮かぶ島国であり,インドの南東に位置する.南北に435㎞,東西に250㎞であり,九州の約1.5倍の面積を持つ.1年を通して気温が30度近くになる高温多湿の国でもある.
主要産業は農業や繊維産業であり,紅茶や天然ゴムなどは幅広く輸出されている.カレーが伝統的な食事で日常的に食べられており,様々なスパイスもスリランカの名産品である.米も生産されている.島国であることから,マグロなどの海産物も豊富である.ブラジル,ロシア,マダガスカルなどと並んで多くの宝石が採れることでも知られている.
1983年から2009年まで続いた内戦後,中国などの外国からの援助によりインフラ開発を進めたが,汚職の蔓延と債務返済の行き詰まりにより2010年代末から経済が悪化している.2017年にはスリランカ南部のハンバントタ港を中国に99年間貸し出す契約を結び,債務の罠が大問題となった.これらを背景に,2019年の連続爆破テロ,2022年の反政府運動など国内では混乱が続いている.2024年の選挙では初めて左派の候補が大統領に選出された.
1人当たりGDPは約3300ドル.2021年末からインフレ率が急上昇し,2022年9月には前年比69.8%に達した.2023年前半まで1年半にわたってインフレが続いた結果,2010年代に比べて物価水準は約2倍に上昇している.観光には,日本の地方,または東欧の旅行と同じくらいの費用がかかる.
【写真1】
スリランカの宝石
スリランカの宝石としては,サファイア,ルビー,スピネル,クリソベリルが価値の高い宝石として知られている.
サファイアとルビーはともにコランダムという鉱物であり,化学組成でみると酸化アルミニウムである.クロムで着色された赤色のコランダムがルビー,それ以外の色をサファイアという.純粋なサファイアは無色であるが,鉄とチタンで着色されると青色になる.スリランカではオレンジがかったピンク色のサファイア,パパラチアサファイアも採れる.大粒のパパラチアサファイアは非常に高値で取引されている.
【写真2】
スピネルはスピネル族に属する宝石であり,コランダムに化学組成が似ている.レッドスピネルはルビーに匹敵する美しさを持つが,知名度がないためルビーよりも安価に取引されている.科学が発達する18世紀まではルビーとレッドスピネルは同じ宝石だとされていた.純粋なスピネルは無色だが非常にレアであり,スリランカでは,ピンク,紫,青などが採れる.ブルースピネルでは,コバルトがわずかに含まれるコバルトブルースピネルも採れる.
【写真3】
クリソベリルは黄色から緑色の輝きの強い宝石であるが,日本では知名度が低い.クロムで着色され,LEDライトを当てると緑,電球ライトを当てると赤紫に変色するアレキサンドライトは非常に高価な宝石として知られている.スリランカ産のアレキサンドライトは,緑色ではなく黄緑色であり,ロシア産やブラジル産よりも評価が低く購入しやすい.猫の目のような模様が浮かび上がるキャッツアイもクリソベリルである.
その他の重要な宝石にはジルコンとムーンストーンがある.ジルコンは様々な色があるが,放射性物質を含んでいるために内部が崩壊しつつある宝石である.内部の崩壊が進むと褐色になるが,スリランカ産ジルコンは緑色になることで知られており,鮮やかなグリーンジルコンはレアストーンとして取引されている.欠けやすい宝石でもある.ムーンストーンはオーソクレースとアルバイトという2種類のフェルスパーが層状になったものであり,月の光のようなシラー効果(アデュッラレッセンス)が知られている.シラー効果は光の散乱によって生じるが,青色のシラーはレイリー散乱,白色のシラーはミー散乱によって生じる.ブルーシラームーンストーンは珍重されている.
【写真4】
その他には,アメシスト,ローズクオーツ,シトリン,アゲート,ガーネット,アクアマリン,トルマリン,トパーズなど幅広い宝石が採れる.スリランカではダイヤモンドは採れない.
宝石の採掘と加工
スリランカの様々な場所で宝石が採掘されているが,スリランカの鉱床はすべて沖積鉱床である.宝石は温度や熱など様々な条件により形成されるが,最終的には宝石の結晶は岩石とともに存在する.岩石は風雨や温度変化の影響で崩れ,宝石の結晶は雨水などで流される.流されることで結晶が転がって角が取れ丸くなる.結晶は泥や砂の中に埋もれるが,この状態を沖積鉱床という.サファイアは両錐型または樽型の結晶でも発見されるが,その他の多くの宝石は丸い石のような形で単独で発見されるか,結晶が小さな岩にめり込んだ形で発見される.
【写真5】
今回は,アンバランゴダ近郊のミーティヤゴダでムーンストーンの採掘坑を,ラトナプラ郊外のニーティガラやペルマドゥラでサファイア等の採掘坑を見学した.ミーティヤゴダやラトナプラ市内の採掘坑は観光地化しており,採掘はしているものの,観光料や観光客への宝石の販売が主な目的となっている.今回見学したミーティヤゴダのムーンストーン採掘坑もシナモン工場や宝石販売店が併設していた.ニーティガラやペルマドゥラでは観光客が訪れない自然な形の採掘坑を見学することができた.
宝石を採掘するには,まず地下に穴を掘る.山中,林,休耕田などで1.5メートル四方の四角い穴を5-20メートルほど垂直に掘り,穴は木組みの枠で補強される.そこから特定の方向に10-数十メートルほど水平に掘り進めながら,泥を採取する.スリランカでは雨が頻繁に降るため,排水ポンプも併設される.筆者はペルマドゥラで採掘坑に入ろうと挑戦したが,2メートルほど降りたところで断念した.木枠の足場は非常に滑りやすく,泥まみれにもなる.採掘人は裸足と上半身裸で作業しているが,泥に埋もれて仕事をするため服は役に立たない.泥はパンという皿に入れ,水で泥を洗い流すパンニングと呼ばれる作業を行う.パンには価値のない石と宝石の原石が残るが,筆者には違いが分からなかった.
【写真6】
ルビーやサファイアは色を調整したり,スターを出したりするために加熱処理が施される.今回は加熱処理も取材したかったが,情報が得られなかった.筆者の友人のスリランカ人の宝石商も情報が手に入らないという.加熱処理はルーペで拡大してヒートディスクなどの痕跡を探すか,FTIRなどの機材を用いて鑑別することになる.加熱処理をした方が色が美しくなるが,非加熱のルビーやサファイアの方が希少価値が高い.
原石はカットと研磨を施される.カットという言葉からはレーザーなどで不要な部分を切り落とすことがイメージされるが,実際には原石を回転盤に押し付けて削り取る作業を指す.そのため,1つの原石からは1つのカット石しか取れない.
原石は様々な形をしており,ラウンドやクッションなどのカット石の形にするためには,かなりの部分を切り落とすことになる.また,原石の内部には大きな傷や内包物が含まれていることが多く,そのような部分を避けてカットする.そのため,カットによって原石のかなりの重量が失われる.筆者が購入したグリーントルマリンの原石は13.3ct(1ctは0.2グラム)だったが,カットが終わった時点で6.2ctにまで目減りした.6.0ctのパープルスピネルはカット後に3.2ctとなり,約半分の重量がカットによって失われる.
【写真7】
カット後の宝石には輝くが全くなく,表面がざらざらしている.宝石の輝きは研磨(ポリッシュ)によって引き出される.研磨も回転盤に宝石を押し付けることで行われ,カットと同じような作業に見える.研磨の良し悪しは宝石の見栄えに大きく影響するため,腕の良い職人には依頼が殺到する.10カラット程度の原石であれば,数時間でカットでき,研磨も数時間で終わる.
宝石の取引
スリランカには仏教徒が70%,ヒンドゥー教徒が15%,イスラム教徒が10%,その他キリスト教徒などが居住している.宝石の取引はタミル語を話すイスラム教徒が大部分を占め,スリランカ南西部のベルワラに居住している.ナレーム・ハジャール(1933-2005)がスリランカの宝石の輸出事業を拡げたことから,スリランカの宝石が世界中で取引されるようになった.ハジャールは宝石の販売益で大学を設立し,ベルワラにも学校やクリケットスタジアムを建て,スリランカ社会への還元を進めた.ベルワラの宝石商人の間では今でも尊敬の対象となっている.
筆者はラトナプラとベルワラの宝石取引の場所を見学した.どちらも,町中の道路沿いにサロン(男性用巻きスカート)を着用した人々が多くたむろしており,決められた時間になると様々な場所で自然発生的に取引が始まる.近年は中国人の進出が進んでおり,将来は中国人が多数派になるのではないかという危惧がある.
ラトナプラは近隣に宝石の採掘場が多くあることから,原石の取引が活発に行われている.もちろんカット石も取引されている.高品質な原石は,採掘場のオーナーと取引関係のある業者に販売されているようであり,そこで売れ残った原石が町で売られているようである.売り手は採掘場の関係者や自分で原石を仕入れて売る中間取引者もいるようだが,採掘場のオーナーから雇われた販売人が多くを占めているようだ.これらの販売人は売り上げの一定割合を歩合給として受け取っているようであり,できるだけ高い価格で販売しようとする.購入者はベルワラやコロンボから通っている人が多いそうだ.
筆者はスリランカ人の宝石商と一緒にラトナプラの町を歩いたが,すぐに販売人に囲まれることとなった.原石はウエストポーチやサロンにつけられたポケットに入っている.カット石は5㎝×10㎝位のチャック付きのビニール袋に入れられることが多いが,原石は新聞紙や紙に包まれた状態で運ばれている.1つの包みに多くの原石を入れている人もいた.原石はカットや研磨されるため,表面に傷がつくことは気にしていないようだった.
多くの販売人は,売り物の中から1つの原石を手に載せて我々に差し出してくる.イスラム教徒が多いため,宝石は右手に載せて差し出される.興味がなければ差し出した手を無視してよい.興味がある石は手に取って,ペンライトの光を当てたり太陽に透かしたりして品質を見定める.原石の中に大きな傷や内包物があれば,カットで取り除く部分が増えてカット後の重量が減るため,原石を慎重に見定める必要がある.日本と違い,ここでは懐中電灯くらいの大きさのペンライトが使われている.販売人は押しが強く,次から次へと原石が差し出されるが,無理をして買う必要はなく,はっきり断ればよい.
【写真8】
気になる原石があれば価格の交渉が始まる.石の中にはすでに商談中のものもあり,オファーがあると表現される.「30万ルピーのオファーがある」と言われれば,それよりも高い価格で買うのならばあなたに売りますよ,という意味になる.英語はほとんど通じないため,スリランカ人に同行してもらう必要がある.
多くの原石は水磨した小礫であり,石ころと見分けがつかない.岩石中にできた結晶が川などを流れる間に角が取れて丸くなることで,元の結晶の形が分からなくなる.本当に宝石なのかどうかを見極める目が必要とされる.ただ,サファイアだけは標本のような両錐体結晶を多く目にした.
ベルワラでは主にカット後の宝石が取引されている.町中の一角に販売者と購入者が集まる.イスラム教徒が多い町であるため金曜日には取引は行われないが,毎日取引が行われている.特に水曜日と土曜日の午後は多くの人が集まる.近年はスリランカ産に加えてタンザニア,モザンビーク,マダガスカル,インドなどの宝石も入ってきている.美しいグリーンのツァボライトやピンク色のマヒンゲスピネルなどが手に入る.カットだけが施されており,まだ研磨をしていない状態の宝石も取引されている.研磨前の宝石を買うのはリスクもあり,研磨しても輝かない宝石もある.
ベルワラでも取引が行われる通りを歩いていると,ビニール袋に宝石を入れた販売人が寄ってきて宝石を差し出す.何度断っても次から次に手持ちの宝石を出してくる販売人もいる.オフィスを借りてそこで買い付けを行う業者もおり,販売人が次々にオフィスに入ってきて宝石を差し出してくる.販売人はサンダルを履いているが,オフィスに入るときにはサンダルを脱ぐ.スリランカでは家の中では靴を脱ぐ人が多い.筆者はスリランカ人の友人とオフィスで宝石を見ることにした.オフィスはガラス張りになっているので,購入者がいることは外からでもわかる.次々に販売者がオフィスに入ってきた.
【写真9】
取引される宝石は様々だが,サファイア,アレキサンドライト,スピネルが多かった.8ctの美しいパパラチアサファイア,10カラット以上のブルーサファイアなど大粒の宝石も多い.自分の服で宝石を拭ってから差し出す人もいる.サファイアの硬度は9と高いため服で拭っても傷はつかないが,どうしても気になってしまう.また,宝石は手づかみで受け渡され,ピンセットは使わない.交渉はタミル語で行われる.なお,スリランカではシンハラ語が多数派の言語であり,タミル語は主にイスラム教徒が使う少数派の言語である.英語を話せる販売人は少ないため,交渉のためにスリランカ人を同伴する必要があり,中国人の購入者のそばにもスリランカ人がいた.
サファイアは加熱処理の有無が価格に影響する.加熱処理をしたものはヒート,していないものはナチュラルと呼ばれていた.ここではナチュラルは天然という意味ではない.ほとんどの宝石は天然の宝石ではあるが,中には合成が疑われる内部が非常にクリーンなものも見かけた.筆者は10倍ルーペ,分光器,二色鏡を持参したが,1つ1つの宝石をじっくり検査する時間の余裕はなく,一瞬で宝石種,グレードを見極める経験が必要とされる.
ラトナプラでもベルワラでも価格の高さに驚いた.日本の小売価格よりも高いと思われる価格が平然と飛び交っていた.アメリカや中国で宝石の価格が高くなっていることが原因だと思われるが,同時に日本人の購買力の低さも実感した.サファイアのルース(指輪などにセットされていない裸石の状態)は,1個で数十万円~数百万円のものが多かった.私がそばにいるから高い価格を提示しているのではないかと思ったが,スリランカ人の友人は「この日本人は写真を取るだけで買わない」と宣言していたそうだ.
ベルワラではインド,モザンビーク,マダガスカルなど様々な地域の宝石も取引されている.スリランカとマダガスカルはもともと隣り合う地域だったが,大陸移動によって現在は遠く離れている.地質学的には似通っているため,宝石も同じようなものが採れる.マダガスカル産のアレキサンドライトはスリランカ産よりもやや緑色が強く出るが,それでもブラジル産には遠く及ばない.色味でもスリランカとマダガスカルで共通点が見られる.
アフリカ産の宝石はスリランカ産よりも価格が低いが,品質の高い宝石も多い.例えば,近年はモザンビーク産のルビーに注目が集まっている.ミャンマー産に匹敵する鮮烈な赤色(いわゆるピジョンブラッド)の石が多く,非加熱ルビーも多く採れている.様々な産地の宝石が流入しているため,注意も必要となる.サファイアとして差し出された濃い青色の宝石は,タンザナイトかもしれない.スリランカでは濃いグリーンのガーネットはツァボライトとして売られている.ケニア産のみをツァボライトと呼びたいのであれば,産地の確認が必要となる.
ここまでの話はすべて業者間の取引である.スリランカには一般の観光客向けの宝石店が数多く存在する.ブルートパーズ,アメシスト,シトリンなどの宝石がシルバーにセットされたアクセサリーが売られていた.これらは価格の低いものであり,アメシストやシトリンは合成が疑われるものも多く見かけた.ブルートパーズは無色のトパーズに放射線と熱処理をしたものであり,大粒でクリーンな石が安価に売られている.ブルーサファイアのルースなどを販売している業者もあるが,日本で購入するよりも高い価格で売られていた.南米やアフリカのものに比べて,スリランカの宝石は価格が高いという印象を持った.
スリランカの観光地としての適性
スリランカ人は丁寧で優しく接してくれる.ビーチ,山,サファリなど自然は美しく,象などの様々な動物に出会える.キャンディ,シギリヤ,ポロンナルワなど歴史を感じる観光地も多い.様々なフルーツ,紅茶,コーヒー,カレーなどエスニックな食べ物も多くある.途上国ではあるものの交通インフラは整っており,多くの地域に簡単にアクセスできる.
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観光客は安全に観光を楽しむことができるが,500mlのペットボトルの水が80-200ルピー(約40-100円),ガソリンは1リットル350-380ルピー(約175-190円),まともなホテルは1泊100USD程度と滞在費は決して安くない.なお,ラトナプラには日本人が泊まってもいいと思えるホテルは1件しかない.宝石を購入する人々はベルワラやコロンボから来るが,日帰りできるためである.
入場料やアクティビティの料金など多くの料金がスリランカ人向けと外国人向けの二重価格になっている.外国人向けの価格がスリランカ人の10倍以上に設定されていることも多い.道端で売っているフルーツの価格にも二重価格が設定されている.チップは日常的に要求される.観光地では売り子やガイドなどが何度断ってもしつこくついてくる.経済の混乱を経て,外国人からできるだけお金を搾り取ろうとする傾向が強くなっているのではないかと思われるが,毎日不愉快な思いをするだろう.
舗装された道路が全国に整備されているものの,交通マナーは非常に悪い.特に,民営バスは歩行者,トゥクトゥク,バイク,車やトラックを煽って信じられないスピードで走っている.事故もよく起きる.キャンディで8月に開催されるペラヘラ祭りはYouTubeでストリーミング配信されている.動画が最も快適に見る方法であり,現地で大変な思いをすることはない.リッチな観光資源を持ってはいるが,質の高い観光地になるためには多くの努力が必要となるだろう.
【写真11】
スリランカはアジアとヨーロッパを結ぶ航路の中間地点にあり,地理的な優位性を持っている.スリランカの1人当たりGDPは低いが,将来の経済成長の可能性を秘めている.多くのスリランカ人が来日して様々な業界で働いており,筆者の肌感覚ではスリランカ人と日本人との関係は悪くないように思える.スリランカでは日本車の中古車が大部分を占めている.可能性を秘めた国であるにもかかわらず,日本での注目度は低いように感じられる.中国は積極的にスリランカに進出しており,現地では歓迎する声も危惧する声もある.日本が進出すればスリランカから歓迎されることは間違いない.日本がチャンスを逸しているようで残念に感じた.
宝石についての資料
宝石学の情報はあまり多くないため筆者による動画資料を紹介する.
https://www.youtube.com/watch?v=b0GHT5xjwPI&list=PLeTkOLp4hkIzVYLuqW5raEkjr3gSXfTKY&pp=iAQB