2025/04/07 No.539ドイツの財政政策転換―債務ブレーキの修正
新井俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
ドイツ総選挙、キリスト教民主・社会同盟が第1党に、ドイツのための選択肢が躍進
2023年、24年とマイナス成長が続いたドイツにおいて、景気刺激策のため財政支出の拡大を目指す連立与党の社会民主党(以下、SPD)と緑の党と、財政規律を重視する同じく連立与党の自由民主党(以下、FDP)との対立が激化し、FDPが連立政権を離脱することにより3党連立政権が崩壊した。2024年12月16日、連邦議会でオーラフ・ショルツ首相への信任案が否決され、本年2月23日に連邦議会選挙が実施されることが決定された。
選挙の焦点はフリードリッヒ・メルツ新党首を擁するキリスト教民主・社会同盟(以下、CDU/CSU)が第1党に返り咲き、メルツ首相誕生となるか、ということと極右政党であるドイツのための選択肢(以下、AfD)がどこまで票を伸ばすかということであった。
各政党の選挙プログラムをドイツの公共放送局(以下、ARD)が紹介していたが、注目される政策を挙げると以下のようになる。経済政策については、SPDはエネルギー政策で電力料金の送電手数料を引き下げることを提案しているほか、投資控除10%、電気自動車については引き続き促進、EUの車の排ガス規制については罰金の免除、高速道路での130km/hの速度制限の導入などを掲げている。CDU/CSUはやはり電力送電料の引き下げ、減税、社会保障料の引き下げ、経済に悪影響を与えないような気候変動対策、原発再導入の検討、サプライチェーン法の廃止などである。気候変動対策ではAfDがパリ協定からの離脱、原子力再導入、風力・太陽光発電の廃止、ロシアからの天然ガス再輸入など過激な政策を掲げている。
表1. 選挙結果一覧(単位;%)

世論調査はARD Deutschlandtrend
選挙結果はCDU/CSUが28.6%を獲得し、第1党に返り咲き、SPDはAfDにも抜かれて第3党に陥落、FDPとサラ・ヴァ―ゲンクネヒト同盟(BSW)は5%を突破できず議会進出ができなかった。
事前の世論調査で30%を超えていたCDU/CSUが若干得票を落としたのは、連邦議会で移民を抑制する決議で極右のAfDの支持を得たことによる可能性がある。表1に欧州議会選挙の結果を示したのは、欧州議会選挙が国政への民意表明の面もあるためで、AfDは欧州議会選挙でも票を伸ばし、今回の連邦議会選挙ではさらに躍進した。選挙戦の最中にイーロン・マスク氏やジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス米副大統領の支持表明があったが、特に影響を与えたとは思われない。
AfDの躍進には様々な要因がある。一つには不況、インフレなど経済状況に関する現政権への不満の受け皿の一つになったことである。3党連立政権の政党がいずれも得票率を減らしていることからも明らかである。移民によるテロの増大などにより、移民に対し厳しい政策を掲げるAfDが支持を広げた要因でもある。AfDは特に東部ドイツ(旧東ドイツ)で高い支持率を誇るが これには、いっこう縮まらない東西格差への不満、2級市民という東部ドイツの選挙民の劣等感が背景にあろう。
20%を超えたAfDの支持率には新しい傾向もみられる。これもARDの分析であるが、東部ドイツに限ると得票率32.0%でトップ、小選挙区比例代表制で東部ドイツではほとんどの小選挙区でのトップ当選者がAfD党員である。さらに西部ドイツでも得票率18.0%を記録し、17.6%に留まったSPDを抜いて第2党に躍り出た。2021年の前回の連邦議会選挙で約10%でしかなかった得票率を倍の約20%に伸ばしたが、増加した分はどこから来たのか、ということもARDは分析している。他党からの支持の変更もそれなりにあるが、一番多かったのは「前回投票せず」層である。今回の選挙の投票率は82.5%、前回の76.2%を上回っているが、新たに選挙権を獲得した若者も含め、前回に参加しなかった者のかなりの部分がAfDに投票したことになる(注1)。
選挙結果を受けて、過半数を取る政党がないため連立交渉が開始された。極右政党であるAfDとはどの政党も連立を拒否しており、CDU/CSUでは一部の議員が緑の党との連立に反対したため、CDU/CSUとSPDが連立政権を模索するようになり、まず事前協議が始まった。連立政権樹立への合意がなされたため、それからは両党の代表者が政策テーマ別に交渉を行うこととなった。
債務ブレーキの変更
最大の争点の一つが財政赤字をGDP比0.35%までしか認めない、いわゆる債務ブレーキの変更である。ワイマール時代のハイパーインフレがトラウマとして残っているドイツにとって財政均衡は至上命題であった。欧州債務危機対策などで財政が悪化し、均衡財政維持に危機感を持った当時の政府は、委員会を組織し財政について議論、2009年に通常時の財政赤字の上限をGDPの0.35%とすることを決定し、ドイツの憲法である基本法に盛り込んだ。基本法109条にこの規定があるが、例外措置として同じく基本法115条では自然災害や例外的な緊急事態が発生した場合は、連邦議会での過半数による決議で0.35%を超過することができると定めている。債務ブレーキは2016年から発効しているが、実際に債務ブレーキを外したのは、コロナ禍、ウクライナ危機などにより2020年から23年までである。
連立を組む予定のCDU/CSUとSPDは債務ブレーキの変更は合意していたが、選挙結果が思わぬ障害となった。債務ブレーキは基本法に定められているため、それを変更するには、連邦議会および連邦参議院の3分の2の賛成が必要である。ところが今回の選挙結果での議席数ではCDU/CSU(208)、SPD(120)に緑の党(85)を加えても、413議席であり、3分の2の420に届かない。そのため、新たな議会が招集されるまでは、それまでの議会が機能するとの憲法裁判所の判断もあり、CDU/CSUとSPDおよび緑の党で協力し、合計521議席で3分の2以上を確保、債務ブレーキ関連の条項を変更した。
基本法改正を急いだもう一つの理由は欧州の防衛・安全保障環境の激変である。ウクライナ停戦を巡るドナルド・トランプ大統領のロシア寄りともとれる発言、将来の欧州の防衛には協力しないなどの発言が相次いだため、欧州としては独自の防衛体制が必要となり、そのためには国防費の増額は必須となった。CDU/CSUとSPDにより共同提案された法案の趣旨説明でも最初に国防費の増加が述べられている。
表2. ドイツ連邦議会の議席数(単位:名)

注2.選挙法の改正により今回から議員定数が減少された。
出所:Bundeswahlleiterin
改正された基本法は以下のとおりである。GDPの0.35%という赤字の上限を定めた基本法109条に、GDP比1%を超える防衛費などについては債務ブレーキの対象外とすること、従来認められていなかった州予算についてもGDP比0.35%の債務を認める、ことが追加された。これを踏まえて115条の文面が変更されている。さらに143条gの後に143条hを追加し、連邦政府はインフラ整備および2045年までの気候中立を実現するための投資に必要な5,000億ユーロの特別基金(Sondervermögen)を借入で賄い、12年間運用ができることとした。この5,000億ユーロのうち、1,000億ユーロについては気候変動対策に用いられ、さらに1,000億ユーロについては州政府がインフラ整備に使えるとしている(注2)。
0.35%という厳しい債務ブレーキについては従来から賛否両論があった。今回の改正を巡る議論においても7人の主要エコノミストから非効率な補助金の延命やインフレを招くものという批判がなされていた(注3)。
ドイツ経済研究所(DIW)によると、インフラ、気候変動対策、防衛費などの支出増がなければ、2026年の実質GDP成長率は1.1%であるが、これらの支出増があれば2.1%に増加するとしている。債務ブレーキの解除は評価するものの、成長のためには構造改革も必要という声も多い(注4)。
注
- Bundestagswahl 2025: Wie die Wähler wanderten | tagesschau.de.
- Bundesgesetzblatt Teil I – Gesetz zur Änderung des Grundgesetzes (Artikel 109, 115 und 143h) – Bundesgesetzblatt
- Schuldenpaket: Diese Schuldenpakete gefährden unseren Wohlstand | ZEIT ONLINE
- Finanzpaket: Ökonomen sehen Staat auf Bewährungsprobe | tagesschau.de