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コラム

2024/10/30 No.142米新政権の誕生でより米国の懐に入り込まなければならない日本~破壊的なトランプ高関税を「減税と規制緩和等」で成長軌道に押し上げられるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

全米での支持率ではハリス候補がややリード

2024年の米国大統領選挙は、11月5日(火)に行われる。カマラ・ハリスとドナルド・トランプ両候補は投票日に向けて、全米で538人に達する選挙人の過半数(270人以上)を得るために、熾烈な戦いを繰り広げている。米国の大統領選挙においては、ほとんどの州において勝者総取り方式(ウイナーテイクオール方式)が採用されており、最も多い票を集めた候補が州に割り振られた選挙人の全てを獲得する。ところが、ネブラスカ州とメイン州おいては、勝者総取り方式以外の方式も取り入れられている。

24年米国大統領選においては、8月中旬に開催された民主党の全国大会以降のハリス候補の支持率の高まりは陰りを見せ、選挙の投票日から1か月を切った時点では、トランプ候補の支持率が上向きつつある。それでも全米での世論調査の結果では、誤差の範囲内とのことであるが、ハリス候補がトランプ候補に1~2ポイント上回っている。ところが、7つの激戦州においてはトランプ候補の追い上げが見られるようになっており、大統領選挙ではどちらが勝ってもおかしくない状況にある。

7つの激戦州で追い上げるトランプ候補

24年10月18日(金)時点において、米国の政治に関するウェブサイトである「270toWin」によれば、民主党のハリス候補は西部のカリフォルニア州や北東部のニューヨーク州などで優勢に展開し、226人の選挙人を獲得していると見込まれている。これに対して、共和党のトランプ候補は中西部のミズーリー州や南部のテネシー州などで優勢であり、219人の選挙人を確保しているとされている。

残された選挙人数93人(538人-226人-219人)は、接戦が見込まれる7つの激戦州(ミシガン州(選挙人15人)、ウィスコンシン州(10人)、ペンシルベニア州(19人)、ネバダ州(6人)、ノースカロライナ州(16人)、ジョージア州(16人)、アリゾナ州(11人))に割り振られている。

したがって、ハリス候補が当選のために必要な270人の選挙人を確保するには、93人中少なくとも44人、トランプ候補が当選するには少なくとも51人の選挙人が必要である。 例えば、ハリス候補が優勢な州で226人の選挙人を固め、激戦7州における中西部のミシガン州とウィスコンシン州及び北東部のペンシルベニア州の3州で勝利すれば、激戦州で44人の選挙人を獲得することになり、全体でちょうど270人(226人+44人)の選挙人を獲得できる。これに対して、トランプ候補が優勢な州で219人の選挙人を確保し、激戦7州の中でペンシルベニア州及び南部のジョージア州とノースカロライナ州で勝利すれば、270人(219人+51人)の選挙人を獲得することになる。

リベラルな論調で知られるニューヨークタイムズの24年10月21日時点の世論調査では、ハリス候補は激戦7州の内、ウィスコンシン州とペンシルベニア州と西部のネバダ州の3州で1ポイント以下のリードを保っている。一方、トランプ候補は他の4州であるミシガン州とノースカロライナ州で1ポイント以下、ジョージア州で1ポイント、西部のアリゾナ州で2ポイントのリードを見せている。

ニューヨークタイムズの世論調査が大統領選挙で実現した場合を想定すると、ハリス候補が獲得する全体の選挙人は261人(226人+35人)、トランプ候補は277人(219人+58人)となり、トランプ候補の当選となる。もしも、ハリス候補がリードしている3州に加えてミシガン州かノースカロライナ州のいずれかに勝てば、選挙人はそれぞれ15人と16人ずつ増えるので、ハリス候補の当選となる。

ハリス候補が7つの激戦州で44人以上の選挙人を獲得する州の組み合わせをリストアップすると、20通りに達する。これに対して、トランプ候補が激戦州で51人以上の選挙人を獲得する組み合わせは、21通りとなる。そして、ハリス候補とトランプ候補が獲得する選挙人が同数(269人)となる組み合わせは3通りである。ハリス候補が優勢と見込まれる州の選挙人獲得に取りこぼしがあった場合や、劣勢と伝えられる州で逆転勝利があった場合を考慮すれば、当選への組み合わせはさらに複雑になる。

10%追加関税から上限を20%や50%まで引き上げる可能性を示唆

トランプ候補は、選挙キャンペーンの早い段階から、輸入品に対し世界一律10%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課することを表明している。例えば、現行で2.5%の米国の乗用車の関税は12.5%に上昇することになる。

戦後の米国において、世界一律に10%の関税引き上げを行った例としては、1971年8月に当時のリチャード・ニクソン大統領が輸入品に対して10%の課徴金を賦課したことを挙げることができる。この背景として、海外から米国への輸出が増え米国の国際収支が悪化することで米国の金準備は減少し、ドルと金との交換が難しくなるほどドルの信認が低下したことが考えられる。ニクソン大統領による10%の輸入課徴金の導入は、金とドルの交換の一時停止や90日間の賃金・物価凍結などの経済政策と同時に進められた。米国通商政策史の専門家であるダートマス大学のダグラス・アーウイン教授の研究によれば、ニクソン大統領が導入した10%の輸入課徴金は4か月しか実行されなかったが、米国のカナダからの輸入を2.6%減少させたとのことである。

また、トランプ候補は2024年8月14日のノースカロライナ州での集会において、当初においては10%としていたユニバーサル・ベースライン関税を、10~20%にまで広げた関税措置の実施を表明した。さらに、トランプ候補は24年10月15日、10%の関税は製造業を米国に回帰させるには不十分であり、場合によっては50%まで高く設定する可能性があることを示唆した。この50%の関税賦課の発言は、トランプ前政権時の鉄鋼の関税引き上げが鉄鋼業界を助けたことを念頭に置いたものと見込まれる。

そして、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すこと、あるいはメキシコから輸入される中国車に対し100%もしくは200%の関税を適用することを表明している。トランプ候補は2026年に控えるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直しの際に、原産地規則の再検討を要求する可能性がある。

このように、トランプ候補は前政権時を上回る関税の引き上げを主張しており、同候補の当選により10~20%のユニバーサル・ベースライン関税や60%を超える対中関税が施行されたならば、EUや中国などからの報復関税措置はもちろんのこと、USMCAなどの米国が締結したFTAの他の加盟国も、米国の関税賦課に対して訴えを起こす可能性がある。なお、トランプ候補は外国が米国製品に関税を課す場合、米国もその国の製品に同等の関税を課すことができる互恵通商法の創設を検討していると伝えられる。

カナダの実質所得の1.5%減を招くトランプ10%関税

トランプ候補が提案した10%のユニバーサル・ベースライン関税と60%の対中追加関税の組み合わせは、米国の加重平均関税率を17%近くまで高めるとの試算もあり、1930年のスムート・ホーリー関税法以来の高い関税水準となる可能性がある。

カナダ商工会議所は2024年10月、10%のユニバーサル・ベースライン関税実施によるカナダ経済への影響に関する試算結果を明らかにした。それによると、米国の課税に対しEUや中国など輸出国からの報復措置がない場合は、カナダの実質所得は0.9%、労働生産性は1%減少する。報復があった場合は、それぞれ1.5%、1.6%の減少となり、カナダの1人当たり実質年間所得は800ドルほどの損失を被ることになる。

10%ユニバーサル・ベースライン関税のカナダ産業への影響に関しては、エネルギー関連産業、自動車や他の輸送機器、卑金属・医薬品・化学・紙製品産業などの分野でインパクトが大きいようだ。日本も米国に対して、乗用車・自動車部品、ブルドーザー・印刷機、半導体・蓄電池、医薬品などを中心に輸出しており、カナダの対米輸出品目と重なる分野もある。

しかしながら、日本の2023年の対米輸出金額は1,470億ドルとカナダの約3分の1であるため、カナダほどの影響はないと考えられる。ただし、ユニバーサル・ベースライン関税が10%を超えて、20%や50%に近づくならば、無視できない影響が現れるものと見込まれる。

トランプ高関税による景気減速を減税と規制緩和等で押し上げられるか

米国におけるトランプ10%関税の影響に関する試算を見てみると、ピーターソン国際経済研究所は24年5月、米国の平均的な世帯は年間約1,700ドルの負担増となることを公表した。Center for American Progress Action Fund(アメリカ進歩センター行動基金)は同年3月、10%一律関税は一般的な中所得世帯に年間約1,500ドルの負担増、8月には20%の一律関税と60%の対中関税の組み合わせが3,900ドルの負担増をもたらすことを明らかにした。

こうしたトランプ高関税が広範な報復関税を招くとすれば、世界の貿易システムに少なからぬ影響を与えることは明らかである。トランプ候補は高関税が米国の世帯の負担増にはならないと主張している。また、トランプ陣営は、10%のユニバーサル・ベースライン関税などの高関税の実施に当たって、成長を促す減税や不必要な規制の削減、半導体等の重要なセクターへの補助金拡大などと組み合わせることにより、米国経済の成長を押し上げることが可能だとしている。

トランプ陣営の主張が実現するには、多くの外国政府が報復関税をもって対抗しない状況が生まれるとともに、相当な規模の減税や規制緩和及び補助金支出などが打ち出されることが求められる。そうなるためには、トランプ候補が当選するだけでなく、共和党が上下両院で多数派を占めることで政策の実現性を高めることが必要になる。

通商政策に言及しないハリス候補と経済政策でのトランプ候補の優位性

ハリス候補は、依然として自身の通商政策を明らかにしていない。同候補はTPPやUSMCAに反対したこともあり、労働者の不利に繋がるような政策に当面は敢えて言及しないという立場を貫いている。しかし、国内経済対策等に関する発表を2度にわたって行ったものの、経済政策全般の評価に関してはトランプ候補の後塵を拝しており、大統領選の投票日が近づくにつれてトランプ候補に追い上げられている一つの要因になっている。

実際に、両候補の経済政策に伴う財政収支の動向を試算した結果を見てみると、トランプ候補の財政支出の方が、より大きな財政赤字を生むことになるものの、ハリス候補を上回っている。超党派の議員で構成されている「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は24年10月7日、両候補の政策に伴う財政への影響を発表した。

それによると、ハリス候補の政策は2026年から35年までに債務を3.5兆ドル増加させ、トランプ候補の政策は債務を7.5兆ドル増加させる。内訳を見ると、歳出増を招くハリス候補の政策には、「年収40万ドル未満の世帯への2017税制改革法の延長(10年間で3兆ドルの減税)」、「児童扶養税額控除やその他の個人税額控除の拡充(1.4兆ドル)」などがあり、全体で7.3兆ドルの支出の増加となる。

これに対して、トランプ候補の主な歳出計画には、「2017税制改革法の修正と延長(5.3兆ドルの減税)」、「残業所得の税金免除(2兆ドル)」、「社会保障給付の課税廃止(1.3兆ドル)」などがあり、全体で10.2兆ドルの支出増となり、ハリス候補を2.9兆ドル上回る。なお、10%のユニバーサル・ベースライン関税による関税収入は、10年間で2.5兆ドルと推計されている。

トランプ候補は投票日の2週間前の10月22日、ノースカロライナ州の選挙集会において、もしも当選したならば米国内で製造した自働車のローン利息を税控除の対象にすることを示唆した。ハリス候補もこれまでに中間層への減税や児童扶養税額控除などの計画を明らかにしているが、大統領選挙の最終段階を迎えるにあたって、より斬新な経済対策とともに、これまでに打ち出してきた政策の有効性を改めてアピールする必要性が増しているように思われる。

米国新大統領就任後の日本企業の選択

2024年米国大統領選挙において、ハリス政権が誕生しようとトランプ政権が誕生しようと、日本企業にとって意味するところは、これまで以上に現地化を進め、米国の懐に入り込まなければならないということである。

日本は1980年代に製造業の競争力で先頭を切るようになり、半導体や自動車及び家電などの分野におけるモノづくりで頂点に立った。しかし、日本のモノ作りは、90年初頭のバブルの崩壊から失われた30年を経て、幾つかの分野で中国や韓国に後塵を拝するようになった。

今や、日本のモノづくりにおいて高い競争力を維持し、輸出をリードしている分野は自動車や半導体製造装置などに徐々に狭められつつある。米国などの生産の現地化要求とともに、製造コスト削減を目的とする日本企業の中国・ASEAN等での海外生産の拡大により、日本国内への設備投資が減少し、日本では国内産業の空洞化が進んだ。中国やASEANでの急速な需要拡大はあったものの、日本の国内需給ギャップの解消が進まず、90年代以降のデフレからの脱却は進展しなかった。その結果、日本企業の賃金は長い間上昇せず、それにつれて消費は伸びず、デフレのスパイラル現象は一向に収束することはなかった。

それが、2020年代に入り、円安や人件費・資源エネルギー価格の上昇を契機に日本の消費者物価が前年から2%以上の増加を示すなど、ようやくデフレ脱却の兆しを見せるようになった。せっかく日本の需給ギャップの解消が進展する好機を迎えている中、米中対立の激化が進んでおり、日本は米中間のデカップリングにどう対応するかで正念場を迎えている。

すなわち、日本企業は米国を始めとする西側の同盟国と協調しながら中国の不公正貿易慣行に対抗しながらも、中国との経済関係を今後とも維持していくか(デリスキング)、あるいは、これまでに進めて来た中国での生産拠点やサプライチェーン網の拡充から転換し、インドやASEANなどへの生産移管を押し進めるかどうかの決断を迫られている。

つまるところ、2024年の米国新大統領を迎える日本企業の選択は、短期的には、ハリス・トランプ両候補のいずれが当選しても、電気自動車(EV)やバッテリーなどでの北米での現地生産を増強せざるを得ず、台湾企業などで進みつつある中国から他のアジア諸国等への生産シフトを検討しながらも、技術移転が軌道に乗るまでは中国との経済関係を維持することになると思われる。

一方、中長期的には、米国のインフレ削減法(IRA)や輸出管理規制等に基づく対中規制に抵触しない分野・製品などの中国との取引を維持拡大しつつ、賃金上昇や地政学リスクの高まり及び米中対立激化を考慮しながら、中国以外の製造拠点への技術や生産の移管を進めていくものと思われる。基本的には、日本企業は米国との同盟関係を重視しつつも、米中に対して均衡(両面)戦略を採ることになると見込まれる。

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